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第156回国会 憲法調査会
平成十五年五月七日(水曜日)
  午後一時一分開会
  本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査(平和主義と安全保障―憲法前文と第九条)

○会長(野沢太三君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法前文と第九条」について、駒澤大学法学部教授の西修参考人、龍谷大学名誉教授の上田勝美参考人及び一橋大学大学院社会学研究科教授の渡辺治参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 忌憚のない御意見を承り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、西参考人、上田参考人、渡辺参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず西参考人にお願いいたします。西参考人。

○参考人(西修君) 御紹介いただきました西でございます。このようなところで意見を述べさせていただくことを大変光栄に存じます。

 何分にも二十分という非常に限りがございます。早速、私の意見を申し上げたいと思います。なお、ちょっとこのレジュメを見ますと、ちょっと多めのようなので、若干早口になることをお許しいただきたいと思います。

 まず第一に、もう三年目入っているわけでありますけれども、理解できない点、これを最初にちょっと申し上げたいと思います。

 まず(1)でありますけれども、なぜ正規の日本國憲法が基本資料とされないのか。

 昭和二十一年十一月三日の「官報 號外 日本國憲法」が正規のものであります。少なくとも公式には、そこに掲載されている条文等が基本とされるべきだと思います。市販の六法全書などは新字体を用いておりますけれども、日本國憲法については正規のものを掲げるべきではないだろうかと思うわけであります。

 内閣告示では、法令につき改正があった場合、旧字と新字が混合される、こういう場合があるわけで、そういう場合は新字で取り扱う、こういうことになっているようであります。しかし、当時の事情を知っている方にお聞きしますと、その内閣告示の場合、憲法は全く想定の外であったということで、憲法は一度も改正されていないわけでありますから、少なくとも、公に刊行される場合、原本が掲げるべきではなかろうかと。元内閣法制局長官及び元参議院法制局長に伺ったところによりますと、憲法は一度も改正されていないし、また、完全に新字体に改めてしまうには、基本的には憲法改正の手続を踏まなければならない、こういうようなことを伺いました。

 そこで、福島瑞穂社民党幹事長の共著の「「憲法大好き」宣言」、これを付録に掲げている「日本国憲法」、これもやっぱり新字体が用いられているわけでありますけれども、強く護憲を主張なさっていらっしゃる以上、安易な取扱いはいかがかなというふうに思うわけであります。

 どこが違うか。正規の場合と、市販のいわゆる簡略したものは字体が、旧字と新字が違うわけであります。言うまでもなく、憲法九十九条には、「國會議員、」「その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」、こう書いてあるわけで、ここで言う憲法というのは昭和二十一年十一月三日の「官報 號外 日本國憲法」を指しているんではないかと思うわけであります。

 その意味において、こういう公的な場で日本国憲法を取り扱う場合、一体どういうような字体にするのか、私どもは長年疑問に思っているものですから、最初に言わばちょっとまくらとしてここで申し上げたいと思います。

 次に、いわゆる護憲を主張なさっていらっしゃる共産党、それから社民党について疑問を持っておりますので、ここで提起をさせていただきたいと思います。

 日本共産党は自らの憲法草案をお持ちなんで、それと現行憲法と比較して、いずれが先駆的と考えていらっしゃるのか。

 同党が昭和二十一年六月に作成した日本人民共和国憲法草案は、今でも同党の憲法草案として温められております。その論拠といたしましては、今衆議院議員になっていらっしゃる山口富男さんの「日本共産党憲法草案(一九四六年)の歴史的意義─いまなぜ光をあてるか─」、これは一九九三年に発行されたものであります。この九三年の著書において、同憲法草案の歴史的意義を強調なさっていらっしゃいます。

 同憲法草案第五条には、日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。これは、国際平和機構への参加をうたい、侵略戦争への不支持を明記している点で十分先駆的と思われるのでありますけれども、この条文と現行憲法九条、一体いずれを先駆的と考えられていらっしゃるのか。

 一九九三年には「いまなぜ光をあてるか」ということを強く訴えていらしたわけでありますけれども、なぜかこの憲法調査会が始まったら余りこの日本人民共和国憲法草案に光が当てられていないように思われるわけであります。そして、この日本国憲法を先駆的、先駆的とおっしゃっていらっしゃるわけでありますけれども、日本人民共和国憲法との比較、どんなふうに考えていらっしゃるのか、疑問に思わざるを得ないわけであります。

 なお、もし「日本国憲法「改正」史」というような本があるとするならば、一九九〇年代によみがえったこの日本人民共和国憲法草案が掲載していなければ、私は欠陥本と言わなければいけないんではないかと思うわけであります。(発言する者あり)何か、よろしいでしょうか。

 そこで次に、社民党でありますけれども、現時点では憲法第九条をいかに理解していらっしゃるのか。

 社民党の前身たる社会党の村山富市委員長が内閣総理大臣になったとき、同党の年来の憲法第九条解釈を改め、自衛隊合憲、日米安保条約堅持を主張し、PKOにも積極的に自衛隊を派遣しました。現在、衆参両院に設置されている憲法調査会の社民党委員の発言では、従来の自衛隊違憲、非武装解釈に戻った感があります。

 もしそうであるならば、自衛隊合憲、日米安保条約堅持を主張したことの憲法上の意味、そしてこれは土井たか子党首が忌み嫌った解釈改憲の立場を取ったことになるわけでありますけれども、その憲法上の意味は一体何だったのか。もし現在、非武装解釈に戻ったというならば、当時お取りになられた、村山委員長のお取りになった態度というのは間違いだったのか。こんなことを一般国民に分かりやすい形できちんと説明する責任があるのではないか、この点を非常に疑問に思うわけであります。

 私は、ここで両党のイデオロギーを批判しているわけではありません。イデオロギーは全く自由であります。問題は、憲法論議に対しての真摯な態度を期待しているのであります。共産党は公式には憲法改悪阻止を唱えております。私の理解では、日本人民共和国憲法に変わることが憲法改正という立場であるということのようでありますけれども、であれば、今光を当てて、日本人民共和国憲法改正草案というものを、人民共和国憲法草案というものを堂々と国民に提示すべきではなかろうか。また、社民党もなぜ解釈を変えたのか、その理由につき私は説明すべきではないかと思うんです。それが私の真摯な憲法論議というものでありますけれども。

 なお、ここでは参考人は質疑者に質問できないということのようでありますから、何か後で質問していただく場合にそんなことをちょっと何かお答えいただければ幸いであるということを申し上げておきたいと思います。

 次に、この憲法調査会で調査していただきたいことでありますけれども、これは私の憲法九条論議と関係いたします。これは、前に設立されました内閣の憲法調査会では、特に憲法九条の成立過程については不十分でありました。こういう成立過程について、その後重要な事実が判明しております。また、国連憲章などを受けて、今や世界の憲法では多くの国で平和主義条項を入れている傾向にあります。そんなことも是非調査をしていただきたいと思うわけであります。

 そこで、憲法第九条の成立過程でありますけれども、より詳しくは、資料の「よくわかる平成憲法講座」、それから、三十三ページ以下に書いてあるわけでありますけれども、憲法第九条の原点としてのマッカーサー・ノートには、日本は、紛争解決の手段としての戦争、及び自己の安全を保持するための手段としてさえ戦争を放棄するとありました。けれども、民政局において日本国憲法草案、総司令部案の作成の中心人物で運営委員長のケーディス大佐は、自己の安全を保持するための手段としてさえ、この部分、イーブン・フォー・プリザービング・イッツ・オウン・セキュリティーの部分を削除しました。その理由としてケーディスは、現実的でないと思ったからとはっきり語っております。私はケーディスに四回会っております。このことは今や周知の事実になっております。このことは何を意味するか。ケーディスの修正によって、このマッカーサー・ノート原案がいわゆる不戦条約と同じような形になったということであります。

 また、次に、いわゆる芦田修正に反応して、極東委員会が文民条項の導入を要求し、同条項が第六十六条二項として挿入されました。そして、この辺も極東委員会の議事録は内閣の憲法調査会が発足された時点では全く明らかにされておりませんでした。私の最近の調査では、極東委員会の議事録には、芦田修正によって、自衛のためであれば軍隊の保持が可能になったと解釈するのが常識である、こんなふうに解釈をされているわけであります。これは資料の二十七ページから二十八ページ、中国のタン博士の言葉でありますけれども。そういう常識に立って、明治憲法時代におけるような現役武官大臣制を避けるために文民条項の導入を強く迫ったわけであります。日本国政府は、極東委員会での議事の内容を全く知らず、強要された文民条項につき帝国議会で的外れの説明を行っております。本来、日本国憲法に最大の責任を持つべき政府が文民条項要請の意味を知らなかったということに、日本国憲法成立過程のいびつさが象徴的に表れているように思います。

 また、このことを審議した衆議院小委員会で、これは後に公になったものでありますけれども、正に諦観ムードが支配しておりました。東大教授でこのとき貴族院議員であった宮澤俊義先生は、憲法全体が自発的にできているものではない、指令されている事実はやがて一般に知れることと思う、重大なことを失った後でここで頑張ったところでそう得るところはなく、多少とも自主性をもってやったという自己欺瞞にすぎない。キーワードは非自発性、非自主性、自己欺瞞。こういうことが当時の宮澤俊義先生の言葉に残っております。

 上記については、内閣憲法調査会における調査には出ておりません。第九条の成立過程、なかんずくケーディス大佐の修正、芦田修正と、それからそれに基づく極東委員会の議事に基づいた文民条項導入の関係の意味を精査すべきだと考えます。

 衆議院憲法調査委員会では、私ちょっとトップバッターとして発言したわけでありますけれども、政治学者の北岡伸一参考人、五百旗頭真参考人、村田晃嗣参考人はこのことに言及しておりますが、なぜか憲法学者はこのことについて言及しておりません。

 したがって、芦田修正、文民条項の導入、いわゆる芦田解釈、すなわち自衛のためであれば戦力の保持は可能であるということの正当性が物語られていると思うんです。この解釈が流布されれば、流布すれば、政府が取ってきている非論理的解釈の大半が解決されると思うわけであります。

 それからもう一つ、世界の憲法は平和主義と安全保障についていかなる規定方式をしているか。私の調査では、今や世界の約百八十の成典憲法のうち、約百五十の憲法に平和主義条項が導入されております。これは資料の四十五ページ以下の私の表をごらんになっていただきたいと思いますが、中には、核兵器を持たない、外国軍隊の駐留を拒否するなどの規定している憲法も見受けられます。御存じのように、我が国は、解釈上は核兵器、自衛上は解釈上は核兵器の所有は可能である、現にアメリカ軍が日本に駐留している、そういうことから考えると我が国ももっと、いわゆる平和主義の国が多いわけであります。

 それから、ほとんどの国の憲法には、いわゆる有事対処条項が記されております。各国憲法における国防・軍事・平和主義条項を調査、整理する、こういうことも憲法調査会に求められているのではなかろうか。そして、このような九条の成立過程における、いわゆる自衛のための戦力保持が可能であるとか、世界の憲法では今や多くの国は平和主義を持っているんだ、そういうことに理解がいけば、日本国憲法九条を非武装であると解釈し、世界で唯一の平和主義だというような神話ないし誤解から基づく独善的な論考というものが排除されるはずであります。

 第四に、あるべき憲法像を求めて申し上げたいと思います。

 このように、憲法九条に関し、自衛のためであれば戦力の保持が可能であるという解釈から、自衛のためといえども戦力の解釈は不可能であるという解釈に至るまで、様々な解釈が存在しております。また、第九条が論議されると、いわゆる神学論争が展開されるのが常であります。日本国の平和と安全の指針を示すべき憲法に、このように大きな、このような大きな差異が存在し、またいつまでも神学論争が展開されるということは国家として極めて異常であり、また日本国民にとって非常に不幸なことであるように思われます。

 そういう意味において、次の言葉をかみしめたいと思います。

 コンラード・ヘッセという、これはドイツの憲法裁判所裁判官もやったドイツの著名な憲法学者ですけれども、憲法は平常時においてだけでなく、緊急時及び危機的状況にあっても真価を発揮しなければならない。憲法が危機を克服するための配慮をしていないときは、責任ある国家機関は決定的瞬間において憲法を無視する挙にいずるほかにすべはないのであると。

 あるいは、これはもう日本公法学会で、かなり古い時期に既に立命館大学の教授だった大西芳雄先生が次のように言っておられます。憲法にも法律にも非常事態に対する何らの措置をも予定しない国は、一見、立憲主義に忠実であるかのように見えて、実はその反対物に転落する危険性を含むものと言ってよいだろうと。そういうことからしてやはりバランスの取れた平和、安全保障規定と、こういうものを構築すべきではないかと思うわけであります。

 そういう意味において、じゃ、おまえはどういうふうに考えているのかということになるかと思いますが、かつて、一九九九年に「日本国憲法を考える」という本を記しました。それを参照しながら、私は六つのことが必要ではないかというふうに考えます。

 一つは、いわゆる国際平和を希求するんだと、さらにまた国連憲章に基づくところの国際社会における戦争の違法化の確認、そして国際紛争を解決する手段として武力による威嚇又は武力の行使の否認。一方において、自衛のための組織保持は明記する、自衛のための組織におけるシビリアンコントロールは貫徹する、自衛のための組織の国際平和維持活動への参加と国際法規の遵守、こういったものを将来憲法に入れるべきではないかと思うわけであります。

 それから、五といたしまして、国民の率直な要望、不安にこたえるのが政治の要諦ではないかと思うわけであります。

 参考として、近年の世論調査結果をここに掲げておきました。いずれを見ても、憲法改正賛成派が憲法改正反対派を上回っております。

 真ん中の日本経済新聞の二〇〇〇年五月三日の社説では、こんなふうに言っております。かつての護憲か改憲かの論争から、改正するとすればどこをどのように変えるのかという具体論に焦点が移りつつあると言えよう。これ、二〇〇〇年、今から三年前の日経新聞の社説であります。

 ごらんになれば分かるように、憲法改正が反対を上回っておりますし、それから例えば五ページ目の上にある読売新聞の全国会議員のアンケートを見ますと、憲法改正賛成が七〇・六%、反対二四・一%、自衛隊明記、自衛隊の存在を明文化、賛成九〇・〇%、反対三・九%になっております。

 また、平和と安全に関連しまして、内閣府の広報室がこの一月に調査したものを見ますと、日本が戦争に巻き込まれる危険性があるが八〇%、ないが一一・一%、さらに昨年の外務省の調査によりますと、いろんな形で日本に脅威があるか、八六・五%、ないが五・〇%、有事法制が必要である、八〇・九%。こういう、個々のものについて申し上げる時間的余裕がございませんので、私はこういう国の安全、それから国民の生命、身体、財産、こういうものについてはイデオロギーの差はないはずだと思っております。したがって、イデオロギーを超えて憲法を明確に国家の安全それから平和、こういったものをめぐる論議を是非建設的にやっていただきたいと思うわけであります。

