2012年法政大学大学院政治学講義 ホーム講義録目次前へ次へ

2012年12月21日 第 12 ・ 13 回講義「総選挙結果と今後の政治」       講師 江田五月

 

今晩は。民主党は壊滅的敗北を期してしまいました。今日はとんだ分も含めて延長戦をやり、最後の 1 月 11 日の回も延長戦で講義を行います。今日は本当にバタバタで、民主党代表が辞意を表明しているので、代表選挙をやらなければいけない。私が代表選挙管理委員長で、どういう代表選挙をいつやるか、結果がどうなっていくのか、全く見通せない状態で突っ込んでいくところです。

 

【メキシコ新大統領就任】

一つみやげ話を。メキシコ新大統領就任演説政策外交、外務省の資料です。日本の総選挙は 12 月 4 日から始まりましたが、私は 12 月 3 日まで外国にいっていました。 11 月 29 日に日本を出てサンフランシスコ経由でメキシコに行ってきました。メキシコの新大統領就任式に、政府の特派大使として。 30 日は退任するカルデロン大統領の退任式、 12 月 1 日はペニャ・ニエト新大統領の就任式、夜は晩餐会。 12 月 2 日朝 4 時頃起きて 6 時からの飛行機でメキシコを発って、ロサンゼルス経由で日本に帰ったら、今度はえんえんと長くなる。 3 日の夕方やっと成田について、そのまま大慌てで東京に戻り、新幹線最終に乗って岡山に。自宅に戻ったのは 4 日の未明で、その朝から選挙区へと全く酷い労働条件でした。

メキシコ大統領の就任式のことでお土産話をします。ペニャ・ニエト新大統領は 46 才、これから6年間人気になるでしょう。退任するカルデロンさんは 50 才で、 6 年間終わっての退任。こういう若い人が行っている。これがペニャ・ニエトさんの就任演説です。前回、カルデロンさんの就任式の際、いろいろ妨害があったそうです。それで大分困って、今回就任式はメキシコの下院本会議場で、議員だけでやったようです。それを我々はテレビ中継で宣誓式を見たのです。就任演説を外国の来賓を集めて行い、それが就任式になるのです。その会場に行ったのですが面白いんですね。僕は政府の特派大使ですから、単なる外交官の一員としての大使ではありませんでした。ところが、どこにどういうふうに行っていいのか何の連絡もないのです。誰が座席の管理をしているのかさっぱりわからなくて、あっちこっちいろいろ聞いたら、紙を配っている何人がいて、どうやらその一人が責任者で、ようやく席にたどりついたのです。ことをピシッと捌いていくというのは全くなくて、のんびりしているというのか大変でした。就任演説は 10 時にやるとかで、 10 時前には席についたが、まだ閣僚宣誓式かなんかをやっていてそれが終わって 11 時半頃、やっと就任演説が始まった。日本の大使館の人に聞くと、こんなもんです、これでもいい方ですと。就任演説が終わって、午餐会が 4 時頃から始まりました。ラテン系の人は、 4 時頃から昼飯を食べるのが普通らしく、晩飯はちょっと食べてすぐ寝るのだそうです。そういう習慣なのでしようがないんですというが、こっちはそういう習慣がないものですから合わせるのが大変でした。演説はスペイン語でした。英語の通訳を聞いて大体はわかるが、演説終わって、在メキシコ日本大使館で日本語訳のペーパーが 4 時間後にできてきたのです。何はともあれこういうことがしっかりとできるのは大したものです。この中で、犯罪の背景には大切な人を亡くした被害者がいる。大統領法務顧問に対し、議会で可決された犯罪被害者法の違憲性について取り下げ、公布するように指示した。これはどういうことかというと、議会で犯罪被害者法というのが可決した。ところが当時のカルデロン大統領は憲法違反だというので、裁判所に無効判決を求めて提訴をしているんですね。やはり犯罪被害者を救済するのは大切なことなので政権が代わって新しい大統領になったので、この法務顧問に対してこの法律が憲法違反だという訴えを取り下げてこの法律を公布しなさいと命じた。こういう中身です。

また、連邦及び各州にはそれぞれ刑法及び刑事訴訟法があり、法の網をかいくぐる犯罪者がいる。民意に対処するため、刑法及び刑事訴訟法を連邦法に統一する憲法改正案を議会に提出する。これもちょっとわかりにくいのですが、まあよく読めばわかる。メキシコはアメリカと同じように連邦国家なんですね。州ごとに別々の刑法及び刑事訴訟法があって、 A という州で犯罪をおかして、 B 州に移ったら、 B 州では罪を問えない。そういう整合性がとれてない部分があって、法の網をかいくぐるものがいる。だから州法でなくて連邦法で統一する。憲法に犯罪を罰するのは各州の権限である、とかなっていたんでしょう。そういうのを改正しようという趣旨です。ということで、これは外務省の出先の大使館の一事務官が翻訳して作ったメモで、単なる参考としてみて下さい。

ここで、平和の国家の達成がある。メキシコは平和な国として世界の国々と協同して平和な国際社会をつくるために努力すると言っている。私は今回の選挙でこの言葉を使わしてもらった。世界が皆平和国家として、国際秩序をつくる努力をしている。その時、日本はどうなのか。野田首相は中庸とか言いながら大局観を失わず、極端な排外主義に陥らず、理性的に話しあい、外交で国際紛争を解決していくと言っている。一方、安倍自民党総裁は中国、韓国、北朝鮮、まあ北朝鮮も酷いもので選挙の真最中にミサイルを打ち上げたりする。そういうような状況で近隣諸国に舐められたらいかん、国防軍をつくると言った。本当にいいんですか。国境のもめごとがあるのは世界中どこだってある。メキシコにいる時に確かコロンビアとどこかで紛争があって、国際司法裁判所が裁定 を 下し、コロンビアが負けました。コロンビアはそんなことはきけない、国際司法裁判所を脱退するとかやっていますが、いずれにしたって、国境をめぐる争いをどう解決するかが問題 です 。

