やまのい和則さんのメールマガジンから抜粋 ホーム総目次日誌に戻る

2001/05/24

■懇談会

 11時から「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」という超党派の会合。全国ハンセン病療養所入所者協議会との懇談会。

 国会議員が30人、全国14ヶ所(4400人入所)のハンセン病療養所の代表が約20人。

国の責任を認めたわけではない?
 代表の江田五月議員が、「控訴せず、となったことは喜ばしいことだが、全面解決のためにはこれからが大変。すでに今後のことについて、厳しい話し合いが始まっている。国も相変わらず『控訴しないのは異例であり、必ずしも国の責任を認めたわけではない』という姿勢である」と危機感のある挨拶。

 私の前の席の家西悟議員が、うなずきながら、「これからが大変なんや」と言う。薬害エイズの経験からであろう。

問題山積み
 私が今日、この会合に出たのは、「控訴せず」となったといえども、解決すべき問題が山積するからだ。一歩前進であるが、まだまだ解決していないことばかりだ。まず、亡くなった23700人の骨が故郷に帰れるようにせねばならない。また、生きている元患者の方々が幸せに暮らせるように援助せねばならない。

爽やかな気分
 全国ハンセン病療養所入所者協議会の幹部の方が挨拶に立ち、「昨日の朝と今日の朝とでこんなにも気分が違うものかと思った。こんなさわやかな気分で目が醒めたのは、ハンセン病にかかって以来初めてです。ハンセン病にかかってからというもの、『うつるから近づくな』と、ばい菌や虫けらのように扱われてきました。やっと昨日、人間に戻れました」と言い、「国会議員の皆さんのおかげです」と深々と頭を下げられた。

ささやかな要望
 そして、「療養所に夜間の看護婦がほしい。半数以上が身体が不自由になり、痴呆症のお年寄りも増えている。しかし、職員が少なく、晩は宿直しかいない。三交代の勤務にしてほしい」と要望があった。

 私は、なんと小さな、ささやかな願いかと思った。数十年も国の誤った政策で強制隔離され、ほとんどみんな親の死に目に会えず、故郷にも帰れない。そのような、いわば、行政によって人生を台なしにされた人々が、せめてもの行政への要望として、患者が高齢化し、介護を要する人間が増えているので夜勤体制を療養所につくってほしい、という。当たり前のことではないか。そんなことが今まで対応できなかったのか。

「過去11年、国に要望してきたが、全く聞き入れてもらえなかった。判決が出たことを機に、夜勤の看護婦さんを!」と訴えるん。

 さらに、会長さんは次のように言った。「私たち療養所に強制隔離されて住んでいる者は、平均年齢74歳。何十年も療養所にいて、全国4400人の80%以上が障害2級以上になり、療養所は障害者の施設になっています。でも、お世話の職員が少ないのです。いくら要望しても、1年に14の療養所で9人くらいしか増えません。今年に入ってからも、ある療養所で朝になって死んでいるのを発見されたケースが2件ありました。100人の居住棟に当直2人の体制では無理です。人生、苦しみ抜いて生きてきた仲間が、誰にも知られずに朝起きたらもう死んで、身体が硬直してしまっているということが頻発する悲しい現状だけは変えて頂きたい」

『収容所』
 さらに、会長さんはこう続けた。
 「そもそもなぜ、療養所に職員が少ないか。それは、昔から私たちが療養所で働かされていたからです。掃除、洗濯は当然のこと、食事運び、し尿のくみとり、さらには、亡くなった患者の火葬までも私たちがやっていた。強制労働だった。だから、職員が少ないのです。毎日、毎日、働かされ、。私たちにとっては、『療養所』なんてものではなく、『収容所』だったんです」