 最後にちょっと、一番最後の絵を見ていただきたいと思いますけれども、これ私が書いたものをちょっと図式化したものがありますので、ちょっとユーモラスかなと思いまして、ここに掲げたわけでありますけれども、私はこれは憲法九条そのものではなくて、憲法の全体像として、まず縦軸に過去それから現在それから未来、横軸として自然環境、国際社会というものがあるとすれば、土台としましては、文化、伝統、アイデンティティーという、こういう土台に乗りながら、やっぱり個人、この尊厳は大切であります。しかし、その個人というのはやっぱり家族があっての個人でありまして、今家族のきずななんということを言われておりますけれども、家族の中の個人、こういったものをやっぱりきちんと位置付ける必要があるだろうと。それからまた、地域社会、地方自治体、国家というものがやっぱりきちんと枠組みがされている必要があると。

 そして、統合、共生、躍動ということですけれども、特にこの中で強調したい言葉は共生であります。男と女、それから子供と大人、健常者と障害者、いろんな形での共生のみではなくて、自然環境との共生、そういう意味において私は憲法の中に環境保護は入れるべきだと思います。さらにまた、国際社会との共生、そういったものも当然憲法の中に何らかの形で明示していくべきだと思います。そこで、未来に向けて言わば躍動的な形で将来の子供たちに、日本に生まれてよかったんだと、憲法があってよかったんだと、こういうような形で未来に向けて躍動的に言わば後を継いでもらう。こういうような意味におきまして、これが私の憲法の家のデッサン、デザインでありますけれども。

 そこで、今日のことについて結論をしたいと思いますけれども、私は先ほども申し上げましたように、国の安全、国民の生命、身体、財産と、こういう面においては是非建設的な、そして本当に国民の視点から見た安全、平和というものを是非議論をしていただきたい。

 特に、ドイツの場合は、一九六八年に非常事態の改正憲法を成立させましたけれども、これは与野党の大連立で成立をさせたわけであります。そういう意味において、この参議院の憲法調査会、実りある成果を得ていただきたい、こんなふうに最後に申し上げたいと思います。

 御清聴ありがとうございました。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 次に、上田参考人にお願いいたします。上田参考人。

○参考人(上田勝美君) 上田勝美であります。

 私の話はお配りしておりますレジュメに従ってやらせていただきます。

 まず、平和主義と安全保障を考えるということでありますけれども、私は、まず人類の歴史の中で平和主義がどのように形成されてきたかという視点をまず前提にすべきであろうと思います。要するに、人類の歴史の中で戦争がなかった時代はないと言われる場合もありますけれども、確かに小さい戦争、大きい戦争含めて争いは絶えませんでした。しかしながら、人間が人間を殺し合うというのは、こんな野蛮なことはないわけですから、各国ともに戦争違法化の歴史をつづってきたわけであります。

 先ほどの、今の参考人の御意見にもありましたけれども、今日では各国憲法の中で平和規定を置かない国家は少ないということは事実でありましょう。ただ、国内法レベルで、国内法レベルというのは、憲法、国家の最高法規である憲法が平和についてどう定めているかということ、これもひもとけばすぐ私は申し上げることができますけれども、時間の関係で省きます。

 それから国際法のレベルにおきましても、第一次世界大戦の結果国際連盟ができましたが、国際連盟規約の上では紛争の平和的解決というか、ということを言っておりましたし、それから一九二八年の不戦条約ですね、ここではっきりと戦争違法化の、どういいますか、実定的な規定ができ上がったわけであります。
 それから、何よりもやっぱり、私は第二次大戦がいかに多数の人命を殺傷したかということが平和という原理を人類普遍の原理に仕立て上げる歴史的な展開点になったんであろうと思います。

 ちょっと申しますと、第一次世界戦争で死者が八百五十万人、負傷者、行方不明合わせますと三千七百五十万人、つまり死者を含めて第一次世界戦争の結果三千七百五十万人もの人命が殺傷されたという記録が残っております。それから第二次大戦はどうであったかといいますと、敵味方合わせて死者が二千二百万人、それから負傷者、行方不明、これが三千四百万人、合わせて五千六百万人ということであります。

 それから日本の場合も、特に例えば広島、長崎ですけれども、被爆者、死者を含めて、広島は十三万人を含んで三十五万人から四十四万人、長崎が死者七万人を含んで二十七万から三十一万人出たと報告されております。

 これは、戦争における死者の数をどう考えるかというのはなかなか難しい。その出典によって誤差はもちろんあります。私が参照しましたのは、広島平和文化センターの出しております平和事典、勁草書房から出しております。これによったわけです。実際から見て、そう懸け離れた数字ではなかったと思うんです。

 ところが、考えてみたら、私は思うんですけれども、私は京都から今日、東京へ来ましたけれども、例えば東京都は千三百万人とも言われますけれども、昼間はもっと多いかも分かりません。ところが、例えばスイスとかスウェーデンとかオーストリアというような国は八百五十万人前後ですよ。それで、イギリスとかフランス、大体六千万人。東西ドイツ合わせて、ドイツですね、現在の、八千五百万人ぐらいだと。日本は一億二千七百五十万人ぐらい。

 そうしますと、国際連合に加盟している国家が百九十を超えたと思いますね、現在。その中で、一千万人を下るといいますか、一千万人に達しない人口の国家は相当ある、相当あります。リヒテンシュタインなんかもとんでもない小さい国ですね。日本は人口大国です、その意味では、現在は少子化が言われておりますけれども。その中で、第二次世界戦争で五千六百万人の死傷者を出したということはもうこれは大変なことなんですね。私は、やはり何回もこの事実を注目する、事実に注目する必要があるであろうと思います。

 そこでできましたのが、いろいろありますけれども、私、ここで、一つは国連憲章であります。国連憲章は、御存じのように前文にこう書いております。我ら一生のうち二度まで、言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と、男女及び大小各国の同権とに関する信念を改めて確認しと、こういうことで、この場合は、一生に二度まで世界戦争というのは二十世紀、第一次世界戦争、第二次世界戦争を指しますね。だから、その一九四五年を境にいたしまして、国際連盟を上回る実のある国際平和機構を作るという理念が国連を作ったわけであります。そう見ることは、あながち真相から離れていないと私は思うんであります。

 それからもう一つは、日本国憲法であります。日本国憲法は、紆余曲折ありますけれども、やはり戦争に負けた結果できたわけでありますけれども、一口に言って平和憲法と言われるように、徹底した平和の憲法典に仕上がっていると思います。

 ちょっと今日は憲法制定過程のことを論じる場でありませんから、また与えられた時間もほとんどありませんので言いませんが、ただ一つ、第九十帝国議会のときの吉田茂首相の提案説明を引用します。

 改正案には特に一章を設け、戦争放棄を規定しておるのであります。すなわち、国の主権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、他国との紛争解決の手段として永久にこれを放棄することといたしまして、進んで陸海空軍その他の戦力の保持及び国の交戦権をも認めざることといたしております。これは改正案における大なる眼目を成すものであります。かかる思い切った条項は、およそ従来の各国憲法中その類例を見ざるものと思うのであります。かくして日本国は永久の平和を希求し、その将来の安全と生存とを挙げて平和を愛する世界諸国民の公正と信義にゆだねんとするものであります。この高き理想をもって平和愛好国の先頭に立ち、正義の大道を踏み進んでいこうと思う固き決意を国の根本法たる憲法に明示せんと、これが昭和二十一年、一九四六年六月二十五日、帝国憲法改正案の提案理由説明であります。

 それから、吉田茂は、これが議論されました六月これ二十五日で、すぐですけれども、自衛権はあるけれども自衛のための戦争は認められないということを言っております。

 九条第二項において、一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであり、従来、近年の戦争は多く自衛権の名において行われたのであります。あと、ずっと行きます。満州事変しかり、大東亜戦争またしかりでありますと言っておる。

 それでまた、この六月二十八日、衆議院帝国憲法改正本会議、吉田茂。この場合は、国家正当防衛権による戦争を認めることは有害であると。吉田氏は、その後、第三次、四次吉田内閣を作る。特に第四次のときは、戦力は持てないんだけれども、近代戦争を遂行する、役立つ程度の装備、近代戦争を遂行するようなものは戦力だけれども、それでないものは戦力でないというとんでもない解釈をするようになるんですけれども、少なくとも第九十帝国議会で吉田茂氏が日本国憲法の草案の趣旨説明をした点は、思惑はともかく建前としては間違っていないと僕は思う。もちろん芦田修正その他があることは私は知っておりますけれども、この平和憲法の平和主義の解釈はここを原点として私は考えております。

 それから、憲法前文と九条の関係でありますけれども、これはやはりはっきりと徹底した平和主義を実定化したと思うのであります。それは憲法前文では、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意してこの憲法を確定する、ここに主権が存するとありますけれども、要するに戦争を行う主体はいろいろありますけれども、まあテロが戦争だという言い方を最近する人がありますけれども、戦争はやっぱり国家ですね、現在では、国家が主体で、その政府、国家というのは、しかし、もう少し分解して言いますと、やっぱり政府ということになります。政府が、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを決意したんです、日本は。そしてこの憲法を、平和憲法を決めたということであります。

 それは次に、同時に、併せて各国の国民の平和的生存権を確認、保障することになった。全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する。私ども憲法学者は平和的生存権とか、つづめて平和権とか言っておりますけれども、言っておりますが、この全世界の国民が主語であります。このことを日本の単独の憲法、国内法の頂点にありますけれども、憲法が全世界の国民はというのはおこがましいというか、そんなこと保障できない、もちろん批判があるけれども、ここの含意というか真意は、人類不変の原理ということを言っております。これはもちろん国民主権を指しておりますけれども、同時に平和主義というものが、徹底した平和主義の原理が人類の共通の生きていくための原理、英語でございますとユニバーサルプリンシプルという英語を当てておりますけれども、ユニバーサルなんですね。これは何も日本国だけではない、全世界の国民の、一つの、これはやっぱり単に全世界の国民がということにいちゃもんを付ける解釈をするんじゃなくて、私はですよ、共生、人類の平和的生存の共生の論理を込めたものであると、こういうふうに考えております。

 その次にもう一つ問題は、国際協調主義を憲法前文は決めております。で、この国際協調主義の解釈ですけれども、我らは、いずれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は普遍的なものである。これは、やっぱりどういいますか、世界の国民とともに恒久平和のあまねく行き渡る世界を作るという決意というものを決めておりますし、そういう意味では日本の政府が従来一貫して言ってきた国際協調主義、国連中心主義、そこに収れんされていくということがあったと。

 何か与えられた時間が五分になりましてあれですけれども、先に進みたいと思いますが、そういう意味で、この戦争放棄と人類の平和的共生の論理というものが含まれていると。

 二つ目の日本の国家像でありますけれども、これはもうはっきりしておりまして、朝日新聞の今年の一月十一日に、「目標の国家像どう示す」「十年で失われたもう一つのものは…」ということで大きく取り上げております、目標。

 要するに、国家像がはっきりしていないんじゃないかということに対する議論が衆議院の憲法調査会でも国の形論その他でいろいろ議論されているということでありますけれども、私は、時間の関係で一言で言いますと、これは日本の国家像は明確に定まっていると。国家像とは何ぞやと。ビジョン・オブ・ザ・ステーツといいますか、これは憲法が基本原理その他で決めているということになるわけであります。そうしますと、これは平和主権国家、平和立憲主義国家というものが日本の国家像であるという、これはもう結論だけ言っておきます。

 それからもう一つ、第九条の解釈はする時間はありませんが、一言で言っておきますと、自衛隊は憲法違反であります。どこからどういう理屈を付けて解釈してもこれは憲法違反であります。

 長沼訴訟第一審判決は違憲判決をした有名な判決でありますけれども、これは九条二項を根拠にしております。もちろん、自衛のための最小限度の防衛力を持てるという解釈はありますけれども、それは私は筋の通らない解釈であると思います。自衛隊は憲法違反である、憲法九条を客観的に論理的に解釈すればそうなります。

 それから次に、国連憲章と日本国の同質性と異質性、これはどちらも平和愛好という点では一緒だと思いますね。ところが、国連憲章は平和の問題について矛盾した規定を持っているわけです。国際連盟と違いまして、敵対関係の国家も全部包摂して集団的安全保障という組織を作ったわけですね。少なくとも作り手はそういうふうに考えた。その中で、常任安保理事国は、特に拒否権を与えたわけですね、そこからおん出ないように。そういう魂がある。しかし、それがうまいこといかなかったかどうかは別として、そうだと思うんです。

 ただ、にもかかわらず国連安保理がもう一手に世界平和を握るというのは場合によって困るという意見もありまして、米州機構とか、冷戦構造が既に始まっていたということで国連憲章五十一条ができます。五十一条には御存じの集団的自衛権と個別的自衛権を認めております。そうしますと、集団的自衛権というのは軍事同盟ですから、本体は。だから、全体からいうと国連憲章自体の平和的な枠組みが矛盾を持って規定されているわけです。そうしますと、今度のイラク戦争でもそうでしょう。国連中心主義と国際協調主義、それから日米同盟をどっちが、てんびんに掛けると。小泉首相は後を取ったわけじゃないですか。

 だから、国連憲章五十一条の集団的自衛権がもちろん、どういいますか、国連憲章にはありますけれども、そういう、どういいますか、地域的な取決めといいますか、いわゆる軍事同盟を結ぶことを国連憲章は認めているわけですね。だから、国連憲章二条四項には武力による威嚇又は行使を慎まなきゃいけないと書いてある。日本の憲法第九条は戦争を放棄して、国際紛争を解決する手段としては武力による威嚇又は行使を、禁止です、これは。なぜ禁止か。徹底的な平和主義、パシフィズムを決めているからです。国連憲章は五十一条との関係で慎まなければいけないということになっている。戦争違法化に進んだんですけれども、だからこれを、日本国憲法と国連憲章は、同質性というのは平和愛好ということでは一緒ですけれども、平和徹底の点ではもう完全に日本国憲法が先行しているわけです。つまり、歴史を先取りした平和規定を持っているということになります。

