2004年9月 五月会だより No.106 ホーム主張目次たより目次前へ次へ

選挙区・比例区ともに 自民党を超える議席を獲得

7月に行われた参議院選挙で、現職2名が生き残りをかけ、日本屈指の激戦区となった岡山県では、江田五月が、49万8515票を獲得し、相手候補に15万票の大差をつけ圧勝。
  参議院本会議で質問
激戦を振り返る


総支部だより
東京通信
事務局通信
早々と当確を決め、大きくバンザイする江田議員  

皆さまの良識に改めて感謝
民主党をまとめ、政権交代を果たします

《参院選の勝利》
夏の参議院選挙は、まさに天下分け目の戦いでした。岡山選挙区は定数減で1名区となり、現職同士の激突で、全国注視の激戦区でした。過去のデータでは、私の勝ち目は極めて少ないのに、15万票差で圧勝となりました。応援して下さった皆さんに、心から感謝します。

年金問題、イラク戦争などで小泉内閣が取った政策に対し、有権者の強い批判がありました。その上、選挙区の国会議員が、衆参を通じすべて自民党というのは、岡山県民のバランス感覚とは相容れません。8年前の知事選の経験もあります。こうして、「今こそ、正義と良識。」という私の訴えと県民の気持ちとが、ぴたっと合致したのです。

《政権交代へ》
全国でも、民主党は大健闘しました。27の1名区は13勝14敗ですが、東京、神奈川、愛知で2名当選を果たしました。改選議席では50名で自民の49名に勝ち、比例区では19名で自民の15名に大差をつけました。無所属当選者で自民に入るものはおらず、与野党では、60対61で野党の勝ちとなりました。

当確直後のインタビュー以来一貫して、任期中に何をやるかという質問に、私は政権交代と答えています。二院制のうちの一院で、半数改選ですから、比喩的に言えば、政権交代が4分の1だけ実現したと言えます。次の参院選までの3年間のうちに、必ず総選挙があります。政権交代を実現するときが近づいています。小泉首相の任期は、あと2年です。任期中に、小泉首相を解散・総選挙に追い込まなければなりません。この2年間が勝負です。

《議員会長に就任》
選挙直後に、参議院の民主党会派である「民主党・新緑風会」の役員選挙があり、私が全会一致で議員会長に選ばれました。任期は1年で、再選は可能です。幹事長は山梨で1名区を勝ち抜かれた輿石東さん。国対委員長には、千葉の今泉清さんを指名しました。ちなみに相手の自民党は、議員会長が青木幹雄さん、幹事長が片山虎之助さんで、最強の布陣といえます。「まっすぐに、ひたむきに」で、国民に分かりやすい議会運営に努めます。

参議院は、「良識の府」といわれますが、このところ良識が泣くような大激突が、衆議院よりは参議院のほうで、繰り返されました。議員会長は民主党の役員会の構成メンバーなので、党の中でもしっかりと役割を発揮し、衆議院で論戦を十分煮詰め、参議院では、衆議院の行き過ぎを正すという本来の役目を発揮するよう務めます。しかしもちろん、与党が衆議院で無茶をしたときには、良識の回復のために闘わなければなりません。

決算と行政監視を一層重視していきます。国会のコントロールが十分及んでいないODAをしっかりチェックし、参議院の了解がなければODA予算は組めないくらいにしたいものです。選挙後の臨時国会で、民主党は改正年金法の廃止法案を衆参で提出しましたが、与党の反対で潰されました。しかし、年金論議は終わりにさせません。

《岡田新体制の出発》
民主党の新代表は、岡田克也さんの続投と決まりました。私も推薦人になりました。国民に政権を託される民主党となるためには、多様性と結束の両方が大切ですが、今は結束を重視するときだと思います。自民党は、日ごろバラバラでも、いざというときは結束することを、国民はよく知っています。逆に野党は、いざとなるとバラバラでした。このイメージを変えなければなりません。今は、シニアの議員は支え役に徹するべきだと思っています。

岡田さんの方針に不十分なところがあるのは、ご本人が一番よく分かっています。党のルールに従って、詰めを進めていけばいいことで、このルール感覚が大切だと私も思います。

安全保障政策が難しい課題です。特に、国連が行う集団安全保障への参加をめぐって、憲法との関係で激しい議論が予想されます。主権国家による武力行使の原則違法化が、戦後世界の出発点で、憲法の平和主義の中核です。小泉首相は、この点を逸脱したのです。民主党は、この平和主義を現実のものとするために、創憲論議を進めているのです。同時に、日本の悲願である核廃絶や軍縮にも、もっと真剣に取り組まなければなりません。

