2001/03/14

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最高裁判所調査委員会の報告について

最高裁判所事務総局

 本日,最高裁判所調査委員会は,最高裁判所裁判官会議に,いわゆる福岡問題に関して,本調査報告書のとおり報告を行い,これが了承されました。
 これを受けて,堀籠幸男最高裁判所事務総長は,松元和博福岡地方裁判所事務局長及び渡辺仁士福岡地方裁判所刑事首席書記官に対し,いずれも裁判所職員臨時措置法において準用する国家公務員法82条1項1号の規定に基づき,戒告の処分をしました。
 また,福岡高等裁判所常置委員会は,青山正明福岡高等裁判所長官,土肥章大福岡高等裁判所事務局長,古川龍一福岡高等裁判所判事については最高裁判所に,小長光馨一福岡地方裁判所長については福岡高等裁判所に,裁判官分限法6条に基づき,それぞれ分限の申立てを行うことを決めました。以上の4名に対する分限裁判は,最高裁判所ないし福岡高等裁判所において,近々行われる予定と聞いています。


調査報告書

最高裁判所調査委員会


目 次

結論

[調査の概要]
1 調査の経過

2 令状請求関係書類のコピー等の問題及び捜査情報の漏洩の問題について
【1】 事実関係
【2】 本件各行為の評価

3 古川龍一判事の行為について
【1】 事実関係
【2】 古川判事の行為の評価

4 裁判部門から司法行政部門への情報伝達の在り方

5 結語



[結論]
 古川龍一判事の妻古川園子を被疑者として,福岡簡易裁判所に対し,平成12年12月13日,12月22日,平成13年1月9日,1月29日,1月31日の5回にわたって各種の令状請求があり,各回について裁判所部内で令状請求関係書類のコピーが取られたが,令状請求のあった事実を含めてこれらの書類の内容が古川判事に漏洩した事実はない。
 司法行政上の目的から,本件令状請求に伴い裁判所部内で伝達された情報が許容される必要最小限度を超えていた点に問題があり,さらに令状請求関係書類のコピーを取って伝達したことは,不適切であったといわざるを得ない。
 これらの問題点については,司法行政上速やかに再発防止策を講じなければならない。
 古川判事が,妻古川園子の刑事事件に関する証拠を隠滅したと認めるに足りる証拠はない。

[調査の概要]
  調査の経過
 最高裁判所は,平成13年2月14日,事務総局に調査委員会を設置した。調査委員会は,事務総長を委員長とし,総務局長,人事局長,刑事局長,広報課長を委員として構成された。
 調査委員会は,直ちに調査方法を検討の上,2月15日以降,委員とスタッフを福岡に派遣し,令状請求関係書類のコピーに関係した福岡地裁,福岡高裁の職員及び古川龍一判事の事情聴取を実施するとともに,コピー問題にかかわる資料の分析作業をした。このほか,本件に関与していなかったことが明らかな福岡高裁及び福岡地裁の裁判官が最高裁調査委員会の調査に協力する者として指名され,これらの協力者は,最高裁調査委員会の委員と共同して事情聴取に当たったほか,福岡地裁の職員の一部についての事情聴取にも当たった。
 調査委員会は,事情聴取の結果などに加え,捜査機関により公表された捜査結果も踏まえて,事実関係の認定や評価を行った。

(事情聴取をした関係者)
   古川龍一福岡高裁判事
   青山正明福岡高裁長官
   土肥章大福岡高裁事務局長
   小出ロ一福岡高裁判事
   小長光馨一福岡地裁所長
   濱崎裕福岡地裁判事
   仲家暢彦福岡地裁判事
   松元和博福岡地裁事務局長
   渡辺仁士福岡地裁刑事首席書記官
   A福岡地裁判事
   B裁判所書記官
   C主任裁判所書記官
   D裁判所書記官
   E福岡簡裁判事
   F福岡簡裁判事
   G福岡簡裁判事
   H福岡簡裁判事
   裁判所事務官3名

(資料調査)
 土肥章大福岡高裁事務局長が保管している令状請求関係書類のコピーと,古川龍一判事及び妻園子が本件に関して作成した「園子の容疑事実ストカー(ママ)防止法違反」「福岡での家族の行動」「甲さんとの交際記録」「園子の行動」と題する各書面との対照調査。

