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7月21日、参院選投票、ピアノ、同開票

敗北報告

午前中は町内の所用や来客応対などがあり、12時過ぎに妻とともに参院選の投票に行きました。報道によると、全国的に朝の投票率は前回よりもかなり下がっているようで、心配です。

投票

13時に妻と出て、14時から2時間ほど、孫のももちゃんのピアノ発表会に行きました。小中学生でかなり弾ける子どもたちばかり10人で、ブルグミューラーからショパンまで、立派に弾きこなしている子もいて、感心しました。最後に指導に当たってくれた寿明義和さんのベートーベンのソナタ第23番「熱情」を最前列で聞き、素晴らしい演奏に体も心も震えるようでした。

ももちゃんのピアノ
寿明さんの「熱情」

その後、自宅に戻って夕食を食べ、19時半前に妻とともに出て立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の選挙事務所に行き、開票を見守りました。20時に投票が終了するや否や、開票速報が始まり、直ちに岡山で自民候補の当確が出ました。目を疑いましたが、これが現実で、間もなく原田候補が到着して報告会が始まり、石田篤史後援会長、高井崇志選対本部長に続き原田候補がマイクを持って、力不足の結果をお詫びし、ここでこの取り組みを終わるわけにはいかないと、引き続きの支援をお願いしました。続いて多くのテレビカメラの砲列の前で共同記者会見があり、原田候補が皆と握手をして回った後に津山事務所にむけて出て行きました。

テレビカメラの砲列
高井本部長
ここで止めるわけにはいかない
共同記者会見

参院選の結果はまだ全ては出ていませんが、何より問題なのは大変な低投票率で、5割を大きく割り込み、日本の民主主義の危機的状況を示すことになりました。

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7月20日、選挙最終日、揮毫、GLA、原田事務所、街宣、マイク納め

原田候補のマイク納めで

午前中は、妻に手伝って貰って揮毫に取り組み、11時ころに妻が立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介さんの選挙事務所に出掛けた後も、さらに揮毫の仕上げをしました。14時半前に出て妻と落ち合い、15時から1時間強、GLAの集会に出席し,さらに所用を済ませて17時前に原田候補の選挙事務所に寄って、最後の踏ん張りを見せている皆さんを激励しました。

原田候補の選挙事務所で

18時前に妻を残して選挙事務所を後にし、法律事務所に瞬間だけ立ち寄り、街角ライブを横目に見ながら、岡山駅東口の原田候補の野党統一候補としての最終街宣スポットに着きました。さすがに選挙戦の時間切れ寸前の岡山市中心部で、選挙区の相手候補や比例区候補の選挙カーが入り乱れ、街宣スポットにも他の候補者が来て街宣を始めましたが間もなく終わり、19時15分過ぎから原田陣営の街宣を始めました。まずおかやまいっぽんの吉岡康祐さんで、各党代表の挨拶と続き、立憲民主党の高井崇志さん、国民民主党の津村啓介さん、日本共産党の植本完治さんと社民党の宮田好夫さんがそれぞれ短く勢いよくハイテンポで話し、最後に原田候補が元気一杯に若さを際立たせました。

街角ライブは横目で
原田候補到着
おかやまいっぽんの吉岡さんから
原田候補の挨拶と各党代表

その後、駅西口に移動して直ぐに、19時半から原田候補の選挙カーが到着して、最終街宣とマイク納めが始まりました。既に薄暮を過ぎて周りを確認できませんが、これまでのその最終街宣よりも多い人が集まり、二階広場の手すりも人で埋まっていました。まず高井さんから始まり、津村さん、柚木道義さん、連合岡山の金澤稔会長と続き、私も指名されてかりゆし姿で憲法12条の「国民の不断の努力」を引用して檄を飛ばして原田候補にマイクをバトンタッチしました。

まず高井さん
津村さんに柚木さん
私も憲法12条を

原田さんの最終挨拶は、17日間の活動を締めくくるに相応しく、固い決意に溢れ迫力に満ちた演説で、大きな共感を呼びました。最後に全員でハラケンコールを行い、余韻を残しながら20時を迎えました。その後、原田候補は24時まで肉声で訴え続ける決意で、倉敷の天領祭りへと向かいました。