課題山積です。ご支援ください。

江田五月


お見舞い申し上げます

台風16号・18号で被害に遭われた皆さま方に、心からお見舞いを申し上げ、一日も早い復興をお祈り申し上げます。


改正年金法白紙撤回迫る

江田五月は8月3日、参議院選挙後初の参議院本会議で小泉首相のサミット報告に対する質問に立ち、参議院選挙総括、日歯連事件、イラク問題、改正年金法の問題点等について、静かな口調ながら厳しく小泉首相を追及しました。(会議録

改正年金法廃止法案の正当性を主張

参議院本会議で代表質問(会議録

改正年金法の問題点については、負担の上限と給付の下限、合計特殊出生率等の後出し、改正法に40カ所もの過誤が判明した点を列挙し、「改正年金法は形式的にも内容的にも破綻している」として改正年金法廃止法案の正当性を主張。年金審議を避けるために国会会期をたった8日間に短縮した小泉首相の政治姿勢を「国会を何だと思っているのか。民主主義は単なる形式ではなく、精神だ」と厳しい口調で批判しました。

残念ながら廃止法案は8月5日に衆議院で否決されましたが、民主党は引き続き年金法施行を許さないように全力で取り組みます。

日歯連疑惑 橋本元首相の証人喚問を要求

日歯連疑惑については、自民党が何も変わっていないことを象徴する事件だと指摘。1億円の小切手を受け取りながら「記憶がない」などと居直り続ける橋本元首相に対して、証人喚問を行うよう首相に求めました。しかし、首相はあくまで「調査中なので見守る」との姿勢に終始。江田議員が「粉飾決算は厳しく処罰される行為だ」と厳しく指摘し、収支報告書の記載義務の強化・記載内容の確認システムづくりの必要性に言及したのに対して、首相は「各党・会派においてさらに議論を深めていただきたい」などとごまかした。

参議院選挙 「自民党は勝ったのか」

続いて、民主党が改選議席数、比例代表の獲得票数でも第一党となった参議院選挙について「自民党、与党は勝ったのか」と首相に質問。小泉政権への信任を問い、年金制度改革、イラク問題を争点とした参議院選挙で示された民意をどう受け止めるか、答弁を求めた。首相は「自民党は勝ったとは言えない。しかし与党全体で60議席を確保している」とし、民意については「自民党も野党の声にも耳を傾け、反省すべきは反省し、しっかりと改革を進めろとの声と受け止める」などと語った。 

イラク自衛隊 多国籍軍参加問題

イラク問題については、自衛隊の多国籍軍参加をサミットの日米首脳会談時に首相が単独で表明し、国会や国民への説明を後回しにした点を改めて批判。イラク特措法が定める非戦闘地域の派遣条件を満たす地域が存在しない今、自衛隊を撤退させるべきとの考えを示した。首相は「サマワは非戦闘地域の要件を満たしていると判断している」などとして、撤退の意思がないことを改めて表明した。


激戦を振り返る

選対本部長・遊説隊長として、悔いのない戦いが出来ました
江田五月会会長 弁護士 河原昭文

皆さん、本当にご苦労様でした。誰も予想しなかった大勝、皆さんと素直に喜び合いたいと思います。

私は、江田君が昭和58年、はじめて衆議院選挙に出た時から、今回まで、衆議院選挙4回、県知事選1回、参議院選挙2回の合計7回、ほとんど毎日本隊車に乗りました。衆議院時代、江田君は回を追うごとに、他の候補者の応援に行くことが多くなり、最後の頃は乗らない日のほうが多くなりました。その留守は私が守って「江田です。江田です。江田五月です。」と連呼して回ったので、私を江田君と間違えている人もいるのではないかと思うこともありました。

私は江田君の選挙まで、一切選挙に関わったことはありません。しかし、江田君の選挙に関わるようになってから、江田選挙の連呼の方式を確立し、私は連呼のプロになりました。

今回も4人のウグイス譲が手伝ってくれましたが、私が手を取り足をとって指導しました。

まず、「江田五月」のアクセントです。高さでいうと、エは高く、ダは低く、サツキはエとダの中間で同じ高さです。東京から来た人は多く、エとダは同じ高さで、サツキはだんだん低くなっています。

