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5月31日、天神窯、取材、巧言令色、草取り

天神窯展

9時過ぎに起床し、朝食。12時過ぎに昼食。あとは自宅でゆっくり過ごしました。

14時前に妻とともに出て所用を済ませ、天神窯の岡本篤さんの作陶展を鑑賞しました。魅力的な陶器が次々と並んでおり、岡山県議会の小田圭一議員もご来場でした。

私の母手作りの色紙掛けに
小田議員も

その後、法律事務所に入り、15時半前から1時間半ほど、東京から来た週刊誌記者から、加計学園の獣医学部の件に関し取材を受けました。私は参議院議長に就任する以前から、日本の獣医学教育体制の閉鎖性に疑問を感じており、加計学園の挑戦に共感していました。学園側が、可能なあらゆる努力をすることは、責められることではありません。あとはそれを受けた行政側の問題であって、適正な手続きで結論を得たのであれば、学園の愛媛県等に対する説明の件も含めて、誰に遠慮することなく経過を明らかにすればよいことです。行政側に、「巧言令色鮮矣仁」が目立ち過ぎるように思います。

取材

その後、さらにデスクワークをし、17時半過ぎに出て帰宅し、18時過ぎから暗くなるまで庭に出て、2週間ほどですっかりピンクに色付いた可愛いヤマアジサイをカメラに取り、さらに草取りをしました。この花には、巧言も令色もありません。

色付いたヤマアジサイ

 

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5月30日、光風会展、行政相談、相続相談、番町文庫

石田宗之さんの作品

今日も朝はゆっくり起きて、朝食の後に直ぐに昼食となりました。

14時前に妻とともに出て所用を済ませ、14時半前から30分ほど、岡山光風会展を鑑賞しました。ご招待いただいた石田宗之さんは「諸功徳密蔵」という鮮やかな紅の衣装の少女の絵が出品されていましたが、今年の光風会展に出品の作品は全国巡回展に出ているそうです。

岡山光風会展で

15時に法律事務所に入り、30分ほど行政事件の相談を受けました。なかなか出口が見えて来ません。さらに16時ころから短時間、相続相談事件に関し、仲原仁士司法書士と打ち合わせをしました。こちらは最終段階に来ました。

行政事件相談
仲原司法書士と

17時過ぎに出て路面電車で東山停留所まで移動し、妻の迎えで自宅に戻り、再び出て所用を済ませ、18時から番町文庫で夕食を食べました。妻はその後、中国語講座を受講しました。

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5月29日、中村弁護士、被疑事件、事務所

中村弁護士と打ち合わせ

10時前までゆっくりと寝て、朝食の後に一休みすると、直ぐに昼食になりました。

14時に出て法律事務所に入り、15時前に、大阪弁護士会の中村和洋弁護士が訪ねてきて、一緒に弁護人を務めている条例違反被疑事件につき、短時間打ち合わせをし、さらに一緒に出て事件を担当している警察署に行き、16時前から短時間、担当者に事情説明をしました。

その後、良い機会なので短時間、その地域の観光スポットを案内し、岡山駅まで送ってお別れしました。17時過ぎに事務所に戻り、若干のデスクワークと電話連絡をし、18時過ぎに帰宅しました。

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「北京大学経済学院孫院長講演会」挨拶を掲載しました

本日は、土曜日の朝早い時間に皆さんご参集下さいまして有り難うございます。
さて日中平和友好条約締結40周年を迎える本年、亜洲友好協会も本年で丁度20年を迎えるこ
ととなります。当協会は設立当初は各地域の大学と連携し、日本に留学する中国人学生の為の活
動をしていましたが、近年は、日中両国間で活躍する大学および学生の交流活動を活性化させつ
つあります。

私は、亜洲友好協会の徐理事長とは、協会設立前からの長いお付き合いで、彼が率いる愛華訪中
団にも第1回から団長として何度も参加してきました。日中の架け橋の若手と言えば「徐迪旻さ
ん」と言われるくらいの勢いで頑張っていたので、彼が留学生の時からでしょうか、長く応援を
しています。そこで一昨年、請われて亜洲友好協会の会長に就任し、彼の活動を補助して来まし
た。昨年は魯迅の故郷の紹興の紹興文理学院や上海の上海外国語大学で、徐さんとともに「時空
を超えた魯迅と夏目漱石の対話フォーラム」を行い、上海にある亜洲友好協会の雲間美術館で揮
毫も行いました。亜洲友好協会は近年、各界に精通した皆様にも新たに理事に就任頂き、今まで
に増して活動を広げる体制を固めつつあります。