「包摂国家」と最近言われ始めています る 。インクルージョン、英国の第三の道とか。貧困と闘い、国家を分断している社会均衡を是正する全ての国を組み入れ、遠隔地の国民も包摂する制度をつくり、経済、社会的均衡のために努力する。国民が子供に食事を十分に与えられる収入を獲得できる中産階級を達成させる。もう一つ、母子家庭支援のための生命保険プログラムを 2013 年度予算案に含めるということです。母親が死亡した場合、子供が大学を卒業するまで国家が援助する。メキシコでは麻薬が蔓延しています。中南米で麻薬をつくって、メキシコが麻薬の中継基地になっているのが現状です。しかも麻薬を背景に暴力団の犯罪組織があって、米国と国境を接していることもあり、銃が市民社会にはびこっている。そうした社会の中で治安を守っていき、犯罪を根絶する、この闘いは相当のものです。同時に、メキシコという国から誰もはじき出さない、そういう包摂社会を実現する。不幸にして小さな子供が残されて親が先に亡くなったら、その子が大人になるまで国が責任もって育ててあげる、そういう国家になりたいといっていました。

これも今回の選挙で私たちが考えなければならない点です。 3 年 3 ケ月前に民主党が政権についたわけですが、それまでずうっと自民党政権時代、毎年 1200 億づつ社会保障費を削った。その結果何がおきたかというと、例えば、医療崩壊。私の地元の岡山県の新見市、井原市、高梁市など、市民病院に小児科医や産婦人科医がいなくなったりしている。田舎で育った女の子が都会に出て結婚してお腹が大きくなって、最初の子は実家に帰ってお母さんに是非手伝って欲しいと言ったら、お母さんが、あんた帰ってきちゃだめよ、この町には産婦人科医がいないよ、こんなことになってしまっているんです。それを切り替えて、社会保障費を削るのを止めて、大変な財政の状況ではあるが、医療費もほんのわずかですがプラス改定したり、子育て支援とかいろんなことをやって、そうした社会保障が崩壊寸前、これを何とかくいとめる、一方、財政も崩壊寸前、自民党・公明党と相談して消費増税はやる、ちゃんと社会保障に使う。こうした直面している、どうしても逃げられないことを前へ進めるためにやってきた。民主党政権のもとで社会保障を立て直して、万一不幸が襲ってきたときもちゃんと社会の支えがある、こういうことをやるのがいいのか、それともやっぱり自助努力ですよ、公助・共助に頼るようなそんなヤワな人間は要りませんよと言わんばかりのそういう自民党政治がいいのか、選挙の選択の参考に是非してほしい。そんな事で選挙をやりましたが負けました。

ペニャ・ニエト大統領と午餐会があった夜、 10 分程話をして、ぜひ、日本に来て欲しいと招待しました。メキシコは経済成長期に入っていて、恐らくブリックスのような地位をしめるんじゃないか。メキシコは長く低迷したわけですが、ここにきてぐうっと成長期に入った、日本も自動車メーカーなど進出して、資本を投下している。マツダ、三菱など小さな町に出て工場をたて 3000 人雇用するというのは大変なこと で なんです。そういう日本を大切にしながらやって下さいねと。メキシコとカナダが TPP に参加していく、日本はどうなんだ。講義をやっている時期に、カナダとメキシコ両方行ったことになりました。メキシコとの関係をますます強くしていかなければならないと思いました。今度のペニャ・ニエトという大統領はメキシコの伝統的、長く政権を担当していた政権がカルデロンに取って代わられて、カルデロンの政党が 6 年間与党でやっていたんですが、元に戻った。今の日本の状況と似ていないわけではないんですが。ペニャ・ニエト大統領率いる政党が長く政権担当していたが、全く新しくなってガラッと若返って国民の信任を得て、今回返り咲いた。メキシコの話はこんな程度で。

(学生)メキシコに行かれてイメージが変わった点があれば。

(江田)メキシコには 1996 年に行ったことがある。衆議院からの海外派遣団の一員で行った。サンフランシスコに行って、メキシコシティーに行って、ペルーのリマに行った。共通点があるのは、大地震が起きた国で、自然災害への対応をテーマに視察した。サンフランシスコでは、 FIMA  州政府が動きがとれなくなった時、連邦がダァーッと出て行って、いろんな権限を持って、復興のために力を発揮する。それを日本できっちり導入できないまま、昨年の東日本大震災になってちょっと、あれができていたら違うのかなと。地方の村役場とか町役場とか全く機能マヒしたところがあった、そういう時に県とか国とかが出て行っていろいろやれる、そういう法制度が整っていたなら多少違ったかもしれない。

ペルーに行った時、青木大使にいろいろお世話になりました。帰国したらペルーの日本大使館がならず者に占領されて青木大使も監禁、かなり長く監禁されました。大使から X マスカードが届き、監禁されているのにたいしたことないのかと思ったら、監禁される前に出したカードがかなりたってから届いたのでした。

メキシコは前に行ったときはあまり気づいたことはないのですが、今回は大渋滞で、あの渋滞なら会議が遅くなっても皆が待つのかもしれないとも思いました。空港に降りる時、道路が真っ赤でした。車が渋滞でブレーキを踏んでいるので、空からみても明らかに大渋滞なのがわかりました。

日本メキシコ協会、日系の人たちがつくっている組織があります。そこへいって、日本語学校に行ったり、企業展開している日本人の皆さんと食事をしました。日本人の移民というとブラジルとかペルーですが、違うというのです。ブラジルやペルーの前に実は最初にメキシコに来ていると言うのです。榎本武楊が派遣したのが最初で、そのことを日本人は理解してくれていない。記録もちゃんと残っています。日墨交流史という分厚い資料をいただきました。かなり古くから日本人が移民して、メキシコ社会にしっかり入り込んでいました。

大統領選挙と同時に議員選挙があって、日系の議員が3人当選し、その皆さんともお会いすることができました。そして、やっと議会にまで登場するようになってきたのです。日系人全体で 2 万人とか、その中で 3 人が議員に当選したのは比率が高いといえます。