 私は『収容所』という言葉に衝撃を受けた。確かに、ハンセン病の『療養所』といえば、聞こえはいいが、実際は、警察に連行されて強制収容される『収容所』だったのだ。

 その後も、全国14ある療養所の代表の方々が私たち国会議員に要望を述べられる。
「職員を増員して欲しい」
「看護婦さんを夜勤で雇ってほしい」
「介護が必要な仲間のために、2交代制の職員にしてほしい」
「痴呆症になる仲間が増えている。夜勤が必要だ」。
「夜間倒れた仲間が、朝冷たくなって発見されることをなくしてほしい」

思いを伝えたい!
 みんなが積年の思いを語る。しかし、この会合は1時間。

 宮古島の療養所の代表、奄美大島の療養所の代表は、時間が足りなくなり、「一人二分だけ」「一言だけ」と司会者がせかせる。ほとんど国会議員に要望する機会など今までなかっただろう。でも、時間の関係で「二分以内で思いを語って」と言われても無理だろう。なにせ、人生を台なしにされているのだから。

 さらに、「国会議員さん、よろしくお願いします」と頭をすりつけんばかりに、お願いされる患者さんに対して、申し訳なく思えて仕方なかった。

 「よろしくお願いします」なんて頭を下げる必要はない。国会議員がしっかりしてなかったから、罪もない多くの患者さんを人生のあいだずっと隔離してしまったのだ。私たち国会議員こそが懺悔して謝罪せねばならないのだ。患者さんの要望は、あまりに当たり前の要望だ。人生を台なしにされた方々が、『せめて夜勤スタッフが欲しい』というのが贅沢な要望のはずがない。と私は思った。

「私の施設では、過去10年で300人死んだ。あと700人が入所している。でも、10年以内に半分は死ぬだろう。患者が高齢化しているので夜勤の職員を!」という要望を聞きながら、まさに、ハンセン病問題も私の専門の老人介護問題になっていることを知った。

 痴呆症の方が増えているのも問題だという。療養所の中に痴呆性高齢者向けグループホームを建てることはできないだろうか。

これからが厳しい!
 家西悟議員が発言した。「私もHIV薬害エイズ問題の被害者なので、あえて皆さんに言いたい。『控訴せず』ということになりましたが、ここからが厳しい。今はマスコミも騒いでいますが、時間が経てば忘れます。国民もすぐにハンセン病のことは忘れます。ひとつひとつの要望を実現させることは簡単なことではありません。

 ずっと言い続けると、そのうちは、『まだこれ以上、要望するのか』と批判される。しかし、私たちは他の人たちよりも優遇してくれとか言ってるんじゃないです。マイナスになっている現状をせめてゼロに戻してほしいと言ってるだけなんです。

 控訴せずと決まったと言っても、これからが大変です。ハンセン病の問題を教科書に載せるべきだと思います。それが同じ過ちを繰り返さないことにつながります」

スタート
 私も、ここからがスタートだと思う。この療養所の夜勤問題ひとつとっても、実現は簡単ではないだろう。実現のために頑張りたい。介護問題は私の専門なのだから。

私の専門は介護などであり、ハンセン病問題はそれほど詳しいわけではない。しかし、私がこのようにメールマガジンに長文を書いているのは、この問題は非常に本質的な日本の問題の象徴だからです。

障害のある人、手のかかる人を隔離する。一度隔離すると、社会に復帰させないようにする。行政も一度、その政策を決めると見直しを数十年しない。国会議員もそのような人権の問題などは票にもならないから放置する。

切り捨て教
 以前にも書いた日本社会の貧しさの根源「切り捨て教」がここにあります。弱い立場の人々を隔離し、切り捨てる。障害者福祉、老人福祉、精神医療。至るところに、似た問題があります。

 今回、ハンセン病の元患者の方々が「夜勤を!」と要望された。しかし、たとえば、痴呆性高齢者や精神病患者も施設や病院で同じ要望を持っていても、その方々は国会まで要望に来られないのだ。

「地域で暮らせる人々を、療養所に強制隔離するのが悪い」と国が認めるなら、グループホームや地域での適切なサービスがあれば、地域で暮らせる痴呆性高齢者や要介護高齢者、身体障害者、精神障害者が、サービスが足りないからという理由で、病院や施設に入って、人生のほとんどを過ごしているのも似た問題ではないのか。