ところで、私は第27代参議院議長として、習近平主席(当時は副主席)や温家宝首相とお会い
する機会を得てきました。今月上旬にも李克強首相が来日され歓迎会を行いましたが、日中戦略
互恵関係の行き先が確実に明るくなってきているとの感触を得ています。本日は李首相来日から
2週間を置いて、北京大学経済学院の孫院長が来日されました。孫院長は北京大学で李克強首相
と同級生だそうです。また北京大学の教授として、数多くの中国の政界、財界の幹部となってい
る方々を指導してきているとうかがっております。現在も、経済・金融政策の専門家として、中
国政府の政策にも関わっている、大変重要な立場にある方です。

今日は、孫院長に「新型グローバル化を推進し日中経済貿易関係を更に発展させる」と題して、
今後の新しい日中間の関係性をテーマにご講演頂きますが、今までにない新たな切り口での提言
を楽しみに拝聴いたしたいと思います。

今回の企画が、日中両国の民間レベルでの信頼醸成に役に立つことをお約束して、私のご挨拶
とさせていただきます。本日は本当にありがとうございました。

2018年5月26日

 

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5月28日、上京、山田村、所用、森美術館、帰岡

「建築の日本」展

7時に妻とともに出て、所用で上京しました。この時間なら渋滞はなく、20分強で駅に着き、パーク&ライドに車を止め、朝食に山田村のおにぎりを買って、7時40分過ぎの新幹線に間に合いました。山田村は、高校時代からの友人でお米屋さんの山田君が遺したお店です。彼は建築屋をしていた当時、私の自宅を建ててくれました。

山田村のおにぎり

11時過ぎに着いて所用に取り掛かり、時間はかかりましたが順調に済み、16時過ぎから1時間弱、ご案内をいただいていた森美術館開設15周年記念の「建築の日本」展を鑑賞しました。古い時代の日本建築のすばらしさをしっかりと受け継いで進化させている現代彫刻の挑戦に、目が覚める思いでした。その後も妻とともに、東京駅で夕食を食べ、19時前の新幹線で帰岡しました。

「建築の日本」展で

 

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5月27日、賣茶流茶会、ピクニック、道文会、髙橋さん通夜

道文会練成会

妻は10時過ぎに、私は10時半に、それぞれ出て、11時半前から岡山市北区郊外の煎茶道三癸亭賣茶流岡山津島支部の藤川敏代さんの米寿祝賀茶会に出席しました。緑に囲まれた純和風の建物で、活けられた多くの春の野の花の間を爽やかな晩春のそよ風が吹き抜ける中で、お煎茶を美味しくいただきました。

野の花に囲まれ
お煎茶をいただき
「龍翔雲起」
皆さんと

12時過ぎにお別れして、近くの木立の中でお土産のお弁当をいただきました。思いがけないピクニックでした。

森のピクニック

そこで私は一行とお別れし、自宅に戻って若干の用意をして、14時半から16時過ぎまで、道文会練成会に出席しました。参加者は皆、仮名書道の練習をしていましたが、私はその場所をお借りして「春雲出谷」と漢字の行書作品を書き、皆さんの合評会にも参加して若干の意見も言わせていただきました。

「春雲出谷」
合評会

自宅に戻って着替え、17時半前に妻とともに出て、18時から30分ほど、髙橋徹県議のご尊父の通夜に参列してお焼香をしました。髙橋浩さんで、今日が84歳の誕生日でした。一日走り回ると、疲労困憊となりました。

髙橋さん通夜

 

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5月26日、孫教授講演会、昼食会、帰岡、番町文庫

 

孫教授講演会

8時過ぎにチェックアウトして、東京大学法学部の研究室棟に行きました。学生だったころに、丸山真男教授などをしばしば訪ねた懐かしいところです。

8時45分頃に着き、暫く100人ほどの参加者と言葉を交わしながら待つうち、北京大学経済学院院長の孫祁祥教授が到着し、9時過ぎから講演会が始まりました。まず主催者の亜洲(アジア)友好協会の徐迪旻理事長が開会挨拶をし、さらに東京大学大学院の小原雅博教授と同協会会長の私とが挨拶をして、孫教授の講演が始まりました。