次に「江田五月です」といい切り、「江田五月でございます」とはいわせません。一言いったら、必ず「江田五月です」を入れます。

慣れない人に限って、長々とセリフを続け、いったい誰の選挙カーなのかわからなくなってしまいます。

今回、多くの国会議員、県、市、町、村会議員の方々が応援に来てくれました。同時に2人も3人も来てくれて、うれしい悲鳴を上げたことが何度もあります。しかし、本隊車の後部座席は、3人で、まん中が私、左右のどちらかに応援の議員、もう一方にウグイス嬢が基本です。2人の国会議員に2時間交代で乗ってもらったこと、2人の議員が乗ってうまくいかなかったこと、ウグイス嬢が開店休業になったこと等、いろいろありました。

しかし、4人のウグイス嬢は全員、本当によくやってくれました。連呼だけではなく、スポット演説の時の江田君のケア、ビラ配り等、選挙戦序盤は雨でびしょびしょになりながら、後半は猛暑でまっ黒に日焼けしながら、本当によく頑張ってくれました。

何はともあれ、完勝することが出来て、心底、ホッとしています。しばし、休んで力をたくわえ、次の大きな歩みをはじめましょう。皆さん、本当にご苦労様でした。


心配な選挙を喜びの結果に  旭中同級生 冨士松照子

今回の選挙程、私達にとって心配な選挙はありませんでした。でも、選挙戦が始まると、夫々の立場でしっかりと頑張ってくださっている事が伝わってきました。電話で「事務所には行けないけど、あちこち電話したり、色々出来る事はやっているから…、これが最後だと思って頑張るよ」と、又「公明党や、共産党の支持者にもお願いしているから」と、多くの仲間たちから元気な声や、カンパが寄せられました。私達には、変わらない仲間がいる、江田さんを支える仲間がいることを改めて実感した選挙でした。

そして、今回ほど、驚き、喜び、気持ちの良い選挙はありませんでした。皆さん、ありがとうございました。

最後に、江田さんお願いがあります。そろそろ良き後継者を見つけ、お育て下さい。宜しくお願いします。


友達ってすばらしい この選挙で再確認  朝日35会 亀川俊晴

江田五月君当選並びに議院会長就任おめでとう。本当に良かった。振り返れば、2月上旬に大元選対本部に伺ったのが、事の始まりです。森本事務局長が『江田が今回特に厳しいので友人としてもなんとか力を貸して欲しい、事務所も人がいないので淋しい、亀川さんも精々来てよ』と言われました。それまでは、いつもの事だと受け流していましたが、相手は自民党そのものであり、江田が従来に増して大ピンチに陥っている事を改めて知りました。

よしそれでは我々の「連れ」が困っているのならまず高校の同級生である「朝日35会」を眠りから起こすべく再起動させなくてはと思いました。が、還暦を過ぎ、選挙に対してエネルギーが少なくなっていたこの会を如何に活性化したらよいのか、頭を抱えました。

取り敢えず、4月のパーティーではワンテーブルを占領する位の同級生を集める事から始めよう、それにはまず事務所に皆に来て貰い江田と会う事が先決だと思い、呼び掛けた処、第1回の集まりに14人来てくれました。嬉しかったですねぇ。その後は「朝日35会用のコーナーを作りましょう」などと事務所の作戦にはまり?ずるずると深入りして行きました(笑)。

最初の目標であるパーティーへの出席者数は、予定通りでしたし、パーティー後の懇談会には20人程集まり、その中で女子から「江田さん、最近は前の様な爽やかさが無いなぁ!赤いネクタイでもせられえ」と。江田が苦笑いしていた処へ同級生でもあり選対本部長でもある河原君が「我々も60歳を過ぎたから」と援護射撃をすると、女性軍からは「歳には関係ないわ」と反撃、和気あいあいでした。秘書の方が「議員にあんな事言えるのは、同級生だからですよね。仲がいいんですね」と。その時これはいいぞ!いけるぞ!と手応えを感じました。あれから江田もネクタイを派手目にしたのかなぁ、女子の一部からは「よしよし」との声も上がっていました。

やはり思った通り、その後の「朝日35会」は県内外を問わず燃える集団と変身したのです。その後、何回か事務所に集まっては、集会参加の呼び掛け、カンパのお願い、宛名書き、ビラ配り、ポスター貼り、炊き出しの手伝い、もうやれないと思っていた随行車での「手振り」などなど・・・。その中ですごかったのは当番制を敷き選挙前日まで粘った、女性陣を中心とした電話かけでした。「江田五月に良識の一票を」の迫力は、今でも忘れられません。

私からは無理なお願いばかりでしたが、時間、金、智恵、汗、身体、ご家族そして友情と最後迄支えて頂き厚く御礼申し上げます。又朝日高の恩師、先輩、後輩の方々にも大変お世話になりました。

「小学校の同級生に、一票入れてくれぇと電話するのはええんじゃけど、なにせ50年以上になるんで、名前を思い出してくれんで、ついつい電話がなごうなってのォ」友達ってすばらしい! フレンズ、フォーエヴァー!!