メキシコだけでなくどこでもですが、結婚すると自分の名前と結婚した相手の名前、サーネームが 2 つ続く。結婚したらどっちかの名前にするなど関係ないよう。

(学生)中国からも来ていましたか

(江田)いました。アメリカはライデン副大統領が、中南米から各国から。ヨーロッパは大使が来ていたり。 100 ケ国以上代表が来ていました。メキシコが今経済の成長期に入っていることを反映しているのかもしれません。やっぱり大事な国ですよね。全く余談ですが、メキシコと日本と一番つながりが強いのは、在京メキシコ大使館と参議院なんです。参議院議長公邸の隣がメキシコ大使館なんです。塀ひとつへだてているだけで。議長公邸の桜は豪華爛漫、メキシコ大使館も一定程度、桜があって、メキシコ大使館は公式行事として花見があって、太鼓を叩いたり、料理を出したり、メキシコ大使に言うんですよ、お宅の花見は参議院の桜を借景で使っている。両方を行き来しているものがいる。人間じゃない、動物、ハクビシン。どこで行き来しているのか、誰もみたことはない。薔薇の花壇にハクビシンの糞がある。ハクビシンが取り持つ縁で、メキシコ大使館と参議院はお隣同志で、領土問題は抱えていません。

これからメキシコは日本の投資国としては重要になってくるでしょう。

(学生)日本から ODA はどのくらいいっていますか

(江田)メキシコはもう ODA の供与国ではない、企業の投資は大分行っている。

(学生)国民性は穏やかですか。

(江田)あんなに渋滞していても怒らないのだから、穏やかですよ。ただし、銃があって麻薬があって、犯罪組織があるのは確かです。これは文字通り殺し合いをやっている。カルデロン大統領の 5 年間で治安要員が 3 万人死んでいます。まあメキシコの話はこれくらいで。外交というのは継続性が大切なので、こうやってほんのわずかですが作ってきた日本メキシコの友好関係を次の政権でも生かして欲しいと思います。マツダが工場を進出するという計画が発表された、この半年間、そこで投資を 30 億ドル( 3000 億円)行うそうです。これは相当な金額です。

 

【総選挙】

選挙ですが、まあ大変な選挙でした。自民党が 296 、衆議院 480 の 2/3 は 320 、自公合わせて 325 になりました。過半数をこえる、次に安定多数、全部の委員会を一つの政党でとれる、絶対安定多数、これは全部の委員会で委員長をとった上でさらに全部の委員会で過半数、それをはるかにこえてその上の 2/3 を超えるという、そこまで自公がとりました。衆議院の各派協議会で話し合ってきめていくことになります。議長は自民党、副議長は最大野党の民主党から出すことが決まったようです。

民主党が 57 、 3/4 落ちました。やっぱり劇的なのは菅さんでしょうかね。菅伸子さんが最後の最後まで粘る、あんたらしいわと。小選挙区で落ちてこれはダメかと思った。東京の比例は民主党が 2 名だったが、最後は 3 名確保となり、菅さんが 3 番目で復活した。首の皮 1 枚でつながった。おまけに本人は交通事故でケガまでした。僕はびっくりしてね。交通事故だというから携帯に電話して通じなかったら、大変だろうと思い電話したら、本人が出てきて心配かけましたと。車が道路の真ん中のポールにぶつかった。選挙期間中は候補者や SP の場合、シートベルトを締めなくともよいことになっている。締めていないものだから、ぶつかった瞬間に放り出されて、頭でフロントガラスをわった。 12 針ぬった、交通事故でケガして同情票が入るより、逆じゃないかな。弱り目に祟り目で、あんなものはついていないからもう入れるのは止めようと。

福田衣里子さんは、長崎で衆議院議員でみどりの風にいきました。谷岡、行田、亀井、舟山が結成。このみどりが、日本未来の党、滋賀県の知事が率いる、そこに合流。当然、近畿の比例名簿のトップにのると思っていたが寸前に待ったが入ったのです。現職優先だけではダメ、小選挙区で闘って比例にのるのが筋だと。小選挙区候補が同列で第一位となり、比例区だけの候補がその後になる。福田さんは小選挙区で最初からでていないので、候補者登録の段階で既に敗北が決まったも同然になりました。そのくらいのことは嘉田さんに何が何でもと言わせるぐらい念書でもとってやっておけばよかったのに思うが、まあそういうような悲劇が一般にある選挙でした。この選挙で自民党がもう一回政権に復帰する、安倍政権が 26 日に誕生することになったんですが、どうでしょうかね、私はやはり心配します。逆に言えば心配するような事をやってくれないかもしれない。例えば、近隣諸国に舐められるんじゃない、国防軍をつくると言ってきたんですが、韓国との関係みると、竹島が日本の領土になった記念日 2 月 22 日に政府主催の行事はやめると決めたり、本来の安倍色というのは少なくとも参議院選挙までは出さずにいくのかな。そういう政権交代ですが、自民党の方を私が心配する立場じゃないが、民主党の方もいろいろ心配で。民主党政権に対する厳しい評価を選挙でいただいた、それに尽きるですが、どこに対する厳しい評価というと、マニュフェスト違反もあるでしょう、それに民主党が分裂して随分仲間を失った、分裂騒動を起こして安定性を全く欠いていたということもあるでしょう。それはそれぞれに批判を受けるのは当然なんですが、ただ 1/4 になった、 57 になった、その数だけでみてもいけないんで、自民党は絶対得票率でいうとそんなに増えていない、比例の得票数も 2009 年とほぼ同じ。自民党が勝ったという評価にならない。これは安倍さん自身が信任が戻ったとは言っていない、まさにその通りで、民主党が負けて、民主党の票が自民党にいったのではなくて、維新とかみんなの党に行ったんだと思います。もう一つ特徴的なのは投票率が 10 %下がっている、これは大きいですよね。選挙にいくつかの原則があるんですが、棒杭(ぼうくい)の原則というのがありまして、海の沖の方に杭があると考え、潮が満ちると杭が隠れる、潮が引くと杭が出てくる。今回 10 %下がった、大潮、本当に引き潮になって、杭がずうっと出た。自民党の旧来の集票組織、医師会、経済界、農協、など自民党集票マシーンがきっちり票を出しました。投票率が下がって、自民党の杭があがってきたというのが一つある。民主党に入っていたものも下がって、投票に行った人の分も民主党から逃げて他に行ったから、これだけの大惨敗になったというのが一つ。もう一つ三乗の法則というものがありまして。これは何かというと、小選挙区というのは、得票率の3乗の議席になる。得票率が 1 対 1 だと、議席は 1 対 8 になる。日本の場合は小選挙区だけでなく比例代表も加わっていますから、 1 対 8 にはなっていませんが。小選挙区の場合は得票の割合に従って議席が配分されることにはならない。これはわかっていた話で。 1993 年から 1994 年にかけて今の小選挙区制度を導入しました。導入する時、私は細川内閣の一員で閣僚に入っていたわけなんですが。これは意図した制度設計、つまり衆議院は政権選択の選挙。メリハリついた政権選択にしよう、有権者の分布そのままの議席配分だと政権選択はメリハリがつかないので、 51 %とった政党は 70 %ぐらい議席とって、信託を受けた期間は思い切って鮮やかな政権運営ができるようにしよう、とういうのを意図したわけです。 2009 年民主党が大勝したときも議席の通りの票の分布にはなっていないはずで、今回も同じことです。民主党が 1/4 になってもそんなに悲観する話しでなくて、制度に由来する部分もある。 1993 年カナダで選挙があって、その時政権担当した政党が百数十議席あったが、選挙の蓋を開けたら 2 議席に減ったという例もある。これは小選挙区がだから悪いというのか、そういうものなか。私はそういうものなのだと捉えているのですが。そういう制度によってガアーと振れるのがいいかどうかはもう一辺、議論してみなければいけないとは思います。一定の幅のなかでぶれるのは想定内でいいのですが、今回の場合、一定の幅の中より、ポーンと向こうに行ってしまうのはどうかと考えます。そういう制度で政治家がしっかり育つかというのがもう一つあって、明日をも知れぬというふうになってしまうものですから、政治家には地域の冠婚葬祭、どぶ板にしかできなくなってしまう。そうした懸念があります。

