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山陽新聞「秋の叙勲 喜びの声」を掲載しました

 

秋の叙勲、喜びの江田五月さん 桐花大綬章、政権交代掲げ40年

 

 「秋の叙勲」の受章者が3日付で発表された。岡山県関係では、元参院議長の江田五月さん(75)に桐花大綬章が贈られた。

<桐花大綬章> 元参院議長 江田五月さん(75)=岡山市中区

 政治家として、市民政治と政権交代の実現に邁進(まいしん)した約40年。2009年の民主党(現民進党)政権成立を参院議長席から宣言し、「大変感慨深かった」と振り返る。

 急死した父・三郎氏に代わり、裁判官から転身して1977年の参院全国区に出馬し、初当選。83年に衆院にくら替えして4期を重ね、社会民主連合、日本新党、新進党と所属を変えながら「政権交代を担える政党づくりを目指した」。93年に発足した非自民連立の細川護煕内閣では科学技術庁長官。

 96年の岡山県知事選で惜敗後、民主党に入り、98年に参院岡山選挙区で国政復帰し、参院は通算4期。07~10年の参院議長のほかに法相、環境相を歴任し、今年7月に政界を引退した。「政権交代の第2幕は後進に託す」

 現在は、岡山市内の法律事務所に所属して弁護士活動を行う傍ら、日中友好会館(東京)の会長も務めており、「両国の青少年交流に力を入れたい」と意欲を燃やす。

 

※山陽新聞朝刊2016年10月4日 記事(山陽新聞デジタル「さんデジ」の会員登録が必要な場合があります)

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11月5日、デスクワーク、津村さん、甘夏ミカン

オタフクナンテンと夏みかん
オタフクナンテンと夏みかん

 

9時過ぎから終日、自宅でデスクワークをしました。14時ころ、大学後輩の突然の訃報が届き、驚きました。津村啓介さんがお祝いに来てくれましたが、玄関先での対応のみで、失礼してしまいました。

 

叙勲のお祝いの祝電や手紙、花や酒などが次々と届いており、皆さんのご厚情にただ感謝するのみです。こうなってくると、祝電が個別に入っている透明な袋を開けるのも煩わしく、入れ物なしなら良いのになどと、罰当たりなことを思ったりします。

 

 

日が落ちる前にほんの一瞬、庭に出て見ると、オタフクナンテンがきれいに色付き、黄色になりかけた甘夏ミカンとのコントラストに引き込まれました。

秋のコントラスト
秋のコントラスト
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11月4日、ラッシュ、日鳥連、書画展、帰岡、日没

朝食後、8時40分ころに所用のために外出しました。今日も雲一つない快晴で、飯田橋駅付近は、通勤の人で大ラッシュでした。

朝の飯田橋
朝の飯田橋

 

10時にホテルに戻り、荷物を整理して11時にチェックアウトし、隣の日中友好会館事務所に顔を出し、11時過ぎから1時間強、会館会長室で、日本鳥類保護連盟の室伏友三専務理事と連盟の諸行事に付き打ち合わせをしました。私は、前任の河野洋平さんから引き継ぎ、愛鳥百人委員会の会長で、暮の愛鳥懇話会、来春の全国野鳥保護のつどいと、大きな行事が予定されています。

日鳥連の室伏専務と
日鳥連の室伏専務と

 

その後、会館を出る際に短時間、会館美術館で催されている劉田依書画展を拝見し、13時に東京駅に着き、昼食を取って、14時前の新幹線で帰岡しました。17時に姫路で、見事な日没に出会い、あわてて車窓からシャッターを切りました。秋の日は釣瓶落としです。

劉田依展
劉田依展
釣瓶落とし
釣瓶落とし
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11月3日、「文化の日」、叙勲、篆刻、太極拳、能「光の素足」、親族ら会食

「文化の日」の朝、7時半に目覚めてホテルの窓から見ると、前夜来の雲が消えて東京スカイツリーが霞んで見え、近くには東京ドームがまるで白いシン・ゴジラのように動き出しそうでした。秋の叙勲の発表で、私が桐花大綬章を受けました。皆さんのおかげです。ありがとうございました。親授式はまだですが、あらかじめお礼を申し上げます。

朝のスカイツリー
朝のスカイツリー

 

雲一つない快晴の中を10時前に出てJRを乗り継いで上野に行き、1時間ほど、東京国立博物館の東洋館で、「小林斗盦 篆刻の軌跡」を鑑賞しました。生誕100周年を記念した企画で、普段はあまり縁のない篆刻をじっくりと拝見でき、90歳の時の作品がエネルギーに溢れているのに、びっくりしました。上野の森は人で溢れ、木立の中に野口英世の銅像があるのに初めて気が付きました。

「篆刻の軌跡」
「篆刻の軌跡」

 

一度ホテルに戻って着替え、昼食を済ませて、14時過ぎから15時半前まで国立代々木競技場第一体育館で、「太極拳全国交流大会」に出席しました。中国から指導者の皆さんも参加され、競技参加者は小さな子どもから90歳の高齢者まで全国から4600人余に上りました。私は大会会長、と言っても私自身は太極拳をしたことはなく、いわば応援団長で、中国で始まった簡化第24式太極拳が今年で60周年を迎えるのを記念した特別表演や友情表演が終わったところで、大会会長として挨拶をしました。さらに次の演技を暫く拝見して、中座しました。

太極拳大会で挨拶
太極拳大会で挨拶
会長挨拶
会長挨拶
子どもから高齢者まで
子どもから高齢者まで

 

