8月9日、翁長知事、長崎式典、立憲県連常幹、玉龍会展

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「命」のポーズ

昨夜、翁長沖縄県知事が逝去されました。60年安保の6・15の後に歌った「同志は斃れぬ」を思い出しました。翌日の全国紙の一面トップに一政治家の死の活字が躍るのは、41年前の江田三郎以来ではないかと思います。私の地元の地方紙でも、一面トップでした。常に国の論理に従わされ、煮え湯を飲まされ続けた沖縄の声を、命を懸けて代弁されました。「対決より解決を」と言われますが、弁証法的に言えば、対決が無ければ解決は生まれません。対決を恐れる政治家はいらない、と翁長さんが言っているように思いながら、朝の紙面を見ました。

翁長知事ご逝去

その後、テレビの高校野球中継を見ていましたが、途切れて長崎平和祈念式典の模様が中継されました。2007年のこの日、私は参議院議長に就任して最初の公務として参列し、献花しました。11時2分に私も黙祷し、田上長崎市長の平和宣言、子どもたちの合唱、グテーレス国連事務総長らの挨拶を聞きました。市長は政府に対し、明確に核兵器禁止条約の批准を求められました。

田上市長の平和宣言
子どもたちの合唱
グテーレス事務総長

12時15分過ぎに出て国道2号線を西に走って倉敷市に入り、13時から2時間弱、鳥井良輔県議事務所で、立憲民主党岡山県連常任幹事会に出席しました。鳥井県議の司会で、まず高井崇志県連代表が挨拶し、災害対策本部の活動状況の報告を受けて意見交換し、県連事務所の設置、県内の支部設置、県連大会の開催、立憲パートナーの拡大、自治体選挙対策本部の立ち上げ、広報体制などにつき協議・決定し、その他についても自由に意見交換しました。終了後、玉龍会の吉田綾舟さんの揮毫による「生命」の前で残ったみんなで命のポーズを取ってみました。

立民党県連常幹
同(カリユシで)

次いで岡山市に戻り、16時半ころに短時間、玉龍会展に顔を出しました。私の高校同期生をはじめ大勢の知己が来てくれましたが、会えずに失礼しました。

玉龍会展