民主党 参議院議員 江田五月著 国会議員― わかる政治への提言 ホーム目次
第6章 新しい枠組みをめざして

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野党型保守主義

 父、江田三郎が国会議員在職二十五年の永年勤続表彰を受けた時のこと。記念に色紙の揮毫を頼まれて、

 「国会議員二十五年、政権もとれず、恥ずかしや」

 の一句を披露して話題になった。

 あれから八年以上経過したが、いまだに自民党政治が続いている。

 五十八年末の総選挙は、自民党の大敗に終わった。しかし野党も大勝しなかった。だから新自由クラブがくっついただけで「元のモクアミ」になって、政権交替を求める世論は潮の引くように消えた。とたんに、野党の意気も消沈した。

 だが、これでよいのか。たとえ野党であろうとも、いやしくも議会制民主主義を基本とする国の政党である。その政党が、政権交替をめざさなくて何をめざすのか。

 現在のような中選挙区制の下では、野党は大胆な政権交替をめざさなくても、その存在を維持していけることは確かだ。社会党は官公労などをバックにほぼ全選挙区で一議席程度を維持していけるだろうし、公明、民社、共産各党も、それぞれ勢力の強い地域での議席を確保できるだろう。「政権構想」を打ち出すことが、この「安定議席」を危くするという考え方もある。つまり野党は「部分利益の代表者」として、細々と生きていこうというわけだ。これこそ「万年野党」の状況が生み出した保守主義でなくて何であろうか。

 この野党型保守主義が、自民党支配が続く最大の原因といっても言いすぎではない。


与党ボケ、野党ボケ

 他方自民党支配の永続化は、自民党自身をも毒していることを、自民党の人たちに自覚して欲しい。政権党であること、国会で「数の力」で押し切れることに安住していることが、自民党の現実対応能力を著しく衰退させている。高度経済成長から安定成長への移行期の諸政策が、自民党内部からではなく、臨時行政調査会を項点とする「審議会」から生まれたことを、つくづく反省しなければならない。

 いま国会議員が「国権の最高機関」の一員としての機能をフルに発揮し、国会の権威を高め、国民の政治に対する信頼を高めていくには、政権交替を「普通のこと」にする以外にない。

 現状では自民党議員と野党議員の落差はあまりに大きすぎる。自民党議員は「野党」 に回った経験を持たず、野党議員は政権を担当した経験がない。「国会議員」という共通の地位を持ち、同じバッジをつけ、同じ世界で活動しながら異人種なのだ。

 政権交替体制になれば、どの国会議員もある時は政権党、ある時は野党という立場で活動する同じ仲間になる。共通の基盤で、もっともっとフランクに話し合えるに違いない。議員連盟の活動はもっともっと活発になるだろうし、行政に国民の声を反映させる活動ははるかに活発になるに違いない。

 このようになってこそ、国会議員の存在が「無駄」でなくなるし、国民の政治に対する信頼も回復できるのだ。

 自民党の中の派閥交替を「政変」だと言って満足しているようでは、日本に真の議会制民主主義が樹立されたとは言えない。

 私は、議会制民主主義の国で、与党と野党の役割分担が半永久的に固定化することは、社会主義国家の一党独裁よりも始末が悪いとさえ思う。仮に罪を犯しても、社会主義国なら粛清されるが、われわれの体制の下ではいつまでも安泰なのだ。何ということだろう。

 与党ボケ、野党ボケが進み、政・官・財の癒着構造が広く深く、社会にはぴこる。政治倫理は乱れ、国民はシラけ、「バレなければ何をしてもよい」という風潮が、子供の世界にまで浸透して久しい。心の貧しさだ。


連合の時代

 こうした政治を活性化するには、政権交替しかない。それではどのようにしたら、日本でも与野党逆転の方法を作り出せるのか。

 こういうとにわかにシラけて、「与党の壁は厚いよ」という人が多い。しかし現実には、自民党はすでに過半数を割っているのだ。51年12月の総選挙の得票率は41.8パーセント、54年10月、44.6パーセント、大勝利といわれた55年6月でさえ47.9パーセント、58年12月45.76パーセント。不公平な議員定数の是正を先送りにしているから、実体以上の議席数を保っているのにすぎない。

 それでもなおかつ「自民党は永久与党」の幻想を、国民が信じ続けているのは、自民党にかわって政権を担当しうる政治勢力がないからだ。政権の受け皿がないために、すでに与党の資格を失っている自民党が政権を握り続ける。この不健全な状態を、いつまで放置しておくのか。

 政権の受け皿を作る方法は野党が連合するしかない。

 「連合など潔くない。あくまでも単独政権をめざす」という声には、「日本最大の自民党すら、単独で政権を保持できず、連合したではないか。もう時代は、連合時代になっている。自民党より小さな政党が単独政権を標榜するのは無責任だ」と私は答える。