原宿からJRを乗り継いで国立まで行き、最後はタクシーで、16時半前に「くにたち市民芸術小ホール」に着きました。「中所宜夫能の会」の企画による能「光の素足」の公演で、中所さんによる宮澤賢治の世界をテーマにした新作です。山人と光の素足を中所さんが、少年一郎を私の孫で中学1年生の松浦薫君が演じました。会場に着くと、宮澤和樹さんの「宮澤賢治の世界観」という講演の最中で、最後の10分ほどを聞き、暫時休憩があって、薫君がぴょんぴょん飛び跳ねながら舞台に登場し、緊張した1時間20分ほどが過ぎました。2人の星の童子による狂言もあり、「ダーダーダストダー」という呪文に似た地歌が宇宙の塵の世界へと観客を誘い、能の新しい世界を開く好演でした。18時半ころから30分ほど、感想を語り合う集まりも開かれました。

能舞台
能舞台

 

終了後、19時半ころから1時間半ほど、近くのイタ飯屋さんで、薫君一家や親友たちとともに夕食会を開き、公演の感想から近況の報告まで、賑やかに食事と会話を楽しみました。叙勲で明け、朝から夜遅くまで、なかなか素敵な「文化の日」でした。

乾杯!
乾杯!

 

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11月2日、スカイツリー、日ロクラブ、日展、太極拳

10時半前にホテルを出て日中友好会館事務所で簡単な打ち合わせの後、所用に出かけました。その途中で、はるかに東京スカイツリーを臨むビル15階の精養軒で昼食を取り、午後からも所用を続けました。終日、どんよりと曇った寒空で、今にも降り出しそうでした。

曇天のスカイツリー
曇天のスカイツリー

 

15時前に終わって東京メトロで移動し、15時半に日ロクラブ設立準備会の会場に着くと、ちょうど講師のアナトリー・コーシキンさんの講演が終わったところで、すぐに準備会が始まり、私も来賓挨拶をしてすぐに中座しました。

日ロクラブ準備会で
日ロクラブ準備会で

 

さらに東京メトロで移動し、16時過ぎから1時間強、日展を鑑賞しました。洋画の寺坂公雄さん、河内八重子さんと石田宗之さんから案内をいただいていたので、まず洋画部門を回ってみました。皆、力作ばかりでした。その後、書の部門を鑑賞しました。文化勲章に輝く高木聖鶴さんの若々しい作品が目に飛び込み、さらに地元・岡山の道文会の小野玲華さん、寺谷和子さんらのかな作品や師村妙石さんらの篆刻作品を拝見しました。

寺坂公雄さん作品
寺坂公雄さん作品
河内八重子さん作品
河内八重子さん作品
石田宗之さん作品
石田宗之さん作品
高木聖鶴さん作品
高木聖鶴さん作品
小野玲華さん作品
小野玲華さん作品
寺谷和子さん作品
寺谷和子さん作品
師村妙石さん作品
師村妙石さん作品

 

都営地下鉄で移動して18時にホテルに帰り着くと、ちょうど明日の太極拳全国大会の前夜祭が始まったところで、私も呼び込まれて一言挨拶をし、みんなで乾杯をして大会の成功を誓い合いました。全くの偶然でした。

太極拳大会前夜祭
太極拳大会前夜祭

 

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11月1日、難波事務所、三笠宮記帳、昼食、取材s、夕食懇談

朝食を済ませて10時前に日中友好会館事務室に寄り、荒井克之理事長らと打ち合わせをしました。その後、所用を済ませて12時前に参議院議員会館に寄り、車で赤坂御用地内の三笠宮邸に崇仁親王殿下の弔問記帳に伺いました。御用地前で下車して、徒歩で玄関から離れたところに用意されたテント張りの一般用ご記帳所まで行って記帳しましたが、都道府県名と氏名だけをサインペンで書くという質素なもので、故人のお人柄が偲ばれました。

 

12時半頃に議員会館に戻り、難波奨二さんの事務所に立ち寄ると、福島県の古市三久県議らが来ておられ、さらに議員食堂で食べ馴れたざるうどんの昼食を済ませ、通路で何人かの現職議員さんらと言葉を交わしながら難波事務所に戻ると、林野関連退職者の会の石川会長ら、津山市の宮地市長らと、来客が相次いでいました。

古市県議ら
古市県議ら
議員会館食堂で
議員会館食堂で
石川会長
石川会長
宮地市長ら
宮地市長ら

 

14時から1時間弱、議員会館の面談室で、議員退任から3か月余を経た時点で、テレビと通信社の取材を受けました。過去についてはいろいろと話せますが、現状や将来については、次世代に夢を託した今となっては、なかなか話をし辛く感じました。16時前に難波事務所に戻り、暫時歓談。16時半前に次の日程に立とうとするところに、川橋幸子さん、石毛鍈子さんらが女性の政治参加関連の法整備に付き要請に来られましたが、時間がなくて退席。

近況取材
近況取材
川橋さんら
川橋さんら

 

16時半から1時間、あっせん利得処罰関連法に付き取材を受けました。2002年ころの法改正の動きに関するものですが、うかつにも私が当時、参議院での野党による改正法案提出の責任者となって委員会質疑にも当たっていたことを忘れており、俄か勉強で応答しました。しかし記者の問題意識は政治倫理から幅広く市民の政治意識に関わっており、応答にもつい熱が入りました。その後、18時から古くからの友人の事務所を訪ねて懇談し、夕食を共にしました。

政治倫理取材
政治倫理取材