今回の問題は私にとってはあまりに重いのだ。
 つまり、ハンセン病の患者さんを行政は見捨てた。しかし、そのことを国会議員も黙認した。放置した。

 ある厚生労働省の役人さんは言った。「厚生省の役人をみんな責めるけど、じゃあ、20年、30年前に、国会議員でハンセン病問題に取り組んでいた議員が何人いたんだ。みんな知らん顔してたじゃないか」

行政も国会もハンセン病患者さんを人間扱いしなかった。それがおかしいと、やっと遅まきながら、このたび司法が「憲法違反」と判決を下した。

勇気
 しかし、勇気ある元患者さんが裁判に訴えなければ、永遠にこのハンセン病の問題は、行政からも国会議員からもほったらかしだったのかもしれない。 

この国の行政と国会は、人権を守るために機能しているのか!

 人権を守れない、理不尽な差別をなくせない、行政や国会、いや、行政や国会が先頭に立って、差別を植え付け、人権を踏みにじった。このことは20世紀の日本のあまりにも大きな汚点ではないか。人間愛、ヒューマニズムはこの国にはないのか。

 ハンセン病判決で控訴が行われないことだけで喜んでいても仕方ない。問題は、似たような問題が山のようにある日本で、同じような「切り捨て教」の思想を、どう「共生」や「助け合い」の思想に変えていけるか。

悩むことなく「控訴しないは当然!」
 今回のハンセン病の問題で痛感した。やはり、私は政権交代をしないとこの国は変わらないと思う。今回の小泉さんの「控訴せず」の結論にしても、民主党中心の政権なら、悩むこと、躊躇することなく、「控訴しないのは当然」と即、鳩山代表や菅直人幹事長なら決断できた。

 それを悩んで、悩んでしか、決められないところが、自民党の長期政権の限界である。控訴すべきか、すべきでないか。何を悩むのか。こんなひどい人権侵害があるか。それを悩むこと自体、何の罪もないのに強制隔離され、骨になってもまだ故郷に帰れない23700人の元患者さんに失礼だ。

お礼はいらない!
 私は改めて元患者の方々に言いたい。「あなたがたは首相にも政治家にもお礼を言う必要は全くない。あなたがたには何の罪も落ち度もなかったのだから。被害者なのだから。一方的に、行政と国会が誤ったことをしてしまったのだ」と。

政治とは何だろう。国会議員の仕事とは?

 私は日本の福祉の遅れや、ハンセン病の問題のような人権無視の問題に接するにつれ思う。今までの日本の国会議員の仕事は地元への利益誘導が中心であった。なぜなら、選挙でそのような政治家しか当選できなかった。その結果、選挙区の利益や利権には直接結びつかないハンセン病や福祉の問題は、放置されつづけた。

遅すぎた握手
 
昭和35年以降の強制隔離は違法であると判決が下された。小泉首相との握手で元患者さんたちは涙を流した。しかし、なぜ、今から40年前に当時の首相はハンセン病の患者さんたちと握手ができなかったのだろう。「遅すぎた握手」という気が私にはしてならない。「控訴せず」と決めた小泉首相は立派だと思うが、同時に、この問題を40年以上放置してきた自民党政権の責任はどうなるのか。

政権交代さえあれば、このような問題はすぐに解決できたと思う。

国の責任を明記すべき!
 
案の定、いまハンセン病判決に対する国会決議でもめている。国会決議とは、衆議院や参議院で発表する決議のことだ。民主党をはじめとする野党は、国会決議において、ハンセン病問題を今日まで放置してきた「国の責任を明記すべき」と主張している。しかし、自民党や与党は国の責任を明記することにまだ反対しているのだ。

「控訴しない」と首相が決断しても、未だに、「国の責任」を認めようとしない与党。こんなことでいいのだろうか?


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