江田五月 活動日誌 2003年3月 >>日程表 ホーム総目次3月目次前へ次へ

3月6日(木) 法務、一院制、石井さん、国の…、ハンセン、企画、小宮山さん、QT、イラク

今日は8時半から、法務部門会議。まず、NCや衆参委員会の報告。衆院法務委の理事懇談会で、野党4党が名古屋刑務所関係で資料請求したところ、与党理事も賛成し、委員長の判断で、委員会としての請求となりました。事件の衝撃が、いかに強いかを示しています。次いで、法務省担当者から、入管難民法改正案、人事訴訟法案、民訴法改正案につき、ヒアリング。

韓国では、被疑者の拷問死で法相と検事総長が引責辞任しています。これと名古屋刑務所事件での処分とを比べると、日本の処分の甘さが目立ちます。森山法相の身の処し方が問われています。

9時半から、統合一院制の会で、衆院憲法調査会の事務局からヒアリング。一院制の特徴と対応策をまとめると、次のようになります。

(1) 立法権が一の機関に集中し、強い議会ができます。――(イ)行政権との関係で、内閣不信任決議と内閣の議会解散権のあり方が、(ロ)司法権との関係で、裁判所の役割等の工夫が、検討課題。

(2) 慎重審議の点で劣り、一院の衝動的な行動をチェックできません。――議事手続きでの工夫が検討課題。

(3) 一院が数の代表となるのみで、多様な意見や利益をきめ細かく代表させるのが困難です。――(イ)選挙制度について、(a)民意の反映と民意の集約の観点からの選挙制度の工夫、(b)「下院」のダイナミズムの緩和の観点からの半数改選等の工夫、(c)国政選挙の基本的事項の憲法での明文化が、(ロ)直接民主制的制度の導入が、検討課題。

(4) その他の観点として、(a)国政調査権につき少数者調査制度の導入、(b)地方分権の徹底が、検討課題。

10時半から、石井紘基事件の対応につき、菅代表、岡田幹事長、羽田最高顧問らと協議。11時半から、国のかたち研究会。

13時から厚生労働省で、ハンセン病問題国会議員懇談会として、全原連、全療連、弁護団の皆さんと共に、高原亮治健康局長に、ハンセン病対策協議会の再開を目指し、非入所者対策などにつき具体的提案を、今月19日までにするように要請しました。協議が決裂したのは、厚労省の責任です。その後、記者会見。(山陽新聞記事

14時から、参議院憲法調査会の進め方につき、調査会幹事の峰崎直樹さん、堀利和さんと協議。14時半から党本部で、総合選対本部企画グループの会議。私が座長で、今日が初回です。企画の任務につき自由討議。

16時から党本部で、衆議院東京6区の石井紘基さんの後継として立候補を決意した小宮山洋子さんの記者会見に、羽田孜さん、石井ナターシャさん、ターニャさんと同席。手塚仁雄さんの司会で、羽田さんの経過報告、小宮山さんの決意表明に続き、ナターシャさんが発言。小宮山さんを、石井さんの遺志を継ぐことのできる最適の人と認めて、期待と支持の言葉を述べてくれました。ターニャも含め、3人の女性の心が一つになれば、怖いものはありません。

10日に参議院決算委員会で、全閣僚出席で全般的質疑が行われることが決まり、来週は党首討論(QT)が行われないことになりました。そこで善後策につき、衆議院の瓦力委員長と電話協議。17時から、共同通信のイラク問題に関するインタビュー。目が回るような一日でした。


東京6区補欠選挙出馬会見

石井ナターシャさんの発言要旨

夫・石井紘基が殺されて、4ヶ月半が過ぎました。この間、皆さまが紘基さんや私どもにお与え下さったご厚情に、心からお礼申し上げます。

私どもは、この間、どうすれば紘基さんの遺志を引き継ぐことが出来るか、考え悩んできました。

紘基さんは、「税金の使い道を正す」仕事に、命懸けで取り組んできました。その資料が一杯残されています。また、紘基さんは、地域の皆さんの涙や汗を、自分の政治の活力としていました。お祭りや夜警の時の紘基さんの姿が、支援者の皆さんの目に焼き付いています。

このような紘基さんの追い求めた政治を、右翼の刃で消し去らせてはなりません。だれかがこれを引き継ぐことが、この国にとって何より大切なことだと信じています。

このたび小宮山洋子さんが、紘基さんの選挙区から民主党公認で立候補の運びになったとお聞きしました。小宮山さんは、紘基さんと民主党内のさまざまな場面で一緒に行動されました。また、学校も同窓です。ぜひ小宮山さんに、紘基さんの政治を引き継いでいただきたいと、強く願っております。

小宮山さんと、お話をする機会もあり、彼女が全てを託するに足りる人物だと確信しています。私たちも全力で応援します。


小宮山洋子さんのひまわりニュース号外
2003年3月6日(木)

『勇気をもって、凛として』 新たな挑戦!

いつも、ご支援いただきありがとうございます。

来年の参議院選挙にむけて、皆さまのご協力をいただきながら、準備を進めてまいりましたが、このたび、民主党本部からの強い要請と石井さんのご遺族から託されたことを受けて、衆議院東京6区に政治活動の拠点を移すことを決意いたしました。

政権交代のためにも、首都東京で、民主党の勢力を守る必要があります。亡くなられた石井紘基議員の志を継ぐためにも、全力を尽くす決意です。

不正を許さない石井紘基さんの遺志を継いで

石井紘基さんの事件を聞いたのは、衆議院補欠選挙の応援で行っていた福岡県の選挙カーの中でした。

驚き、そして、ご自身が追及してきた闇の世界による凶行に違いないという思い、さらに日頃から様々な場面でお会いしていた石井さんの優しい顔が浮かび、マイクを持ったまま、私はしばらく言葉を失いました。

石井さんの地元の東京6区(世田谷区)には私の実家があります。もちろん私も、現在再び世田谷で暮らしています。

さらに成城学園で同窓であることなどから、私が参議院選挙に出るときにも、同じ同窓の羽田孜さんと集会を開いてくださったり、また石井さんの選挙のときには私が応援に入ったりと、おつきあいがありました。

また、民主党東京都連では、国会議員団長として、あの冷静さとお人柄で、難しい舵取りをしてくださっていました。

石井さんといえば、不正、悪を許さない正義感にあふれた議員活動を誰もがあげると思います。行政監視部門会議でご一緒させていただいて、多くの資料に基づく、鋭い洞察力と緻密な組み立てに、いつも学ばせていただいていました。

政官業の癒着を許さず、税金を無駄に使わないための国民会計検査院運動を続けてこられた石井さんの活動は、民主党の政権構想の原点となっているものです。

税金をむだ使いせず、次世代に責任をもつ

不正をただし、税金のむだ使いを改め、子育て、年金、医療、介護など暮らしの安心を作ります。

環境、教育など次世代の子どもたちに責任を持つ政策を進めます。
 
外交の柱に据えるのは「人間の安全保障」です。国境を越えて、地球上のすべての人々の、幸福、健康、安全を守ります。


ハンセン病厚生労働省申し入れ 記者会見

2003年3月7日 山陽新聞朝刊

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