第六章 司法修習生―― 裁判官 目次前へ次「結婚」

   司法への興味募る

 司法研修所に入って、法律実務の修習を二年間やったわけだが、毎日スケジュールどおり勉強することは、大学の後半訓練しておいたおかげで、それほど苦痛ではなかった。むしろ司法への興味が、ますます強まっていった。

 研修所の二年間のカリキュラムは、最初と最後の四ヵ月が、研修所での講義、起案などである。その間四ヵ月ずつ民事裁判、刑事裁判、検察、弁護の四分野について、それぞれ裁判所、検察庁、弁護士事務所などで実務修習を受ける。この間すべてがどうやって裁判するのか、弁護するのか、起訴、公訴維持するのかといった法律実務に結びついたものだ。最初の研修所での講義も、大学の法律学の講義とはうって変わったもので、起案が大きな部分を占める。裁判記録を渡され、「これをもとに判決を書きなさい」といった具合だ。最初の四ヵ月間は講義、起案のスケジュールがびっしり組まれ、かなりきつい日程だった。

 実務修習地は東京だった。指導教官につくわけだが、私は実務修習では、指導教官のやる仕事を可能な限りすべてやってみようと思った。

 最初は東京地検で検察実務だったが、ずいぶん起訴状、冒頭陳述を書いた。検察修習で修習生が担当するのは、裁判所で合議で取り扱う事件なのだが、この合議事件の中では強姦事件が極めて多い。そのため強姦の諸タイプについては、かなり勉強した。死体解剖にも立ち会ったり、被疑者取調べもやったりした。

 検察実務修習は、本当に面白かった。誰でも他人の罪を発見し、厳しく論難するのは面白いかもしれない。冷静に判断するとこういう面白さは危険だと思う。修習生仲間で良く麻雀をしたのも、この期間だった。朝からヒマな日があり、開店前の麻雀荘におしかけて行って、ネグリジェで出てきたおばさんを説得して、一日中やっていたこともある。

 刑事裁判は渡辺五三九裁判長についた。この人はものすごく気骨のある人で「裁判官の中では地裁の裁判長が最も重要だし、現に最も優れた仕事をしている。高裁、最高裁などは地裁の足跡をなぞっているだけだ。最高裁なんかに裁判がわかるか」というのが口癖だった。語学も達者で、ヨーロッパの思想家、カント、ヘーゲル、マルクスからスタンダールまで、縦横に話が発展し、非常に面白い人でもあった。裁判官といっても、こんな面白い人がいるのかと感心した。


第六章 司法修習生―― 裁判官 目次前へ次「結婚」