2015年4月17日

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平成27年4月17日 
国の統治機構に関する調査会 神野直彦参考人レジュメ 
東京大学名誉教授 神野直彦


時代の変化に対応した 「国と地方の役割分担」について
東京大学名誉教授  神野直彦

1. 地方分権改革の歴史的意義を考える
  1-1.グローカリゼーション(glocalization)―グローバル化とローカル化
    (1)「国の統治機構」が問われ、地方分権改革が世界的に生じるのは、1980年代頃から経済のボーダレス化、グローバル化が進み、「国民国家の黄昏」という現象が生じるからである。
(2) グローバル化に対応して、ヨーロッパでは国民国家を越える超国民国家機関としてのEUを創設するとともに、1985年に「ヨーロッパ地方自治憲章」を制定し、地方分権を推進する。これが世界的に地方分権改革の潮流を巻き起こす契機となる。
(3) つまり、ボーダレス化、グローバル化に対応して、国民国家の機能を上方と下方に分岐していく動きが生じ始めたのである。
  1-2. 中央集権的福祉国家の機能不全
    (1) 「国民国家の黄昏」とは第二次大戦後に、先進諸国が「共通の道程」として目指した「福祉国家」の機能不全を意味する。
(2) 福祉国家とは現金給付による所得再分配国家である。所得再分配は国境を管理する国(中央政府)にしかできない。しかも、福祉国家は重化学工業を基軸とする工業社会を基盤とするため、全国的な交通網やエネルギー網というインフラストラクチュアを整備するためにも中央集権的にならざるをえないのである。
(3) 第二次大戦後のブレトン・ウッズ体制のもとでは、資本統制による固定為替制が維持されていた。ところが、1973年に固定為替制が最終的に崩壊すると、資本が国境を越えて自由に動き回るグローバリゼーションが生じると、福祉国家の現金給付による所得再分配機能が有効に機能しなくなる。しかも、産業構造は工業社会から、知識社会へと大きく転換する。
  1-3. 地方自治体の役割拡大
    (1)中央政府の現金給付による所得再分配の限界を、現物給付(サービス給付)による生活保障で補強する動きがでてくる。
(2)現物給付は地方自治体にしか提供できない。そこで、地方分権を推進して、福祉、教育、医療という対人社会サービスの現物給付による生活保障が目指されることになる。もちろん、こうした対人社会サービスは、主として女性による家庭内での無償労働で提供されてきた。したがって、それは知識社会への女性の参加保障でもある。
(3)財政には三つの機能がある。このうち所得再分配機能、経済安定化機能は、入退自由な地方自治体は担えないとされてきた。しかし、ボーダレス化、グローバル化にともない、準私的財といえる現物給付を提供することによって分担せざるをえなくなる(資料1)。これが地方分権改革の推進の歴史的意義である。
2. 地方分権改革を省察する
  2-1. 地方分権改革の20年を振り返る
    (1)1993年(平成5年)の「地方分権の推進に関する決議(衆参両院)」目的は「ゆとりと豊かさを実感できる社会」
(2)第一次分権改革では、国と地方の適切な役割分担を地方自治法で整備し、機関委任事務の廃止、関与の新しいルールなどを確立。三位一体改革で税源移譲等を実現。
(3)第二次分権改革では地方分権改革推進委員会の第一次から第四次一括法までが成立。義務付け、枠付けの見直し、権限移譲など。
(4)地方分権改革有識者会議では二次にわたる地方分権改革を「総括」し、「法的な自主自 立性拡大」したことを前提に、新たなステージで「上からの地方分権改革」から「提案募集方式」と「手挙げ方式」を軸とする「下からの地方分権改革」へ転換していくことを打ち出した。
  2-2. 集権的分散システムとしての日本の政府間財政関係
    (1)公共サービスを主として中央政府が提供していれば「集中」、主として地方自治体が提供していれば「分散」とすれば、日本の政府間財政関係は「分散システム」である(資料2参照)。
(2)公共サービスに関する決定権限を中央政府が握っていれば「集権」、地方自治体が握っていれば「分権」とすれば、日本の政府間財政関係は「集権システム」である。
(3)日本の地方分権改革では「集権的分散システム」を、「分権的分散システム」に改めることだといってよい。そのためこれまでの地方分権改革では「関与縮小廃止戦略」に 焦点が置かれてきたといえる。こうした「関与縮小廃止」という点では地方分権改革 は大きく前進していると評価できる。
3. 地方分権改革の課題と展望
  3-1. 歴史の「峠」を越えるために
    (1)制度改正では大きく前進したものの、国民は必ずしも地方分権改革の成果を実感して いるわけではない。「ゆとりと豊かさ」を実感できる社会を目指して、歴史の「峠」を 踏み越えるためには、国民が成果を実感し、その下からのエネルギーで推進していく 段階に到達している。
(2)制度改正の推進と、改革の成果の国民への還元とが好循環を形成することが、新しいステージでの地方分権改革のシナリオと考える。
(3)提案募集方式と手挙げ方式は期待以上の大きな一歩を踏み出している。
  3-2. 税制改革と結び付ける
    (1)地方分権改革の制度改正が進んでも、「ゆとりと豊かさ」を実感できずにいる要因に、地方自治体の行政任務に財源が対応していないことがある。
(2)そのため社会保障をみると、地方自治体が責任をもつべき現物給付が国際的にみても著しく小さい(資料3参照)。そのため「ゆとりも豊かさ」も実感できなくなっている。
(3)税源移譲は三位一体改革で実現したものの、一般財源は大幅に減少してしまった。
(4)これは地方分権改革が始まる1990年代に、時を同じくして、国税と地方税を通じる租税負担が大幅に引き下げられたからである(資料4参照)。
(5)したがって、税源移譲というよりも、国税と地方税を通じて租税負担水準を引き上げる税制改革が望まれる。
(6)そうした税制改革を実現するためにも、国民に地方分権改革の成果を実感させる必要がある。財源さえ保障されれば、「ゆとりと豊かさを実感できる社会」が実現できると確信されるからである。

2015年4月17日 2015年4月17日  国の統治機構に関する調査会 神野直彦参考人レジュメ

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