に投稿

3月12日、上京、民進党大会

中国大使館からも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13時からの民進党全国大会に出席するため、9時前の新幹線で上京しました。快晴の岡山駅前には、桃太郎像の周辺に大勢の若者たちが集合していました。世界中で若者たちを中心に政治に関わる緊張した行動が繰り広げられる中で、日本の若者は何だかのんびりと楽しそうです。しかし日本も、世界と切り離して動くわけではありません。

岡山駅前の桃太郎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12時半前に東京駅に着き、党大会の会場に駆け付けると、大勢の参加者で一杯で、各国の大使館員の皆さんも傍聴に駆け付けていました。民進党になり、蓮舫代表となって、初めての大会です。13時に開会し、議長に菊田真紀子さんと足立信也さんを選び、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げ、綱領を斉唱し、長浜博行さんが大会実行委員長挨拶をした後に来賓挨拶に入り、先ず連合の神津里季生会長が「世界に拡がる分断と対立を超えるヴィジョンを作ってください。私たちにとっては、民進党しかありません。」と激励挨拶をしました。次の慶応大学の井手英策教授は「研究者の立場を捨てて民進党に託す決断をしました。弱者が弱者を差別し苛める社会を変えるパラダイムシフトに取り組んで下さい。」と強烈な檄を飛ばされました。さらにNPOの渡辺由美子理事長が子どもの貧困のみじめな現実を訴え、アイルランドのアン・バリントン大使がジェンダー・バランスにつき数字を挙げて奮起を促しました。

神津連合会長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井手慶応大教授

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて蓮舫代表が挨拶に立ち、民進党が必ずもう一つの選択肢になるよう、岡山県真庭市のバイオマスの取り組みを紹介し、原発ゼロ、働き方改革、男女共同参画などに付き方向を示し、全党に都議選と総選挙への全力投球を求め、「一人で見る夢は夢に過ぎないが、みんなで見る夢は現実になる」というオノ‣ヨーコの言葉を引いて、決意表明を締めくくりました。さらに野田佳彦幹事長から議案の報告と提案があり、全員の拍手で採択した後、地方議員表彰があり、蓮舫代表の音頭で全員で「頑張ろう!」を三唱し、14時40分に閉会となりました。その後、地下鉄で移動してホテルにチェックインし、テレビで横綱が次々と敗れる大相撲中継を見ながら、一休みしました。

蓮舫代表

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

に投稿

3月11日、庭、天神山、家族会食

児島君の木彫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東日本大震災から6年目ですが、穏やかな陽気となりました。昼前に庭に出て、若干の庭仕事をしました。妻が植えたアネモネがきれいに花を開きました。ヒヨドリとジョウビタキの雄が各一羽やって来ましたが、カメラを用意する暇はありませんでした。

庭のアネモネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食後、妻とともに出て、14時半ころから1時間強、天神山文化プラザの各展覧会を鑑賞しました。高校同期の児島高義君が誘ってくれたもので、彼は岡山美術クラブ展に木彫作品を出しており、ほかにも同期の連中が出品していました。ほかに国際写真サロン全国巡回展、岡山「現代俳句の書展」、楽竹の会書展、神戸淑子絵画教室展を拝見しました。

岡山美術クラブ展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代俳句の書展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りにガソリンスタンドで、車を自動洗車しました。乗ったままで機械にかけると、なかなかの迫力でした。16時半ころに自宅に戻り、庭仕事の続きをしました。草がしっかりと根を張り、これからの草取りが思いやられます。夜はももちゃん、一生君らと外で鍋をつつきました。ももちゃんのひな祭りと幼稚園卒園、それに一生君の三歳のお誕生日のお祝い会食で、次回はももちゃんの入学と一生君の入園のお祝いが待っています。

自動洗車

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じーじ(ももちゃん撮影)

 

に投稿

3月10日、相談、大ニュース続々、打ち合わせ、番町文庫

番町文庫で昼食

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の陽気となる中、9時半に自宅を出て法律事務所に入り、10時過ぎから1時間強、法律相談を受けました。隣接土地所有者間の紛争で、複数の図面を見比べながら話を聞いてアドバイスをしました。