 

【民主党の再生】

民主党はどうやって再生するか。今日も議論をしていたんですが。ここまで壊滅的な打撃を受けて、今の執行部、野田代表、輿石幹事長以下三役は辞意を表明、今は次の人が決まるまで残務、日常の業務を行う。次の代表をどういう手順で決めるのか確定していません。明日、地方の代表が参加して意見を聞いて、 25 日に両院議員総会で代表を決めることをめざしていますが。開けるかどうか。来年党大会でとの意見もあるが。 25 日に議員総会をやってそこで立候補者がでなかったら壊滅的な打撃どころか、壊滅になってしまう。その選挙管理委員長をやらなければいけないので重大だと思っているのです。

私は民主主義というのは国民が政権を選んで、政権の政策によって国民が自分で選択した未来を進んでいく、これが民主主義なので、やはり国民が政権を選ぶことが必要、選ぶに選択肢が一つしかないのではこれは選ぶことにならないので、やはり二つの選択肢がいる。二つ以上ですかね、あまり数がたくさんあったらいいわけでもない。自民党という政権選択肢がある、もう一つ何か政権選択肢が必要なんですが。一つは保守路線、これまでずうっと歩んできた道を大切しながら少しずつ改良を加えていく。もう一つは、日本の場合、国が今まで歩んできた道というのは世界全体からみたら、民主主義とか、リベラル、人権とか、社会保障とかそういうところが弱いものがあるので、そういうものにしっかりと軸足をおいた民主リベラルとういものと、その間で国民が選択して一定の幅の中で前へ進む。民主党が政権担当を始めたのは第一歩で、それが完成しているわけではなく、今回の状況ですから。ここは民主党が頑張らなければいけない。全体からみると日本の国民の中にやはり自民党的保守的なものと民主リベラルと同じぐらいな敷地の広さはあるんだろう。今、自民党の敷地の中に巨大なビルが建ってしまった、片や民主リベラルの敷地には大きな空き地が残っているわけで、そこにしっかりと建物をたてて政権交代をもう一度実現する、それによって初めて日本で政権交代政治というのが安定的に推移していくとこまでいくんではないか。だから、民主党はそういう意味では日本の政治の歴史の中で重要なミッションを負っている。民主党はダメだから、自民と維新で政権交代やりだしたら、右競争してどれだけ右へいける競争しようとなり、これは私が考えている政権交代とはかなり異質に、世界政治の流れからいってもかなり異質のものになるんで、そういうものにさせるわけにはいかない。公明は独特の政党ですから、公明党が存在するのは創価学会という基盤があるからでそれ以上のものはない。みらいという政党、個人的にいえば、民主党を裏切ってどこかへいって、しかも選挙互助会でなんだかわけのわからない右往左往して、その結果、嘉田さんは見事に乗せられてしまった、本当に御可哀想ではあるけれど、やはりちょっとお手軽すぎるし、国民を舐めているし、後ろめたい政党なんだろう元々、そういう感じがします。それに比べて、みんなの党とか、みどりの風とかはまだいいが。みんなの党もわかんないんですよね。渡辺よしみさんは参議院選挙ではこのままだと自民党にやられるので、維新とも民主党とも選挙協力を考えなければならんと言ったというんですが、そういいながら政策が大切だと。みんなの党の政策をみるとちょっとわかんないところがいろいろあって。民主が維新と参議院選挙で協力やるとこれは民主が民主でなくなるのでなかなか難しい。社民、共産はちょっと論外で。そういう状況の中でやっぱり民主党はしっかりやらなければならん。代表を早く決めるのがいいのか、それとも民主党のミッションは何であるのか侃々諤々、みんなで議論して、そして民主党の改革の方向をしっかり定めて、その改革をトップリーダーとして進めていく、そういう人を選ぶとういう格好で民主党の代表選をやった方がいいのか、多分理屈としては後者の方がいいんだろうと思います。とにかく慌てて顔を変えてというより、民主党のあるべき姿をしっかり皆で共有のものにして、それをミッションとして背負う代表は誰がいいのか。ただ問題は、そういうふうには進まない。野田さんは辞意を表明している、今の執行部が新しいことやる権限は与えられていません。一方で首班指名、補正予算、本会議とどんどん進んでいくわけで、民主党が民主党とは何であるのかという議論を一生懸命しているのでは、現実政治の流れとおよそ噛み合わない。今の執行部のもとでこの選挙の総括をやったら、民主党かくあるべしという議論の前に、何故こんな時に解散したのか、そこから始まって、何故消費増税したのか、何故 TPP と言い出したのか、としっちゃかめっちゃかで、それこそ壊滅の道に行くんで。壊滅させて次に今の民主党中道の広い敷地に立派な建物を建てる、僕自身は 35 年でやっとここまで来ているんで、もう一辺、 35 年間生きろといってもそれは無理な話で、そんなに待っていられないことだと思うので、早くここは次のスタートをとにかく切って、切ったスタートの歩みの中で民主党かくあるべきとの議論をしていくべきだと思う。まあ選挙のことはこれから皆さんまたいろんな疑問点なり、論議のポイントなりを出していただいて議論したいと思います。