孫教授と握手
小原教授の挨拶
講演会全景
私の挨拶

孫教授は、李克強国務院総理と同時期に北京大学で学び、文化大革命で下放された経験もあり、120年の歴史を持つ北京大学の経済学院初の女性院長で、注目を集めています。講演は、日中平和友好条約40周年と亜洲友好協会設立20周年を記念し、「新型グローバル化を推進し、日中経済貿易関係を発展させる」と題するもので、9時半から2時間にわたり、中国の改革開放政策の回顧と展望、一帯一路によるグローバル化の考え方と確信等、長い歴史を回顧して将来を語り、多岐にわたって見識を披露され、さらに30分間の質疑も行われました。最後に花束と記念品の贈呈があり、赤門前に移動して記念写真も撮影しました。

孫教授講演
記念品贈呈

その後、13時過ぎから協会関係者らと昼食会にも参加いただき、乾杯に続いて英語でざっくばらんな懇談をしながらおいしい料理をいただきました。私は14時半過ぎに中座し、15時過ぎの新幹線で帰岡しました。

歓迎昼食会
懇談

18時半前に着き、19時前から2時間ほど、恒例の番町文庫月例会に遅れて出席して、気の置けない旧友らと鍋を突きながら懇談しました。今日は総勢14人で、皆元気一杯でした。

番町文庫

 

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5月25日、事務所、高松へ、50年表彰、遅れ、上京

法曹50年の仲間たち

14時過ぎまで自宅でゆっくりし、14時半過ぎに法律事務所に入って、ほんの短時間だけデスクワークをして岡山駅に行き、パーク&ライドで車を止めて、15時過ぎの瀬戸大橋線マリンライナーで高松に行きました。曇り空に霞がかかったような瀬戸内海の景色も、穏やかで良いものです。

デスクワーク
霞む瀬戸内海

16時過ぎに着き、駅前のホテルに直行して、16時半開式見込みの日本弁護士連合会による法曹在職50周年等感謝・表彰式の受付を済ませ、控室に通されました。私たち司法研修所の第20期修習生の場合は、修習終了後直ちに裁判官・検察官または弁護士の職に就くと、途中で法曹3者間の移動があっても、法曹の職務開始から今年でちょうど50周年となり、日弁連が表彰してくれるのです。今回の在職50年被表彰者は217名で、36名が出席予定でした。控室では、久しぶりに会う同期生で賑やかに話が弾みました。

同期で待機

開式時間はあくまで見込みで、その前に行われる定期総会の終了を待たなければなりません。ところが、私も総会を覗いてみましたが、議論百出で予定がずれ込み、1時間半は開式が遅れる見込みとのこと。私は今日中に上京しなければならず、最終のJR線に間に合うには、仮に開式が間に合っても私が居られるのは超短時間となり、それも危ういことになりました。

定期総会

そこで、大変恐縮ですが僅かでも早く上京の途に就く方が得策と決断し、18時前に退出して瀬戸大橋線で岡山に戻り、駅構内で夕食を済ませ、20時前の新幹線で上京し、24時前にチェックインすることができました。

JR高松駅

 

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5月24日、車検、事務所

デスクワーク

私の乗っている車が車検となり、10時過ぎに取りに来ていただき、諸税公課で5万円余を支払いました。代車が同じ車種ですが年式が新しく、立派なので恐縮しました。11時過ぎには妻が公民館のコーラス発表会に出掛け、私もぐずぐずしながら13時前に代車で出かけました。

城下公会堂で昼食をいただき、14時過ぎに法律事務所に入りました。予約の日程はないのですが、デスクワークがたまっており、2時間ほど電話連絡などをしました。

17時前に帰宅し、暫く庭の草取りをしていると、17時過ぎに車検の済んだ車が届き、オイル交換などの諸費用が10万円余とのことでした。安心料です。その後も薄暮まで、草取りをしました。

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5月23日、人民日報、行政事件相談、憲法委

人民日報に揮毫

昨日とは一転して、朝から雨の一日となりました。隣地の建物新築工事では、朝から雨の中で作業を進めていました。中国の人民日報が創刊70周年を迎えるので、祝電・メッセージの類を求められ、昼前に色紙に揮毫しました。中国では、こうした機会には、どういうことをするのでしょうか。

13時半に出て法律事務所に入り、14時から30分ほど、行政事件相談を受けました。当事者としては釈然としない思いでいるのはよく分かりますが、訴え提起の切り口がうまくつかめません。その後、デスクワークをし、さらに所用を若干片づけました。

行政事件相談

17時から1時間半ほど、岡山弁護士会憲法委員会に出席しました。安倍首相の目指す憲法9条加憲の企図に対し、批判の意見書を発出しようと、文案につき詰めた検討をしました。弁護士会は弁護士全員による強制加入団体ですから、勢いだけで行動するわけにはいきません。