法律相談

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12時からのテレビニュースで、韓国の朴大統領罷免の件に見入りました。しばらく大揺れになることと思いますが、混乱にならないように望みたいものです。

12時半から1時間強、スタッフらと今後の企画につき協議をした後、番町文庫で昼食を食べました。3月15日に地元テレビの夕方の番組で、番町文庫が取り上げられるそうです。

その後、森友学園の申請取下げなど、南スーダンのPKO撤退と、大ニュースが続きました。いずれも、相当に奥の深い事件です。

に投稿

3月9日、早春、ヒヨドリ

無残な花芽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

快晴ですが、「早春賦」の歌詞の通り、寒の戻りの寒さが続いています。

午前中は自宅でゆっくりし、13時過ぎに妻と外出する前に庭を見ると、膨らんできたコブシのつぼみが、先のほうだけ無残に食いちぎられていました。ヒヨドリの仕業です。

犯人はヒヨドリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JR西大寺駅で切符の購入など所用を済ませ、15時過ぎに法律事務所に入って若干のデスクワークをしました。

に投稿

3月8日、難波さん、予算委等、中国大学生歓迎会、帰岡

中国大学生歓迎会で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11時前にチェックアウトをし、飯田橋から東京メトロで永田町に向かいました。昨日から一転、雲一つない快晴ですが、気温が真冬並みに下がりました。今日が底でこれから温かくなるとのことですが、陽光は強く、寒さはそれほど感じません。議員会館に着くと、本会議を終わった難波奨二さんが帰ってきて、一緒に昼食をいただきました。昼からは、参議院予算委員会の民進党委員の質疑をテレビ中継で傍聴しました。

真冬並みの寒さ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難波さんと昼食

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15時ころに参議院本館内に入り、所用の後に、民進党会派控室や予算委員会室を覗いて、出会った議員の皆さんと言葉を交わし、17時前に難波奨二さんの事務所に戻ってさらに予算委員会のテレビ中継を傍聴しました。

18時前に出て、18時半から1時間ほど、日中友好会館主催のJenesys2.0による中国大学生訪日団歓迎会に出席しました。中日友好協会のお骨折りで派遣された王占起団長以下156名の代表団で、訪日中の宋敬武団長ら中日友協幹部の皆さんも出席し、賑やかになりました。来賓らの紹介の後、私が主催者を代表して歓迎挨拶をし、外務省代表者と宋団長の挨拶、中国大使館の沈建国参事官の音頭による乾杯で懇談となりました。盛り上がったところで、私は中座し、東京駅で夕食を食べて、20時過ぎの新幹線で帰岡しました。

歓迎挨拶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中日友協の皆さんと

 

に投稿

3月7日、宿舎跡、林さん弔問、樋口教授、室伏さん、中日友協夕食会

中日友協幹部と夕食会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10時半に出て、九段に行きました。衆議院時代に居た九段議員宿舎は、きれいに取り壊されて更地となり、子どもたちの遊び場となっているようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

九段宿舎跡

11時前から短時間、故・林義郎さんのご自宅に弔問に伺いました。奥さまのほか、ご子息の林芳正参議院議員もお出迎え下さり、思い出話をしました。私の前任の日中友好会館会長で、奥さまともども宮中行事や中村紘子さんのお宅などでご一緒する機会も多く、お世話になりました。

林義郎さん弔問

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林夫人らと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食の後に日中友好会館美術館で今日から始まった「歓楽春節世界同楽写真展」を鑑賞しました。世界中で見られる春節のお祭りの様子が、写真で一気に紹介されていました。その後、日中友好会館会長室に入って、若干の打ち合わせをし、14時から1時間近く、鳥博士の樋口広芳東京大学名誉教授が日本鳥類保護連盟の室伏友三専務理事と来られて、懇談しました。渡り鳥の素晴らしさを、いろいろな角度から教えていただきました。

春節写真展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樋口教授らと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに30分ほど、室伏専務と懇談しました。日鳥連が主催して毎年開催される「野鳥保護の集い」が、昨年の神奈川県小田原市に続いて今年は隣の静岡県熱海市で開催されることとなり、私も愛鳥百人委員会会長として協力を約束しました。

