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花の下で想う   貴島 正道

 「花の命」という言葉との連想がそうさせるのか、桜の下を行くと今でもふと憶いだす、江田三郎とはそんな政治家だった。感受性豊かなロマンチストで、典雅な雰囲気を漂わせながら、一方で指導者のパーソナリティとして欠かせない先見性と知性を兼ね備えていた。もう一つ、彼の政治家としての希にみる魅力の秘密は、根がまさに転換期を生きるために生まれてきたような変革者のタイプだったことにある。江田が十五年前に社会党を飛び出したときうたったのが「花動かんと欲して春風楽し」という王維の詩。「国会議員二十五年、政権もとれず、恥ずかしや」という自作の句。何れもいかにも彼の心情を語っている。― この小文もいわばこの二つの詩句の解説みたいなもの―


 政治と「変革」あるいは「改革」は不可分の関係にある。政治は本来、「よりよい社会」を作るために存在し、その担い手は政党、政治家だからだ。政治に改革の志しが薄れたとき、その政治の魅力も薄れる。だが「改革」は言うは易しく行うは難い。

 昨日まである思想や路線にどっぷりつかり、それに凝り固まった人脈さえ出来上がっている集団の中で、ある日突然、それは間違っていると真っ先に言い出すことは大変勇気の要ることだ。一般社会の改革も同じ。既得権益に安眠をむさぼり、これまで通りの生活を保守しようとしている人々に、それは「公正」ではないと言い出すことも大変なことである。改革で損をすると考える人、改革を安眠妨害だと考える人は改革にどんな大きな意味があることが分かっていてもそれを望まない。しかも歴史上たいていは改革を望まない人々の方が多数派だ。現状を変えようとする人は、理屈抜きの抵抗に遇い、集団の場合は背教者、異端の徒となり、孤立する。権力者の場合は、余計なお節介をするなといって、権力内部で袋叩きにあい、権力を失う危険を伴う。

 だが新しいものが生まれるためには、改革のために自ら失うものを恐れない人や指導者が必要なことも歴史の法則だ。江田三郎にはそれがあった。大勢流れにさからっても自分の信念を曲げず、単騎走ることも辞せない、思い切りのよさが人々を感動させた。宮沢首相には残念ながらそれが見えない。

 その上、野党にとってはほとんど唯一で、しかもコストのかからない武器はオピニオン・ポリティックといってよい。 江田は「構造改革論」「江田ビジョン」「新しい政治勢力結集」の呼びかけを始め、折にふれてのさまざまな発言でその武器を駆使した。しかもその発言は常に先を照らすロジックと巧みなレトリックで彩られ、国民への希望のメッセージとなった。 だが現在、毎日が歴史のページをめくるような内外の大変動期に、耳をすましていても、与野党含めて日本の政治の世界からは、それに応え人々の心を打つような発言は何も聞こえて来ない。その一事だけでも、日本の政党政治は救いがたい衰退期に入ったと言ってよい。

 と言って、間違ってならないのは、内外の大問題があるからと言って、眼前の政界スキャンダルが免罪されるものではないということだ。これらの醜聞も、あるいは間近のPKOや政治改革をめぐる政界の交通渋滞も、政党政治の衰退と根は一つ。あれかこれかではない。参院選をひかえた世論調査で「既成政党のワクをはずした新しい政治勢力ができることを期待する」が六〇%に上っている(毎日新聞)。また、『自民党支持理由の第一位が「野党がよくないから」で、社会党のそれも「自民党がよくないから」というネガティブ支持の世論調査』(小林良彰)の結果も、国民の間ですでに現在の政党政治への不信とワク組変更がひそかに進行していることを示している。そして、その根因はいうまでもなく、自民党のギネスブック的長期政権と万年野党の社会党の無力にある。

 だとすれば、これを打ち破るにはどうすればよいか。この点でも江田三郎の足跡を振り返る価値がありそうだ。歴史の栄枯盛衰には必ずエポック・メーキング、岐れ道がある。与野党の岐れ道は、これも言い古されたことだが、三十年前の池田首相の「所得倍増論」と社会党の構革論や「江田ビジョン」の明暗にある。当時、日本社会党は戦後第二の転換期を迎え、高度成長と近代化の開幕期に、新しい時代のうねりを聴き分け、大胆に提出された二つのビジョン、一方は祝福され、他方は不幸な運命を辿ったことが、その後の保守と革新の消長の大きな差となった。いま日本は明らかに戦後第三の転換期である。冷戦後の世界新秩序の模索という大問題は言うに及ばず、その世界の中で日本はもはや取るに足らない小国ではない。ポオーゲルに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とほめられた七〇年代の終わりの頃とも違う。超経済大国となった日本の責任、それ故の内外摩擦、ニューリッチとニュープアーの分裂は国際的、国内的にも問題だ。共に助かるか共に滅びるかの深刻な地球環境の問題もある。国内では「利権政治から生活者の政治へ」「成長社会から成熟社会へ」「中央から地方へ」。あるいは「情報化」「国際化」「市民化」「高齢化」「自由・人権・公正・連帯」等、時代のキーワードにも事欠かない。「公共性」と「豊かさ」の再定義も必要だ。内外の政治課題は多すぎるくらいある。しかも情報過多のせいもあって、多くの人々には物事の善悪の判断が難しい時代になった。まさに政治の出番であり、政治家は意味不明ではなく、はっきりものを言わなければならない時代にきている。

 この日本社会の戦後第三期、「大いなる移行期」は社会党やその周辺勢力が、六〇年代に続く第二の構造改革路線を提出するチャンスであろう。むろん政治は「時代と環境の関数」だから、政治課題も政治環境も当時と今では異なる。だがより良い社会をつくるための新しい路線と、それを担う勢力結集をはかるべき主体の精神に変わりはない。余白はないが、おそらくそれは「市民社会と国家と国際社会」を、「アジアと日本と世界」をかけ橋する思想を柱とし、新しい社会をめざして個別に頑張っている人々の志を束ねる、衝撃力のある「新社会宣言」のビジョンとそれを担う何らかの形容詞のついた「新党」の形成であろう。しかも舞台はすでに整っているのだからドラマの開幕は早い方がよい。政治には時間の要素が大切だからだ。


 いずれにしても現在の日本の政治を見るにつけ、「もし江田三郎ありせば」と花の下で感慨にふけらざるをえない。


きじま・まさみち 1918年生まれ。九州大学法学部卒。日本社会党本部に勤務。その後、現代総合研究集団に転じ、現在、国研究所理事を勤める。


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