 令状請求関係書類のコピー等の問題及び捜査情報の漏洩の問題について
【1】 事実関係
(1) 本件令状請求関係書類がコピーされて裁判所部内で保管された経緯及びこれを踏まえて裁判所部内で採られた措置は,以下のとおりであると認められる。
(1)  平成12年12月13日
 午前中,福岡簡裁に対して福岡県西警察署から被疑者を古川龍一判事の妻園子とする差押許可状の請求があり,担当事務官が令状請求を受け付け,令状の原稿を作成した上,記録をB書記官に引き継いだ。
 B書記官は,被疑者の住所が裁判所宿舎とされていることに気付き,記録等を調査し,被疑者の夫が福岡高裁の古川龍一判事であることを確認した。同書記官は,直ちに令状の原稿と記録を持参の上,渡辺仁士刑事首席書記官に報告した。
 渡辺首席は,ことの重大性から,令状の原稿と記録をB書記官から預かり,電話で松元和博地裁事務局長,次いで濱崎裕地裁上席裁判官に対し,高裁判事の妻が被疑者とされている事件について令状精求があった旨を伝えた。
 報告を受けた濱崎上席は,記録を一覧し,即座に秘密保持のため,当日の令状担当のE簡裁判事を呼び,古川判事と交際がないかどうかを確認し,同簡裁判事から,古川判事と同じ裁判所宿舎に住んではいるが,特に付き合いはないとの返事を得て,E簡裁判事に対し,令状審査に当たり秘密保持に努め,本件について決して口外することのないよう,厳重に要請した。
 その後,E簡裁判事は記録を検討して,令状を作成し,その旨を渡辺首席に伝え,記録と令状を同首席に渡した。
 渡辺首席は,令状が発付された事実を松元局長に説明するに当たり正確を期すため,B書記官に記録全部と令状のコピー各1部を取るように指示した。
 B書記官は,人目を避け,総務課内で約1時間をかけて一人で記録と令状のコピーを各1部作成したのち,渡辺首席たコピーを渡したが,その際同首席から,裁判官の身内の者に関する令状請求があったことを決して口外しないよう注意された。
 午後3時ころ,警察官に記録が返還されるとともに令状が発付された。
 渡辺首席はコピーを松元局長に届け,令状発付の事実を報告したところ,同局長からさらにコピー2部の作成を頼まれ,既存のコピーを基に自身でコピーを2部作成し,直ちにこれを松元局長に届けた。
 その後,松元局長は,地裁所長室で,コピー1部を小長光馨一所長に渡し事情を説明するとともに,コピー1部を高裁に届ける旨伝え,同所長はこれを了承し,その直後,土肥章大高裁事務局長に状況を一報した。小長光所長に交付されたコピーについては,その日のうちに松元局長に返還され,以後松元局長が保管することとなった。
 午後4時ころ,渡辺首席は濱崎上席に記録と令状のコピーを渡し,併せて令状が発付された旨を報告した。濱崎上席は,地裁刑事部のA判事が古川判事と従兄弟関係にあり,また他にも宿舎に古川判事と親しい裁判官がいることが予想されたことから,これらの者が本件に関する令状事務に当たりかねないので,引き続き令状事務の分配上の配慮と情報管理の徹底が必要であると考え,コピーを手元に置いて保管することとし,また,渡辺首席に対し,情報管理と秘密保持について厳に注意するよう指示するとともに,今後の令状請求について、関与する職員をできるだけ限定するように指示した。
 なお,松元局長と渡辺首席とは,今後の情報管理について協議し,松元局長から,今後同様の令状請求があった場合にも今回同様コピーを届けてもらいたいとの依頼がなされ,渡辺首席はこれを了承した。また,濱崎上席は,令状事務の分配上の配慮について,令状委員長である地裁刑事部の仲家暢彦判事の了承を得ておく必要があると考え。仲家判事に対して,事情を説明し,その了承を得た。
 一方,松元局長は,土肥局長にコピー1部を持参して報告した。その後,土肥局長は,青山正明高裁長官に対して,古川判事の妻を被疑者とする差押許可状が発付されたこととその被疑事実の概要を報告した。その際,コピーの存在は伝えたものの,コピー自体を示しはしなかった。
 夕刻,土肥局長は,小長光所長とともに青山長官と話し合い,その場では,令状請求の事実自体を秘匿する必要があり,秘密保持に努めるとともに,当面,事態の推移や捜査の進展を見守るしかないということになった。 高裁用のコピーは土肥局長が保管に当たった。
 夜,土肥局長が,田中昌利最高裁人事局任用課長に電話で,古川龍一判事の妻を被疑者とする差押許可状が発付されたこととその被疑事実の概要を報告したが,その際,コピーが取られていることについては報告されなかった。田中任用課長は金築誠志最高裁人事局長に報告し,その指示のもとに,土肥局長に対し,「捜査に影響するようなことは一切すべきではなく,捜査の結果を待つほかない問題であろう。」と伝えた。
 翌14日の朝,渡辺首席は,令状係のC主任書記官とD書記官に,爾後この関係の令状請求があった場合には自分に報告すること,内部に事件関係者がいるので令状請求があった事実については極秘にすることを指示し,その旨濱崎上席に報告した。
 そのころ,青山長官は,事案が古川判事の妻の素行に関する事柄であり,場合によっては不測の事態に発展して古川判事の職務にも影響しかみないと考え,土肥局長を通じて,同判事の属する簡裁第2刑事部部総括である小出ロ一判事に令状発付の経緯を説明し,密かに古川判事の動静を観察するよう伝えた。
(2)  平成12年12月22日
 

 福岡簡裁に対して西警察署から被疑者を古川園子とする差押許可状の請求があり,担当事務官が受け付け,令状の原稿を作成した。記録を引き継いだD書記官は,前記の指示どおり,渡辺首席に令状の原稿と記録を持参して令状請求があった旨報告した。

 

 渡辺首席は,松元局長に令状請求があった旨伝達し,さらに濱崎上席にも同様の報告をした

 

 濱崎上席は,直ちに,当日の令状担当裁判官であるF簡裁判事を呼び,古川判事と特段の関係がないことを確認した上,裁判官の家族が関係する事件であるから秘密を厳守するように要請した。

 

 F簡裁判事が記録を審査し,令状を作成したのち,D書記官が渡辺首席に令状審査が終わった旨報告した。

 

 その後,渡辺首席は,刑事都の書記官室で,記録と令状のコピーを3部作成したが,12月13日の令状請求の際に付いていたと思われる資料についてはコピーの対象から除外した。
 渡辺首席は,うち2部を松元局長に,1部を濱崎上席に渡した。

 

 松元局長は,小長光所長にコピー1部を持参して報告したが,所長はすぐに松元局長にコピーを返した。
 また,松元局長は,土肥局長にもコピーを1部届け,土肥局長は令状請求のあった事実を青山長官に報告した。
 コピーの保管者は,12月13日の場合と同様である。

  (3)  平成12年12月28日
 

 午前11時過ぎころ,古川判事は山下永壽次席検事から呼び出しを受け,福岡地検において,同次席検事から,妻園子が捜査の対象になっていることと嫌疑のおおまかな内容,園子が犯行に使用したとされる携帯電話3台の番号などの説明を受け,事実関係を確認して園子が事実を認めた場合には早急に示談等の措置を取った方がよいのではないかと告げられ,また,その際,同次席検事からT弁護土を紹介された。

 

 午後零時40分ころ,古川判事は判事室に戻り,小出判事に「ちょっと大変なことになりました。次席検事から妻が嫌がらせ電話や無言電話を多数掛けていると言われました。妻に連絡を取ったが,そんなことはしていないという返事でした。」旨説明した。その後,古川判事と小出判事は高裁局長室で土肥局長に同様の報告したのち,さらに,長官室で,青山長官にも報告した。青山長官ら3人からは,とにかくありのままを供述させるようぅにという以外古川判事に対する特段のアドバイスはなかった。

 