室伏専務と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに戻ってデスクワークの後、17時半に出て、18時過ぎから2時間半ほど、日中友好会館幹部と中日友好協会代表団との夕食懇談会に出席しました。両会は毎年、それぞれ訪問交流をすることを合意しており、中日友協代表団として宋敬武中国人民対外友好協会副会長、朱丹中日友協副秘書長、王占起同副秘書長、張孝萍同政治交流部長らが来日されてました。本日午後、日中友好会館で実務的な協議を済ませた後、日本側の会長の私、荒井理事長、鄭祥林中国代表理事、小島事務局長らと会食し、乾杯をして和食で賑やかに懇談しました。

中日友協代表団と乾杯

 

に投稿

3月6日、上京、日中会館理事会、勉強会

日中会館理事会で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8時半過ぎに妻に送って貰って岡山駅に行き、9時過ぎの新幹線で上京しました。道中は一貫して今にも降り出しそうな曇り空でしたが、夕方まで持ちました。

13時前にホテルにチェックインし、14時から2時間、公益財団法人日中友好会館の理事会に出席しました。私は理事で、会長を務めています。荒井克之理事長が議長を務め、業務計画や収支予算などの議題をすべて全会一致で議決しました。さらに次期評議員会の招集を決め、代表理事の職務執行状況の報告などを了承し、最後に新たに日中学院の学院長に就任した片寄浩紀理事の就任挨拶をいただき、時間内にすべての議事を終わりました。私も要所で若干の発言をしました。

日中会館理事会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全会一致

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片寄新学院長挨拶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、江東区豊洲のオフィスビルに移動し、17時半から20時過ぎまで、10人ほどで議会運営の法整備状況などに付き、勉強会を開きました。

に投稿

3月5日、メバル、徹磨さん

森本徹磨さんの仏前で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日のフキノトウを刻んで、みそ汁に入れたりお浸しに振り掛けたりしながら、昼食を食べていると、釣り名人の友人が釣果を持ってきてくれました。まだ跳ねているメバルで、早速調理をしました。都会では味わえない春の味が、ここにはふんだんにあります。

釣れたてのメバル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16時ころに妻とともに出て、岡山市南区の故・森本徹磨さんのご自宅に伺いました。労働運動に生涯を捧げて連合岡山の初代会長を務められ、県会議員を2期務めて私の後援会の事務局長をしていただきました。2006年春、志半ばで他界され、今日でちょうど11年となりました。つい奥さんと長話をし、17時過ぎに帰るところに、津村啓介さんも来られました。この間に政治は激動しましたが、昨今の状況はとても徹磨さんに報告できるようなものではありません。

徹磨さん宅で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

に投稿

3月4日、佐竹徳展、坂手先生、牛窓、フキノトウ、オオバン

坂手先生宅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食後、麗らかな春の陽気に誘われて、13時から妻とともに外出しました。まず瀬戸内市牛窓の市立美術館に行き、「生誕120年記念佐竹徳展」を鑑賞しました。「坂手得二・服部恒雄とともに」という副題の通り、3人の絵がふんだんに展示され、堪能しました。坂手先生は私の高校の恩師です。美術館からは、日本のエーゲ海と呼ばれるいう牛窓の海が展望でき、眼下には母校同窓会の高祖会長の酒蔵が見えました。

佐竹徳展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、坂手先生のご自宅に寄ると、ご夫妻ともご在宅で歓待して下さり、暫くお話をしました。先生の記憶が良いのに、感嘆しました。舞台芸術で新境地を開いている坂手洋二さんは、ご子息です。

帰路のオリーブ園から、見てきたばかりの絵画そのものの瀬戸内海の眺望を楽しみました。さらに道路脇のお店で、アイスクリームをいただきました。

牛窓の海、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道端でアイスクリーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17時前に少し足を延ばして、妻が見つけていたフキノトウの生育場所に行ってみました。農家の方が作業中だったので聞くと、雑草を薬品で退治するためにフキも消えており、以前よりずいぶん少なくなっていました。お許しをいただき、数本摘んで持ち帰りました。傍らの川を見ると、オオバンが盛んにえさを取っていました。最初はカワウかと思ったのですが、長女のところの三男に、正しい名前を教えて貰いました。間もなく小学6年生になる鳥博士です。

フキノトウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オオバン