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4 国際民主主義の確立をめざして

 ここで私は社会党の国際交流についてふれてみたい。社会党は社会主義インターに加盟している。いうまでもなく、インターは西欧の社会民主主義諸政党を中心とした国際組織であり、加盟諸党のなかで、英国、西独、オランダ、ルクセンブルグ、デンマーク、ノルウェー、スイス、オーストリア、ポルトガルが、現在、単独あるいは連立によって政権についており、スエーデンのように昨年四十四年目に政権を離れたが、なお第一党の地位を保つ党もある。私は先年、西独社民党を訪れたが、「ECには立寄ったか」と質問されて、はっとした。日本社会党が本気に政権をとることを考えているのなら、ECとのパイプを持っていないことはおかしいではないかと言われたのである。EC訪問の予定はなかったが、それでも私は社会党内では最も多く西欧の友党を訪れている。この五月にも、西独のブラントを中心とした「社会主義と自由」の国際シンポジウムに招待されている。ところが、社会党は毎年ソ連圏には友好使節団を送っているが、インター加盟国には、ほとんどでかけない。不思議な政党なのである。ソ連圏に行って悪いというのではないが、社会党はすべての国と仲良くすると決めており、しかも如何なる社会主義かが問われているのであり、インター加盟の諸党が政権を担当したり、大きな影響力を行使している西欧の先進諸国には足をはこばないで、「社会主義」国でさえあれは、無条件に乾盃してくればよいということではなくなっていることを直視しようとしない。

 私は一昨年、社会党代表団の団長として米国を訪ねた。かつて安保闘争直後の総選挙にあたり、委員長代行であった私は「アメリカともソ連ともなかよく」という選挙スローガンをかかげ、党内で物議をかもしたことがある。社会主義インター加盟諸党の多い西欧とさえ交流を欠く社会党は、当然のことながら、米国との公式の交流をもってこなかった。私の訪米は、その十八年前、河上丈太郎氏(当時党顧問)が団長として訪ねられて以来のことであった。その時河上団長は政権をとってから来いと、冷たくあしらわれた。

 日本の将来に責任をもつというのであれば、米国とのパイプが重要なことは、多言を要しない。社会党が政権をとったその日から米国との経済関係が、デッドロックに乗りあげては、手のつけようのない混乱におちこんでしまうことは、誰の目にも明らかである。にもかかわらず、フォード大統領の来日にさえ、社会党は反対を決定した。私は敢えて党に要請して、団長として訪米したのである。

 米国政府と社会党との冷たい関係が、安保条約に原因していることは多言を要さない。われわれは、いかなる国との軍事同盟にも反対である。これは第一に、われわれの憲法が軍備をもたず、軍事行動をとらないと決めているからである。憲法は改正が許されないものではないという見方もできるが、いまの憲法は、無謀な侵略戦争についての反省があり、また、狭いところに一億の人間が資源もなくて生きてゆくための最善の選択として制定されたものであり、この平和憲法を変更することは、いまなお日本軍国主義を忘れない国際社会とりわけアジアでの日本の存在をいちじるしく不安定にすることであり、改めるべきではないと私は思う。そして、改めない以上これに忠実でなければならない。第二に、日本はアジアの一角に米、ソ、中という三巨大国の谷間にある。一方と軍部同盟を結ぷことは、他方を敵とすることであり、直ちに戦争にまきこまれることがないとしても、自国の意思によらないで緊張の激化にまきこまれる恐れが絶えずつきまとい、好ましいことではないとの現実的判断がある。第三に、この条約があるために、むしろ日本が独自の立場で、積極的にアジアの平和に貢献する道をとざしている。しかし、現実にこの安保条約がある以上、一方的に廃棄して混乱をまきおこすことは避けなければならず、この条約が双方にとって必要でない国際環境を生み出すことに絶えざる努力を重ねることが、賢明な取組みであると考える。