岡山ですが、前回は一区が高井たかし君、これは比例で、一区小選挙区は自民の逢沢さんが通りました。二区は津村啓介君が小選挙区で通って自民は比例復活なし。三区は平沼赳夫さんが小選挙区で当選、比例で自民の阿部さんが復活、民主党は西村君ですが通っていません。四区は柚木君が通って、自民は比例復活していません。五区は自民の村田さんがと通り、民主の花咲さんが比例復活、自民の加藤さんが自民党の比例で当選。今回は二区、四区で民主党が小選挙区で通ることにより、中国ブロックの比例数を確保したいとやったんですが、結果的に、二区の津村、四区の柚木は負けて、比例で復活した。中国ブロックの民主党の議席は二つで、岡山の民主党が二つ占めてしまった。誠に申し訳ない。民主党最高顧問として他の4県に申し訳ないことしたなあと。総選挙はざあっと思い返すことはそんなことなんですが。

(学生)姫井さんは。

(江田)はあ、姫井由美子さんを御存じですか。ぶって姫、一世を風靡した人なんですが。岡山県一名区、私は総責任者で、姫井さんより長く選挙カーに乗ったんですが。片山虎之助さんを落として大金星を挙げたのですが、その後、ちょっとしたスキャンダル問題が報じられて、謹慎すればいいのに、やめとけと言ったがテレビにでて総スカン食って、彼女を来年の夏の岡山参議院選挙に出すのは到底無理、擁立することで民主党を受けるダメージが大きい。彼女に別の道を、比例区で出たらどうかと勧めた。岡山県からの選挙区候補としての擁立はしないと言ったら、彼女はそのまま飛び出して、小沢さんのところ、国民の生活が第一にいき、そして今回、みらいに行って参議院議員を辞めて千葉 8 区、柏で出て 1 万 8 千あまりで惨敗した。彼女としてはいい選択をした。柏は都市部で浮動票が多い。福島原発のホットスポットですから、放射能について非常に敏感になっている所ですから、そこへみらいの嘉田さんの旗印で出れば浮動票が集まると踏んだ。そう簡単には行かない。ということで姫井事件については落着しました。姫井さんは 12 月 8 日参議院議員を辞めた。その議席を埋めなければいけないとなれば、 4 月の第 3 日曜日に補欠選挙があるんですが。法の規定によって、 4 月の第 3 日曜日から復活するんですが、復活した議席が3ケ月以上なら補欠選挙をやる、3ケ月未満なら補欠選挙はしない。従って姫井さんの場合は補欠選挙はありません。姫井さん以外に、何人が参議院議員から今回の総選挙に出た方がいる。参議院比例の場合は繰り上げになっている。

 

議員歳費削減と定数削減。民主党の中にこういう議論がありました。消費増税、国民の皆さんに負担をお願いする前にやることがあるんじゃないか。無駄の削減、国会議員が身を削るべき。 11 月 14 日の党首討論の時に、野田首相は、国民に信をといましょう、但し、一つ条件があります。衆議院の定数削減をしましょう。と言った。 0 増 5 減、比例 40 削減、その内 35 を連用制に、民主党は衆議院に出しました。 0 増 5 減の自公案と民主党案が両方とも衆議院を通過した。民主党案はお蔵入り、自公案が参議院本会議にかかって可決された。それだけでは足りないので議員削減を必ずやって下さい。今国会でできないのなら、次期通常国会で必ずやって下さい。その担保として国会議員の歳費を2割削減する。衆議院の定数削減ができた段階で、 2 割削減を戻すかどうか考える。定数削減ができない場合は歳費削減はずうっと続く。通常国会が開かれたら、定数削減の合意はしているが数字の合意はしていません。これからどういう合意の実現、定数削減にたどりつくか。そういう課題があります。

合わせて 0 増 5 減でやっと憲法違憲状態から脱するわけですが、しかし、今回は最高裁から違憲状態だと言われたままで選挙を行ったので、この選挙は無効であるとうい訴訟がどっと出された。これについて裁判所がどういう判断をするのか。違憲状態ではあるがこれを解消する手立てで国会はこうした、何もせずに違憲のままで選挙をやったんではないのだから、まあ許して下さいという理屈なんですが、その理屈が裁判所で通るかどうか。最高裁も憲法違反だから無効だとは言いにくい、最後に首の皮一枚、残っておれば何とか違憲状態ではあるけれど無効ではない、というんじゃないか。

