1980/06 五月会だより No.3 ホーム主張目次たより目次前へ次へ


江田五月君に期待する

参議院副議長 秋山 長造

 五月君と毎日一緒に国会をやっているわけですが、何ごとにつけても、その発想が若々しく新鮮かつ柔軟なことはもちろん、頭脳明晰、語いが豊富で、おだやかなうちにも論理的で、なかなか説得力があります。しかも態度物腰がこの世界には珍しく素直で謙虚なので、「流石に……」 という、概して好意的な目で見られており、かげながらうれしく思っている次第です。

 今年は八○年代の幕明けにふさわしく、政治情勢も俄かに動き出していることは、先刻ご承知の通りです。これを「連合」と呼ぶかどうかは別として、政権の受け皿作りのため野党が大きく結集することこそ焦眉の急務であることは、いうまでもありません。そのための積極的役割を果たす中で、五月君たちの進路が必ずや大きく開けて行くものと確信します。

 ところが、いま参議院が衆議院のカーボンコピーでなく、衆議院と並立して日本の議会制民主主義を支える不可欠・独自の役割を果たすための模索が続けられているわけですが、五月君は参議院クラブの国対担当として熱心に取り組んでくれています。今日の複雑な国会情勢・党派関係にもまれてずい分気苦労も多いことでしょうが、反面必ずや願ってもないよい勉強の機会にもなっていることと思います。

 この期待に十分応えてくれるためにも、どうぞ倦まずあせらず、くれぐれも自重自愛、特にからだをしっかり鍛えて、一層逞しく頼もしくあって欲しいと思います。重ねて切にご精進を祈ってやみません。


犯罪被害者給付法が成立
― 江田議員の努力、大きな原動力に ―

通り魔殺人や爆弾事件などの暴力犯罪で死亡したり、重傷を負った遺族、被害者たちは、これまで何の補償もないまま“泣き寝入り”を余儀なくされてきましたが、このほど国会で「犯罪被害者等給付金支給法」が成立し、曲がりなりにも救済の通が開けることになりました。これは、江田五月議員の二ヵ年余にわたる努力が実を結んだものとして、関係者をはじめ多くの人々から高く評価されています。

不充分ながら画期的前進

 江田議員は、一昨年三月二日の参議院法務委員会で「西欧その他の諸国なみに犯罪被害者補償制度の確立を急ぐように」と提唱して以来、執拗に各方面に働きかけ、運動する一方、昨年五月三十一日の同委員会でも再度この問題をとり上げ、早急な制度化を強く促してきました。

 こうしたねばり強い努力が実り、政府は、今年に入って一応、本年度予算に組み込むと同時に、法案提出に踏み切りました。

 そこで江田議員は、去る四月二十二日、新たに所轄となった地方行政委員会において質問、「政府案の内容は極めて不充分である」とし、(1)“命の値段”が低過ぎる(死亡で最高八百万円)、(2)被害者に対する思いやりに欠けている、(3)過去の被害者に対する策が考慮されていないこと――、その他多くの問題点を指摘して今後の改善を迫るとともに、毎日のように出現している被害者のためにも、一刻も早い法制化を重ねて要求しました。

 こうして、地方行政委員会を全会一致で通過、四月二十三日、参議院本会議でも同様可決され、陽の目をみるにいたったのです。政治への不信がまんえんしているときに、明るい出来事といえましょう。


犯罪被害者に遡及補償制度の確立を

犯罪による被害者保障制度を促進する会会長 市瀬 みゆき

 私達は理由なき通り魔犯罪で、親、兄弟、夫、妻、子供を失った被害者で構成されている会で、補償制度の確立を要求して十数年経ちます。そして、まず、現に精神的、経済的に言いつくせない苦しみにあえいでいる人々を救うため、一刻も早く遡及補償制度の実現を目ざしております。

 欧米先進国では犯罪も多いが、その被害者に対する救済制度が確立しております。又学者、弁護士、国会議員、世論の声を反映して、我々の要求する被害者補償制度がようやく「犯罪被害給付制度」として国会に上提されるに至りました。しかしこの法律には、私達の要求している遡及補償について何も言及しておりません。私達の神経をさかなでするものであります。

 申すまでもなく、通り魔犯罪は一年間に一定の割合で発生するもので、誰かがその犠性になり、悲惨で悪質です。又不安な社会にあって、通り魔犯罪は凶悪化しつつあります。昭和四十七年の大久保事件、昭和四十九年の三菱重工ピル爆破事件に代表されるように、何の理由もない市民がある日突然、被害にあいます。

 私達は法治国家の一員として、犯罪を未然に防止出来なかった責任を被害者に補うべきだと考えます。交通事故、航空機事故、公害、労災とちがい、国家がその補償をすべきです。

 被害者は何んの補償もなく生活に困窮し、一家離散、自殺、病気入院等、悲惨な状態の家族が多いのが現状です。一方加害者は、手厚く人権が擁護され、税金から衣食住が保障されております。

 弱者救済、社会福祉国家を目指す日本においても、こうした被害者に村し「過去二十年に遡及し、一律二千万円の補償」を実施出来る遡及補償制度の確立を真に要求する次第であります。