原田候補の決意
ハラケンコールへ
頑張るけん‼
余韻を残して

妻と私はその後、私の竹馬の友らの溜まり場となっているお好み焼き屋「番町文庫」で夕食を済ませました。

番町文庫で夕食

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7月19日、選挙16日目、揮毫、街宣s、中区演説会

雨の街宣

妻は10時過ぎに立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の選挙事務所に出掛け、私は夕方まで自宅でデスクワークや電話連絡をしました。依頼されていた揮毫に取り掛かりましたが、少し残りました。

16時半に出て、17時から30分弱、隣接学区のスーパー前に、原田候補の街頭演説を聞きに行きました。ここは野党統一候補としての街宣で、立憲民主党から高井崇志さん、国民民主党から津村啓介さん、共産党から氏平三穂子県議と市民団体のおかやまいっぽん共同代表の吉岡康祐弁護士が応援の挨拶をし、私も自治体議員らとともに紹介され、雨の中をお集まりの皆さんに原田候補が思いを熱く語り、短時間でしたが聴衆の皆さんの大きな拍手を受けました。

いっぽんの吉岡さん
私も紹介され
原田候補の叫び

次に18時から私の居住町内の一角で原田候補の街宣を行い、まず津村さんが、次いで私もマイクを持ってご近所の皆さんに支持を訴え、最後に原田候補が思いを語りました。ここでも雨の中を多くの皆さんが出て来てくれました。

雨の中を出て来てくれ
雨の街宣

最後は19時から1時間、妻とともに岡山市中区のホテルで開かれたこの選挙最後の原田候補の個人演説会に出席しました。演壇を真ん中にして椅子を円形に並べた会場で、椅子をどんどん追加して400人ほどとなり、高橋雄大市議の司会で時間通りに開会し、応援弁士のトップが石田篤史後援会長、二番手が金澤稔連合岡山会長、そして三番手は19歳の女子学生が初めての選挙応援で初々しい挨拶をしてくれました。次に私、津村啓介さん、髙橋徹県議と下市このみ市議が演壇に上がり、マイクリレーで一言挨拶をし、私もかりゆし姿で支援を訴えました。

会場全景
19歳で初めての選挙応援
マイクリレーで

そこに原田候補が到着して近くの人と握手をしながら登壇し、力強く思いを込めて最後の屋内での決意表明をし、満場を共感の渦に包み込みました。最後に高井さんが情勢報告をして最後の支援を訴え、国民民主党のキャラクター人形も加わって津村さんの音頭でハラケンコールをして締めくくりました。

握手をしながら入場
400人の聴衆
高井さんの情勢報告
ハラケンコール

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7月18日、選挙15日目、原稿書き、玉島演説会、選挙事務所

かりゆし姿で挨拶

妻は13時に立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の選挙事務所に出掛け、私は夕方まで自宅でデスクワークをしました。依頼を受けている原稿の締め切りが迫っており、参院選後まで待てなくなってしまいました。

やっと一区切りつけて、18時前にお迎えをいただき、倉敷市玉島の原田候補の個人演説会の会場まで行きました。途中で妻と合流したのですが、その間ずっと土砂降りで大渋滞となり、19時開会には十分間に合う筈が、何と20時前まで掛かってしまい、会場に入った時には原田候補の決意表明が始まっていました。いつものように椅子を円形に並べた会場は、雨の中を集まってくれた聴衆が200人ほどで埋まり、原田候補の心からの叫びに皆心を打たれました。

原田候補の決意表明

その後、私が指名され、かりゆし姿で短く原田候補への期待を述べて支援をお願いし、鳥井良輔県議が情勢報告をし、東京から応援に来た原田候補の友人たちを中心にハラケンコールをして全員の決意を固め、20時過ぎに閉会となりました。

かりゆし姿で
東京から友人らが応援に
ハラケンコール

21時ころに原田候補の選挙事務所に戻り、夜遅くまで頑張っている皆さんを激励して帰宅しました。

選挙事務所に戻って

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日本経済新聞「色紙とノートが語る無念」の取材を受けました