(学生)裁判所の判断はそんなにすぐでるのでしょうか。

(江田)それはわかりません。だけど結構早い場合もある。通常国会で、定数削減をやり違憲状態を解消する。

(学生)衆参同時選挙はあるのか。

(江田)来年はありません。3年半後の参議院選挙でダブルをやる可能性はあるが。来年の参議院選挙は、 6 年前民主党が大勝したので民主党は厳しい。安倍首相は参議院選挙までは安全運転するのではないか。安全運転していても本当に悔しい思いをするところがあって。例えば、高校授業料無償化を実現したんですが、これに所得制限を入れるとうい方針をどうも固めたようだし、障がい者差別禁止プロジェクトチームを民主党がつくって僕がその会長をやって、各省庁、団体のヒアリングをやって、今日、中塚大臣に手渡してきたんですね。政府の方でも障がい者差別禁止政策委員会をつくって意見書をとりまとめた。解散がなければ来年の通常国会に、障がい者差別禁止法を国会で通して、それを受けて障がい者権利条約を批准するという段取りで進んでいたが、こういうものも幻と消えるんでしょうね。その他に、人権委員会設置法、閣議決定して臨時国会に提出しましたが、これも海の藻屑状態ですね。

メキシコに行っていたとき、日本の状況を調べてみたんですが、インターネットで、人権委員会粉砕とバナー広告があった。ネット右翼が騒いでいるのかと見たら、広告主は自民党でした。自民党の中が全部反対なのではなく、逆に人権委員会をつくるという人たちもいる。ネット右翼の影響は安倍政権で強くなってきている。ハーグ条約関連国内法もどっちへ転ぶのか、これも苦労して法案提出しているがわからないですね。まあ、定数とかの話はそういう感じです。

(学生)野田首相は定数削減を掲げて選挙で PR しようとしたのか。全く空振りだった。

(江田)野田首相自身は、国民に負担を求める前にやることがある。定数削減は約束を取り付けました。もともと民主党の法案に 40 削減が入っている、それを呑まなかった自民党はやる気がないと言っていたが、選挙の中ではあまり影響はありませんでした。

(学生)政治の世界では政治家は何言っても嫌われる、次に何言っても無視される。野田さんは無視されたんではないですか。

(江田)野田さんはぶれない、結構いいよとの声はあちこちで聞かれた。民主党で鳩山、菅、まあ無責任、ぶれる。しかし、野田さんは、保守層から評価高かった。

(学生)野田さんは自民党と同じよう。民主党政権を選んだものからは、野田さんは自民党と変わらない、だから自民党でいい。

(江田)全部言い訳の理屈になってしまいますが。野田さんは自民党とは違うので、だったら自民党でもいいじゃないという人には多分説明すればそうじゃないんです。政策的には自民党と同じでも、自民党の利権体質・しがらみ体質は民主党は引きずっていない。もし同じ政策であっても政権交代する必要は意味がある、何故ならずうっと長く一党政治が続くとかならずそこに澱みができる。溜った水が腐っていくように、それが利権であったり、しがらみであったり、裏の裏であったり、同じ政策でも違うチームがやるとそこに流れができるんです。今回は近隣諸国とのつきあいのことであるとか、社会保障の根本の発想であるとか、野田民主党は違いがあったのだ、ただ聞いてもらえなかった。

それからもう一つ、政権運営というのは、どこの政党、どんな勢力が政権担当しようが、やらなきゃならない一定の政権運営の仕事というのがある。これは大部分がそうなんです。政党が違うことによって、その政権運営の誰がやってもやらなければいけないことに加えてほんのちょっとだけ、独自性をだせるものがあって、その独自性を出せるものをばあっと民主党はいって、全然世の中変わるんだ、確かにそういう選挙を 2009 年にやったのかもしれない。それは本当は無理があるのは当たり前でして、しかも、今の日本の状況というのは、政権担当でやらなければならない仕事は嬉しい仕事ではない、自民党はそれを敢えてやらずにどんどん先送りして、財政再建とか社会保障の確立だとかやらなきゃいけない仕事がある中で、政権を担当すると必ずやらなきゃいけない、しかも、先送りされて残っている荷物を民主党は背負いました。だから重い荷物を背負ったのはいいけれど、リュックサックの底が破れていてボロボロボロボロ落ちてしまうものだから、そこを直しながら前へ進まなければいけない、非常に困難な政権運営を強いられていたことは確かでした。これも言い訳でそんな事は聞いてもらえないけれど事実でした。

(学生)小沢問題というのは結局何だったんですか。

(江田)小沢さんというのは壊し屋としては超一流で、ものを作るというのはなかなか下手な人かな。だから、見事に民主党、民主党政権を壊して、自分がつくったみらいの党も壊してしまった。あざやかですよ、この壊し方は。みらいの党で小選挙区で通ったのは小沢さんと誰か、亀井静香か、あの人が何故みらいかはわかりません。その二人はみらいといっても、過去といわれるならわかるけど。あとは比例の当選者でしょう。嘉田さんを使って何かやろうとしたんだろうが。

(学生) 2009 年当時は、小沢さんは幹事長で民主党の最大の実力者だったのでは。

(江田)あの当時、小沢さんが官邸に乗り込んでこれは国民の要求といえ、マニフェストを無視しようというのが二つあって、一つは子供手当の所得制限を入れろ、もう一つは道路特定財源の暫定税率を残せ。鳩山首相は、所得制限は採用しなかった。暫定税率残せというのは採用して、温暖化対策、環境税に看板を塗り替えて暫定税率残した。いずれにせよ、マニフェストなんていいんだと言ったのは小沢さんです。もともと小沢さんという人をどう考えるかは大変で。鳩山さんが代表に復帰した時に、中野寛成さんを幹事長にした、大ブーイングが起きた。その大ブーイングを何とか処理するため、面目を一新しようと、鳩山さんが小沢さんとの合流を言い出した。我々はそういう動機不純な合併はダメだと猛然と立ち上がりました。ところが菅さんが代表になった時に小沢さんとの合併を言い出した。これは政権交代までもっていくためには、自民党にかわる政権をつくるわけだから、自民党以外の勢力を大きく結集することが大切で、様々なことがあろうとも大きな結集をやってそこへ流れをつくって政権交代していくために、小沢さんとの合併をやったんですけど。合併まではいいんだけど、小沢さんにやっぱり一定の抵抗感がある人たちが非常に強くて、それは前原さんであり、野田さんであり、そこの確執はずうっと埋まらないままで野田政権になった。まあいずれにしても小沢問題は問題だけど、もう終わったんじゃないですか。