 さて、あるべき安全保障方式は何かということで、これが主題であります。これだけちょっと言わせていただきたいと思いますが、私は、いろいろありますけれども、憲法九条、前文を前提として導かれる安全保障方式は永世中立だと思います。これしかない。いろいろありますけれども、結論はそうです。政党の中には、かつて公明党は完全中立とか、社会党、社会党というのは今ないですけれども、非武装中立とか非同盟中立とか一本気におっしゃっています。けれども、憲法を前提として安全保障方式を導く限りはこれしかないと思います。

 それから、それ以外に、東北アジア非核地帯の条約を結ぶとか非核法の制定とか不戦条約を締結すればいい、人間安全保障論とか、いろいろないわゆる日本の平和憲法を前提として安全保障方式を導く議論があるのは承知しておりますけれども、これで終わります。

 ありがとうございました。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 次に、渡辺参考人にお願いいたします。渡辺参考人。

○参考人(渡辺治君) こんにちは。

 今日は憲法調査会という場で私が発言をさせていただくんですが、時間も限られておりますので、三つのことだけ私は発言したいというふうに思います。いろいろ言いたいことあるんですけれども、三つのことを今日は問題を提起してみたいと思います。

 第一番目は、西参考人も少し触れられましたが、そもそも憲法第九条の平和構想というものは、その起草者はどういう国家構想といいますか安全保障構想といいますか、どういう構想に基づいてこの九条を作ったのかという問題について考えてみたい、私の考えていることを提起したいというふうに思います。

 これは起草者意思ということでありますが、起草者意思というのを私たちが今改めて検討する意味というのを最初に触れておきたいと思うんですが、これは今の九条の解釈で自衛力を持てるんだとか、それからそういうようないろんな解釈を直接起草者意思から持ち出すということは余り意味のないといいますか、非常に不毛なことだと。むしろ、起草者意思を私たちが今確認することは、憲法九条あるいは日本国憲法というのはどんな国家目的で、どんな構想、平和と安全保障の構想に基づいて作られたのかということをきちんと復元して、それを今改めて評価するということだと思うんです。評価というのは、それをプラスの方向で考えるのか、それはやっぱり間違っているから変えていこうと考えるのかという、そういう起草者が考えた平和安全保障構想というのは何だったのかということを復元するということではないかと思います。

 結論から言いますと、私は、起草者意思って何だったのかというと、憲法九条というのは、日本が世界の中で、戦後世界の中でどういうふうに安全で平和に生きていくことができるのかということを考えたものではなかったというふうに思います。

 そうではなくて、世界とかアジアの安全保障を実現するために日本をどうやって封じ込めるのか。日本という平和の破壊者、当時の侵略戦争の責任者と思われた侵略大国である日本、今のイラクよりもはるかに凶暴だったんですね、その日本をどうやって封じ込めるのか、ここに、つまり日本に対する安全保障という考え方が実は憲法九条というものの中にあったというふうに私は思います。

 つまり、日本の、そういう侵略大国日本の復活を防ぐことによってアジアと世界の平和というものは保たれるんだという考え方が当時あった。だから、そういう意味では私は非常に具体的な平和保障の構想であったというふうに思います。

 日本人は、その後、当然のこととして、九条で日本は安全は守られるのかという議論をずっとやってきたわけですけれども、今もその傾向がありますけれども、私たちがきちんと考えなければいけないのは、当時の日本というのはそういうことで世界に見られていたわけでもないし、当時の現実的なアジアの平和というものは、日本の軍事大国化をどうやって防ぐのか、これを達成することによって、その後冷戦の問題が出てきますのでこれではできなくなりますけれども、軍事大国化をどうやって防ぐのかということについてのかなり切実な問題関心があった。

 特に、第一次世界大戦後のドイツの国防軍の復活によってドイツは十年を置かずして軍事大国として復活したわけですね。あれだけ厳しく軍備制限をしたのに復活した。そういうふうにしないためには、どうやって日本の軍事大国化を防ぐのかというのが問題関心としてあったというふうに思います。

 その点で三つぐらいの点を指摘しておきたいと思うんですが、一つは、当代のアジアと世界の安全保障というのは、今言ったように日本が軍事大国でなくなればアジアの平和は確保されるという構想があった。二番目に、その構想の中で非常に重要なのは、決して九条というのは当時ひょうたんからこまのようにぽんと出てきたものではなくて、具体的に例えばアメリカの国務省なんかの中でも、これは秘密の構想でありましたが、四大国、当時の四大国の安全保障によって日本を非武装化すると。これを、ただし日本国憲法のように憲法九条という形でやるんじゃなくて、条約という形で四大国が安全保障を作ると。例えば、イラクの非軍事化というのを達成するために四大国がやっていくと、こういう構想が実際に行われていて、憲法九条というのは構想としてはそういう構想なんですね。この大国としての日本の非軍事化というものを全体として保障していく。その際に日本の国家規範としてそれをやっていくんだという考え方が打ち出されたところに非常に重要な考え方がありましたが、そういう特徴がある。

 それからもう一つは、アメリカは、起草者であるアメリカは、この軍事大国化構想を復活させない決め手として、セットになって日本の国家を考えたと私は思います。九条だけじゃなかったと思うんですね。九条についての非武装、それから天皇制の改革若しくは廃止、これ、マッカーサーは、基本的に天皇を政治から隔離して、天皇を象徴に持っていくことによって、天皇制を改革することによって日本の国家システムというものを平和化すると。

 それから、三番目に重要なのは、専制主義の温床である社会的、経済的な改革を行うと。この三つがセットになって作られた。

 このセットは、一言で言えばどういう国家だったかといえば、私は非武装平和と自由主義的な国家だと思うんですね。非常に市民主義的な国家というものを日本に作ることによって日本の軍事大国化としての復活を防いでいく、憲法というのはその国家構想を具体化する極めて現実的な私はガイドラインだったというふうに思います。それは、抽象的な言葉で書かれていますが、そういうものがなぜあの時点で非武装というような理想というものが打ち出されたかということは、世界の平和というものを実際に考えていくときのかなり具体的、現実的な構想だったということをきちんと見る必要がある。

 その場合の、その九条のそれでは構想という、今言った三つのセットの中で九条の構想というのは何だったのかというと、これは極めて厳格な非武装構想だったと思いますね。西参考人とはここが意見が非常に違いますが、厳格な非武装構想を持っていた。

 これは様々な立証をすることが必要ですが、時間の関係で一、二の点だけしか触れることができませんけれども、マッカーサーは、先ほど御紹介にありましたように、この憲法の起草者というのはその運営委員会というものを作って、ケーディスとかラウエルとかハッシーとか、そういう人たちがこう作っていくわけですね。御存じのように、マッカーサーは、三原則出して、最初に非武装ということを言っているわけですね。それを具体化するんだけれども、当時の法律家とかその運営委員会の人々にとってみると、こんなものを憲法の中に入れるというのはおかしいわけですよね。常識から言ってちょっと考えられない。

 そこで彼らが考えたことは、これを前文に持っていこうと。理想として前文に持っていこうじゃないかということに対して、マッカーサーとホイットニーはそうではないと。もう一回、元に戻すわけですね。そして、マッカーサーはそのときに、前文から本条にもう一回戻せと、前文に持っていっちゃいかぬということと同時に、それを第一条に持っていったんですね。結果的には現行の憲法は九条にありますが、元々の素案の中では第一条にこれを持っていく。つまり、日本の平和国家、非武装完全平和国家というものを最もこの憲法の重要な制度としてはめ込もうとしたということがあります。

 自衛のための戦力を持てるかどうかということは、その後、議論になりますが、当時、この極東委員会でも、先ほど西参考人が言われたような極東委員会でも様々なこの議論が行われますが、自衛のため、日本が自衛のために戦力を持てることができるかどうかなんという議論じゃないんですよね。日本の軍事大国化をどうやって防ぐのかと。芦田修正なんかが起こって、また再び日本は自衛のためと称しておどろおどろしい軍隊を作るんじゃないか。それを防ぐためにはどうするか。あれは、軍部大臣の現役武官制というようなものをなくして、日本が専制主義的なところに走らないようにするための歯止めとして文民規定を入れる。だから、そういう意味では、徹頭徹尾、極東委員会も総司令部も、日本の軍事大国化をどうやって防ぐのかという具体的な方向性として考えたということを御理解いただきたいと思います。

 自衛のための戦力は放棄されなかったというケーディスとか芦田見解というのがあります。私はこれは取ることができないというふうに思います。それはなぜかというと、詳しい話はできませんが、芦田さんもケーディスさんも、実際に占領政策が転換され、冷戦の中で、日本の、日本国憲法の非武装構想というのはアメリカの世界政策としても日本の政策としても取り得ないということがはっきりして、五一年にマッカーサーが上院の軍事外交委員会で発言したときに、あの九条というのは実はおれじゃなくて日本の幣原の起草なんだというようなことを言って、弁解せざるを得なくなった後の考え方なんですね。

 確かに、そういう、当然、法律家ですから、自衛のための軍隊どうなるのかなということを考えていたことは事実ですが、あそこの時点での最高意思決定というのは、明確に一切の戦力を放棄するということがはっきりとしたその当時の起草者の意見だったということになりますし、芦田の新憲法解釈というのが四六年に出ておりますが、それを読みますと、実際には芦田は一言も自衛のための軍隊を持てるんだということは書いてありません。それじゃ、当時の本で、憲法解釈の本で書いてあった本はあるのかと。あるんですよね。つまり、芦田は言おうと思えば言えた。それを彼は言っていないんです。彼が初めて言ったのは五〇年代に入ってからなんですね。実はおれは、前項の目的を達するためということで、自衛のための軍備を持てるということで入れたんだよと。それは、私は後からやった後知恵であるというふうに思いますし、これは証明できるというふうに思います。

 起草者意思は大きく言って二つあった。それじゃ、九条の起草者意思って何だったんだと。もう一回確認しますと、アジアの平和を、殴る側の大国の自己規制、あるいは大国の規制によって平和を維持するという考え方ですね。これは、私は国連憲章の考え方とは違うというふうに思います。大国の力を規制することによって、アジアの中で最も侵略的な大国である日本の力を規制することによって平和を実現するという考え方、現在にまでつながる、現在復活してしかるべき考え方が一つ出ている。もう一つは、武力によらない平和というものを実現することによって平和を実現していこうという考え方です。これは、現在、ブッシュ政権の行っているような武力による平和、大国による平和という考え方と真っ向から対立する構想というものが当時の日本国憲法の構想の中にあったということを確認したい。

 二番目。二番目に言いたいことは、こうした考え方というのは戦後政治の中でどうなったのかという問題ですね。リベラルな学者の人たちや市民運動の中では、憲法九条は死んだと、あるいは憲法九条は空洞化したと、ヴォルフレンという有名な人が日本国憲法の改正案を書いて、日本国憲法は茶番だと、この九条なんというのは茶番だと、こんなでっかい軍隊があるのに、何でこんな憲法九条を今どき日本国民は持っているんだと、これはもうさっさと改正するしかないと、こういうふうに言っているように、日本国憲法の九条というのは、結局のところ、いろいろ憲法学者や革新的な人たちはこれがすばらしいと言うけれども、実際の政治の中ではちっともこういうものを反映しなかったじゃないかという見方がありますが、私は二番目に言いたいことはそうではなかったというふうに思います。

 こうしたアメリカの起草者意思は確かに急速に転換しました。したがって、一番簡単な、もしそういうことで保守政権がその憲法の構想というものを否定するのであれば憲法改正をするのができたし、また実際に民主的な手続の下でできるわけですね。しかし、憲法改正は実際には行われなかった。

 それから、それでは、戦後政治の中で保守党は、自民党は一貫して憲法九条を改正するために頑張ってきたのか。私は、そういう側面、そういう人たちがいたということは認めますが、そうではなかった。戦後の政治、自民党政治も含めた、自民党も含めた戦後の政治というものが国民の動向というものを見ていく中で、私は憲法九条というのは、ある限界の中で具体的に実現されたし、それが戦後世界の中で、こういうような経済大国でありながら、こんな形の軍事大国にならないような日本を作っていく上で非常に大きな役割を果たしたというふうに私は思っています。

 ですから、私は、憲法は空洞化した、憲法と現実が乖離したというような意見については、現実の戦後政治というものを子細に検討するならば、そういうことは言えない。これは必ずしも保守政治の望んだものではなかった。国民の平和意識とか、それを背景とした他の野党との攻防の中で実際に戦後の政治が作られたという点でいえば、戦後政治はこの九条というものについてある種の、ほかの国では見られないような実体的な体系というものを作っていき、これがやはり戦後の大国の中での日本の独特の位置というものを作っているというふうに思います。

 詳しいことは言いませんが、例えば自民党政権の下で繰り返し憲法九条の具体化ではないよ、これは政策なんだよと言いながら、自由民主党政権の下で防衛費の対GNP比一%枠というものが作られる。あるいは、佐藤政権の下で非核三原則というものが打ち出され、これが沖縄返還の中で国会決議として承認される。どこの大国に核を持っていない、核を自分のもので保有しないという国がありますか。

 確かに、日本はアメリカの世界戦略の中に入っているという重大な限界があります。しかし、これだけの経済大国の中で、世界の中で核を兵器の中心に持っていない国というものの持っている政治的な意味というのは私は非常に大きいというふうに思います。どんな政治家の閣僚でも、例えば解釈上は核兵器は持てるということはもう五六年以降言っているわけですね。これは、御存じのように、解釈上は自衛のための最小限度の兵器ならば、その兵器が核兵器であろうと通常兵器であろうと持てるんだということは言っています。

 しかし、今の段階で、例えば官房長官が、あるいは官房副長官が講演の中で核を持てるんだという解釈を言えば、大きな議論が出るような形での国民的な合意をやっぱり私たちは作っているということをきちんと見る必要がある。これは、いかに非核三原則は政策の問題であって憲法九条の問題ではないと言っても、こういうものが保守政権の中で提起され、そして国会決議になる背景には、明らかにそうした憲法九条の力というものがありますし、武器輸出禁止三原則についても、これは私は二十一世紀の世界の武器輸出の規制という問題を考えていったときに、日本の通産省から経産省が持っているノウハウというのは非常に大きいし、こういうものを世界的なガイドラインにしていくということは、私は大国の自己規制としては非常に重要だというふうに思います。

 攻撃的兵器の保有の制限、集団的自衛権の解釈、海外派兵に関する制限、国連軍への参加の制限、特に六〇年以降四十年にわたって作られた政治の中で、私は、九条体系といったようなものが日本の戦後国家というものを作ってきたというふうに思います。今問われているのは、これを継承しもっと強化するのか、それともこれを否定するのか。新しい国家体系というものを作っていく、そのためには憲法改正、改悪が、私は改悪だと思いますが、改正が必要だと思います。しかし、そういう方向に行くのかということが今問われている。