 その後,古川判事は,園子と一緒にT弁護士事務所へ行き,山下次席検事から聞いた話の内容を説明したが,園子は,古川判事とT弁護士に対して,そのような行為は行っていないと否認した。
 T弁護士は,園子の記憶を整理した上,翌日再度来るように指示し,古川判事は,園子をそのまま帰宅させて午後5時半すぎに裁判所に戻ったのち,小出判事とともに土肥局長にT弁護士事務所での話の結果を報告した。

 

 その夜,土肥局長は,山下次席検事から,電話で,古川判事の妻が脅迫的なメールを送ったとして告訴されており,古川判事にその話をした,T弁護士が古川判事の相談に乗っているという説明を受けた。

 

 12月28日以降,古川判事は何度もT弁護士事務所を訪ね,1月下旬ころまでT弁護士とのやりとりを土肥局長,青山長官,小出判事に報告し,また,T弁護士から指示されて作成したり,自分の判断で作成した園子の行動に関する記載がある文書など冒頭に記載した文書を,T弁護士のみならず土肥局長にも提出したりした。古川判事が山下次席検事から園子の嫌疑について話を聞いた12月28日以降,この件で接触した裁判所関係者は,青山長官,土肥局長,小出判事の3人だけであり,長官らの対応は12月28日のそれと同様であった。

  (4)  平成13年1月9日
 

 午前,福岡簡裁に対して西警察署から被疑者を古川園子とする捜索差押許可状の請求があり,担当事務官が受け付け,C主任書記官が渡辺首席に令状請求があったことを報告した。
  渡辺首席から連絡を受けた濱崎上席は,この日の令状担当裁判官であるH簡裁判事を呼んで,古川判事と特段の関係がないことを確認するとともに,裁判官の妻の被疑事件で捜索差押許可状の請求があるが,裁判官の家族が関係する事件であるから秘密を厳守するように注意すること,令状処理が終わった後は,令状係の主任書記官に連絡することを要請した。

 

 H簡裁判事は,令状審査を終えたのち,C主任書紀官に電話で連絡をし,C主任書記官は令状と記録を受け取った上,渡辺首席に審査が終わった旨報告した。

 

 渡辺首席は,令状請求資料のうち,前回の資料と同じものを除いて3部コピーを作成した。

 

 以後のコピーの扱いと報告は,12月22日の場合と全く同様であった。

  (5)  平成13年1月24日
   この日から古川園子に対する西警察署の事情聴取が始まった。
  (6)  平成13年1月29日
 

 福岡簡裁に対して西警察署から被疑者を古川園子とする差押許可状の請求があり,C主任書記官が受け付け,令状の原稿も同主任書記官が作成した上で,渡辺首席に令状請求があった旨報告した。

 

 同様に報告を受けた濱崎上席は,多忙であったので,渡辺首席を通じて この日の令状担当であるH簡裁判事に再度漏洩しないよう注意喚起を促した。

 

 令状発付後,渡辺首席は,数通の資料に絞って前同様コピー3部を作成した。

 

 以後のコピーの扱いと報告は,12月22日の場合と全く同様であった。

  (7)  平成13年1月31日
 

 福岡簡裁に対して西警察署から被疑者を古川園子とする逮捕状及び捜索差押許可状の請求があり,C主任書記官が令状の原稿を作成した上,渡辺首席に報告した。

 

 濱崎上席が審理のため法廷に入っていたので,渡辺首席が代わってこの日の令状担当裁判官であるG簡裁判事に対し,前同様秘密保持について注意喚起をした。

 

 その後のコピーの扱いと報告については,12月22日の場合と全く同様であった。

 

 なお,逮捕状請求のあった事実は,山下次席検事から土肥局長に,また,高検検事長から青山長官に対して電話で通報があった。

 

 逮捕状が発付された旨の報告を受けた土肥局長は,電話で,田中最高裁任用課長にその旨報告した。
 この際にもコピーが取られていることについては報告されなかった。田中最高裁任用課長は,土肥局長から,2月5日に報告を受けて初めてコピーの存在を知った。

 

 松元局長は,逮捕状が発付されたことから,逮捕は時間の問題であり,記録のコピーを保管する必要がなくなったと考え,この日取ったコピーも含めて本件に関するこれまでの5回にわたるすべてのコピーを濱崎上席から回収し,自分が小長光所長分として保管していたコピーとともに,シュレッダーにかけて廃棄した。その結果,令状関係資料のコピーは土肥高裁局長が保管する1部だけとなった。

 

 この日,古川判事は福岡地検による事情聴取を受け,その事情聴取中に 検察官から園子の逮捕の事実を聞かされた。

  (2)  捜査情報漏洩に関する古川判事の供述
   古川龍一判事は,「自分が,妻のストーカー行為ないし脅迫行為の嫌疑で捜査が行われていることを知ったのは,平成12年の御用納めである12月28日,山下次席検事から呼ばれて福岡地検に出向き,山下次席検事から話を聞かされたときが最初であり,それ以前は全く承知していなかった。それより前に,令状請求があった事実を誰かから聞かされたことはなく,また,誰かから匂わされたということもない。」「12月28日に山下次席検事から話を聞いたのちは,そのときに山下次席検事から聞かされた話の内容や,その後のT弁護士との相談の結果などについて,土肥局長,小出判事,青山長官に報告したりした。妻の件で話をしたのはこの3人だけであって,その他の高裁の裁判官や地裁の小長光所長をはじめとする地裁の裁判官,高裁,地裁の職員と話をしたことは全くない。土肥局長,小出判事,青山長官から,自分の知らないことを聞かされたことはないし,自分が知っていてこれらの人に話していない内容を,これらの人から聞かされたこともない。これらの人は,自分が説明したことに対して反応してくれただけである。」「令状請求があってそのコピーが取られたという話は,新聞で初めて知ってびっくりした。12月13日に令状が出たというのであり,その時点ではまだ妻の携帯電話はあったのであるから,はっきりとではなくてもそれとなく匂わせてくれれば,その携帯電話を押さえることができ,白黒はっきりするところだったのにと思う。でもそんなことはやっぱりできないだろうなと思う。教えてくれれば白黒はっきりしたのにと思う反面,『裁判所は口が堅いな』と思ったし,自分が報告したとき,土肥局長,小出判事,青山長官の3人は知っていたということになるから,『みんな知らん顔をするのがうまいなあ』と思った。全然知っているという感じは受けなかった。」旨述べている。
  (3)  客観的資料の分析
   土肥局長が保管している平成12年12月13日及び12月22日の令状請求関係書類のコピーと,古川判事及び妻園子が本件に関して平成13年1月4日までに作成して土肥局長に提出した「園子の容疑事実ストカー(ママ)防止法違反」「福岡での家族の行動」「甲さんとの交際記録」「園子の行動」と題する各書面(以下,「古川判事のメモ」という。)を照合した結果は,以下のとおりである(1月4日以前の令状請求は12月13日及び12月22日だけである。)。
  (1)