 皆様のご理解、ご協力を賜わりたくお願い申し上げます。


 映画化で世論盛り上がる

 いわれない暴力犯罪によって、息子を殺された遺族の悲惨な実情と、国による救済を求めて半生を打ちこむ父の姿を描いた映画「衝動殺人・息子よ」は、百三十万人の日に触れ、世論喚起に大きな役割を果たしましたが、これには江田議員も積極的な協力を行いました。

 斉藤守恒プロデューサー(松竹)=私は映画「衝動殺人・息子よ」の製作担当者なので、度々試写に立ち会いいろいろな方と話をしましたが、皆同情という立場でばかり語ってるなという印象を強く受けました。

 そんな中、「社会のやさしさとしてこの制度が必要なのです」と熱く語る人が居て、私をも引き込む。この人は知っている。私以上に理解している。うれしいと思った。

 それもそのはず、江田五月さんだ。以来、江田五月ファン。江田さん、頑張れ!


“犯罪による被害者補償制度”と江田さん

  ジャーナリスト 佐藤秀郎

 私も歳をとったのだろうか。人との出会いの一瞬が時を経るにつれて、より鮮烈に思いかえされることが多くなった。江田五月さんとの場合も、二年たち三年たった今もなお、初めてお目にかかったときの一部始終が、そっくりそのままに残っている。

 江田さんは、その日、私の前に大きな風呂敷包みをかかえて現れた。そして、挨拶もそこそこに包みの中からいくつかの書類の束をとり出すと、いきなり本論に入ってしまった。

 「これは明日の参院法務委員会で質問をするための資料ですが、なにせ限られた時間なので“犯罪による被害者補償制度”(仮称)についても、二点か三点、ポイントをしぼりこまざるを得ません。となると、やはりその第一は、補償制度の遡及ということでしょうか……」

 私はびっくりした。と同時にいささかたじろいだ。今でこそ政治家になり下がっていらざる苦労もあるようだが、その以前の江田さんは十年に及ぶ裁判官であった。一介のもの書きにすぎぬ私と違って法律のオーソリティである。その江田さんから「遡及についてどう考えるか」と訊かれても、ハイ、そうですか、と簡単明瞭に答えられるわけがない。いってみれば、幼稚園の生徒が大学の先生に質問されたようなものだ。

 〈 政治家というのは全くもって人が悪い。〉心の中でブツブツいいながら私は、どう返答すべきか迷った。が、ふっと顔をあげて江田さんの眼を見たとたん、私は、私自身の迷いを恥じた。江田さんの眼は、私の知っている政治家、例えば、松野頼三氏(甚だ口惜しいことに私と同郷なのである。嗚呼)や、糸山英太郎氏などの眼とは本質的に異なっていた、のである。なんといっても視線の強さ加減がハッキリと違った。私は、それまでの取材で感じたことを、すべてぶちまけようと思いたった。いや、思いたったというより、ぶちまけるべき相手にようやくめぐり遭えたという歓びにふるえたという方があたっている。

 私は、それからの二時間あまりを、ほとんど一人でしゃべりまくったような気がする。被害者補償制度について一冊の本にまとめた(『衝動殺人』)とはいえ、その中ではふれ得ないタブーのことが多く、そのところを江田さんに訴えたのである。

 ありていにいえば、何物にも替えがたい人間の命も、とどのつまりは“金銭”に換算され、そこに“欲の皮”のつっぱり合いが働くようになる。未だ施行されない法律、未だ給付されない補償金をめぐって、さまざまのおもわくが利害に関係のある人達の胸の中を走り、それがやがて行動となって表出する。そしてその行動は、醜い争いにまで発展してしまう。

 最初、私にはそのプロセスがすこぶるつきの喜劇のように思えたが、あとでは救いのない悲劇として迫ってくるようになった。争いの原因をたどっていくと、どの場合もいきつくところは“貧乏脱却”の願望であった。

 それゆえにこそ、被害者補償制度という「実態不明」の法律の“先物買い”も起こってくるのである。だが、ちょっとでも我が身の置かれている環境を見まわしてみると、誰もこの“先物買い”を嗤えないはずだ。

 それだけに、江田さん。
 あなたの果たすべき役割は、無限空間のように大きいのです。


物価対策で追及 ―― 80/02/20 物価対策特別委員会

 江田五月議員は、電気・ガスなど、公共料金の相い次ぐ値上げが、国民生活に重大な不安を与えているとして、政府の場当たり的態度を厳しく諌めるとともに、エネルギー政策の観点から、真剣な対応を促しました。

 江田議員の主張は、電気・ガス料金などの価格は、これまでの原価に基づいて決めるという方法を再考し、エネルギー需給の長期展望に立って、政策的に決めるべきであるというものです。“際限のない値上げラッシュ”――国民のやりきれない不安を解消し得るユニークな問題提起として各方面の注自を浴びました。