 それじゃ、四十年間のこうした政治というものはどんな役割を果たしたのか。少なくとも私は、大きな、戦後アジアの平和に対して大きな役割を果たしたと思います。

 一つは、日本は戦後五十、六十年近い間、少なくともアジアの紛争の策源地にならなかった。これは戦前を見てみたらはっきりしています。十九世紀末葉から一九四五年までのアジアにおける戦争、大きな戦争だけでも七度ありましたが、そのすべてに日本は参加しておりますし、一つ二つを除けばすべてが日本の単独の、つまり侵略です。これは明らかにアジアの紛争の策源地は日本だった。これが劇的に転換したのは戦後憲法の強力な規制力のおかげだったと見て恐らく自然だろうというふうに私は思います。第一番。

 二番目として、戦争の発火点、当事者にならなかった、その結果日本は戦火を浴びなかった、これも戦前とは劇的な転換です。十年をおかずして日本の国民が戦火を浴びた、その戦前の歴史が劇的に大きく転換するというのは、私は戦後憲法の非常に大きな、戦後憲法と戦後政治の非常に大きな力であったというふうに思います。

 アジアは紛争がなかったわけではありません。日本はいずれの側にも軍事的には少なくともかかわらなかった。こういう点が、こうしたアジアの平和というものを、例えば日本が憲法九条を持たずに、またこれを改正していたならば、朝鮮戦争のときにアメリカは既に日本の軍隊を派遣しようと思っていたし、ベトナム戦争のときには恐らくベトナム戦争のアジアにおける展開はかなり異なった形になっていただろうし、湾岸戦争にしても、ソ連のアフガン侵略に対しても、中・ベト戦争に対しても、日本は恐らく軍事的な形で介入し、アジアの平和というのは違った形になっていたと思います。

 最後、第三番目ですが、それじゃこの九条というのは、おまえの言うように最初の構想は分かったと。次に、戦後四十年近くそれが大きな効果を発揮したのは分かったと、今後どうするんだ、今後これでいけるのかという問題について、三番目にお話をしてみたいと思います。

 一九九〇年代に入ってから大きな、特に冷戦が終えんして以降、事態は大きく転換しています。この中で世界の安全保障をめぐって、あるいは日本の安全保障をめぐって、私は二つの構想が今台頭していると思います。一つの構想は、その中で九条というものが一つの焦点になっていると思います。

 一つは、冷戦の終えん後唯一の覇権国になったアメリカと同盟して、軍事力によってグローバル秩序の障害物を排除し平和秩序を維持していく、つまり武力による平和、大国中心の平和、こういう構想が行われ、日本もその一員として軍事的、政治的なプレゼンスを強めようという構想です。これは九条の武力によらない平和、大国が自己規制をする平和、こういう考え方と正面から衝突する考え方であり、この構想に基づいて、私は、憲法改正構想というものが出ております。

 参考文献でお示ししましたが、九〇年代にはたくさんの憲法改正案が、しかもそれまでのような言わば改憲おたくというような人たちの憲法改正草案じゃなくて、具体的に政治の中心になっている人たちが憲法の改正というものを打ち出し、特に九条の問題については、自衛力を持てるんだというところじゃなくて、自衛隊を海外に出動できる、この正当化規定をどうやって入れるのかというところに焦点を合わせたのは、大国中心の平和、それからアメリカ中心の平和、武力による平和秩序の維持というものを掲げたからだというふうに思います。

 時間が参りましたので、あと少し、簡単にまとめますが、そういうものに対するもう一つの考え方として九条の考え方があるというふうに思います。私は、後者の考え方、九条による平和の構想というものを支持するものでありますが、時間の関係で、ごく簡単に四つの結論だけを指摘して私の報告を終わりたいと思います。

 一つは、私は、初めに憲法ありきという態度は取りません。憲法がもし本当に平和な世界、平和な国家というものを保障するものとして障害物になって、武力中心の、大国中心の平和構想こそが現実的であるとすれば、変えればいいんです。だから、憲法を神棚へ掲げるというふうなことは私はしたくない。しかし、私の判断では、二十一世紀の平和と世界の平和構想というものの中にこの九条の構想というのはかなり具体的な現実的な武器として活用できる、そういう制度と構想を持っているということを私はまず第一に確認したい。

 第二番目に、これは未完であり、この実現を図っていかなければならないという構想なんですが、私は、今までのいわゆる護憲運動やリベラル派の憲法九条の考え方というものには、様々な憲法政治を作ってきた大きな意義があるけれども、かなり大きな限界があったというふうに思います。

 この点だけは、ちょっと時間の関係で、触れたいと思うんですが、九条というのは、先ほど説明したように、元々アジアの平和構想であり、世界が平和にするために日本が何をなすべきかという構想だったんです。ところが、ずっとその後の憲法九条というものを考えていくときは、一国平和主義的に実現しようとするんですね。ブッシュさんが戦争しているときに日本だけが武力によらない平和なんて言ったってナンセンスですよね。このブッシュさんの戦争をどうやって止めるのか。戦争が具体的に起こっている世界というものの戦争を減らし、軍縮を行い、その中で日本がその一歩先の憲法構想を具体化していくために歩んでいく、こういう考え方。つまり、一国平和主義を打破してこの憲法九条を世界の平和秩序のガイドラインとして訴えていく点で政治のイニシアチブはどうであったかという点を考えると、私たちは非常に不十分な力しか発揮できなかったんじゃないか、ここのところをきちんと考える必要があるというふうに思います。

 三番目に、憲法は、単に九条だけを云々かんぬんするのではなくて、先ほど言ったような平和国家構想と九条以外の憲法の全体の自由主義的な国家構想、福祉国家構想、こういったものをセットとして新しい二十一世紀の国家構想として憲法を実現するための構想というものを私たちは考えていくべきではないかというふうに思います。

 最後に具体的な点についても触れたいと思うんですが、時間が参りましたので、私の話をこの辺で終わりたいと思います。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問かお述べください。また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
 舛添要一君。

○舛添要一君 皆さん、御苦労さまでございました。
 最初に、渡辺参考人にお伺いします。
 今お伺いしていまして、要するに、第二次大戦が終わった後、日本の再軍事大国化を避けるというその起草者の意思についてお述べになりましたけれども、日本国民の意思というものが全然見えてこないんですね、お話をお伺いしていて。だから、ある意味では国際政治の現実の中に翻弄されている感じである。先ほどもおっしゃいましたように、神棚に上げておくもんじゃない、変えるなら変えればいいというようなことをおっしゃったんですけれども、この日本国民の意思がどういう形で見えてきているのかという、その点はどういうふうにお考えでしょうか。

○参考人(渡辺治君) 一言で言いますと、私がなぜ、起草者意思ということを考えたときに、そこの点を省略してGHQといいますか、その問題に焦点を絞ったかというと、残念ながら、舛添さん御存じのように、当時の敗戦の下で日本の国民が急速度に様々な形で運動を再開していますよね。しかし、そういう意味で、戦後世界の中で日本の戦後の平和構想をどうしていくのかというようなことについては、様々な形で確かに自主的な憲法草案がありました。そして、研究の中ではそういう国民の憲法構想みたいな、例えば御存じのように憲法研究会の構想とか、そういうものがGHQの構想に反映したんだよということを言われているんですね。しかし、私は、残念ながら、客観的な当時の状況からいって、圧倒的な日本の戦後国家を作った構想を提示し、それを権力的に実施したのはやはりGHQだったと。これを抜きにしては、戦後、憲法はできなかったと思うんですね。

 ただし、先ほど言った、強調したことは、それが作られたときに、少なくとも一九五二年以降は、私は、日本の国民の自主的な判断によってこの憲法を自分のものにしようが改正しようが自由だった。そういう中で、いろいろ障害物はあるといっても、これは国民の多数を結集すればいいわけですから、そういう点では、国民の意思は、それを言わば再検して承認したというプロセスはありますが、作ったときは占領軍だというのが僕の考えです。

○舛添要一君 次に西参考人にお伺いいたしますけれども、今、渡辺参考人と西参考人の間で芦田修正、ケーディスさんのいろんな言葉ですね、それの解釈が違っております。

 この点、まず、西参考人、どういうふうに解釈なさいますか。つまり、あれは、芦田修正は後で取って付けたものだという意見ですが。

○参考人(西修君) 広い意味と狭い意味あると思いますけれども、今、渡辺参考人は広い意味で日本の非武装化ということはあったということですけれども、現実にそれに対応したのがGHQではやっぱりケーディスなんですね。そうすると、やっぱり全体的な動きより、やっぱりこの現場のケーディスがどう考えたのかといったことは私なりに意味があるということで先ほど申し上げているわけであります。

 それから、芦田修正でありますけれども、私は先ほど、芦田修正そのものの信憑性といいますか、そういったものを私は先ほど強調しませんでした。というのは、むしろ芦田修正の後の極東委員会の動き、これをむしろ強調したわけですけれども、ただ、昭和二十一年の新憲法解釈ですけれども、渡辺参考人は、一言も、芦田氏は自衛のためであれば何か持てるようなことをというのを一言も言っていないかというと、そういうことをにおわしている部分はあるんですよね。だから、そういったことで、それは確かに、昭和三十二年だったですかね、の内閣の憲法調査会で、自分はあのときは自衛のためであれば解釈可能だったというようなことを言ったという。それは後付けということはありますけれども。

 実は、そのときの、佐藤達夫さんですね、佐藤達夫さんは法制局で芦田さんを補佐していたんですけれども、芦田さんがその部分を変えるということを持っていくときに、佐藤達夫さんは、もしこの芦田修正を持っていったら、これは自衛のためであれば戦力は持てるというふうにGHQは解釈しますよというふうなことを佐藤達夫さんは言っているんですよね。それを承知で行っているわけですから。確かに芦田日記とかそんなものの中にははっきり書いてありませんけれども、だから絶対芦田さんは考えていなかったかというと、これはやっぱりちょっといろいろなことを検証する必要があるかなというふうに思います。だから、解釈の違いといいますか見解の相違ということになるかなと思います。

○舛添要一君 是非、この憲法調査会でも、こういうその成立の経緯について皆さん方の御意見もいろいろ拝聴しながら研究を重ねることが非常に重要だと思いますので、その点、まず申し上げておきたいと思います。

 それから、再びちょっと渡辺参考人にお伺いしますけれども、先ほどのお話で非常に印象深く私もお伺いしたのは、要するに、これはまあお三方ともそうなんですけれども、この憲法九条の理想と現実の政治とのギャップというのが余りに大きいと。ある意味で現実の政治に翻弄されてきたということですけれども、実は、私、東大の研究室に残るときの研究論文が吉田茂だったもので、今の芦田、ケーディス、こういうのとの、含めて、GHQと吉田茂とのやり取りというのを私自身も研究していたんですけれども、あれも非常に便宜的でありまして、つまり、とにかくこの憲法九条を盾にして公の経済再建が先であると。とてもじゃないけれども武力なんか持つ余裕もないから、まあ飯が食えるようになったら持ちましょうと、そういう感じであったかのような気がするんですけれども、今、西参考人だけにお伺いしましたので、もう一遍、その今の戦後の過程について、吉田茂首相の考え方も含めて、何か御意見あれば短めにお願いします。

○参考人(渡辺治君) 今の点、非常に大事だと思うんですが、私は、吉田茂については、もう少し大きくなったら憲法改正もあるんだよということを言っていますよというふうに言っていましたが、吉田は明らかに、私の研究でも、明らかに憲法の九条というものを前提にした枠組みの中で、むしろそれを使いながら戦後の経済主義的な国家構想というものを考えていった。

 だから、そういう意味でいうと、決して憲法と現実は、舛添先生言われたような形で単に乖離しているだけじゃなくて、そういう意味でいうと、憲法全部乖離していますよね、十四条にしても二十一条にしても。その緊張関係の中で、やっぱり戦後の保守政治も含めて、その憲法の九条の理想というものを制度化するという方向の政治というものがあったというふうに私は思っています。

○舛添要一君 上田参考人に次にお伺いします。
 憲法の前文と第九条との関係ですけれども、正に理想と現実とのギャップということで、前文の方では、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と。で、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」わけですね。

 そうしますと、そういう国際社会の理想に反対するような専制と隷従をもって自国民を苦しめるとか、それから武力でもって正によその国を侵略すると、こういうことに対して非武装だけで果たして対抗できるのかどうなのか。この点はどういうふうにお考えですか。

○参考人(上田勝美君) 今の御質問に答える場合に、いわゆる各国の信頼に基づいて非武装でいくという決意を示したとしても、いわゆる言葉は悪いですけれども、ならず者国家が出てきて日本を侵略するような場合はどうかという場合がありますよね。その場合は軍備が持てるという解釈を、例えばマッカーサーが、日付はちょっとあれですけれども、修正しましたでしょう。砂川事件の最高裁判決がそうですね。

 私は、平和の問題を考える場合に、ここは国会の場なんだけれども、法律学者というのは実定法の規範的な意味が何かということをまず確定しなきゃいけないというのが一つあると思うんです。そして、そのことが現実社会において有効かどうかというのはもちろん問題になりますし、そこで改正の問題が起こるわけです。

 私はその場合に、やっぱり、どういいますか、あの場合は占領とともに連合国は引き揚げるけれども、真空地帯にならないために日本政府の要請によってアメリカが駐留すると。占領軍が駐留軍になったわけですね。そういう形で処理したわけです。けれども、そういう処理をする必要は全くなかったし、もちろんあのときは、一九四九年にお隣、毛沢東の中国が出てきまして、いわゆる冷戦構造が、もう対抗関係、対立関係にありますからあれですけれども、しかし何の利害もないのに日本を攻めるなんてあり得ません。そんな現代社会じゃないと思います。

 だから、そういう意味で、何か脅威をかき立てていることによって軍事的な安全保障に結び付けるという発想が僕は間違っていると。これが一つですね。

 それからもう一つ、言われましたように、平和主義と国の安全保障という場合ですけれども、何か、乖離現象があるのは私も認めていますけれども、乖離現象がどうして出てきたかということと、もう一つは現実に規範を合わせられるという、それがどこかにあるとすればそれはやっぱり立憲主義の最も大事な部分の侵害ではないかというふうに僕は考えます。
 以上です。

○舛添要一君 第九条の第一項、第二項、これ、それぞれ解釈はあり得ますけれども、私自身は、「国際紛争を解決する手段としては、」というふうに書いてあるわけですし、この成文規定がなくても、基本的にこれ、今質問を上田参考人、引き続きですけれども、基本的に自衛のための権利というのは固有の権利であって自然法として存在すると、こういう解釈を取りたいと思いますが、いかがですか。