腹が減っては戦はできぬ  アゼリア会会員

アゼリア会は選挙の度に電話かけを主に、色々お手伝いをしてきました。最初の選挙の時から食事作りのお手伝いをしている会員も、初めて参加の会員も、「食中毒をださない」「バランス良い家庭的な料理を提供」をモットーにお手伝いしました。みんなの頑張りが報われた結果となり、とても良かったです。


各級選挙も積極的参加  二十日会会長 田原清美

中小企業者の集まりである本会は、参議院選挙では初めての応援です。

会員が岡山市内にいるので、比較的連絡が取りやすかったが、結成後1年余りであり、充分力を発揮できなかった。

しかし、会員各位に応援を呼びかけ力を貸していただいたことに感謝しています。比例区候補で中小企業者代表として判断できる人物を推薦して欲しかった。今後各級選挙に積極的に関わっていく必要があります。県下各地に中小企業者会員組織をつくり情報交換したい。


立ち上がった親族会  親族会 元田弘祐

「こんどの選挙はあぶないぞ」という声をあちこちで耳にし、五月会親族会(世話人代表=伊丹祐輔さん)も立ち上がりました。

3月末に世話人会、公示2週間前の親族大会は初顔の方も大勢でした。集票活動、五月株購入、本部事務所詰め、炊き出し手伝いなど、50万票のなかの、ささやかな応援をさせていただきました。


総支部だより

W出身地の強みで厚い壁を破る

岡山市では、2区分もあわせて、6万票を超える差を自民候補に付けることが出来ました。江田さんと私の出身地である建部町はもちろん、御津町も勝ち越し、加茂川町でも互角の戦いに持ち込みました。

小さいながらも各町に支持グループがあり、岡山市内でも中学校区での選対を作る努力が実を結んだ形です。中でも、旧2区に選対が立ち上がるなど、前回の衆議院選挙より体制が強化されたことは特筆できます。ただ、事務局が最後まで手薄だったこと、本部や地域との連携が不十分だったことなどは、反省材料として、今後の活動に生かしたいと思います。

江田五月、民主党への期待を強力な支援に結びつけることを最大の課題として、ヒト・モノ・カネ等の資源を効果的に活用して参りますので、ご協力下さい。
第1区総支部代表 菅源太郎

 
各級議員の連携も勝因

県内では唯一、民主党の衆院の議席があり、県会、市会の各議員を抱え、江田五月の地元でもある2区では自民党にどうしても勝たなくてはというプレッシャーがありました。しかし、選対の発足当時からスタッフが不足し、一時は心配をしましたが、保守王国といわれた岡山での勝利が日本の明日をつくるという信念で最後まで頑張りました。

五月会の方、ご近所の方や組合員、支援団体の幅広いご支援をいただいて、岡山市はもちろん、邑久郡三町、玉野市、灘崎町のすべてで自民党候補を圧倒する得票を得て、有権者の皆さまの底力をあらためて実感しました。

この結果に浮かれることなく、次の衆議院選挙では選挙区での勝利を目指します。それこそが、政権奪取への道であり、皆様の期待に応える道だと思います。
第2区総支部代表 津村啓介

 
不利な状況から強敵を迎え撃つ

まず、この度の台風16号で被害に遭われた皆様にお見舞いを申しあげます。生活の一日も早い再開をお祈りいたします。さて、今回の参議院選挙は、全国の中でも最激戦の一人区で、岡山選挙区に残された野党唯一の議席でした。自公与党は圧倒的な組織力で追い落とそうとの勢いでした。

しかし、岡山県民への「正義と良識」を訴えた真実の声は、ボランティアの方々による連日の活動、連合岡山の力強い組織運動、各支部事務所の実情に合わせた地域運動等々により、日毎に浸透し、与党の有権者までもがこの真実の声に動かされ、大きな盛り上がりとなりました。このような中で、高い投票率と得票で当選できたことに厚く御礼申し上げます。この大きな成果は、国民の新しい政治への期待と愈々本当に実現する政権交代の節目ではなかったかと思います。このような選挙を共に闘えたことに感謝の気持ちで一杯です。