日本経済新聞のコラム「風見鶏」に「色紙とノートが語る無念」と題して取材を受けました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47344910T10C19A7SHA000/
上記URLをクリックしていただくと記事を参照していただくことができます。
※ 記事利用申請の手続き上、掲載された記事をHPにあげることができません。
  何卒ご了承ください。

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7月17日、選挙14日目、法律事務所、真庭演説会

かりゆし姿で一言挨拶

妻は10時過ぎに出て立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の選挙事務所に行き、私は昼過ぎまで自宅で電話連絡などをし、14時半ころに出て法律事務所に入り、受任事件の電話連絡などをしました。

法律事務所で

15時半過ぎに出て帰宅し、16時過ぎにお迎えをいただいて原田候補選挙事務所で妻と合流して、高速道を北上して真庭市久世に行き、18時過ぎから原田候補の個人演説会に出席しました。円形に並べた椅子をどんどん追加して200人を超える皆さんが集まって立ち見も出、真庭市の柿本健治市議の司会で、選対本部長の高井崇志さんが冒頭に総括的な挨拶をし、連合岡山の鳥越範博副会長が応援弁士として檄を飛ばし、小野陽子さんが医療現場からの声を述べた後に私を壇上に呼び出し、私が飛び入りで市民政治の継承を訴えてマイクを原田候補にバトンタッチしました。

高井さんと満員の会場
鳥越副会長
小野陽子医師
原田候補にバトンタッチ

原田候補はいよいよ最終盤となってやや緊張した面持ちでしたが、声はほぼ治り、元気一杯に若さを爆発させて新しい政治への渇望を訴えました。最後に選対顧問の森本榮さんが情勢報告で檄を飛ばし、ハラケンコールで必勝の決意を新たにしました。終了後、原田候補は出口で皆さんと握手をしました。

いよいよハラケンの出番
熱を込めて
森本さんの情勢報告
ハラケンコール

私たちは高速道を南下して20時半に原田候補の選挙事務所に到着し、遅くまで仕事をしている皆さんを激励して、帰宅は21時半になりました

原田選挙事務所で

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7月16日、選挙13日目、事務所、赤磐演説会

かりゆし姿で演説

昼過ぎまで自宅で電話連絡などをし、14時半に出て法律事務所に入り、15時から2時間弱、デスクワークなどをしました。

法律事務所で

その後、帰宅して一息入れ、18時過ぎに妻とともに出て赤磐市に行き、19時から1時間強、立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の個人演説会に出席しました。東備という広大な地域が対象で集まり難い条件にも関わらず、200人ほどが集まってくれ、赤磐市の原田素代市議の司会で、冒頭に高井崇志さんが総括的な訴えをし、応援弁士として連合岡山の鳥越範博副会長と中川雅子県議が挨拶し、駆け付けた市議らの紹介と一言挨拶があって、津山市の小野陽子医師が応援挨拶をし、その中で私を指名して壇上に呼び上げました。そこで私が沖縄のかりゆし姿で登壇して、短く災害対策などに触れた挨拶をし、マイクを原田候補にバトンタッチしました。

高井崇志さん
鳥越副会長
中川県議
小野さんに呼び上げられ

原田候補は声がかなり枯れていましたが、次第にいつもの滑らかさを取り戻し、18歳選挙権実現の前と後とで若者の投票態度が変わったこと、しかし政治は相変わらず若者不存在のままで変わらないこと、さらに年金などの社会保障改革、憲法9条や原発ゼロなどに触れ、「過去は大事だが、問題は未来だ」と強調して「教育子育て最優先」を掲げて岡山から政治を変える決意を述べ、満場の大きな拍手で終わりました。その後、ご夫人が短く支援を訴え、真庭市の柿本健治市議が情勢報告をし、ハラケンコールで締めくくりました。その後、懐かしい皆さんと言葉を交わし、帰宅は21時になりました。

原田候補の決意表明
演壇を降りて
必死の訴え
柿本市議の情勢報告
ハラケンコールで締めくくり
皆さんと言葉を交わして

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7月15日、選挙12日目、ピアノ発表会、倉敷演説会、選挙事務所