○参考人(上田勝美君) 私は、結論として、自然法としてのそれは取り得ないと思うんです。

 それはどういうことかといいますと、軍事的なものは、要するに暴力ですから、だから各国憲法ともにきちっと書いてあるわけですよ。例えば、明治憲法だったら徴兵制もありますし、陸海軍の統帥権はだれにあるかとか、宣戦布告権はだれにあるかということをきちっと書いているわけです。さっきの、どういいますか、国家緊急権の沈黙について話がありましたけれども、こういう軍事力については、暴走する前提があるから必ず国の最高法規で決めておくのが通常だと僕は思います。

 そういう意味では、自然法のように、何か実定法を超える原理、もちろん自然法があるということを私は考えますけれども、この場合、軍事的な問題について自然権があるとは思いません。それが二つ大事なんです。

 それで、日本はそれじゃ自衛権を放棄しているかというと、私は放棄していないと思います。これは、自衛権の上の概念がある。これは主権ですよ、国家主権です。日本の憲法の前文には、自国の主権を維持し、他国と対等の関係で国際関係を切り結ぶというふうに書いていますよね。主権というのは、概念法学的にいえば国家の支配的意思力ですけれども、その発現形態が、軍隊も、戦力もありますし、裁判所もありますし、監獄もあるし、いろいろあるわけですね。ただ、少なくとも日本国憲法に関していえば、主権の発現形態の中で軍事的なものによって安全保障をするという措置を取るということを切って捨てたと、切り落としたと。そういう、だから私は平和主権という言葉を申し上げたわけです。だから、私は何も座して死を待つという論じゃございませんし、ということです。

○舛添要一君 ちょっと今の件、今度渡辺参考人にお伺いしますけれども、私は、基本的に主権国家は、自分の生存を不当な侵略ないし暴力から守る権利を有すると。それは、一人一人の人間が正当防衛、緊急避難の権利があるというのと同じだと思いますけれども、いかがお考えですか。

○参考人(渡辺治君) その点に言いますと、憲法九条一項についての解釈として、日本の国家が自衛権を持っているということは私は当然だと思っています。

○舛添要一君 それから、憲法九条でもう一つ、起草者が想定していなかったことがあると思います。これは、国際社会、例えば国際連合のようなものと協調して平和を守ると。いろんな手段があると思いますけれども、経済制裁から始まって、武力も使う。特に、国際連盟の失敗を反省して、国際連合は武力の行使ができるように安全保障理事会を中心になっているわけでありますけれども、それに関する規定が、私は前文読む限りはそういう意思があると思うんですけれども、九条には、ある意味でない。ところが、過去十年、湾岸戦争以降、憲法違反とは言わないんだけれども、憲法に規定していないことを次から次と現実の政治ではやってきている、PKOを含めて。

 これがある意味で現実との矛盾だというように思いますけれども、これは皆さんにお伺いしたいんですけれども、取りあえず西参考人、こういう状況は非常に私は不健全だと思いますけれども、いかがお考えですか。

○参考人(西修君) PKOのときには、さっきもちょっと批判しましたけれども、社民党の方たちは全部辞表を出されて、それを撤回したわけですけれども、そのあれとしましては、その理由としては、九条に書いていないということかと思うんですけれども。

 私の解釈は、憲法というのはすこぶる英米法的でありまして、禁止していること、これの禁止ということは何か、これははっきりすれば、その後のことはこれは政治判断だと、私はそういう立場なんですね。だから、舛添委員おっしゃったように、国際紛争解決手段としては、戦争とか武力による威嚇、武力の行使を放棄しているわけですよ。それから、そういう、要するに侵略なんてやらないというために陸海軍その他の戦力はこれを保持しないと言っているわけだし、そしてまたそういう一環として国の交戦権は認めないということですから、その範囲の中には、私は、国際貢献というのは特に明示した形の憲法は禁止をしていないというふうに私は解釈しているものですから、ですからどういう、禁止していないというそれ以外のことはどうするかは、これは正に憲法の精神としての国際協調主義といいますか、そういう中でどうするかと。これは私は、政治判断の問題だというふうに言っていいんではないかと私は思いますけれども。

○舛添要一君 次に、再び上田参考人にお伺いいたしますけれども、私は国際政治学者として戦後の国際政治を見ていると、やっぱり米ソ冷戦の終えんまでは核の恐怖の均衡によって平和が保たれていた側面、非常に大きいというふうに思っていますが、これをどういうふうに戦後の国際政治を上田参考人はごらんになっていますか。

○参考人(上田勝美君) 御質問の趣旨がもう一つ理解できませんけれども、確かにケネディのときもありましたけれども、核競争といいますか、第三次世界戦争が起こるんじゃないかという。第三次世界戦争というよりも、やっぱり共産主義圏といいますか、中共ができまして、地球儀で見たら、ソビエトと東欧と含めてできたわけですが、アメリカはもう焦っちゃったというか、これはやっぱり大きく言えば資本主義と社会主義といいますか、その陣営の、東西両陣営の制度的なシステムの原理的な対決だったと思うんです、原爆よりも。それに連動して核開発競争みたいなのが起こっちゃったわけですね。

 けれども、舛添委員に申し上げたいんだけれども、さっき私が冒頭にお話ししましたように、核は、これほど大量殺りく兵器はないですよ、現実的に考えれば。今から五十七年前に何十万という死傷者を出したわけですよ。それで、私は自然科学者じゃないから分かりませんけれども、もし核が、核保有国が持っている核を全部使えばどれほどの惨害が発生するかということを見たことがありますけれども、地球上の人口の三分の一はなくなるか分かりません。しかし、想像を絶する大被害になる。だから、これを手にするようじゃもう人類駄目ですよ。というふうに僕は人間を信頼しております、そういうことで。

 それと、もう一つちょっと。
 国際協調主義だと思うんですけれども、九条はないからどう思うかということをおっしゃったけれども、憲法の前文と本文の関係は、前文というのは憲法の制定の趣旨とか目的とか原則というものを書いておるわけで、何も九条にないから全部それで損をしているとか、そういうことは考えないです。

 それからもう一つ。やっぱり日本は日本としての平和外交をやるべきなんで、湾岸戦争のときに百三十億ドル出して評価できなかったから、はい、それでと。またこの間のアフガンのときにペンタゴンが評価しなかった、日本の外務大臣抗議してきましたよ。だから政府は、百三十億ドル出すというのは、国民の血税ですから、大変な国際貢献ですよ。それは恥ずかしいことでも何でもない。金も出す、人も出さなきゃ恥ずかしいなんて、そんなことを思う必要、これこそやっぱり主権国家として対等な、対等というか独立した平和外交でやるべきと僕は思いますよ。

○舛添要一君 時間が来ましたので、最後の質問を渡辺参考人にお話しします。

 この日本国憲法は基本的に主権国家の間の関係を律する、特に憲法九条、前文もそうです、前文も。しかし、現実に今行われているのは主権国家を超えるテロリズム、これとの戦いということになって新しい事態がある意味で生じてきている。国境を越えてテロリストが入ってくる、こういうことに対して憲法は想定していないと思いますけれども、この点はどういうふうにお考えですか。

○参考人(渡辺治君) 今の御認識については、確かに新しい戦争といいますか、新しい事態が起こっているというのは私もそのとおりだと思いますが、テロそのものが私は新しいとも全く思っておりませんで、むしろグローバリゼーションの中でそういうものに対する反抗の一つの形態で、むしろ新しい戦争という点で言えばアメリカの戦争ですよね。あれはとても今までではできなかったような自衛権の行使だとか、ああいう粗暴なアメリカ帝国の戦争というものこそがむしろ新しい事態であって、じゃこれに九条は有効かというと、私は先ほどお示ししましたように二つの点で非常に有効だと。

 一つは、アメリカの考え方というのは非常にはっきりと、冷戦後、武力による平和、大国による平和ということですよね。これのやっぱり対抗軸となるのは私は憲法九条で、武力によらない平和、大国を規制する平和構想というものがあるので、おっしゃるような意味で、新しい事態というものは、むしろ憲法九条の有効性というものを検討する状況になってきたと私は思っています。

○会長(野沢太三君) ちょっと時間が来ていますので。

○舛添要一君 はい、これで終わりたいと思います。
 どうも皆さん、ありがとうございました。

○会長(野沢太三君) 江田五月君。

○江田五月君 民主党・新緑風会の江田五月と申します。

 参考人の先生方、今日は貴重な御意見を本当にありがとうございます。

 それぞれにお話を伺いまして、大変刺激を受けました。特に、渡辺参考人のお話は大変率直で刺激を受けて、かつ非常にインストラクティブだったと思うんですが、そこで、渡辺参考人にまず一、二伺っておきたいんですが、戦後この日本国憲法ができた経過を考えれば、確かにおっしゃるように、アジアにおける紛争のもとであった大国日本、これを何とか封じ込めようと、そのことによってアジアに平和を作っていこうという、そういうある種の流れであったことはそうだろうと思いますね。

 しかし、それをそれだけで見るんではなくて、やっぱり第一次大戦、国際連盟の経験、第二次大戦、その間に大量破壊兵器は出てくる、核兵器も登場する、戦争が世界じゅうを覆う、そんな事態を乗り越える。そこで世界じゅうが言わば一つの人類普遍の原理にたどり着いて、それを日本国憲法に表現をしたり、国際連合憲章に表現をしたり、そういうある種の世界の、世界史の流れの中で日本国憲法を見なきゃいけないんじゃないかという感じもする。

 先ほどの舛添さんは日本国民の意思はどうであったかということを議論されましたが、それも一つ確かにあるけれども、同時に世界の大きな流れというものがあって、そうすると、私は、やっぱりこの日本国憲法というのは、そういう平和主義、国際協調主義、あるいは後に国連、そういう点で、人類普遍の原理を示している前文と九条と併せて、そこの文言の一つ一つは別として、そこにある基本的な精神としてはそういうものがあるんだと思っているんですけれども、この点いかがでしょうか。

○参考人(渡辺治君) おっしゃるとおり、どちらかというと私は、現実的な構想、つまり、なぜ私が先ほど言ったようなお話を強調したかといいますと、憲法学の中でも、御存じのように、憲法と現実が非常に乖離していく中で、九条の下でいろんな九条に違反するような事態が起こっていく中で、憲法というのはマニフェストなんだと、理想を表明したものなんだと。

 これはそういうもので、政治的プログラムだとかいろんな意見がありまして、だから、そういうものとして棚に上げておけばいいじゃないかと。だから、だれも九条一項については非難しないわけですね。ちょっと九条二項をいじろうよというのが改憲派の意見なんでね。そうではなかったはずだと、憲法九条の規範の発想というのは非常に現実的な制度を目指しているし、そういう現実的な力を、平和保障の力を作るものとして構想されたんだということを強調したために、今、江田委員のおっしゃったように、世界史的な流れということについては、あるいは思想的な問題については触れておりませんでしたが、私はそれはそのとおりだと思います。

 ただし、私が強調したいのは、その世界史の流れの中で、先ほどもちょっと言いましたが、日本国憲法が非常に大きい役割を果たしたのは、余り言われてないんですけれども、国連憲章と非常に違う考え方があると。先ほど言ったように、第一次世界大戦後の失敗を受けて、国連というのは大国中心の平和構想なんですね。ところが、日本の日本国憲法は、先ほど言ったように、大国の力を規制することによって平和を実現しようという考え方があるんですね。これは世界が、いまだにそうですけれども、様々な大国と小国との差別的な世界の中で現実に平和を構想していくときにどちらの道を取るのかということで、私は日本国憲法という考え方は、フラットな、みんな平和になろうよという考え方じゃなくて、大国の力を規制して平和を実現していこうという考え方を持っていた、それから侵略者を規制するという考え方を持っていたという点で、私は世界史的な意義があるというふうに思っています。

○江田五月君 ありがとうございます。

 さらに、渡辺参考人に伺いたいんですが、私は、今この二〇〇三年というのは非常に国際政治においても大きな曲がり角にいるんではないかと。先ほどもおっしゃいましたですよね、大国による、武力による世界の平和という方向へ行ってしまうのか、それともそうではなくて、やはり国際協調、それぞれ国際社会の中に法というものがあるんですよと、みんなが守らなきゃならぬ、単に力が強い者だけが勝っていくんじゃないというところを堅持して、これからその方向を更に深めていくのかという、そういう岐路に立っているような気がして、恐らく最後の方、おっしゃりたかったのはそういうことであったんだろうと思うんですが、私は、その岐路に立っていて今回のイラクのこの戦争というものが実は起きたと。

 今、もう現に日本の中でも、あるいは世界でもそうかもしれませんが、国連なんて言うけれども、現実にはやっぱり武力による、大国による世界の平和しかないじゃないかと。だから、国連と、それを前提にした日本のいろんな、安保条約を含めですが、安全保障体制というものはもう根本から見直してしまった方がいいんだ、国連なんというのは相手にできないんだというような風潮がもう平然と出てくるような事態ですけれども、しかし、やはり国連も日本国憲法もここはやっぱり踏ん張りどころだというので、私は、国連憲章は日本国憲法と考えが違うというよりも、むしろ国連憲章を作るときにはまだそこまで行っていなかった部分がちょっと残っちゃったからそういう部分もあるけれども、やはり国連憲章、国連というのが世界を法によってまとめていこうと。各国がそれぞれ軍事力で世界を制覇する、競争する、そんな世界じゃ駄目なんだと。特に、侵略が起きた場合にはそれを国際的な対処で封じ込めていこうという、そういう発想だと思うし、それをこれからも大切にしなきゃならぬ、それが日本国憲法の言わばエッセンスだと思いますが、いかがでしょう。

○参考人(渡辺治君) おっしゃるとおりだと思います。

 私は、国連憲章と日本国憲法の違いをあえて強調したのは、国連憲章を一歩前進したものとして日本国憲法をとらえたいと。やはり武力というものについて国連は、国連憲章はやはりある前提がありますね、戦争の違法化ということありますけれども、それから今言ったように、大国中心で世界を運営していくことが最も現実的だと。

 私は、江田委員がおっしゃった、現在岐路に立っている世界の二つの構想があると、力によるブッシュ的な道か、もう一つのオルタナティブな、まだはっきりと政治勢力として見えていないんですけれども、こうした憲法九条を実現するような道かという、その対抗関係が正におっしゃるとおり今現れていると思うんですが、その際、国連というのがなぜこのように無力であるのかという問題は、やはり私は国連安保理の大国中心の制度構想というものが大きなネックになっていると思うんですね。