 被害者乙子が音訳した事実については,古川判事のメモに記載されているが,コピーされた令状請求関係書類にはその記載がない。

  (2)

 古川判事のメモには,「犯行に使われている携帯電話」として,3つの電話番号が記載されているが,これらの電話と犯行との結びつきは,12月22日発付の令状に基づいて差押えが行われた結果,初めて明らかになったものであって,コピーされた12月13日,12月22日の令状請求関係書類には,電話と犯行との結びつきの記載はない。

  (3)

 嫌がらせ電話の期間について,古川判事のメモには「平成12年9月22日ころ〜同年12月2日ころ」と記載されているが,コピーされた12月13日,12月22日の令状請求関係書類によると,被疑事実記載の犯行期間は「平成12年11月28日から同年12月9日まで」とされていて食い違いがある。

  (4)

 古川判事のメモには,平成12年12月30日に園子が所有していたプリペイド式携帯電話の番号の特定を意図して,現在使用中の携帯電話の発信履歴を調べに行った旨の記載があるが、この携帯電話の発信履歴と,この携帯電話から犯行に使用された3つの携帯電話に電話が掛けられていた事実は,すでに12月22日の令状請求関係書類の中で明らかにされていた(12月13日発付の令状に基づいてその日のうちに差押えが行われた結果である。)。このことは,古川判事が12月22日の令状請求関係書類のコピーを見ていなかったことを推測させる。

【2】 本件各行為の評価
 以上によれば,裁判所内部においては,令状請求のあった事実を含めて捜査情報の秘匿については最大限の配慮がされていたことが窺われるほか,令状請求関係書類のコピーが取られていた事実を新聞報道によって初めて知った際の古川判事の心情が率直な言葉で語られており,古川判事の供述は,土肥局長が保管している平成12年12月13日及び12月22日の令状請求関係書類のコピーと,古川判事が平成13年1月4日までに作成したメモの照合によって一部裏付けられることに照らして,その供述に疑念を差し挟む余地はないと考えられる。したがって,古川判事の妻園子を被疑者として,福岡簡易裁判所に対し5回にわたって各種の令状請求があり,各回について裁判所部内で令状請求関係書類のコピーが取られて上司に報告されたが,令状請求のあった事実を含めてこれらの書類の内容が古川判事に漏洩した事実はないと認められる。
 そこで,すすんで,本件令状請求に当たって令状請求関係書類のコピーが取られ,裁判所内部に令状請求に関する情報が伝達された点の当否について検討する。
(1)  本件では,捜査の対象となっているのが,高裁判事の妻であり,(1)12月13日に最初の令状を発付した裁判官が高裁判事と同じ宿舎に入居していたので,秘密の保持を徹底する必要があった,(2)高裁判事と縁戚関係にある裁判官が地裁にいたので,その裁判官に秘密が漏れないように徹底することはもちろん,以後その地裁判事が令状担当とならないようにする必要があった,(3)地裁,簡裁の裁判官の中には,高裁判事と同じ宿舎に入居していて,家族ぐるみで交際のある者がいるため,以後それらの者が令状担当とならないようにする必要があった,などの切迫した事情があり,また,裁判官の同居中の妻に関する犯罪であり,当該裁判官の裁判事務の遂行という点でも重大な支障を生じかねないというケースであった。これらの情報を受けた司法行政の担当者によって,実際にも,当初,あるいはその後の令状事務に関与した者すべて古と箝口令を敷くと同蒔に,令状関与者を限定し,縁戚関係にある裁判官,同じ宿舎にいて高裁判事と交際のある裁判官が令状担当とならないようにするなどの司法行政上の措置が速やかに採られたところである。
 地裁から高裁,高裁から最高裁への情報伝達は,上記のような地裁における司法行政上の措置を採らなければならないような事情が生じたこと及びその措置を採ったことの報告をしたものであり,各庁の自治に属する部分以外については上級庁による司法行政上の指導監督を受ける必要があるので,許容されるものと考えられる。加えて,高裁にとっては,本件は,その所属する裁判官の妻が被疑者として捜査の対象になったという事件であって,公正な裁判の遂行を確保するために,当該裁判官について,そのまま裁判事務を続けても差し支えないかどうかという観点からの検討を必要とする面もあり,地裁から高裁に 伝達することはこの点からも許容されるものと考えられる。さらに,最高裁は,高裁,地裁の監督庁というだけではなく,裁判官人事の発令は最高裁の権限であることから,公正な裁判を確保するため必要に応じて迅速な人員配置の発令を検討する必要があり,そのためにも,高裁は最高裁に報告する必要があったものである。
(2) ところで,伝達することが許容される情報の範囲についても考える必要があるのでその点を検討するに,本件では,捜査資料という高度の秘密性のある情報であることからすると,情報の秘匿については最大限の配慮が必要であり,上記の司法行政上の目的との関連でいえば,(1)令状が発付された事実と令状の種類,(2)被疑者名と被疑者が高裁判事の妻である事実,(3)被疑事実の概要などが伝達の許容される限度であると考えられる。まして,捜査資料のコピーを取って報告したことは,報告に正確性を期するためであったとはいえ,捜査情報を一括して報告したという量的な面と,コピーという永続性のある方法での伝達は情報漏れが起こりやすいという方法の面との双方で,問題があり,不適切であったといわざるを得ない。
 しかしながら,本件では,縁戚関係にある裁判官が同一の勤務地にいるほか,同じ宿舎に居住する裁判官が多数いるという環境の下で,裁判官の妻を被疑者として令状請求された事例はこれまで全くなく,そのため裁判部門から司法行政部門に伝達された情報の範囲が,事後的にみて過剰であったということは認めなければならないが,(1)司法行政上のニーズは多様なものがあり,また,必要性も状況に応じて様々に変動し得るものであるから,伝達することの許される情報の範囲にも,ある程度の広がりがあり,伝達された情報の範囲が結果として許される範囲を多少超過したとしても,やむを得ないという面があることに加え,(2)これまで,然るべき必要もないのに,令状請求に関する情報を.司法行政部門に報告したり,令状請求資料のすべてをコピーするなど,態様において適切な範囲を超えることが行われてきたことはなく,そういった事態にいかに対処するかという点についての指導がなされていなかったために,本件のような極めて異常な事態に対して職員が過剰に反応してしまったという事情や,上記のとおり,(3)本件では適切な司法行政上の措置が採られる必要性が高かったこと,(4)伝達先は,必要な司法行政上のルートの範囲内の者に限られており,裁判所内部においてもそれ以上必要性のない者には伝達されないことが確実に見込まれたこと,(5)被疑者の夫である高裁判事や縁戚関係にある裁判官には万が一にも情報の漏洩が行われることはあり得ないと考えられたこと等の事情を考え合わせると,今回の行為は,目的において正当であることはもとより,その手段・方法に照らしても,刑罰法規に抵触するような実質的な違法性があったとまでは断じ難いところである。
 もとより,今回のことを教訓とし,今後同種の事態が生じた際に遺憾のないよう,司法行政上の再発防止策を講じる必要があることは当然である。