演説会でハラケンコール

9時半前に妻とともに出て、10時から2時間強、孫のももちゃんと一生君が習っているピアノ教室の発表会に行きました。私は小学生の頃、4年生の3学期から2年間だけバイオリン教室に通ったことがあり、怠けてばかりでしたが、その経験は決して無駄ではありませんでした。私の体験から言うと、孫たちはなかなかよく練習を積んでいると思いました。ジジバカですが。

ピアノ発表会の全員で

その後、一度帰宅して昼食を掻き込み、14時過ぎに迎えをいただいて妻とともに倉敷市民会館に行き、15時からほぼ1時間、立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の個人演説会に出席しました。会場は次第に人が集まって300人ほどで溢れ、倉敷市の藤原薫子市議の司会で、後援会の石田篤史会長、連合岡山の金澤稔会長、柚木道義さん、難波奨二さんと続いて、香川県から駆け付けてくれた小川淳也さんから明快で歯切れの良い応援演説をいただきました。そして原田候補が20分弱、元気一杯で説得力に満ち溢れた決意表明をし、母親からのお願いがあって、私も紹介されて頭を下げました。最後に鳥井良輔県議の音頭でハラケンコールをして、会場の決意を確認し合いました。

原田候補と300人の皆さん
柚木さん
難波さん
小川淳也さん
原田候補
候補の母

多くの皆さんと言葉を交わして久闊を叙し、妻とともに岡山市に帰って17時過ぎから原田候補の選挙事務所で作業を手伝い、18時から30分ほど、選対事務局会議に出席しました。いよいよ最終盤となり、力を振り絞らなければなりません。

原田選対事務局会議

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7月14日、選挙10日目、ブッポウソウ保護フォーラム、選挙事務所

丸山支部長と

10時に妻とともに出て、岡山県の全県域の中心部にある吉備中央町に行きました。13時から日本野鳥の会岡山県支部の主催で「ブッポウソウ保護フォーラム2019in吉備中央町(岡山県)」が開催され、私は同支部顧問兼公益財団法人日本鳥類保護連盟会長として来賓挨拶を依頼されており、11時半ころに到着しました。全国から同好の皆さんがお集まりで、時間があったので、ブッポウソウ観察に案内されました。田の畔に立つ柱に架けられた巣箱に間もなく巣立ちする雛がいるとのことで、待つこと数分、近くの林の枝先に姿を現し、安全を確認して巣箱近くの電線に移動し、再度確認の上巣箱に止まって給餌し、直ぐまた飛び去りました。暫く待つとまた飛来し、フライングキャッチで餌の昆虫を捕まえ、給餌を繰り返しました。「森の宝石」と言われるその姿に、妻も私もすっかり魅せられてしまいました。

巣箱
ブッポウソウが飛来し
観察の仲間と

12時半に会場に戻ってお弁当をいただき、13時から2時間ほど、フォーラムに出席しました。まず支部長の丸山健司さんが開会挨拶をし、山本雅則町長の歓迎挨拶があり、私が来賓挨拶を述べました。前回は13年前で、高円宮妃の久子さまがご臨席くださってお話し出来、以来私の現職当時はお会いするたびにその話題に花が咲いたことなどから、国境の概念がない渡り鳥を見習って私たちも国境を越えた発想を持ちたいことなど、思いつくことを10分弱話しました。さらにバードライフ・インターナショナル東京の澤祐介さんの来賓挨拶があり、山階鳥類研究所の仲村昇さんの渡りの追跡に関する基調講演がありました。

会場全景
私の挨拶

続いて三人による発表に移りました。まず黒田聖子さんが子育てについて、次に中学3年生の楠ゆずはさんが「ひきうす」について、最後に合田延寿さんが鳴き声について、それぞれ研究発表をし、15時の休憩となりました。その後も18時までの予定で事例報告や意見交換などがあるのですが、私たちはそこで中座し、1時間半かけて岡山市内に戻りました。

黒田さんの発表
楠さんの発表
鳴き声について

16時半ころに立憲民主党公認・野党統一候補の原田謙介候補の選挙事務所に着き、暫時スタッフと打ち合わせなどをして、18時に帰宅しました。

原田選挙事務所で