婦人問題で質問 ―― 80/03/28 予算委員会

 江田五月議員は「国連婦人の十年推進議員連盟」の積極的メンバーとして活躍してきましたが、今年は「国連婦人の十年」の中間年に当たるところから、参議院予算委員会で “婦人問題集中審議”が実現しました。参議院クラブを代表して江田五月議員が質問に立ち、母性保護、性教育などの問題をとりあげました。江田議員は、年間六十一万件 (厚生省調ベ)を数える人工妊娠中絶の実情に触れて、家族計画や受胎調節の指導だけでは不充分であると述べるとともに、文部省に対し、性教育見直しの必要を強調し、つめかけたご婦人方や、省庁の方々から「国会でこのような議論ができたのは画期的」「男性議員にはみられなかった大胆な質問」と好評を博しました。


流民のロサンゼルス  アメリカ・リポート 北岡 和義

 ロサンゼルスには人間の生活の歴史がない。訪れる人多く去る人も多い。まるで世界の交差点のような街である。多民族国家アメリカの中でもロスほど人種の集まっている都市はない。亡命者や不法入国者が流れてくる。どこからともなく、まるで地中から湧いてくるように人間がつぎからつぎへとロスにくる。

 だから私は、このロスを“流民の街”と名づけた。パリとはまるで集まってくる人間の質が違う。渡米二週間でリトル・トーキョウからイエロー・キャブと呼んでいるタクシーに乗ったが、この運転手はロシア人でソ連から亡命してきたのだという。私が「本当か」としつっこく聞いたのでその運ちゃんは、わざわざ運転免許証を見せてくれた。

 血を揺さぶったアフガン事件

 コテンパンに共産主義の悪口を言っていた。多くのアメリカ人に思想的同一性を求めるのはむずかしいが、この 「反共」 の一点では完全に一致しているように思う。日本の左翼知識人がアメリカを「帝国主義的侵略国家」だと決めつけて批判する度合いよりはるかに強烈に、アメリカ人はソ連共産主義を「侵略的」 だと信じている。それは理論とかイデオロギーといった観念の世界ではなく、皮膚感覚としての反共産主義なのである。

 共産主義は、理論的に資本主義を敵とみなしているのだから、アメリカ人の共産主義への虞れを一笑に付すことはできない。

 「ソ連がいつかは攻めてくる」 といったアメリカ人一般の潜在的恐怖感を顕在化させたのがアフガニスタンヘのソ連軍事侵攻事件だった。まさに彼らが考えていたそのとおりにソ連は行動してくれたのである。

 歴史的に見て実にバカバカしいことをしてくれたものだ。アメリカのジャーナリズムはこぞって“北方の白熊”が牙をむき出したと書いている。アフガン事件発生直後 「ニューヨーク・タイムズ」 のディビット・クライン記者は、「第三次世界大戦がすでに始まっている」 と書き、「第二次大戦の勃発を一九三一年の日本軍の満州侵略に見るようにソ連軍のアフガン侵攻は、世界征覇というソ連の野望、戦略として佗置づけねばならない」 と、主張している。

 「ソ連は五年間にも満たない短期間にインドシナ北部から中央アジアを通り、アラビア半島を経て“アフリカの角”に至る圧力部分を広げてきた。今日、ソ連軍とその手先であるキューバやベトナム軍は、“危機の三か月”と呼ばれる巨大なテリトリーを展開、ベトナム、カンボジア、アフガニスタン、南イエメン、エチオピアなどの国々が、すべて一九七五年以降クレムリンの傘下にある」

 こう書くクライン記者の見方は、アメリカのジャーナリズムの平準的見解と言うべきだろう。

 積極的な反戦派は少数派

 イラン学生による米大使館人質事件とアフガン事件は、久しぶりにアメリカ人の血を揺さぶったニュースである。ベトナムで敗退、挫折したアメリカの栄光が、再び光彩を放つかもしれない。しかしそれは危険な、硝煙の臭いのする栄光の復活である。

 ロサンゼルスから、車で南へ約五十分走った海岸近くの丘にローリングヒルという高級住宅地がある。そのハイスクールに通う日系二世と話した時、正直言って衝撃を受けた。ローリングヒル・ハイスクールの学生の半数がソ連との戦争賛成派――戦うべきだとの意見で、三割が無関心派だそうだ。積極的に反戦を唱える高校生は完全に少数派となっている。

 「イラン人を追い出せ」 「ホメイニに血の制裁を」 といったビラが学園内にまかれている。

 日本で見るイラン、アフガン事件とまさに様相を異にする。もっともその高校生の白人の友人に意見を求めたら「戦うべきだが、ポクは嫌だ」と恐ろしく手前勝子な意見を吐いて平気な顔をしていた。

 四月五日に妻と長女、長男の三人が渡米して一家四人のアメリカ生活が始まった。右隣は中国人。娘や息子の遊び友だちは、白人、中国人、韓国人、アフガニスタン人、メキシコ人、日本人と幅広い。彼らはよく言葉が通じないのにプールで毎日水をかけあい遊んでいる。彼らに国境はない。流民の街ロサンゼルスの数少ない好感のもてる場面の一つである。


表紙の題字=表紙の『江田五月会だより』という題字は、これまで江田五月氏の書いたものを使ってきましたが、本号から、江田氏の書道の恩師である河田一臼先生に書いていただいたものを載せました。


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