3 古川龍一判事の行為について
【1】 事実関係
 古川龍一判事が妻古川園子を被疑者として警察による捜査が行われていることを知った経緯及びその後に取った行動は,以下のとおりであると認められる。
(1)  平成12年12月28日の出来事について
(1)  平成12年12月28日午前11時過ぎころ,高裁の判事室で仕事をしていた古川判事に山下次席検事から電話があり,至急検察庁に来て欲しい旨言われた。古川判事は,それまで山下次席検事と顔を会わせたのはあいさっ程度であって,個人的な付き合いは全くなかったため,何用かと思いながら,小出判事に断った上,福岡地検に赴いた。
 地検で山下次席検事と話をした時間は30分以上1時間未満であった。山下次席検事と会ったのはこの1回だけである。
 地検において,山下次席検事から,園子がいたずら電話や無言電話を理由に被害者の女性から告訴されていること,電話はプリペイド式の携帯電話3台を使って行われ,その回数は被害者の女性に対しては数百回,被害者の女性の夫の会社には数千回に及んでいること,警察の捜査により,証拠があっていつでも逮捕できる状態にあることなどを聞かされ,事件関係者の相互関係や問題の携帯電話の番号も教えられた。その上で,事実関係を確認し,園子が事実を認めた場合には早急に示談等の措置を取ることを求められた。また,弁護士についても尋ねられたが,心当たりの弁護士がいないことを伝えたところ,その場でT弁護士を紹介された。
 その際,古川判事は,園子の犯行に間違いないとする根拠を尋ねたが,その点は説明されず,とにかく示談を急ぐこと,そうすれば事が公にならずに済むかも知れないという話がなされ,またT弁護士との相談の結果を教えて欲しいと要請された。
(2)  古川判事は,午後零時半過ぎに裁判所に戻り,自室からT弁護士に電話して事務所に行く時間を約束し,次いで自宅に電話して園子に対し,山下次席検事から聞いた話を伝え,犯行がプリペイド式の携帯電話によってなされていることなどを告げて,これが園子の行為によるものではないかと質したが,園子は自分の行為ではないとこれを否定した。そこで古川判事は園子と一緒に弁護士事務所へ行くために落ち合う時間と場所を約束した。
 古川判事は,その後,別室にいた小出判事に山下次席検事から聞かされた話を報告し,同判事とともに土肥局長に報告した。
 古川判事から話を聞いた土肥局長は,「そういう話であれげとにかく奥さんによく確認して,その上でT先生ともよく相談して,然るべく対応取るしかないですね。」と言い,その足で3人で長官室へ入り,青山長官にも同様の話を報告した。
(3)  その後,古川判事は園子と一緒にT弁護士事務所を訪ねたが,途中,コーヒーショップに入って再度園子に質したものの,やはり園子は嫌疑を否定した。
 T弁護士は,古川判事から依頼の趣旨を聞いたのち,園子に携帯電話を持っているかどうかを尋ね,それに対して園子は当時持っていたiモードの携帯電話とブリペイド式の携帯電話を示しながら,前に何台も持っていたものの,12月25日までに捨てた旨答えた。
 T弁護士は,園子に対し,夫である古川判事の立場もあるので,事実であれば早く認めて示淡をすべきである旨何度も念を押したが,園子は嫌疑を否定し続けた。ただ,園子の返答が必ずしも要領を得なかったので,翌日までに記憶を整理して再度T弁護士事務所を訪れることにしてその日の相談は終わった。
(4)  午後5時ころT弁護士事務所を出た古川判事は,直ちに電話で山下次席検事にT弁護士事務所での相談の結果を報告した。古川判事が山下次席検事と接触したのはこれが最後である。
 古川判事は,園子を帰宅させたのち,荷物を取りに裁判所に戻り,小出判事と土肥局長に,T弁護士事務所での話を報告して帰宅した。家では,園子がプリペイド式の携帯電話を何台も持っていたが捨てたと言っていたので,ほかに携帯電話がないかどうか探すなどした。
(2)  その後の経過について
(1)  翌29日,古川判事と園子は,前日T弁護士事務所へ持参した携帯電話2台と前夜自宅を捜して見つけだした携帯電話2台を持参してT弁護士事務所へ行き,園子が前日同様甲と付き合い始めてからの関係や携帯電話のことを説明し,持参した携帯電話をT弁護士に預け,また,T弁護士からは,年末年始の休暇中に時系列に従って園子の行動についての詳しいメモを作るように指示された。この結果は電話で小出判事と土肥局長に報告した。
 (2)