 ですから、例えば京都議定書とか、CTBTとか、それから地雷禁止条約とか、すべて大国の意思をどうやって縛るのかというところで非常に苦労しているわけで、そういう意味でいえば、私は、憲法九条の実現というものを目指す方向としては、そういう国連改革をも含めた制度改革構想というものを、憲法九条は予定しているし、そういう方向に進んでいくことが必要なんじゃないかというふうに思っています。

○江田五月君 先ほど、これも渡辺参考人、ごめんなさい、どうも一人に集中して、最後に何かおっしゃりたくて時間がなくなったところがあったような気がするんですが、そこのところ、若干時間をおかししますので簡単に触れてください。

○参考人(渡辺治君) ありがとうございます。

 最後に言いたかったことは、憲法九条を具体的に実現するためのオルタナティブな構想の柱といいますか、その点をお話ししたかったんですが、一つは、今、江田委員の御質問に答えて言ったことは私は三つあると思います。

 一つは、国連の大国中心の構想というものを変えて本格的に国連改革のイニシアチブを日本が取っていくと。その場合には、日本は、四十年の政治の実績の中で、武器輸出の規制とか、非核三原則とか、それから様々な言わば遺産を持っているわけですね。こういう国は私は日本しかないと。大国中心の国連を変えていくのに大国を使わなければ現実にはできないんですね。その中で使える唯一の大国は私は日本だと思います。それは、経済大国でありながら非軍事的な大国であるこの日本が、そういう国連改革の、平和保障の機構としての国連を再建するためのイニシアチブを取っていく、これが第一。

 二番目は、やはりアジアの地域的な安全保障構想というものを憲法九条の理念に沿った形で私たちは具体的に構想していく必要があるということですね。これは、日本だけで一気に国連を変えていくということだけではなくて、アジア地域における平和保障の構想というものを具体化することによって、それを世界レベルのスタンダードにしていく。

 その意味では、アジアが今、世界の中で北朝鮮を中心にして最も危険なある意味では地域になっているわけですね。ここの安全保障構想を私たちが実現することができるかどうかというものに憲法九条の実現の可能性が懸かっている。そういう意味では、アジアの世界的な、地域的な平和安全保障構想、私はこれは非核地帯構想であり安全保障構想だと思いますが、こういうものが一つ。

 三番目は、平和秩序の維持を平和の問題だけで限定して考えることはできない。今のグローバリゼーションの中のアメリカの経済的な横暴に対する様々な形が、ふんまんがテロとかナショナリズムという形で出ていますが、こういうものをそのままにして、世界の経済的格差をそのままにして九条を実現しようといったって無理だと思うんですね。

 そういう意味では、グローバリズムに反対する経済発展と、それから、僕はこれは東アジアの地域的な経済圏というものを考えていく必要があると思うんですが、そういうものとタイアップした平和構想というものを考えていく必要があるんじゃないか。この三つの点を強調したかった。

○江田五月君 大変有益な発言、ありがとうございます。全く同感なんですが、最後の点は、あるいはもう少し最近使われている言葉では人間の安全保障というような言い方でもいいのかなという感じはしました。

 それで、さはさりながら、やはり文章というのは、どうしてもその文章が書かれたときの歴史的な背景というのに制約をされますよね。あるいは、いろんな構想にしても、やはりその構想が練られたときの歴史的な背景に制約をされるので、例えば、国連が大国によって例えば安保理も作られていると、それはそうなんで、あの戦争が終わった後で、戦争に言わば責任、戦争に勝って戦後の世界に責任を負った国が中心になって国際秩序を作るというのは、ある意味でそれはそれで仕方がない。しかし、以来五十何年たって、今、日本は大国、軍事力を持たない、しかもいろんな非核三原則その他の、戦後のこの、これはこの場合は負じゃありませんよね、正の遺産を持った大国としてこれからの世界の役割を果たす国だという趣旨のことをおっしゃったわけですが、国連もそうでしょう。あるいは日本国憲法も、やはりあの時代に世界の歴史の流れの中で到達した言ってみれば人類普遍の原理を表現しようと思うと、日本としてはああいう表現の仕方しかなかった、しかし、今の時代になったらそれはまた別の表現の仕方があるかもしれないというようなことがあるんではないか。

 というので、上田参考人にお伺いをしますが、上田参考人はお話の中で、お話じゃありません、書かれた、お出しいただいた参考資料の中で、日本国憲法前文全体の基本原則として恒久平和主義、基本的人権尊重主義、国民主権主義及び国際協調主義があると。特に国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義、これは人類普遍の原理だとして、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除すると前文に明記されているので、もちろん日本国憲法が採用している諸原則やそれらを含む法令を歴史の発展に即して改正する方向での手続を進めることは一向に差し支えないと、それは、憲法というのは歴史の発展を許容しこそすれこれをストップするものではないからだと、こういうことをお書きなんですが。

 私は、その今お書きのところを、私の先ほど申し上げたような理解、つまり、憲法にしてもやっぱり五十何年前の文章だから、それはやっぱりその時代の制約がある、それを、そのときに到達していた普遍的な原理を更に発展させる形で議論を深めて、そして日本国憲法にしてもあるいは国連憲章にしてもこれから書き換えるという、そういう議論は、むしろ上田参考人のこの文章は慫慂しこそすれ止めるものではないんじゃないかと理解をするんですが、いかがですか。

○参考人(上田勝美君) まず、憲法改正についての僕の考え方を申し上げておきます。

 私の立場は、改正無限界論なんですね。学説的には改正無限界論と改正限界論があります。限界論は、御存じのように、憲法の基本原理その他を、憲法制定権者が選定した政治的意思決定ですから、基本原理まで変えるということは憲法の同質性、継続性がなくなる、それは限界だと、そういうことだと思います。私の場合は、その無原則な無限界と言っているんじゃなくて、歴史の発展という法則を前提にした判断ということを言うわけです。

 例えば、今、さっきから言っておりますように、国民主権の原理を人類普遍の原理と憲法前文で書いておるわけですけれども、これを君主主権の憲法に変えるとすることは、形式的に数の上でできても、それは絶対に改悪だと僕は思うんですね。だから、歴史の発展に即して人権の幅を、どういいますか、拡張していったり、そういうことは、それが民主主義の要素をより強固なものにする制度改革というのは無限界だという立場ですね。

 だから、そういう点では、今問題になっている新しい人権と言われるもの、知る権利とかいろんな環境権とかいうものは、行く行くはそれは人権のメニューに入れるという意味での改正というのは必要になると。あるいは、死刑制度を、現在憲法は死刑を認めていると僕、思うんです、憲法三十一条等から。だから、死刑は僕は廃止すべきと思うんです。そういう意味でも、それはやっぱり改正する。

 けれども、今問題になっているのは、今日の主題であります安全保障という問題ですよね。だから、どういいますか、国家像で示しましたように、平和主権憲法というものはやっぱり困るという人もおるようでして、だから普通の国家として変えないけないという、そういうのはあるんですけれども、それは僕は憲法改正無限界論に立っても認められない。なぜかといえば、それは逆行だという立場です。

 それからもう一つ、江田委員は、日本の憲法はもう五十年もたったというふうに言われたんですけれども、五十年って短いですよ。アメリカの成文憲法は世界一古いですけれども、一七七六年七月四日に独立して、一七八八年にできて……

○江田五月君 済みません、短くお話を。

○参考人(上田勝美君) それで、その人権のない規定が七か条でしたから、すぐにビル・オブ・ライツと言われる修正憲法で十か条入れたんですよ、御存じのようにね。何年たっていますか、わずか五十年です。

 それで、問題は長いか短いじゃなくて、その最高法規としての憲法原理とかそういうものが歴史の発展に耐え得るかどうかということで決めるべきなんです。そういうことでございます。

○江田五月君 分かりました。

 五十年もというのは、長い短いはいろいろありますが、五十年前の世界や日本の状況と今の世界や日本の状況は大きく変わっているということは言えるんじゃないかという趣旨で申し上げていたんですが。

 なお、私は憲法論議というのは、人類史あるいは世界史、そういう視点が不可欠で、今この時代に、あるいはこれから先二十一世紀の時代に、この地球という掛け替えのない惑星に一緒にみんな住んでいると、その地球市民がこの同時代という時代に一緒に住んでいる中で普遍的に保障されるいろんな原則があるだろうと。それを全体として考えながら地球憲法を考えて、それと整合性のある日本の憲法はどんなものかというようなそんな議論をすれば、憲法の議論というのはもっと意味のある議論になるんではないかというようなことを考えておりますが、これは私の考えで、あともうほとんど時間ありませんが、日本国憲法がこの人類普遍、あるいは日本国憲法が基本的な精神として立脚しているものが国際協調主義、平和主義、これは国連中心主義ということもやはりあると思うんですが、国連中心主義と国際協調主義と、これは同じものか、あるいは違うとお考えになりますか。

 時間がほとんどないので、上田参考人と渡辺参考人に簡単に伺います。西参考人、ごめんなさい。

○会長(野沢太三君) じゃ、簡潔にお答えください。

○参考人(上田勝美君) 国際協調主義が広い概念だと思います。

○参考人(渡辺治君) 国際協調主義というものは、国連改革を含めた、国連を世界平和秩序の重要な機構とするような意味を含めた意味での国連中心主義ということであればかぶってくると思いますが、やはり上田参考人と同じように、国際協調主義はより大きな平和主義とリンクする概念だと私は思っております。

○会長(野沢太三君) 時間が来ています。

○江田五月君 簡単に。

 なぜ聞いたかというと、今回のイラクの戦争で国連を言わば無視した形でアメリカの戦争というのは起こしており、これを日本の政府がすぐにもろ手を挙げて支持するというようなことは、ちょっと日本の憲法や国際社会の今の歴史的な大きな流れと逆行していく、さっきの話で言えば、大国や武力による平和の方向に一歩進むような道ではないのかということを言いたかっただけで、これはお答え要りません。
 終わります。

○会長(野沢太三君) 山口那津男君。

○山口那津男君 公明党の山口那津男です。
 お三方には大変示唆に富む御意見をいただきまして、ありがとうございました。
 まず初めに、西参考人にお伺いいたします。

 西先生は国際平和維持活動への参加について触れられていらっしゃいますが、戦後のこの国際平和維持活動は実際には現実に即してかなり幅のある活動をやってきたと思います。結果として、それが成功したもの、あるいは失敗したもの、それぞれの評価もあるのも現実であります。これに対して日本が参加をしていくに当たって何らかの限界があるのかどうか、それについての参加の在り方について御意見を伺いたいと思います。

○参考人(西修君) まず、憲法からいうと、国際紛争解決手段として武力を行使したり、武力により威嚇したり、戦争に訴えちゃならぬと、こういう非常に大きな原則があると思います。そういう意味において、今のPKO五原則ですよね、これは今の憲法には全く触れないというふうに思います。

 ただ、一番最後の武器使用ですよね。このようなところは少し改正になりましたけれども、やっぱり国際社会の中で国際貢献をやっていくということであれば、相手に脅威を与えない、それからむやみに武力を行使しない、こういういろんな原則の中で国際協力をきちんと人的な形でやっていけるような、そういう体制を整えていくということがあるべき国際貢献じゃないかなというふうに私は思います。

 だから、憲法上は、国際紛争解決手段としての武力による威嚇又は武力の行使、戦争をしちゃいかぬ、こういう原則、制約はあると、こういうことであります。

○山口那津男君 次に、上田参考人に伺います。
 先生の御主張の中であるべき安全保障方式を挙げていらっしゃいますが、これを実現するために、現状で日米安保体制あるいは朝鮮半島の現状、あるいは中国の劇的な変化、こういう世界の現実を前にして、これに到達するにはどのようにしていったらいいかということについてお考えをお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(上田勝美君) 確かに重い問題ですけれども、あるべきという前に、日本国憲法を前提としたあるべきというふうに使いたいと思います。そうでなければ、国の根本法を全然外してはいろんなことがありますから。

 そうしますと、やっぱり日本国憲法を前提としては、私がさっき言いましたように永世中立主義以外にないというふうに思いますね。ただ、そこへ至る道程にとっては、先ほどもありましたけれども、アジアの非核地帯の構成とか不可侵条約の構成とか、あるいは友好条約でも何でもいいですけれどもいろんな形、国内では非核三原則というのはありますけれども、すっぽ抜けているように私は思いますので、法制化もする必要があると思うんですね。

 そういう意味で一挙にそこへ行けないことは重々知りながら、しかし、方向といいますか、理論上の問題としてはそうだというふうに申し上げたわけであります。

○山口那津男君 次に、渡辺参考人にお伺いいたします。
 起草者の意思、これはなかんずく占領軍の意思であったという御主張でありました。今、占領軍は言わば五つの主要な国があって、それが国際連合という組織を戦後作ってきたという経過があったと思います。英語で表記しますと、当時の連合国もまた国際連合もユナイテッドネーションズと表記されるわけです。中国では、今でもユナイテッドネーションズは国際連合とは書きませんで、連合国と、こう書いてあるわけですね。

 現在、安保理の常任理事国は拒否権を持ちながら、そしていずれも核保有国であると。こういう状況に照らしまして、占領軍、なかんずく起草者の意思というものが現在、冷戦期を経て、その後の経過を経て、現在でも本質的には変わっていないと見るべきなのか、それともこういう部分、ああいう部分で変わってきていると、こう見るべきなのか、その辺について現状をどう分析されるか、お考えをお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(渡辺治君) 起草者の意思という点でいえば変わりましたね。非常に大きく変わったと思います。日本国憲法が制定された直後から既に冷戦が始まりましたので、アジアの平和、世界の平和というのは、日本の軍事大国化を抑えることによって世界の平和を維持することができるという考え方は急速度に変わっていきましたね。

 ですから、日本国憲法の先ほど言った大国によらない平和、武力によらない平和というものを実際に日本国憲法の中で実現していくことによって世界の平和を維持していこうという考え方はかなり早くに捨てられてしまったと思いますね、占領軍によって。ですから、本来であれば日本の保守政権も自衛のための軍備というのは持ちたい、そして日米同盟でやっていきたいというふうに考えていたわけですから、この人たちによっても憲法の構想は捨てられたと思いますね。

 ですから、本来でいえば日本国憲法がこんなに長生きするはずはないんですね。恐らく、その長生きした原因というのは、占領軍も変えたいと思っていた、アメリカも変えたいと思った。こんなものは駄目だと、冷戦の中でむしろ日本をもっと積極的に活用したいというふうに考えたわけですから、非常に大きな障害物になる。それから、保守政権の方もできることなら変えたいと思っていた。それを変えることができなかった力というのは、私は国民の力だと思いますね。

