2012年5月25日

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司法制度改革で法は国民に近付いたか
「裁判員制度」3年間を振り返って

 江田 五月 (えだ・さつき)
 最高顧問 参議院 岡山選挙区

 裁判員制度の導入から丸3年。不安視されていた問題はクリアできたのか、新たな課題は見えたか。当初から党を代表して制度改革議論を牽引した最高顧問の江田五月参院議員に聞いた。

制度が社会にもたらした変化

 戦後改革後も、司法だけはほとんど中身が変わらぬまま国民から乖離していました。司法を国民主権に据えて制度設計し直し、社会に法の支配を徹底させることが司法制度改革のテーマであり、その柱のひとつとして裁判員制度が導入されたのです。当初は多くの議論がありましたが、予想された中では最もうまく歩んできていると思います。関係者のご努力、国民のご理解に感謝するばかりです。

 今年1月末までの統計ですが、これまでに選ばれた裁判員候補者は28万人、うち20万人が呼出状を受け、10万人が選定手続きに出席しました。実際に裁判員を務めた方は、1万8871人に上ります。

 裁判員制度にかかわった皆さんが社会の中に積み重なることで、裁判と国民の距離も近付いていくでしょう。刑事裁判はある意味人生の縮図。「悪い奴は懲らしめろ」だけでは済まず、決して人ごとでもない。それを身近に感じることで、人間が人間の弱さを裁くことについての理解が進みつつあると思います。

 裁判自体も変化しました。法曹の話す言葉が分かりやすいものに変わり、透明度がぐっと増したと言えます。マスコミも変わりましたね。捜査段階で被疑者を真犯人だと決めつけず、自制が働くようになっています。

スタート前の懸念と現実

 裁判員としての職務従事日数は、これも1月末の集計では平均で4・6日、最も長い方で27日でした。最近の首都圏連続不審死事件では、選任から判決まで100日間を要した。こうしたケースでは途中辞退者が相次ぎ、裁判体(その事件の裁判をする主体)が崩壊するのではと危惧する声もありましたが、この3年間でそうした例はありません。この先起きないとは限りませんが、長丁場の裁判もやり遂げることができたのです。ご苦労を掛ける制度ですが、参加した方の感想を聞いてみると、やって良かったという声が圧倒的です。

 ただ、辞退もそれなりにありました。乳幼児のいるお母さんなども困らないよう、制度導入に当たっては託児所の整備など細かい提案もしましたが、どこまで実現できたかは検証が必要です。おそらく十分ではないでしょう。

 資格のない者が裁判にかかわるのは基本的人権に反するという主張もありました。これは3年で結論は出ないと思いますが、最高裁では合憲という判決が出ています。また、段階的に軽微な罪の裁判から導入すべきという意見もありましたが、軽い罪なら間違ってもいいわけではない。最初から重罪の裁判で導入する覚悟を持って準備を重ねるべきだと私は主張しました。それは間違っていなかったと思っています。

 これも十分な検証が必要ですが、報道などを見る限りはやや重罰化の傾向はあると思います。それが良いか否かは、従来の量刑が適切かという事と裏腹ですからなかなか言えません。ただ、興味深いことに無罪判決も結構出ていて、その国民の感覚が、今度はプロの裁判官の判決にも影響を与えているようですね。

 従来の扱いと異なる判断がされると、検察は当然控訴し、二審でひっくり返されて裁判員裁判の意味がなくなるという懸念もありました。しかし実際には、控訴審でも一審判決が支持される例が圧倒的に多い。裁判員裁判の場合はとくに一審重視という最高裁の意向が理解されているのでしょう。ただ、覚せい剤に絡む裁判で一審無罪が高裁で有罪に変わるケースがあったと思います。覚せい剤については、裁判員裁判が適切かどうか私も考えてみたい。というのは、覚せい剤の証拠集めは大変なんですよ。「入国の際に知らない人から荷物を預かっただけ」と聞くと災難だなと感じますけれど、よくよく調べると、とばっちりとは言えないケースがある。素人の経験則が通じない部分が、ある種のグループ犯罪にはあると思います。

見えてきた制度の課題

 守秘義務については、違反のラインを明確にする必要は感じます。守秘義務が裁判の透明化を少し妨げている印象もある。評議で誰が何を言ったかなどまで公にしてはいけませんが、裁判の分かりやすさなどは、もっと発言していただいて結構なんです。これまで秘密漏洩で立件されたケースは1件もありません。

 そして死刑について。取り調べの可視化が進めば、直接証拠を得るために強制捜査で自供を取ることは減ります。すると、首都圏連続不審死事件のように、被告人は完全否認でも間接証拠による事実認定で量刑するケースが増えていくんですね。間接的認定は人間のやることですから、どこかに間違いも起こります。間違いを認める制度に、死刑という取り返しのつかない結果を結び付けていいのかという議論はどうしてもあるでしょう。これは裁判員裁判に限らない事ですけれど。

 また、まだ議論にはなっていませんが、扱うのは刑事事件だけかという問題もあります。国民の感覚から遊離しているといえば、行政事件もそうですね。行政事件訴訟に裁判員が入れば、改革につながると思います。

 検討を要する点はあるにせよ、裁判員制度の導入自体は良かったということになると確信しています。一方、法曹養成に力を入れ、法律家を社会に行き渡らせるという課題については、道半ばでしょうか。司法制度改革全体としては、まだこれからという部分もあるのが現状です。

プレス民主280号(2012年5月25日発行)掲載
2012年5月9日取材)


2012年5月25日

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