 その後,平成13年1月4日の御用始めまでに,古川判事は,自分専用のノートパソコンで,「園子の容疑事実ストカー(ママ)防止法違反」「福岡での家族の行動」という書面を作成し,園子は古川判事と園子共用のデスクトップパソコンで「甲さんとの交際記録」「園子の行動」という書面を作成した。
「園子の容疑事実ストカー防止法違反」と題する書面には,山下次席検事から聞いた話の内容,犯行に使われた3台のプリペイド式携帯電話の番号,園子が持っていた携帯電話合計9台の購入時期と捨てた時期,うちT弁護士に預けた携帯電話の番号の記載があるほか,「捜査当局の描く事案の概要」とそれに対する「疑問点」,「警察が園子を犯人と断定した根拠(推定)」と「反論」などの記載がある。
 「福岡での家族の行動」と題する書面には,平成9年5月16日以降平成12年12月30日までの古川判事及び家族の行動の記載がある。
 「甲さんとの交際記録」と題する書面には,平成9年9月以隆平成12年12月28日までの園子と甲との交際の記載がある。
 「園子の行動」と題する書面には,平成12年9月5日以降平成12年12月29日までの園子の行動に関する記載がある。
 1月4日出勤後,古川判事は,事件の内容や園子が否定していることについて,口頭での現明の補充として,土肥局長にこれらの書面を渡し,土肥局長は参考までにこれを受け取った。

(3)  古川判事は,1月9日にT弁護士を訪ね,「園子の容疑事実ストカー防止法違反」「福岡での家族の行動」「甲さんとの交際記録」「園子の行動」という書面を渡したが,これらは,1月4日に土肥局長に渡したものに追加して記載したものである。
(4)  その後も,古川判事はT弁護士を何度も訪ね,1月18日には,「園子の容疑事実ストカー防止法湊反」と「甲さんとの記録」という書面を渡したが,(3)同様に,以前のものを若干詳しくしただけのものであった。
(5)  1月23日,西警察署から園子に対する呼び出しがあり,翌24日園子は初めて警察の事情聴取を受け,その際,同道したT弁護士が預かっていた携帯電話4台を警察に提出した。警察による事情聴取後,T弁護士から古川判事に対し,取調べの状況を園子から聞いてまとめておくように指示があり,古川判事は,園子から話を聞いて「取調経過」と「取調状況」と題する書面を作成し,1月25日にT弁獲士に渡した。
 「取調経過」と題する書面には,1月23日,24日の古川判事と園子の行動の記載が,「取調状況」と題する書面には,1月24日の警察官の聴取内容とそれに対する園子の返答の記載がある。
(6)  1月26日の西日本新聞に初めて事件の報道がされたが,T弁護士が西日本新聞をとっていなかったので,古川判事は切り抜きをファックスで送り,1月30日ころ,この新聞記事の内容とそれに対する自分のコメントを記載した書面及び「福岡での家族の行動」「甲さんとの記録」「園子の行動」と題する書面をT弁護士に届けた。新聞記事に対するコメントは,記事に対する疑問点や感想を記載したものであり,その他は,前回交付したものを詳しくしただけのものであった。
 T弁護士に渡したこれらの書面は,その都度土肥局長にも渡していた。
 (7)

 その間,古川判事は,土肥局長,青山長官にT弁護士とのやりとりなどを報告しているが,いずれも事実の報告であり,はじめのころ,席上で「奥さんが認めれば話は丸く納まるかもしれんが,認めてないのに認めさせるわけにはいかんね。」という話があった程度であった。

 (8)

 1月31日,古川判事が裁判所で仕事をしていたところ,福岡地検から呼び出しがあり,指定された時刻,場所に出向き,主任検事の事情聴取を受けた。事情聴取の途中で,古川判事の自宅が捜索されていること,園子が逮捕されたことを聞かされた。