 これは、国民が当初からアジアとか世界の平和構想ということで憲法九条を支持したとは私は思っていません。しかし、あんなにこの間まで戦争をしていた日本が再びまた軍事大国になるということは、アジアの諸国民に対する責任ということがどれほど五〇年代にあったかはともかくとして、日本の国民としては憲法九条というものを我が物とするという、そういう解釈の時代というものがあったと思うんですね。

 ですから、おっしゃる起草者の意思は変わったかという点でいえば、私は非常に大きく変わったし、今のアメリカということを考えてみると、当時のアメリカが日本を抑える、それから武力によらない平和というものを実現するということは、非常にアメリカとしては現実的、具体的な構想であっただけに、例えば今のイラクに対して行うようなものですよね。イラクの周りの国々を集団的に規制してイラクの軍備を抑えると、こういうような考え方で出てきたんですけれども、ですから、そういうものの考え方をもう少し普遍的なものにしていって、それを制度化していったのは、私は日本国民の力だったと思います。

 ですから、そういう意味でいえば、連合国の意思というものは、今はほぼ違った方向にあるというふうに思っています。

○山口那津男君 今のお考えだとしますと、私、なぜこれを伺ったかといいますと、十年ちょっと前に在日米軍の首脳が、在日米軍の役割というのは日本の軍事大国化を止める瓶のふただと、そういう発言をしたこともある。時折その種の考え方が顔を出すこともいまだにアメリカにはあるわけです。

 また、起草者の意思が変わったとおっしゃいましたけれども、じゃ、現在の中国やロシアも本当にアメリカと同様に変わってきているのかどうか。そして、変わったことを前提としますと、国連における日本の役割というものもこれから変わる可能性はある、世界がそれを許容するということになるのかどうか、この点についてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(渡辺治君) おっしゃるとおり、軍事大国化というものをさせないことによって世界の平和を守ろうというのは、私、先ほど強調しましたように、私は変わったというふうに思っています。

 ただし、現在、世界の大国の中で日本というものがどのような役割を期待され、あるいは思われているかということですね。私は、やはり五十年近くあった日本の戦後政治、憲法九条を様々な形で具体化した日本の国家制度というものは、大国も含めた世界の国々の中でかなり現実的なものとして承認されていると思っているんですね。

 例えば核を持たないということが、今のこれからの国連の中での核問題というものを考えていくときに、これは非常に重要な一つの経験を持っているわけですね。ですから、単に日本、中国とかロシアとかアメリカ、アメリカは、ともかく余りそういう核を持たないというようなことについてはアメリカは別の国家的な利害に基づいて思っていると思いますけれどもね。

 しかし、日本のやはりそういう意味での戦後五十年の憲法九条を様々な攻防の中で、保守と革新の攻防の中で作り上げてきた様々な制度というものは、私は、これからの大国も含めた国際的な安全保障というのを考えていくときには、かなり日本という国を評価する上での基準になっていると。それについては、例えばアメリカはそういう障害物を取ってほしいとかいろいろありますけれども、基本的に日本というのはそういう国なんだという承認が、特に国連加盟の、安保理の五大国だけじゃなくて、多くの国々の中での日本に対する評価、例えば東南アジアとかそれからアラブ諸国とか、そういう中での日本に対する評価というものをやっぱり作ってきていると思うんですね。

 そういう点では、そういう、単に大国として復活をするような日本ではなくて、これだけの経済大国でありながら軍事大国にならない日本に対するある種の評価というのは私は芽生えていると思います。

○山口那津男君 渡辺参考人に続いて伺います。
 それでは、一方で、アジアにおいて、東アジアあるいは東南アジアの国々が、当初、占領軍の言わば起草者意思とそう大差ない認識だったとは思うんです。しかしまた、現在、地域的な安全保障の仕組みを作るべきだというお考えも示されたと思いますけれども、じゃ、現在、この日本が戦後作り上げてきた様々なルールといいますか政策、これをそのまま適用した上でこの地域的な安全保障の仕組みというものができるのかどうか、あるいは何かどこかを変えながらやっていくべきなのかどうか、そういうあるべき地域的な安全保障の仕組みの具体策についてお考えをお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(渡辺治君) 今の問題は非常に大事な問題だと思うんですけれども、やはり一つは、アジアという問題を考えたときに、先ほどは多くの世界の国々は日本の非軍事大国としての実績というものを評価してきたというふうに言いましたが、事アジアに関して言いますと、特に九〇年代以降の日本のこうした動き、これを例えば中国は軍事大国化というようなことで呼んでいますが、そういうふうに呼べるかどうかはともかくとして、国連のPKOとか、それから最近でいえばテロ対策特措法とかの自衛隊の派遣とか、それからやはりつくる会の教科書問題とか従軍慰安婦についての様々な意見とか、そういうものを踏まえて、アジアの諸国民は明らかに日本に対するアンビバレントな評価を持っていると思いますね。

 一方では、明らかに、五十年近くの間、日本がこれだけの経済大国になりながら軍事大国としてのプレゼンスをしなかったという意味での一定の評価と、それからもう一つは、にもかかわらず日本はもしかしたら戻るかもしれないと。アジアの地域的安全保障と言うけれども、中国に代わって、あるいは中国と覇を競って日本が再び軍事大国としてアジアの市場秩序の中である種の役割を、非常に殴る側としての役割を果たすんじゃないかという、そういう認識というのは持っていると思いますね。

 それは、私は、必ずしも杞憂ではなくて、現に日本の中で二つの考え方が、二つの安全保障構想というのがやっぱり対立しているわけですから、そういう意味でいえば、中国が考えているような、あるいはアジア諸国が考えているような戦前のような軍国主義が再び日本に出てくるなんということは、日本の国民も考えていないし、私たちも考えていないんですけれども、新しい形で、アメリカに追随した形でのグローバル秩序の大国として日本がアジアに進出する、そういう危機意識というのを、やはり危機感というのを持っていると思うんですね。

 私は、そういうことを前提にして、既に日本は、そういう意味で、アジアの諸国民に、諸国家にとってアンビバレントな気持ちを持たれているということを前提にして考えなきゃいけない。

 それは、どうしてそういう気持ちを持ったのかというと、様々な問題があって、日本がきちんと反省をしていないとかいろいろありますが、私は一番大きいのは日本の経済的なグローバリゼーションの脅威だと思いますね。

 これがアジアの地域経済を壊したりなんかするということの中でやはり日本というものに対する非常に脅威感というものがあるので、アジアの地域的な安全保障構想というものを考えていった場合には、まず日本がそういう意味で経済的に殴る側の立場に立たないような様々なガイドラインを作るということは非常に大事だと思いますね。例えば、日本のそういう進出をしてくるような、賃金とか様々な経済活動についての規制というものは日本の政府がやっぱり行っていく、それから援助については基本的に平和主義的なガイドラインを作る、それから地域経済の、日本の資本が出ていくための社会資本投下ではなくて、その地域経済のグローバリズムからの再建というようなものをやっていくような経済援助についてのガイドラインを作る。

 そういうような日本が中心となった東アジアの、アメリカがどんどんどんどん入ってくる、日本がどんどんどんどん入っていって、企業で様々な活動をするということじゃなくて、アジアの共存する経済構想というものを持った上での地域的な安全保障だということは非常に大事だと思います。

 それからもう一つだけ強調したいのは、やはりそういう場合に様々な工夫をしていかなければいけませんけれども、一つは、やはり核の問題と通常兵器の移転問題についての日本の経験というものをこの地域的な安全保障構想の中でどれだけ具体化できるか。それはやはり差し当たりは朝鮮半島の非核化だと思いますけれども、こういうものも、北朝鮮の方は御存じのようにああいうふうに主張していて、おれたちがなくなったらアメリカにやられるということですから、朝鮮半島の非核化構想を作るときには、そのアジアの諸国民がアメリカに対する規制というものを含めた上で作らないとこれできないんですね。

 そういうような点を九条を具体化する形で、政策的に煮詰めていくということが必要なんじゃないかと思っています。

○山口那津男君 時間が参りましたので、終わります。

○会長(野沢太三君) 宮本岳志君。

○宮本岳志君 日本共産党の宮本岳志です。
 三人の参考人の先生方、大変御苦労さまでございます。
 まず、上田先生、渡辺先生にお伺いをいたします。

 上田参考人も、第一次世界大戦後の国際連盟規約、一九二八年の不戦条約、四五年の国連憲章等々を挙げられて戦争の違法化への努力が世界の流れであると、こういうふうに指摘をされました。日本国憲法は一層それを進めたものだというふうにも述べておられます。

 また、渡辺先生は先ほど、二十一世紀に正に武力による平和か武力によらない平和かということがいよいよ問われるということもおっしゃいました。

 私どもも、第一次世界大戦までは侵略戦争が天下御免の時代だったと、しかし、二つの世界大戦を経て武力行使の禁止、紛争の平和的解決というのが国際的なルールとなるところまで人類史が発展してきたというふうに認識をいたしております。そして、憲法、日本国憲法九条こそその戦争の違法化の最も先駆的な到達点として世界に誇るべきものだと、こういうふうに考えておりますけれども、この点について、上田参考人、渡辺参考人のお考えをお聞かせいただきたいと思います。

○参考人(上田勝美君) おっしゃるとおりですね。日本、さっき言いましたように、人類の歴史は闘争の歴史で、戦争の歴史であったけれども、同時に、戦争否定の歴史を刻んできたということを言いました。各国の憲法、あるいは不戦条約、国連憲章、そのとおりですけれども。

 二十一世紀をどうするかという問題を考える場合に、しょっぱなから戦争になっちゃったわけですね。先ほど私は冒頭に、国連憲章の前文が今世紀に二度まで悲惨な世界的規模の戦争をと、これは二十世紀の反省として国連憲章ができたんです。だのにということですけれども、やはりそういう意味では、一国平和主義じゃなくて万国の戦争放棄の憲章作りに積極的な働き掛けをすべきであろうと思います。もちろん、二つ目には、国連憲章を大国中心の枠組みを変更していく必要があるというふうに思いますけれども。

 ただ、ここで申し上げたいのは、二十一世紀の世界的な課題とは何ぞやというふうに思いますと、もちろん領土を拡張したり資源を獲得する、軍事力でする時代じゃないことは皆知っているんですけれども、やっぱり環境保全ですね、世界の環境保全。

 だから、京都、私は京都だけれども、京都議定書というようなものはクリントンのとき認めておって、ブッシュになったらぱっと消え、捨ててしまうとかね、あれじゃまずい。やっぱり日本が非常に先進的な役目を果たすことができます。

 それから、南北問題について、これはやっぱり日本が平和主義の憲法を押し立てて相当な国際貢献ができるという問題があると思います。

 それからもう一つは、やっぱり人口問題というものが、今六十二、三億かと思いますけれども、二〇五〇年には九十三億人になると言われておるわけですね。日本の人口、総人口は減りますけれども、中国の十二億を飛び越しましてインドが十五億になるという人口統計がありますけれども、この六十二、三億が九十三、九十億を超えるというのは物すごい問題を惹起してくると思うんです、いろんな問題で。これはやっぱり平和的に、各国が正にこれこそ国際協調で解決すべき問題だと思いますね。

 それと、やっぱり核は、核軍縮じゃなく核廃絶に向けて、これ、とことん日本が先頭を切ってやるべきだと。

 そういう意味で、やるべき課題、政治課題が一杯あるわけですよ。だから、有事立法なんか作っている時代じゃないんですということがまず言いたいんです。

○参考人(渡辺治君) 基本的に宮本委員のおっしゃることは私も同感ですが、二つだけ補足しておきたいのは、一つは、確かに戦争違法化から世界平和へ向けての大きな歴史的な流れはある、それは私もそう思っています。しかし、現実に二十一世紀の、今、上田参考人も言われましたが、現実に二十一世紀のこの十年ということを考えますと、明らかにそうした方向とは違った流れがあるんですね。

 冷戦終えん後のやはりこの十年を考えてみると、アメリカの帝国化といいますか、それの下での力によるグローバル秩序の維持のための相次ぐ戦争、こういう問題がやっぱりありまして、そうそう歴史というのはたんたんとただ世界の平和に向かっていくということではなくて、これをどうやって阻止するものかと。イラクの戦争をどうやって、もうやられてしまいましたけれども、これを実際に国連中心の形でイラクの復興とか再建というものをどういうふうに考えていくのか。

 それから、北朝鮮の問題についても、ブッシュの戦争をアジアで起こさせない、それじゃ北朝鮮を含めたアジアの平和を実際に具体的にどう作っていくのか。そういう中で九条を使わないと、ただ歴史の方向だというだけでは私は非常に不十分だというのが一つですね。ですから、今の逆流をどうやってもう一回逆転させるのかということについての平和構想というものが必要なんじゃないか。

 それから二番目に、確かにおっしゃるとおり、日本国憲法というものが持っている理念的な役割というのは非常にあると思うんですが、私が今日是非とも強調したいのは、日本国憲法というものがあっただけではそんなに大きなガイドラインとはならなかったと思うんですね。それをやはり、日本の保守政権と、それから社会党とか、今でいう社民党とか共産党とか労働組合がそういう憲法の改正に対して反対する、安保条約の改定に対して反対する、それからベトナム戦争に反対する、そういう闘いの中で憲法九条の具体的な制度化というのを、もしかしたら保守政党は嫌々なんだけれども強制されて作ってきたわけですよね。それが私は世界の平和にとって大きな一歩を作っていると。単に紙っぺらだけだったらそれが大きなインパクトになるかといったら、私はそうじゃないと思うんですね。やっぱりそれに基づいて作られた様々な、非核の原則とか海外派兵をしない原則とか防衛力についてのかなり重大な限界とか、そういうものを含めた上で私は、日本国憲法の国民的な実践が世界の平和の問題について果たした役割を、率直にそれを評価して、それをどうやって前進させるかということを考えるべきだと思っています。

○宮本岳志君 西先生、今日は憲法調査会として初めて平和主義と安全保障についての調査に入ったわけです。今日は是非重厚な憲法論をと思っておりましたけれども、先生の方から質問がございましたもので、この場は参考人が委員に対して質問する場ではないんですけれども、あえて言わせていただきたいと思うんです。

 我が党の人民共和国憲法草案というものは、これはあくまで歴史的な文書なんですね。それで、戦後、日本で新しい憲法制定が問題になったときにいろんな党派がその案を出した。その中で我が党の、当時の党としてこの草案を提案をいたしました。現在や今後の我が党の行動をこれを基準に図るものではないということも繰り返し明らかにしてきたことなんですね。

 御指摘のこの本ですね、論評と資料としているように、資料として光を当てたものなんですね。現在も我が党がこれを改正案として掲げているというのは、これ全く事実に反するということは申し上げておきたいと思います。