小沢さんが多くを引き連れて民主党を離党して国民の生活が第一をつくった時に、これで小沢退治がやっと終わった、獅子身中の虫を自ら抱え込みながら、それを何とか放りだして終わった。その追い出した虫に見事に食い破られた。獅子身中の虫が飛び出す時に、本体を食い破った。

(学生) 3 年前に 308 議席をとった。マニフェストでいろんな項目を提起された、国民はあれっと思った、やってくれるのかと。できなかったことについて国民からみると説明何故してくれないのか。国民が考える。今回の選挙は国民が消去法で投票した。シンクタンクをつくって、国民に政策を説明して欲しい。

(江田)それはやらなければいけないが。シンクタンクは民主党結党以来の課題で。シンクタンクはつくったんです。市民がつくる政策調査会、これは市民運動の方々が自主的につくったシンクタンクで、これと民主党とはつかず離れずの関係では、そこでの政策提言を受けて市民政策懇談会が民主党の中にあって、それで連携プレーで政策提言をしたりしたことがあったり。それと別にもう一つ、シンクネットがあった。しかしなかなか。民間のシンクタンクありますよね、それは実際やってみるとなかなか大変で。国民の皆さんからいただく政党助成金でやっているわけですが。今、政党のシンクタンクに本当に役にたつ、仕事できる人がきてくれるのは非常にとぼしい。だから、ない知恵を絞って、いろんなシンクタンクをネットワークして機能させようとしたがうまくいかなかった。これはもう一度ちゃんとやるのと、それからアカウンタビリティーの話ですが、これもやっているんですが、さっきの話しで、民主党が何を言ってもなかなか届かない。今度の選挙でマニフェストを配っていますが、恐らく、民主党のマニフェストを本気で読んでくれる人は皆無に等しいかなと言う気がするんです。僕自身も選挙のお願いをする時、私たちは子供手当 26,000 円を約束しました。残念ながら 26,000 円は実現できませんでした。 2009 年のマニフェストは野党時代のもので、行政が握っている情報が開示されないままに作ったマニフェストですから、かなり真贋のつもりで見極めてつくるしかなかった。実際、政権担当してみるともっと財政状態が悪かったと、とても 26,000 円なんと届かない、いろいろ無駄を省く努力をして、これはかなりやったんですけど、しかし我々が思った程、無駄じゃぶじゃぶではなかった。それは当たり前といえば当たり前ですね。自民党政権だって、もいい加減なところもあるが、一生懸命やっているところもあるんで。

財政の限界があった、それとリーマンショックがあったり、地震があったりで思わぬ出費が嵩んでとてもその金額には届きませんでした。というのは弁解ですが、そういう理由はあるけど、いずれにしてもできなかったことは事実だから、これはお詫びをする。お詫びはするが、それでは何もできなかったというとそうではなくて、中学まで全ての子供たちに新しい形の児童手当を支払するということはできたんです。それは親のパチンコ代に消えて子供をほったらかしになっているのを知っているか、そういう親ばかりではないと思うが。仮にそういう親に出会った時にどうしますか。今までだったら、子育ては自分の仕事だから、お前の責任だと言われたらどうにもならない。しかし、子供というのは未来の希望なので。両親の希望であると同時に社会の未来の希望だから、社会の未来の希望を育てるというその仕事のわずかですがお手伝いをさせて下さいといって、皆さんから集めた税金をその児童手当で出しているんだから、社会全体もあなたの子育て、私たちの希望にそうのとは違う、何でも文句言っていいわけではないけれど、そういうことが言えるようにしよう。 つまり、子育ては社会化という理念を実現した。これを前に進めるのか後ろに下げるのか、なしにするのかもとのままでいくのか、これが今度の選挙のテーマですよといったんですが、なかなか届かない。

一つ一つのマニフェストについてこれはできませんでした、これはここまでできましたというのを今度のマニフェストに書いてあるのはあるのですが、なかなか届かない。政権担当というのはマニフェストの実現は国民との約束事ではあるけれど、誰がやっても同じ政権担当という思いはある。それを上手に説明しきれなかった。最近、ある先生から本を贈ってもらって。正村公宏という、専修大学、日本の危機とかいう分厚い本で、この先生の言いたいことは、とにかく世の中を改革するというのは一歩一歩ですよ、一気にわぁっと変わると思うのは間違いなんですよ。一歩一歩変える、それを国民も政党もわかってなければいけない。そこと今の政治状況とがかなり外れている

(学生)民主党は政権交代が一番の目的だった。 2009 年取ったら、目的達成してしまった。自民党なら改憲、社民党なら護憲とか。民主党というのはそういうのが見えてこなくなっている。民主党とは何のための政党なのかというのを今回出し切れなかったのではないか。次の参議院選挙までに民主党は何の政党なのかを言わないと又、同じ繰り返しになるのでは。

(江田)そうですね、政権交代を言ったんですが、自分たちが政権につくことが目的で言ったんではなくて、政権交代で何をやるんだというのは当然あったんですね。そのうちのかなりの部分は実現できているのではと思っています。先ほども申し上げましたが、同じ政策で政権交代によって透明性が増してくる。今回かなり透明性が増したと言えるのではないでしょうか。民主党は誰がこういった、あの人はこうだとか、自民党の場合そこは慣れているから、そのあたりは全部伏せて、最後に結果だけぽっと出すから。民主党の場合はそのプロセスも全部、出てしまう。いずれにしても透明性は増しました。構造汚職みたいなものは、中央集権の権限があって、そこに利権が絡みついて、その利権からあがる利益で集票活動をやってという、そういう政官業癒着構造から出てくる不祥事というのはなくなっているのは確かです。おおがかりな構造的なものは消えている。そして政策面でも、自民党はどっちかというと自助中心、それに対して公助中心の視線を、安心の視線をちゃんとつくろうとか、まあ新しい公共とか、さっきも言いましたが、障がい者差別禁止、これは政府の政策委員会の中に、車いすの人たちがちゃんと入っている、主査とかポストを与えられて役所の中に市民が入り込んでいるというのがあるんです。そういう役所機能の質の変更ということ。