(3)  自宅にあったパソコンの台数,使用状況,パソコン歴について
(1)  古川判事は,ハードディスク,メモリを増設したり,CPU交換などができるが,メールは行わず,インターネットはいじる程度であると言う。園子は,古川判事から教えられて、メールとインターネットをやるが,それ以外機械のことは全く分からないと言う。
(2)  古川判事の自宅にはパソコンが3台あったが,3台とも園子が逮捕された平成13年1月31日に警察に押収されている。
 1台は,古川判事が仕事専用に使用しているノート・パソコンであり,書斎に置いていた。データ保存には専らフロッピーを使用していたが,大きな事件の起案をするときなどフロッピーでは限界がある場合にはハードディスクに保存していた。
 1台は,古川判事と園子共用のデスクトップパソコンで,これも書斎に置いていた。インターネットに接続しているのはこのパソコンだけである。このパソコンは,古川判事が起案や印刷に使用しており,園子はこのパソコンを使ってメールやインターネットをしていた。
 1台は,子供用の一体型パソコンで,子供部屋に置いており,子供がゲームなどを入れて使っていた。
(3)  古川判事は,本件に関することはすべて本件専用のフロッピーを1枚作って,ノートパソコンで作成した。これには,山下次席検事とのやりとり,T弁護士とのやりとり,土肥局長への報告などを入れた。このフロッピーは,平成13年2月12日に古川判事が検察庁へ任意提出した。
 古川判事は,園子にも本件専用の新しいフロッピーを1枚渡してデスクトップパソコンで作成させた。園子は,甲との交際のことなど自分自身のことだけを入れた。このフロッピーは1月31日の逮捕の日に警察に押収された。
 古川判事によれば,この2枚のフロッピーの内容を消去した覚えはなく,「自分が作成した方のフロッピーは原本が検察庁にあり,妻が作成した方のフロッピーのコピーが検察庁に届いていたので,検察庁で事情聴取を受けた際,1つ1つの文書を呼び出して確認作業をした。消えているものはなかった。」と言う。
 なお,古川判事が裁判所で使っていたのは一体型のパソコンであり,これもフロツピーで使っているが,仕事以外には使っておらず,今回の件は全く入れていないと言う。
(4)  報道されている疑惑についての古川判事の供述
(1)  逮捕当日の1月31日午前2時ころに,パソコンのデータが消去されているとの報道について
 山下次席とのやりとり,T弁護士とのやりとりなどは,自分のノートパソコンで自分が作成したフロッピーに入れており,それは検察庁に任意提出してあって,内容は全部残っている。
 電子メールの方は,デスクトップパソコンで妻がやっていたが,これは自動的に本体に残るようになっているので,入っていたことは間違いない。メールが消えていたかどうかは分からないが,妻も自分も消した覚えはない。
 「1月31日午前2時ころ消去した」と言われるが,自分は1月31日は午前3時30分ころまで少年事件の起案をしており,そのことは今でも持っている仕事用のフロッピーの更新記録に1月31午前3時31分として残っている。そして,午前2時ころには妻は寝ていたから,妻はデスクトップパソコンをその時刻に操作していない。自分もさわっていない。
 ただ,平成12年10月にOSをウィンドウズ98からミレニアムにバージョンアップするときバージョンアップに失敗して,クラッシュしてOSを再インストールした。そのときにそれ以前のデータが消えたということはある。
(2)  問題とされている3台の携帯電話の番号がパソコンのデータに記録されていた形跡があったが,更新で消去されていたとの報道について
 検察庁に任意提出したフロツピーに入っていて消去されてはいない。
(3)  パソコンのハードディスクが取り外されていて起動しない,あるいは入れ替えた形跡があるとの報道について
 自分のノートパソコンも1月31日に押収された。これは起動しないと報道されたが,1月31日の午前3時31分に更新するまで使っていたものが動かないはずがない。このパソコンのハードディスクには4月25日言い渡しの大きな事件のデータが一杯入っており,これが動かなければ自分自身が困ることになるので細工するはずがない。これについては,検察官が検証令状を取って動かしたら動いたと検事から聞いている。
 ただ,購入時のハードディスクは1ギガで容量が少なくなったので,4ギガの内蔵ハードディスクを買ってきて自分で交換したことがある。それは平成11年4月23日のことで,その日の領収書もある。
 それ以降は変えていない。
(4)  携帯電話を捨てた疑いがあるとの報道について
 妻がプリペイド式の携帯電話5台を捨てたと言っていることは事実である。
(5)  「プリペイド式は廃棄したら証拠は残らない。」「プリペイド式携帯電話は使用者が特定できないので,発見されなければどうにもならない。」などの印字メモがあったとの報道について
 そのようなことを書いた覚えはない。フロッピーに入っているものがすペてで,それ以上の内容の文書はない。
(6)  捜査状況を分析したメモを押収した(これは証拠隠滅の疑いを持たせる)との報道にづいて
 土肥局長やT弁護士に渡した文書は,妻用に印刷したものが警察に押収されているので,それのことを指しているのかも知れない。
(7)  弁護士の話として,「問題の3台のプリペイド式携帯電語の番号について,弁護士が古川判事に電話で確認したところ,古川判事は『知りません』と答えた」という報道
 T弁護士はその番号を知っているのだから,あり得ない話だ。なぜそんなふうに書かれるのか分からない。
(8)  1月31日に妻が逮捕された隙に,パソコンなどとともに押収されたメモには,(ア)被害者の女性の自宅の鍵穴に接着剤を注入したこと,(イ)被害者の子供が通う小学校に女性を中傷するチラシを置いたことについて,西署が周辺住民に妻の顔写真を見せて確認した内容などの記載があり,さらに「目撃した人がいない」との記載があったとの報道(検察が指示した補充捜査の内容が漏れていた疑い)について
 そんなものは作っていない。そういったことは妻が逮捕されたあとで,新聞で知ったことである。
以上の古川判事の供述は,その一部が捜査機関により公表された捜査の結果とも合致している。
【2】 古川判事の行為の評価
   以上のとおりであって,古川判事が平成12年12月28日に山下次席検事から妻園子に関する嫌疑を聞かされて以降取った行動に関する供述に何ら不自然な点はなく,罪証を隠滅したとの疑惑についての供述も理解が可能なものであるほか,その一部は捜査機関により公表された捜査の結果裏付けられていることに照らすと,古川判事が,妻園子の刑事事件に関する証拠を隠滅したと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
 ただし,古川判事の行為には,裁判官に許される職業上の倫理に照らし,問題とすべき点がある。
 すなわち,古川判事は,平成12年12月28日,山下次席検事から,妻園子が捜査の対象になっていることのほか,嫌疑の概要,犯行の背景,犯行に用いられた3台のプリペイド式携帯電話の番号などを告知され,事実関係を確認し,園子が事実を認めた場合には早急に示談等の措置を取るべきことを求められたのであるが,刑事裁判に携わる者としては,このような山下次席検事の行為が,古川判事の協力を得て,園子に事実関係を問い質し,証拠を保全し,被害者に謝罪して示談を行うなどして,犯行がこれ以上続けられることを防ぐとともに,刑事上の適正な処分を行うことを目的としたものであることは十分理解していたものと認められる。
 ところが,古川判事は,園子に対し,何度か事実の有無を問い質しはしたものの,園子が否認を続けたことから,山下次席検事が告知した捜査情報も資料として,被疑者である園子の言い分を補強するため,「園子の容疑事実ストカー防止法違反」と題する書面を作成し,その中で「捜査当局の描く事案の概要」,それに対する「疑問点」,「警察が園子を犯人と断定した根拠(推定)」,「反論」という項目こついて検討するなどしたものであって,この行為は,山下次席検事から捜査情報を告知された趣旨に反し,刑事裁判官としての知識と経験を生かして捜査を分析し,これへの対処方針を立案するなど,実質的な弁護のための活動を行っていたものというほかないものである。これらの行為の時点では,既にT弁護士に弁護を委任していたのであるから,裁判官としては,弁護活動の一切を同弁護士にゆだね,自らこれに関与することは厳に差し控えるべきであったと思われる。
 以上のような古川判事の行為は,無実であるとの妻の弁解を信じてとった行為とはいえ,裁判官に対する国民の信頼に疑念を生じさせ,ひいては国民の裁判所に対する信頼を損なう行為であり,裁判官に課される職業上の倫理に反するといわなければならない。
 当委員会としては,古川判事の行為は,裁判官弾劾法に基づく訴追請求をすべき理由があるものとまでは認められないが,権限ある機関による適切な処分を検討すべき事案であると考える。

