1983/11 五月会だより No.19 ホーム主張目次たより目次前へ次へ


江田五月に直撃インタビュー  総選挙近し 解散11月にも

12月総選挙まちがいなしといわれる10月のある日、その準備におおわらわの江田五月さんを訪ね、参議院から衆議院への転出の弁を聞いてみました。

東山の峠を越えた大池のほとりの200坪近いプレハブ二階建の事務所には、スタッフの人々を中心に、大勢のボランティアの奥さんたちが、封筒づめなど忙しくたちはたらいていました。

来意をつげ、待つこと三分。黒く日焼けして精悍そのものの江田さんが、顔いっぱいに笑みを浮かべて特徴のある大きな手を広げて握手を求めてきました。

いかにも新しいタイプの政治家を感じさせる、気安さと知性がほどよく調和した江田五月さんと握手をすると、懐の中に吸い込まれる感じで若さの中にも奥行きの深さを感じさせられた。

さっそくインタビューに入る。以下その内容です。

やるぞ改革!明日のために!

―― 江田さん、いよいよ総選挙近しですネ。参議院からあえて衆議院への転出の弁を。

江田 ご存知のように私は六年前に、父江田三郎の遺志を継ぎ、裁判官をやめて参議員になったわけです。父江田三郎は、今の日本の政治に最も必要なものは、自民党に替わって政権の担える健全な野党をつくることだと主張して、社会党を飛び出し、新しい一歩を歩みだし、病に倒れたわけです。私も父の考えは正しいと思っています。父の遺志をついで、政界の再編成をやるとなると、やっぱり衆議院なんですよね。参議院はたとえていえば会社の監査役、やはり第一線は営業である衆議院だと思うんです。

―― なる程ネ。ところで江田さんは、朝日高、東大、裁判官とエリートコースを歩まれどうも堅い、冷たいというイメージがないとはいえないと思いますが、そのへんについて一言。

江田 ウーン、エリートと人が言うことについては、そんな見方もあろうと思いますが、堅い、冷たいということは絶対にありません。この二年半相当の方々にお会い致しましたが、分かっていただいていると思います。それに私は、長い間水泳をやっていまして古式泳法神伝流の七段です。スポーツマンなんですヨ。

―― ホウ七段ですか。ところでボツボツ本論に。江田さんの目指す新しい政治とは?

〔清潔〕
江田 まず清潔な政治の実現です。政治を金もうけの道具にし、金で政治を動かす角栄流は許しません。

〔公正〕
 次に公正な政治です。税金の取り方。使い方一つとっても真面目に働く庶民が馬鹿をみるような政治では困ります。強者にはペコペコ、弱者には横柄という権力主義を許しません。

―― 今の政治には、おっしゃるとおりいろんなところに不公平感がありますね。福祉は切り捨て、軍備は増える。

〔平和〕
江田 国の政治にとって何より大切なことは平和です。軍縮のために知恵と資金をもっと出し、日本が先頭に立って平和な国際秩序を作ります。どこの国にも遠慮せずにものを言い、戦争への道を許しません。

〔連帯〕
 それと内政においての安心感。家庭でも職場でもみんなで助けあい、突然の不幸があっても生活に困らない福祉社会を作ります。高齢者、障害者など弱者が泣かされる弱肉強食はもう終りです。21世紀に向って連帯の輪を必ず作りあげなければならないと思いますヨ。

〔文化〕
 そして最後に文化です。スポーツ、芸術などの文化活動を活発にし、自然を大切にしたやすらぎのある社会を作らなければなりません。学校では点数、社会では物と金に追われる猛烈人生は、そろそろ見直さなければなりませんネ。

―― 江田さんの考えてらっしゃることが分かってまいりました。

〔政権〕
江田 そして実現の手段は一番最初に申し上げました政権交替です。政党の垣根を乗り越えた交流により健全野党を総結集して政権交替を実現します。自民党はムチャのし放題、野党は万年野党というのでは議会政治は落第です。

―― ありがとうございました、頑張って下さい。

江田 ありがとう。とにかくやり抜きます。皆さんによろしく。


江田五月のプロフィール

●昭和16年5月、岡山市長岡生れ。戦後中国より引揚げて西大寺(母の生地)、福渡(父の生地)を転々、同22年から岡山市に居住。弘西小、旭中、朝日高を経て昭和41年東大法学部卒業。