 アジアの諸情勢は、安保条約の結ばれた当時とは大きく変っている。現時点での問題は朝鮮半島にある。南北の対決姿勢を緩和することが、日米両国にとっても、全世界にとっても、実現に積極的に努力すべき課題だと、私は米国の各界代表にも説いた。賛否にかかわらず、多くの人が耳を傾けてくれたし、現在のカーター政権は、そうした方向に進みつつあるように思われるが、肝心の日本政府がこの米国の態度にとまどいをみせているといったありさまなのは、まことに残念なことである。また社会党が朝鮮問題についていまだにその公文書で韓国にカギカッコをつけているようにイデオロギー過剰の面がないとはいえない。軍事同盟は妥協を許さないイデオロギーの問題ではなく、話合って解決すべき政策課題であるというのが、私の考えである。

 われわれにとって今一つの課題は中ソの対立である。このことは歴史的に起るべくしておこったことではあるが、両者の抗争は世界とりわけアジアの平和と社会主義にとって遺憾なことであるばかりではなく、むしろ迷惑とさえいいたい。われわれはこの状態の前向きの処理のためにソ連とも中国とも平和条約の締結を急がねばならない。中国との関係が、両国共同声明に明記されている覇権条項の取扱いについて、いまなお日本側の態度がきまらないことが障害となっていることは残念なことである。覇権条項は、そのまま平和条約に入れこめばよいことである。これは中国が主張するからというのではなく、過ぐる侵略戦争を反省し、平和国家として出発した日本が、世界の各国に対しての誓いとして、われわれの側から積極的に主張すべきことである。何が故に躊躇しなければならないのか。毅然として、外交技術の小細工をやめた大道にたって、早急に決断すべきである。

 ソ連との領土問題は、全面返還が国民の願望であり、この実現にねばり強く努力を重ねるのは当然のことである。しかし、その実現のためにも、関係諸国との多角・等距離の平和外交を土台とする中立日本という位置をはっきりさせることが必要だろう。これは日本国民が努力することであり、領土問題の解決のために他国に支援を求めるというようなことは、かえって解決を困難にする。

 三大国の谷間で、生きてゆく道をどこに求めるか、明確な道を見出しえないできた日本は、いつのまにか経済大国と呼ばれる国になり、世界の経済に大きな責任を分担しなければならない国になった。しかし、その心構えは全然できておらず、相も変らずエコノミックアニマルの姿勢がつづき、国際的な不信を買っている。自国が生きてゆくために、自国の利益を守ることは当然のことであるが、そのことは、狭い利己心にたってではなく、他国のためにも日本が役立つという姿勢をとることによって、初めて可能なことなのだ。世界はいま、国際民主主義とよばれる段階にある。明治以来、欧米先進国においつくことを国是として、がむしゃらにやってきた日本は、すでに経済大国になった段階で、どうしたらよいのか、コンセンサスが生れておらず、財界筋でも大局にたった見解が唱えられてはいても、総論賛成各論反対のぬけがけの行動によって、実を結ぶことができない。

 ことに問題なのは、発展途上国に対する姿勢である。世界の三大国の谷間にあるという事実と並んで重要な日本の外交上の位置における一つの特徴は、近隣に多数の人口を擁する発展途上国をもっているという点である。これらの国々との関係を相互信頼にたって適切に調整してゆくことは、今後の大きな問題である。ひたむきに経済大国をめざした日本には、自国の過去の姿として、後れた国々の立場が理解できるはずであり、温かい配慮があってしかるべきなのだが、そのゆとりがなく、むしろそうした国々を蔑視しがちであり、反感を買う。こうして世界のにくまれ者として、やがてどちらを向いても四方八方壁だらけになるのではなかろうか。

 どうしたらよいのか。うわべだけをとりつくろってみても駄目なことである。詮じつめれば、外交は内政の延長であり、国内に前向きのルールが定着しなければ、国際的に秩序ある協調はとれないし、国内で恵まれぬ者に温かい手を差しのべられる社会保障や社会福祉が確立されなければ、発展途上国に暖かい理解のある対応もできないことである。日本が世界の孤児にならないためには、国内の改革に真剣に取組まなければならない。


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