4 裁判部門から司法行政部門への情報伝達の在り方
(1)  一般的な検討
 裁判部門は,独立してその職権を行使するのであるから,裁判部門の情報は,原則として当該部門内にとどめられるべきものであり,みだりに司法行政部門に開示することは,裁判の公正を確保する見地から許されない。しかし,同時に司法行政部門は,裁判が適正迅速に行われるよう,これを支援するためにあるのであるから,このような目的を達するために合理的な必要がある限りにおいては、裁判部門から司法行政部門に対して情報を伝達することも,許されると解すべきである。この場合においても,令状請求事件については,捜査の密行性の要請がとりわけ強く,また,令状請求の時点では,一般的にいえば司法行政上の必要性も限られたものであることが通例であるから,その情報については,特に厳格な取扱いを要するというべきであり,このような情報提供が許されるのは例外的な場合に限られよう。
 司法行政上の措置を必要とする場合として通常想定されるのは,(1)当該令状請求事件の裁判を担当する裁判官をはじめとする裁判関係者や,宿舎,庁舎の警備が必要となる場合,(2)忌避,回避の問題を生じて,裁判官の配置を変更したり,担当事務に変更を加えることを考えなければならないときなど,当該事件の裁判の公正性,適正性に対する信頼を確保するために必要な場合,(3)極めて例外的であるが,裁判官本人及び裁判官の妻子が犯罪の被疑者として捜査の対象となっているときのように,公正な裁判の遂行に対する差し迫った障害があり,当該裁判官がそのまま裁判事務を統けることが相当かどうかを検討しなければならない場合などであろう。
 このような場合,司法行政部門はこのような裁判部門からの情報のみによって行動しなければならないわけではなく,必要に応じ,然るべきルートを通じて,捜査の責任者から差し支えない範囲で情報を開示してもらう場合も少なくないが,そのような司法行政上の手段をとる前提として,必要最小限の情報が裁判部門から司綾行政部門に伝えられる必要がある。
 なお,裁判部門から司法行政部門に裁判情報を伝えるかどうかの判断に際しては,原則的に当該令状事務を担当した裁判官の判断を経るものとすることも考えられるところである。
 次に,伝達することが許容される情報の範囲は,伝達する目的に照らして相当なものであることが必要であり,ことにここでは捜査資料という高度の秘密性のある情報が対象であるから,必要最小限のものに限られるべきであって,通常は,(1)令状が発付された事実と令状の種類,(2)被疑者名,(3)被疑事実の概要のほか,上記の司法行政上の目的との関係で,(4)警備を必要とする事情や被疑者と親族関係にある裁判所職員の存在などが伝達の許容される限度であると考えられる。それ以上の詳細な情報は,上記のとおり,捜査機関から司法行政上の正規のルートで獲得すべきものであろう。なお,例えば,被疑事実が複雑であるなど特別な事情がある場合に令状請求書の被疑事実の部分のコピーを取ることが一切許されないとは言えないにしても,捜査書類のコピーをとって報告資料とすることは,極めて例外的な場合に限られるであろう。
 伝達の経路については,被疑者の関係者を経由することがないようにすることは当然として,捜査情報を知る者が必要最小限の者に限られるよう,各庁の実情に応じた経路を定めておく必要がある。
(2)  再発防止策
 本件において結果的に不適切な処理がされたことについては,本件が希有な事態であっ牢とはいえゝ,よるべき具体的な準則もなく,日ごろの職員の指導にも本件のような事態に対処できるだけのものが欠けていたことが原因の一つであったと考えられる。この点は,率直に反省しなければならない。
 したがって,早急に検討すべき再発防止策は,令状請求があった場合にそれに関する情報を司法行政部門に伝達する際の取扱いについての準則を定めることである。調査委員会としては,(1)で検討したところを参酌して,(1)情報を伝達ことが許容される場合,(2)伝達することが許容される情報の範囲,(3)伝達するかどうかの判断手続,(4)伝達経路等について,可能な限り限定的で明確な準則を設けるのが相当であると考える。この準則を定めるに当たっては,捜査機関と協議する必要があろう。そして,執務上の報告事務の在り方についても,本件のような事態を念頭に置いたよりきめ細かな指導,研修が行われるよう改善がなされるペきである。

5 結語
 裁判所職員の国家公務員法違反については,捜査当局により嫌疑不十分とされ,また,古川判事及び裁判所外への捜査情報の漏洩は無かったと認められるものの,令状請求関係書類をコピーして報告したという不適切な行為によって,裁判所の執務の在り方について強い批判を招いたことは誠に遺憾であり,深く反省するとともに,前記の再発防止策を早急に策定すべきである。
 また,古川判事の行為については,裁判所と検察庁との癒着が原因ではないか,証拠隠滅行為があったのではないかといった非難がされ,国民の司法に対する信頼が大きく損なわれる結果となった。証拠隠滅の点についでは,捜査機関による捜査の結果,嫌疑不十分とされたところであるが,この問題が裁判官の在り方や,組織としての裁判所と検察庁との在り方に投げかけた問題は,重大かつ深刻であって,裁判所としては,これを真摯に受け止める必要がある。
 本件の背景として,裁判所から検事に出向して仕事をするいわゆる判検交流の問題点が指摘されている。現在,司法制度の改革が論議される中で,裁判官が多様な経験を積む必要のあることが指摘され,他の法律職の経験を経ることが有益であり,弁護士や検察官の経験のある者が裁判官になること,あるいは,検察官も他の法律職の経験を積むことが好ましいといった意見が有力である。今後法曹が,互いに交流し,経験の多様化を図ることを目指すとするならば,その反面として,それぞれの職責の厳しさを認識し,その節度を厳格に守るという「けじめ」をこれまで以上に明確にし,国民からいささかも疑念を持たれることのないように努めなければならない。公正,廉潔は我が国司法の最も誇るべき伝統である。しかし,今回の事件により,我々は,これが伝統によって守られるものではなく,基本的には裁判官個人の自覚すなわち「倫理」の問題であることを改めて確認し,高い職業倫理を保持するため,意識の覚醒が必要であることを肝に銘じなければならない。
 なお,本件に関する処分については,それぞれの責任の程度に応じ,権限ある機関において,適切な処分が検討,実施されるべきである。


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