 世論調査でも、国民は連合を支持している。自民党を軸とする連合の方が賛成者が多いのが残念だが……。しかしそれは、野党がまだ、国民の信頼をかちえていないからなのであって、野党がおとなに成長し、政権を託すに足りる能力を有した勢力になれば、国民は必ず、野党連合を支持する。政権交替は天の声だ。


政権交替の条件

 「野党再編も結構だが、自民党にくさぴを打ち込んで分裂させ、その一部と連合した方が早かろう」という声が最近高まっている。現に、昨秋浮上した「二階堂擁立構想」のような動きもある。だが私は、自民党の一部との連合というのは、一つのバリエーションとして考えるに留めるべきで、最初からこれを目標にすえるのは考えものだと思う。

 自民党は分裂しないだろう。権力の持つ求心力、粘着力は非常に強い。権力のうまみだ。福田・大平四十日抗争、それに続いて大平首相不信任案を通過させた欠席戦術等、まさに分裂前夜を思わせた反主流派の動きが、大平首相の急死と同時に嘘のように鎮静化したのを見てもわかる。そういう意味では新自由クラブが自民党から飛び出した勇気は賞賛に値する。

 自民党まるごととの連合の主張もある。今回の新自由クラブがそれだ。もし、公明党や民社党がその道を歩んでしまうと、政権勢力があまりにも強大になりすぎる。そうでなくても画一性の強いわが国のことだ。異端も少数意見も許さない、新全体主義国家になり、政権交替は夢のまた夢になってしまう。それとも、その次の選挙で、自民党に操を売ったと、これらの政党が国民の大批判を浴びるかも知れない。

 私はやはり、そうではなく、政治の原則に忠実に、野党の連合を探るべきだと思う。

 また、政権交替の条件としては、日本料理が突然中華料理やフランス料理に変わるような急激な政策転換ではなく、江戸前の味つけが関西風に変わる程度のゆるやかな変化でなくてはならない。その変化が、しかし先々非常に重要になるのだ。

 そのために社会党の脱皮が何より必要。

 「ニュー社会党」を摸索している社会党議員と、リベラルな自民党議員とが個人として意見を述べあったら、大筋においてほとんど違わないだろう。だが、一度「社会党」という政党単位で動き出すと、とたんに硬直化する。

FOR TOMORROW!

 昭和五十九年九月、私は六年ぶりに近代化政策の定着で大変貌を遂げつつある中国を訪れた。この六年で中国は大きく変わった。「現代化路線」の歩みは確実で、街に自由な雰囲気があふれてきた。指導者の話がまことに率直になり、中国の弱点、欠点をどんどん話題にするようになった。「万元戸」(百万長者)と「合弁」で対外経済開放政策をどんどん進めるというのだ。

 中国滞在中に香港返還交渉が大きく進んだ。一つの国に二つの体制ということだが、私は、中国はもっと大胆なことを考えているのではないかと思う。

 川を流れる淡水は、海に流れ込んで突然塩水となるのではない。汽水域がある。同様に、社会主義経済と資本主義経済の汽水域を、中国は今作ろうとしているのではないか。

 資本主義で近代のスタートを切った国も、社会主義でスタートした国も、ともに相互に影響し合いながら、人々が平和で安定した生きがいのある生活ができる社会体制をめざして自己変革の努力を続けている。資本主義の私たちも教科書のない時代に入っている。社会主義にだけ教科書があるはずがない。世界中が新しい模索の時代に入っている。

 マルクス没後百年、第二次大戦後四十年、資本主義も大きく変わった。中国も大きく変わった。米ソも、南北朝鮮も、和解の道を真剣に探っている。世界が変わろうとしている。

 変わらないのは日本の政治だけ――。そうなってはいけないから、私は連合と市民政治にこだわり続ける。

 「連合」とは、私にとっては、国会議員のたえざる「自己革新」なのだ。選挙の時にも、野党各党が、「小異」にこだわり他の党を批判、非難することによって自分の党の存在のみを正当化する姿勢をとらず、むしろ 「小異を棄てて大同を生かす」姿勢をとる。政策についても、党利党略や従来からのイデオロギー的枠組みにこだわらず、現実に即した判断をしていく。そのような日常的活動の中から「新しい政治」の枠組みが生まれるよう努力していくことなのである。「連合」はもちろん最初は既存の党派の連合という形で成立するのであろう。しかし連合が実現することによって、党派の枠組みがゆるみ、政党の再編成が進む。同時に、政党の体質改善によって、政治を縁遠く思っていた多くの市民が、政治に関与できるようになる。こうして、市民政治がスタートする。

 社民連は、政治の体質改善の尖兵になりたい。いよいよ私が、この社民連の代表に就任した。まさに私にとってこそ、「自己革新」の名に値する国会議員活動が求められていると思う。国民のみなさんには、私自身も含め全国会議員に対し、あきらめずに、厳しい目で「監視」していただきたい。結局は国民の意志しか、政治を変えるものはないのだ。

 FOR TOMORROW! 明日のために!


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