●司法試験合格後、昭和43年から約10年裁判官。その間オックスフォード大学に2年学ぶ。

●昭和52年5月、父江田三郎の急逝より、その遺志を継ぎ政界へ転身、139万票の支持で参議院全国区第2位当選。

●社民連副代表として活躍。参議院では予算委員、建設委員、災害対策特別委員など。日米下田会議、米、英でのシンポジウムと国際舞台でも活躍。郷土の事にも心をくだき現在浪人の身を活かして猛勉強中。岡山市に弁護土事務所を持つ。岡山市山崎に在住。家族は妻京子、長女真理子(操南中3年)、長男洋(旭操小六年)、次男剛(旭操小4年)と小犬のココ。


私たちも支持しています

私は五月君をずい分古くから知っている。息子昭文と中学から大学まで一諸だった。

決してガリ勉型でなく、高校大学時代には相当あばれていたのを直接、間接に見聞きしているが、昨今では、若い時の情熱に安定感が加わった。息子との関連もあり後援会長を最近引きうけた。出来るだけの力は尽くすつもりだ。

  弁護士 河原 太郎


江田君の秀才ぶりはつとに有名だが、会って話してみると、その話し方の中に誠実さと安心感がある。バラシス感覚にも富み、こんな青年に政治を任せてみたいと考えていた矢先、江田君が参議院から衆議院に転出するという。大変結構なことと考える。出来るだけ応援するので、江田君、青年らしく力一ぱい頑張れ。

  岡大名誉教授 村上 栄


この春、五月さんのご家族とバンコクにご一緒しました「オールスター家族対抗歌合戦」の優勝者へのプレゼントの旅行です。気さくで知的な京子夫人を中心に一姫二太郎が明るくまとまった素敵な家族でした。先日岡山のお仕事で五月さんに会い、この人にしてあの家族ありと感じました。頑張って五月さん!

  おしんのかよさん 東 てる美


江田五月さんは、私たちの町内、山崎東の住民として、地元にしっかりと根をおろした人です。祭りや運動会など催し物でも仲々の活躍をなさるし、こまめに、準備やあとかたづけも一緒にしてくれる、まことによき隣人である。こんな人が、政治の表舞台で活躍してくれれば、汚れきった政治も少しはよくなるのでは。

  地元町内会長 萩原 重夫


江田君は、朝日高時代の我々のホープで、文武両道に秀いでたすばらしいリーダーだった。一緒に生徒会活動もやった仲だが、大変な情熱家であると同時に、常に沈着さも合せもち、猪突型のポクなんぞ、彼にずいぶん助けられた。今度、衆議院に挑戦するという。朝日高出身者では、はじめての快挙だ。ガンバレ!

  岡山市議 寺田 明生



 ロッキード裁判は、予想どおり、田中有罪と出た。しかも実刑だ。当然といえば当然だが、内閣総理大臣という公務員としても政治家としても最高峰にいた人の当時の犯罪が「罪有り」とされた訳で、何とも悲しいではないか。

 こうなった以上、一日も早く政治倫理の確立を急がなければならないのに中曽根首相をはじめとする政府自民党は奇妙な三権分立論を盾に田中を擁護しようとする。

 憲法で議員の不逮捕特権が与えられたり、国会に自律性や優位性が保障されているのは、単に司法・立法・行政の三権のチェックアンドバランスを期待するためだけでなく政治というものは本来徳の高い営みであり、政治を営みとする政治家は司法の側からとやかく言われなくとも自らをきちっと律して行くことが前提とされ期待もされている。

 だから、本来なら、この事件があかるみに出た時に国会は、国政調査権を使って事件を解明し国会としての結論を出し、田中に対しても何らかの処置を取るのが当然だった。又田中自身も、自らの身は自ら処して行く潔さが必要であった。

 それが出きずにこの七年いたずらに司法の判断が出るのを待たざるを得なかったところに、日本の民主主義の未熟さと、不幸がある。一審とはいえこれほどはっきりした判決が出た以上、政界はエリをただし、田中は、直ちに議員を止めるべきだ。

 ところでこの判決を期に、政情は増々波乱含みとなって来た。11月解散、12月総選挙必至の様相だ。私たち市民はこのロッキード判決を一つの大きな教訓として「'83政治決戦」への最後の審判を下さなければなるまい。幸いこの岡山一区には、清潔で有能な、しかも若い将来性に富んだ江田五月という新人候補がいる。読者の皆さんと一緒に江田五月を育てて行くことを通じて汚れ切った今の政治を少しずつ変えて行きたいと思っている。


1983/11 五月会だより No.19 ホーム主張目次たより目次前へ次へ