江田五月 活動日誌 2001年7月(6〜10) >>日程表 ホーム総目次7月目次前へ次へ


7月6日(金) 街頭演説(井笠、総社、浅口、はたさん)、米兵逮捕、全逓

今日は、8時に自宅を発って笠岡市の石田みえ5区選対事務所へ。この時間は通勤渋滞のため9時45分到着。10時から18時前まで、はたともこさんと、石田さんの政策を訴えて街頭宣伝に出ました。

笠岡市、井原市、矢掛町、真備町、清音村、総社市、船穂町、倉敷市玉島、金光町、鴨方町、里庄町と回って再び笠岡市へ。途中、数カ所で街頭演説。終日雨天で、屋根に取り付けた看板の構造上、私の乗った助手席に雨水が集中的に流れ込み、困りました。

はたさんのマイクは、なかなかのものです。よく通る声で、発生も明瞭。私も時々マイクを握り、「小泉さんの改革メニューには、致命的欠陥があります。1つは地方のこと。私だったら、地方交付税の仕組みを変えて、地方分権にします。もう1つは雇用のこと。セーフティーネットを張らないと、失業が庶民の生活を直撃します。改革は大切ですが、小泉改革だけだと、その行き着く先は、弱肉強食社会。民主党の改革なら、公正で希望に溢れる社会を作ることが出来ます。女性の火を消さないことも大切。」と訴えました。

途中で携帯で、米兵逮捕が実現へ向かったことを知りました。逮捕状の執行にこれだけ手間取るのでは、やはり日米地位協定の改訂を目指さなければなりません。但し、日本の捜査手続きの改善も、避けて通れません。

19時前、岡山事務所でテレビ局のインタビュー。19時半から、全逓の皆さんと夕食を食べながら、郵政事業の経営形態などについて意見交換。



7月7日(土) 街頭演説(邑久、備前、赤磐)、鱧

今日は七夕。9時半自宅を発ち、19時半に帰宅で、街頭宣伝。梅雨の晴れ間で、街宣日和でした。

岡山市から、邑久町、長船町、牛窓町、備前市、吉永町、和気町、熊山町、山陽町、瀬戸町を回って岡山市へ。その間28回、街頭演説をしました。もちろん短く、一ヶ所で5分弱。私の場合、司会も紹介もなく、突然私が話を始めます。もともと騒音なので、なるべく短い時間に、言葉を節約して、要点だけ述べるようにします。しかし、小泉首相の評価、自民党の抵抗、小泉改革の欠点・地方への配慮なし、同・雇用政策なし、民主党の提案、両者の行き着く先の違い、そして石田みえさんのことに触れます。

私は、街頭演説をするなら、車や人の行き交う都心部より、今日のような農村部のほうが好きです。透き通るように静かで、遥か向こうの山のふもとまで声が届いています。近くで聞いてくれる人は少なくても、遠くの家の縁側や庭先で、お年寄りがじっと聞いてくれる姿を想像します。ゆっくり間を置きながら話すほうが、充実感があります。

夜は、鱧(はも)のちり鍋。今が旬です。しゃぶしゃぶ風に、さっと湯にくぐらせたら、美味美味。



7月8日(日) 全逓美作、街宣(岡山、玉野、灘崎、石田さん)、石島

今日は、8時過ぎに自宅を発って、津山市へ。10時から、全逓美作支部第2回定期大会で挨拶。昨年、美作東と西の2支部を1つに統合したため、第2回ですが、長い歴史を誇る伝統ある支部です。経営形態についての雑誌のアンケートに、私も民営化に○をして、さざなみを立てましたが、全国24,700の郵便局が地域の核になるようにするには、現場の生きた声を大切にしなければなりません。そのためにも、比例区の伊藤基隆さんは大切です。大田房江大阪府知事、石田さんを激励

その間、石田みえ後援会事務所に、大田房江大阪府知事が激励に駆けつけてくれました。「女性の元気で日本を変える」というエールの交換です。

11時半に津山を発ち、13時半から2時間弱、たぶち雅子さんと若井市議と一緒に、岡山市内の私の地元3学区を中心に街頭演説。次いで3時間、石田みえさんと一緒に、灘崎町と玉野市を街頭演説。合計12回でした。

19時半、石田さん、たぶちさんと一緒に漁船で玉野市の離島、石島へ渡り、20時から1時間弱、懇談会。以前は雨水を飲料水にしていましたが、数年前やっと水道が引かれました。これは石田さんの努力なのに、まことに控えめで、決して自分の手柄にしないところが、石田さんのいいところです。帰宅は22時でした。



7月9日(月) 駅前演説、街宣(広島・菅川、山口・岩本・朝日さん)、通夜

今日は7時半から岡山駅東口で、たぶち雅子さん、羽場市議と一緒に、恒例の駅前演説。30分ほど、21世紀最初の国政選挙を迎えるに当たっての総括的な話をしました。

8時半過ぎの新幹線で広島へ。4ヶ所で街頭演説しました。うち2ヶ所は、選挙区の菅川健二さんと一緒。地方行政のベテランで、民主党の分権改革には欠かせない人材です。途中13時半、核禁広島県民会議の代表者会議で挨拶。

15時のJRで岩国市へ。選挙区の岩本晋さん、比例区の朝日俊弘さんと一緒に2ケ所で街頭演説。2人とも医療や福祉の専門家で、朝日さんは「司法と精神医療の連携に関するPT」の座長。小泉フィーバーにめげずに頑張っています。

18時過ぎの新幹線を乗り継いで岡山へ。伯母が急逝し、通夜に駆けつけたら20時でした。父の姉で、享年99歳の大往生。老人ホームで白寿のお祝いをしてもらった直後でした。裁縫が得意で、いつも背中を丸くして針仕事をしていました。



7月10日(火) 街頭演説(岡山、御津)、右翼、伯母葬儀

今日は、9時から19時まで羽場市議と一緒に街頭演説。岡山市内と御津郡を回り、ちょうど30回の短いスポット演説をこなしました。ところが、到るところで右翼の街宣車と出くわしました。何台か出て、特定の大手ゼネコンの談合疑惑を糾弾しているようでした。彼らのボリュームは強烈で、私も2、3度演説を中断しました。

今日も炎暑でしたが、夕方の買い物客の反応は暖かく、元気づけられました。14時から17時半までは、姫井県議も一緒で、「女性の元気が日本を変える」と張り切っていました。

途中、12時から13時まで、伯母の岸本まさの葬儀に参列。出棺前に遺族・親族を代表して、ご参会の皆さんにお礼のご挨拶をしました。結婚し2児をもうけましたが、若くして夫と死別し、戦後の混乱期に長女を疫痢で失い、先年長男にも先立たれました。最後は、長男の嫁、2人の孫娘、男ばかり5人の曾孫に囲まれました。私はずい分可愛がってもらいました。これで父の兄弟は全て他界しました。

今日はさすがに喉ががらがらです。


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