それから NPO 税制なんかこれも大きな話で、自民党時代、どんなに言っても NPO 優遇税制やらなかった。いくつもあるんで、そこは政権交代のための政権交代でなく、政権交代をしてやることはしていたと思いますが、国民の皆さんが判断するところであります。

新しい公共、それはいいんですが、欠けているところがある。市民参加、行政を市民に開放する。最近、橋本維新代表代行が言っている、市民参加でなくて、行政機能を市民に預ける、渡してしまう。ままそれでもいいんですがね。しかし、パブリックとプライベートはやはり別で、公という部分がちゃんと保たれてなきゃならん面はあるから、徴税機能まで市民でやって下さいというわけにはいきません。しかし、いろんな行政システムの中に市民が入り込んで市民との協同作業によって事を進めるというのはあって、協同という理念はずっと前からありますが、新しい公共の中にそういう要素がちょっと弱かったと僕は思っています。いずれにしても政権交代のための政権交代ではないのです。それははっきりしている。ただ薄れたのです。薄れたからそこを突かれたのは確かです。それは実際、政権を担当しだして、沖縄で躓き、消費増税をあえてやらなきゃいけなくなり、本来、民主党がやりたいことと違うことがなんか非常に目立ったのは確か、だから次の参議院選挙に向けて民主党とは何ですか、民主党は何をやるんですか、これはかなり真剣にわかりやすく、全党共有する形でつくらなければいけない。マニフェストは政治文化、選挙文化を変える営みではあったんですけど、なかなか難しいです、実際やってみると。というのは総選挙は突然来る、かなり前から準備するのは難しい、最後はかなりやっつけ仕事でつくる面があるんです。だから、マニフェスト選挙を理想として掲げながら、現実はやっつけマニフェストになっているところがあって、というのはその面が非常に強かったのです。あのマニフェストの失敗の責任は誰にあるんだ 2009 年マニフェストと民主党の中で議論する動きもあるし、誰に責任があるかというと小沢さんなんです。 2009 年マニフェストを作る時は鳩山代表、小沢幹事長だった。小沢幹事長がこれだといって、例えば子供手当 26,000 円という数字、あれこれねってできたんじゃなくて、僕の知っている限りでは小沢幹事長から結果ふってきた数字なんですね、そんなものがいくつかあって。その前のマニフェスト、僕も実際関わったことがあるんだけど、皆で議論して皆で共有して、議論のプロセスを皆で共有しながらマニフェストができるよりも、一定程度議論はするけれど、最後は代表、幹事長がやあっといってやる、項目を5つにするか7つにするか、どこかでぼーんと決めることがあって、なかなか思い通りにはならないですね。

(学生)ネックストキャビネットをつくったのにそこで議論をしてまとめることができない、ネックストキャビネットが弱かったのでしょうか。

(江田)ネックストキャビネットでは、僕は法務ネクスト大臣をやったこともあるんだけど、その時その時政府が出してくる法務省関連についてどういう態度をとるか、ネックストキャビネットで議論してやるんだけど、独自の政策、例えば法務省関係だと人権だとか、夫婦別姓だとか、可視化とか、まあ単発だったかもしれません。

(学生)江田さんのめざすものは政権交代と市民政治の実現の二つの柱があった。 2009 年には市民政治が実現するんではないかという期待があった。市民の一票で政権が交代してね。しかし市民政治ではなくて、新しい公共も、そこに登場したのはいわゆる市民であって市民の声が出なかった。

(江田)市民政治というのは、一つは市民参加と、一つは政策的に市民の感性だったものと。政策的には生活者、消費者、納税者などいろいろやったと思うが、そういのが市民の討議の中でだんだん出来上がってくるというのは難しいことですよね。市民政治というのはなかなか道遠し、しかしこれで止めるわけにはいきません。

(学生)シンクタンクですが、今の政党助成金は国民一人がコーヒー一杯分出して 250 億円、もう一杯だしてもらい、立法府にシンクタンクをつくる。

(江田)多分、もう一杯コーヒー代もらうのはなかなか簡単じゃない。市民主導と官僚主導と混乱しているところがあって、もうちょっと官僚とのつきあい、使い方、これは民主党は総合的に言えば失敗した、官僚の皆さんがいけないのではなく、官僚制というのも非常に重要な機能を持っている、これは歴史的にも国際的には重要なものなんです、官僚というのは。それをまるで、あんなものは敵だとか、いってちるようではどうしようもならない。官僚の外にもう一つシンクタンクをは野党はわかるが、与党はどういうふうにもっと使うかですよね。野党のシンクタンクで一時議論したのは、国会図書館をもっと膨らませて国会図書館を大きなシンクタンクにしていろいろやろうと。これはたとえば科学技術なんかについてこれはなかなか専門的なことだから、エネルギー政策をどうする、脱原発に持っていくためには単に再稼働を止めれば脱原発になるというわけではないんで、代替エネルギーをどういうふうにしたらいいか、今の原発自体についても廃炉をどういう手続きでやるのか、使用済み核燃料の処理をどうするのか、残ったプルトニウムをどうするのか、国際社会との付き合いをどうするのか、など山ほど問題があります。これは政党、政治家だけでは到底すむわけではなく、それにマスコミは政党が早く使用済み核燃料の処理の仕方を提案しろ、そんなものそう簡単に提案できるものではないんで、そうしたことをちゃんと科学技術的な観点からも破綻のない政策を作ろうと思ったら、今の役所あたりではちょっと無理かもしれないが、国会図書館に大きく一つのものをつくったらという議論をおこなったことはあります。


2012年12月21日−第12回第13回「総選挙の結果と今後の政治」 ホーム講義録目次前へ次へ