今後更に、この流れを大きくし政権交代実現に向けて、江田代表を先頭に力を結集していくことが大事であると、心新たにいたしました。江田代表のご活躍をお祈り申し上げます。
第3区総支部代表 中村徹夫

 
4区は選挙が連続しています

この選挙で痛感したことは、日頃の活動の積み重ねが大事だということです。前回や知事選でも、この地区は江田五月が善戦してきましたが、今回のような圧倒的勝利は、「風が吹いた」としか言いようがありません。本当の勝利をつかむために、毎日が選挙と覚悟しています。

元総理が地盤としている選挙区なので、表面上は自民党が圧倒している感じですが、気持ちの上でそれに負けてはいけないと、地区単位での支援体制を作り、連合の皆さんとの協力関係を強め、支援者の力を結集しました。

10月の県議補選、来年1月の倉敷市議選、3年後の参院選、そして衆議院総選挙と連続して選挙が予定されています。それぞれ、民主党の公認又は推薦候補を立てて、必勝を期します。
第4区総支部代表 柚木道義

 
最悪の事態から勝利をつかむ

昨年の衆議院選挙後の混乱から立ち直り、5区としても相手候補に勝つことができました。

衆院選では金光町しか勝てなかったところですが、相手出身地の笠岡市をはじめ、4市9町村で上回り、1万5千票の差を付けることができました。後れをとったのは高梁市・川上郡・上房郡地域だけで、総社地域はもちろん、井原地域・小田郡・都窪郡・浅口郡の他、これまで弱かった新見市・阿哲郡も勝利しました。

混乱による危機感から、江田議員、京子夫人が精力的な挨拶まわりをこなし、多くの活動家が腰を上げてくださったことも勝因の一つでしょう。また、市民選対と連合選対がよく組み合わさり、それが他の地域にも波及的に広がったことは特筆できます。ただ、事務局が最後まで手薄だったことは反省材料です。
第5区総支部代表 花咲宏基
岡山県選挙区の得票
  江田五月 加藤紀文
1区(按分) 105,667 67,563
2区(按分) 93,426 58,916
3区 99,815 79,936
4区 107,359 65,948
5区 92,248 76,856
合計 498,515 349,219
 
比例区 岡山県 全 国 獲得議席(増減)
民主党  321,380  21,137,458 50 (+12)
自民党 272,151 16,797,687 49 (-1)
公明党 182,280 8,621,265 11 (+1)
共産党 54,401 4,362,574 4 (-11)
社民党 35,107 2,990,665 2 (+0)

東京通信   江田五月秘書 江田洋一

参議院選挙後の7月26日に民主党・新緑風会の役員の改選が行われ、江田五月は参議院会長に選任されました。参議院会長は、民主党の最高意思決定機関である、役員会(代表・幹事長・政調会長・国対委員長・参会長・参幹事長・参国対委員長)のメンバーという要職です。カウンターパートは、青木自民党議員会長です。

所属委員会は、法務委員会・憲法調査会・国家基本政策委員会と裁判官訴追委員会となりました。民主党では引き続き憲法調査会の事務局長として、新たな憲法提案にむけて作業を行っていきます。

7月30日に開会した臨時国会では、代表質問をしました。サミット・参議院選総括・日歯連事件・イラク情勢と多国籍軍への自衛隊参加・年金改革等につき、小泉首相に問いただしましたが、おざなりな答弁でした。参議院選挙については「勝ったとは言えない」とやっと敗北を認めました。

初盆参りを終えて、8月16日から20日まで、経済界とマスコミ文化人の皆さんとで、訪中し、瀋陽・上海・杭州で現在の中国のエネルギーを体感して来ました。

23日・24日は本当に久しぶりに家族全員大集合。孫を交えて、清里で束の間の夏休みを楽しみました。

9月14日から22日まで、扇参議院議長に同行して、イギリス・南アフリカ・フランスを訪問します。それが終わるといよいよ臨時国会開会。8月30日に続投が決定した岡田代表と二人三脚で全力を尽くす覚悟です。


事務局通信

勝って兜の緒を締めたい
五月会・江田事務所の体制強化を

先の第20回参議院選挙、本当にお世話になりました。江田選対本部の事務長を務めた立場からも、改めて厚くお礼申し上げます。

自民党相手の厳しい選挙戦でありましたが、結果として圧勝させていただく事が出来ました。

勝因は、幾つか上げることができますが、なんと言ってもこの岡山県を自民党王国にしてなるものかと、日夜をわかたぬご支援をいただいた支持者の皆さんの熱い想いが第一。そして議員活動25年の本人の実績。加えて大きかったのは、口先ばかりの小泉政権「ノー」の有権者の反発だったと考えます。

