活動日誌 2004年5月 >>日程表 ホーム総目次5月目次前へ次へ

5月10日(月) 試練、羽田さん、国の…、菅さん辞任、総会、両院懇談会、通告

今日は、民主党にとって結党以来の試練の日となりました。菅代表の去就と3党合意了解の諾否が決まる日です。

10時から、最高顧問の羽田孜さんと意見交換。11時から、日弁連の役員の皆さんと、裁判員法案と刑事訴訴訟法改正案について、意見交換。12時から、国のかたち研究会の幹部と意見交換。その後、日弁連の役員と、裁判員法案等の意見交換。

14時から、国のかたち研究会。20数名が集まってくれ、真剣な協議をしました。菅さんの代表辞任については、賛否それぞれに強い主張がありました。いずれも正論ですが、決めるのは菅さんしかありません。15時前に、菅さんから電話が入り、両院議員懇談会の冒頭に辞意表明をする決断をしたとのこと。私から、その旨が伝わる表現で報告し、さらに、菅さんの決断を支え、3党合意の了解が得られるように、皆さんの積極的発言をお願いして、お開き。辞任については、なお強い反対がありました。

15時半から、同僚議員と意見交換。取材。16時から、参議院民主党の議員総会。藁科会長と山本幹事長から、経過の報告がありましたが、3党合意については、数人の発言者のほとんどが強い反対論でした。

両院議員懇談会

17時から、両院議員懇談会。冒頭の挨拶で、菅代表が辞任を表明されました。理由は、ご自身の年金問題によって、国民の政治不信を招き、党に混乱を与えたことです。その上で、3党合意の了承を求め、結論が得られれば、全党一致して行動することを求められました。

懇談会は4時間続きました。50人ほどが発言しましたが、みな必死の論陣を張り、緊張した場面も何回もありました。最初は、諾否の意見が相半ばしていましたが、次第に、役員がぎりぎりの判断で合意したという事実と政党間の信義の重さを考え、了承する方向に向かいました。最後に、議長の伊藤忠治さんが、役員会への一任で議論を取りまとめ、最大の試練を乗り切りました。

菅さんを失ったのは大打撃ですが、真剣勝負の議論で結論が得られ、政党間の信義も守られたことで、民主党は一皮むけたと思います。反転攻勢のためには、後任人事で混乱してはいけません。さらに試練は続きます。

地元では、参院選で私と対決する自民党候補予定者らが、国会議員が国民年金強制加入になった後に、議員として11年9ヶ月もの長期間、未納だった事実が明らかとなりました。論評の仕様もありません。特別立法で、納入期間に算入されない追納の制度を作ることを検討すべきです。

21時過ぎから、明日の法務委員会での質問を、アドリブで通告。22時過ぎに、やっと遅い夕食を取りに行ったら、岡崎トミ子さんたちも食事中で、労をねぎらい合いました。


2004年5月10日(月) >>日程表 ホーム総目次5月目次前へ次へ