しかし、勝った勝ったと浮かれている時ではありません。問題はこれからです。昨年の衆議院選、そしてこの度の参議院選における民主党躍進の成果をどう生かすのかが、すべてであります。私流に言わすなら、日本の政治の大改革・政権交代へ向けての闘いは、向う3年間が勝負と言うことです。

その3年後には、必ず参議院選挙があります。併せて現在、市町村合併が大詰めを迎えていますが、これに伴う各種地方選挙も行われます。そしてその間に、解散総選挙も想定されます。今から体制を整えなければなりません。

江田五月と民主党に寄せられた多くの国民の皆さんの期待に応えるために、党としてただちに行動を起こすことが大切です。

江田五月事務所としても同様です。体制を整備し、行動の先頭に立つ気構えが重要です。江田五月さん本人も、民主党参議院の会長に就任しました。今まで以上に多忙になることは間違いありませんが、東京での任務を果しながら、地元岡山においても政治改革のリーダーとして頑張ってもらわなければなりません。その任務と責任は極めて重大です。

そのことも踏まえ、江田事務所としては、民主党岡山県連の活動と連動する、積極的な立場に立ちたいと思います。

そのため、(1)江田五月会の点検、再整備を図ることとします。(2)秘書団研修を強化し、本来の任務が遂行できる体制を確立します。(3)民主党の運動・政策を訴えるとともに、市民のいろいろな意見を聴かせてもらうため、対話活動をよりこまめに実施します。(4)市民の目に見える活動として、街頭宣伝活動を強化します。(5)情報提供のための機関紙の発行を充実します。(6)誰でも立ち寄れる事務所にします。(7)各級選挙に対し、候補者擁立から選挙の支援まで、その中核的役割を果します。などなど、目的意識を持って行動していきたいと考えます。私も江田事務所で、より一層頑張る所存でございますので、皆様方のご支援ご協力を重ねてお願い申し上げます。  

 江田五月会事務局長 森本徹磨


事務局次長に就任しました
皆様と共に新しい時代を創る働きを

この9月より、江田五月事務所の事務局次長としてお世話になります伊原万亀夫です。

簡単に私の略歴と今後の活動について、申しあげます。私は、前職であるNTTに32年間在職し、その間、森本徹麿(県議)事務長が全電通労働組合の書記長、委員長時代に、青年常任委員などの組合活動を通じて選挙に関わってきました。森本事務長の労働運動及び政治家として「今の日本を変えなければ」と云う、一貫した姿勢に共鳴しながら、これまでの選挙戦を側面から応援してきました。

先の第20回参議院選挙では、江田選対2区事務局次長として、江田選挙を支えてきたなかで、改めて江田五月参議院議員の偉大さを痛感しました。そして「今の日本を変え、新たな日本を創る」その時が目の前に来ていると実感しました。

これからは、江田五月グループの一員として最大限の力を発揮して、政権交代に向けて尽力していく決意です。今後とも皆様方の暖かいご指導、ご支援を心よりお願い致します。

江田五月会事務局次長 伊原万亀夫


事務局短信

がんばります。(1区小林孝徳)

先の参議院選挙ではお世話になりました。今回は特にですが、選挙の度に応援して下さる方のありがたさ、自分の未熟さを感じます。これからも頑張って参りますのでよろしくお願いいたします。(2区清水俊平)

「江田を応援してよかった・・・」そう思っていただける環境を作ることが私の使命と思い、選挙戦を戦ってきました。多くの熱い思いの結晶がこの結果だと思います。改めて江田議員と五月会の素晴らしさを感じています。五月会バンザイ。(3区 木下素典)

4月の倉敷市議補選では皆様にお世話になり、有難うございました。残念ながら41,882票獲得したもののあと少し及ばず次点でした。今後も党勢拡大のため頑張ります。宜しくお願いします。(4区 時尾博幸)

第20回参議院選挙では第5区選対として笠岡・井原・総社・高梁・新見そして金光の各市町に事務所を設け26市町村の支援者の方を始め、多くの方にご支援を願い、素晴らしい成績にて当選をさせて頂きました。厚く御礼申し上げます。今後とも5区の活動に対し倍旧のご支援を宜しくお願い致します。(5区 山田徳裕)


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