 そこで、私の方から先生にお伺いしたい。

 西参考人も著者の一人となっている「新しい日本の憲法像」という本がございます。この本ですね。この本の中では、例えば百三十六ページに、国際政治の専門家で、今後国連軍が結成され、国連が集団安全保障機能を発揮するようになるとの見方をしている者は皆無だと、こう述べて、この中に出てくるんですよ。つまり、国連は無力だということをここでお書きになっているわけですね。

 しかし、私はここに九一年七月にあったロンドン・サミットの政治宣言というのをお持ちしたんですが、この九一年のロンドン・サミットでは、我々は、今や国際連合にとって、その創立者の公約と理想を完全に実現するための条件が整っているものと信じると、こう述べて、我々は人権を擁護し、すべての者にとっての平和と安全を維持し、及び侵略を抑止するために国際連合を一層強力、効率的かつ実効的なものにすることを誓約すると、サミットはそう宣言したわけですね。

 国連、無力だと、そんなことを考えている者は一人もいないということに照らせば、このロンドン・サミットの宣言も極めて世界の流れに反するという主張になろうかと思いますけれども、その辺り、西参考人はどのようにお考えになっておられますか。

○参考人(西修君) いや、私、済みません、私の、もう一度ちょっと文章をあるいは読んでいただいたり見せていただければ、ちょっともう少しはっきりできるかと思いますけれども、どんなことを私、言っているでしょうか。

○宮本岳志君 この本の中で……

○参考人(西修君) 私の部分ですね。私が書いている部分ですね。

○宮本岳志君 はい、そうです。
 いや、先生も共著ですが、別の方のお書きになった部分かも分かりません。この中に。

○参考人(西修君) そうですか。

○宮本岳志君 この考えに、じゃ先生はこの立場、違いますか。

○参考人(西修君) そういうことですか。何か、私が書いた部分じゃないわけですね。

○会長(野沢太三君) 宮本君、ちょっと指定どおりやってください。

○宮本岳志君 百三十六ページです。

○参考人(西修君) 百三十六ページ、私が書いたかどうかちょっとよく記憶がないんですけれども。

 要するに、そういった私、記憶がないものですから、書いたということであれば私、責任持ちますけれども、定か、記憶、今の御質問は、国連の役割をどう考えるかというふうに短絡して考えてよろしいわけですか。そういうことですか。はい、分かりました。

○会長(野沢太三君) 宮本君、よろしいですね。

○宮本岳志君 はい。

○参考人(西修君) まず最初にお礼を申し上げなきゃいけないんですけれども、私の本当、素朴な疑問に対してお答えいただけたことを大変感謝いたしております。

 ただ、ここに光を当てるとかと書いてあるものですから、今なぜ光を当てないのかということで申し上げたわけで。

 それから、もう一つちょっと申し上げると、先ほど一番最初に述べられた、国連、国際連盟、不戦条約、それから国際連合憲章というものを踏まえて、何か国際平和の中で自衛的なものも駄目だというようなことは、今先ほどおっしゃったことはむしろ吉田首相が言っているわけで、むしろ、そのときの議事録を見れば、共産党を代表した野坂参三先生は、むしろ、自衛、我々は、過去になって、戦争にも侵略的なものもあれば自衛もあるんだと、自衛戦争は認められるんだと、はっきり昭和二十一年六月二十六日号だったと思いますけれども、そこではっきり言っているわけです。それに対するその吉田首相の答えが、一番最初おっしゃったような、いや、国権の発動たる、要するに自衛のために国権の発動としてやってきたのが駄目なんだということで、むしろおっしゃっているのは吉田首相のに近いんじゃないかなというふうに思いますので、ちょっと申し上げておきたいと思います。

 それから、国連について一言申し上げます。
 今のイラク紛争にしましても、イラク戦争にしても、やっぱりこれは国連の限界というものがかなり出てきているんじゃないかと思います。ですから、今後、国連をどうするかということですよね。要するに安保の常任理事国の中ではっきりしないと、こういう中で一体、国連の在り方というものが正に問われているというように思うんです。

 やっぱり今は、私はアメリカのイラク戦争というものを一〇〇%は支持しませんけれども、しかし、九・一一テロ以降、いわゆるブッシュが言ったように、新しい皮袋の下における国際衝突といいますか、こういうものになってきたんじゃないかと。だから、あれを新しい戦争と言ったわけですけれども。そういう中で国連がどうやっていくかということで、私は今回、国連の限界が見えたと思うので、正に国連改革というものをどうするかということを突き付けられているというように理解しておりますけれども。

○宮本岳志君 時間が参りましたので、一言だけ付け加えますけれども、我が党が現憲法に反対したのは、憲法九条の下で日本に自衛権がないという吉田首相の立場、これに対して我が党は、九条によっても我が国の自衛権は放棄されないという立場からこれに反対をしたということですので、その点をはっきりさせておきたいと思います。
 以上です。

○会長(野沢太三君) 平野貞夫君。

○平野貞夫君 私は、国会改革連絡会という会派が参議院にありまして、通称国連といいますが、自由党と無所属の会という会派で構成しております。私はその自由党の所属でございますので、ちょっと最初お断りしておきます。

 最初、渡辺参考人にお尋ねしますが、九条の起草者の基本構想という話は大変興味深く、基本的な流れはそのとおりだったと思いますが、その流れに抵抗する、それではいけないんだ、困るんだ、普通の国家の原理をやっぱり入れたいという動きも国内であって憲法審議のときにいろんな議論が出されておるようですが、九条二項の芦田修正については先ほどお聞きしましたのでもうこれ以上触れませんが、九条の出だしでございますね。衆議院で修正されました「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」と、ここの部分について、ここの意味について、当時、単なる戦争放棄だけでなく、また平和の現状をただ継続、維持するだけではなくて、国際正義に基づいた平和を積極的に築くんだと、こういう意味に解釈すべきだという議論がこの貴族院であったんですが、その意見に対してどのような御意見でございましょうか、渡辺参考人。

○参考人(渡辺治君) 今御指摘の点は非常に重要な修正の箇所で、「前項の目的を達するため、」と両方入ったわけですね。

 この「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」ということは、何といいますか、そういう修正を主張した人々の考え方というのは、明らかに当時の考え方の中では、日本の、何といいますか、最初の九条の原案というのは非常にぼおんと出したみたいな話で、自衛権、戦争放棄する、それから戦力は持たないと、もう非常にはっきり明快ではあるけれども、思想的な背景といいますかね、そういうものがないということで、例えば先ほど議論になった芦田さんはこの二つの修正というものを、元々、「前項の目的を達するため、」と「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」というのも入れようという考え方の中で芦田さんが非常に強調されていることは、今言ったように、戦力不保持とか戦争放棄というものの目的をはっきりするんだと、目的をはっきりして正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求して、そのために戦力を放棄し、戦争を放棄するんだと、そういう関係を、論理的な関係、目的と手段との関係を明確にするんだということを彼は述べておりまして、私、先ほどの点で、芦田はその「前項の目的を達するため、」というのは決して自衛のための軍隊を持ちたいんだよということで彼は主張していないというふうに言ったのは、実は、「前項の目的を達するため、」というのは、芦田解釈によると、この正義と秩序を基調とする国際平和の秩序を維持するために戦力を放棄すると、正義と秩序を基調とする国際平和を実現するために戦争を放棄すると、こういう関係にあるんですというふうに彼は述べているんですね。

 御存じだと思いますが、非常に面白いのは、芦田さんは最初、逆に修正をしているわけですね、西参考人の論文にも書いてありますが。芦田さんは、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求して戦力を放棄すると、前項の目的を達するために戦争を放棄する、これが芦田案だったんですね。それはおかしいじゃないかということでひっくり返ったわけで、それで「前項の目的を達するため、」も「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という文章も残っているんですね。

 ということは、前項の目的というのは、芦田さんは当初何を考えていたかというと、正義と秩序を基調とする国際平和を作るために戦力を放棄し、日本は戦争を放棄するんだと、こういうことだったというふうに私は理解しておりまして、おっしゃるような考え方で言うと、むしろこの修正というのは日本国憲法九条というものの目的を一層明確にするという形であったんじゃないかと解されます。

○平野貞夫君 この議論を主に主張されたのは、御承知のように南原東大総長なんですよね。そして、貴族院の本会議や委員会で南原総長は、国連憲章は自衛権をも承認していると。そして、日本は国連加盟することになるだろうと。そのときに、各国が状況によってはその自衛権を国連のために提供する義務を持っていると。いわゆる国連憲章に基づく自衛権の権利と、それから国連のために提供する義務を持っていると。この権利と義務をもこの九条は放棄するのかということを南原さんは吉田さんに聞いていますね。そして、講和条約が締結されて国連に入れば、むしろ日本は過去の第二次世界大戦の世界に迷惑を掛けたことを反省して、日本は、日本の責務は、進んで人類の自由と正義を守るため、互いに血と汗の犠牲を払う、日本人がですよ、払って、恒久平和を確立すべきだと、こういう議論をされておりますね、南原総長は。

 これについて、お三人の参考人にお考えを簡単にお聞きしたいんですが。

○会長(野沢太三君) どなたに。

○平野貞夫君 西参考人に。

○会長(野沢太三君) 西参考人。

○参考人(西修君) 南原総長の意見ですか、それとも、芦田修正の方はもういいわけですね。

○平野貞夫君 南原総長の意見だけです。

○参考人(西修君) ああそうですか、はい。
 これはやっぱり崇高な理想に向かっていくということ、これはそのとおりだと思うんです。

 ただ、問題は、その崇高な理想というものに向かっていくこと、私も、だから、私はむやみに九条によって自衛隊とかそういったものを増強しろということは決してありません。先ほど私の九条の在り方で申し上げましたやっぱり平和というものの大切さ、平和をやっていくんだと。しかし、万が一、平和が侵されている場合どうするかと、こういうところの議論が必要だということを言ったわけで、南原総長の崇高な平和的な理念といいますか、これはもう反対するつもりは全くありませんし、そのとおりだというふうに思います。

○参考人(上田勝美君) 今の西参考人と私もその点は一緒です、南原さんが言ったのは。南原学長ですね、総長じゃなくて。

 ただ、そこで問題は、国連に将来入った場合に、加盟国の義務としてです、という問題があったんですね。

 私がここに持っていますのは、昭和二十一年九月十三日、貴族院の帝国憲法改正特別委、幣原喜重郎が書いているんですけれども、ちょっと関係がありますから読みますけれども、将来ですね、日本が国際連合に加入するという問題が起こってきた場合に、協力、どういう協力があるかということですけれども、我々は協力をする、我々というのは、日本は協力するけれども、しかし、我々の憲法の第九条がある以上は、この適用については我々は留保しなければならない、すなわち、我々の中立を破って、そうしてどこかの国に制裁を加えるというのに協力をしなければならぬというような命令というかそういう注文を日本にしてくる場合がありますれば、それは到底できぬ、断ると書いているんですけれども、国連憲章読めば分かりますけれども、何も国連に入れば軍事的に協力しなきゃという、日本の憲法によって手続に従ってやればいいんですけれども、少なくとも平和を希求するという点では同じであっても、万が一、侵害された場合にどう対処するかによって違ったんですけれども、少なくとも当時の憲法制定権者たちは、少なくとも、私、吉田茂氏のさっきは読みましたけれども、いわゆる無防備でいくんだという、それが答弁になったと思いますね。だから、一緒です。

 それと、もう一つ、これ余計なことですけれども、渡辺さんと違うんですけれども、憲法九条の起草者は、私は幣原喜重郎説を取っているんです。学会では、北大の深瀬忠一教授を始めとして相当な支持者があるんです。これは、ここで今議論する必要はないんですけれども。

○参考人(渡辺治君) 私は、当時のやっぱり日本国憲法の制定の帝国議会の中での議論の中で、非常に今から考えると、先ほど西参考人が言われたように、一見すると逆転したような感じになっておるわけですよね。南原さんの場合には、やっぱり非常にナショナリスチックな民族主義者として、日本をどうやって再建するのかということについての非常に強い意思というのがあったと思いますね。美濃部さんも同じで、こんなことで戦争放棄して、戦力を持たないというようなことで本当に日本民族の自衛というのができるのかということを非常に強く憂慮していましたよね。

 ですから、当時の帝国議会のかなりの知識人の中では、こんな九条なんということで本当に日本民族の将来できるのかという考え方が相当強くて、私は南原さんの中にもそういう問題意識というのが非常に強くあったと思いますね。

 それと、それに対極する考え方があったのがやっぱり吉田茂さんだと思うんですね。吉田茂さんは、日本民族の将来という問題で、自衛、自衛権というのをどういうふうに考えていくのかというときに、吉田さんが言った発言というのは、結局、先ほど私が説明したように、日本というものが国際的にどう見られているのか、何をやってきたのかと。日本は大量の人々を殺し、侵略戦争をし、その日本が戦争に負けて新しい憲法を作るというときに、自衛のための戦争なんということを本当に言う、国連に協力すると。一番国連に協力しなきゃいけないのは、正に日本が、戦争を放棄して戦力を持たないで、そういう侵略してきた大国にならないという姿勢を示すことが一番重要なんで、自衛のための戦争という言葉で過去の戦争を行ってきましたというのは、正しく日本の歴史なわけですよね。

 ですから、その点では、憲法というものに求めるやっぱりその南原さんの考え方も僕は間違いではないと思うけれども、やっぱり当時の歴史的な状況の中で、より日本の大国としての地位というものを評価したのは、私は吉田さんだと思いますね。

○平野貞夫君 時間がありませんから私の意見だけ申し上げて終わりたいと思いますが、自由党は、実は南原理論を現在の状況の中で活用したいという考えに立っております。

 それから渡辺先生のお話なんですが、実はこのときに南原さんは、そのときに九条を改正するかしないかということを迫っていますですね。で、吉田さんは答弁できませんですね。そして、とにかく国家の体制を整えることがもう極力、一番大事なんだということで逃げているわけですが、しかしその後、吉田さんは、単独講和で中国との問題がそのままになったことと、もちろん九条の精神は生かそうという強い意思は吉田さんあったと思います。あったと思いますが、これは私たちも九条の精神は生かして発展させないかぬという理論なんですが、吉田さんは九条のこのままの規定ではやはり自分が悔い残しているということを言っておるんですよ。

 その点はちょっともう、私、直接聞いているんですよ。私、高知県の出身で、若いころ、学生運動をやっていたころ吉田さんに相当説教された経験が、ことがありまして、そのときに中国とお付き合いの問題と憲法九条については、精神はいいけれども、このままの規定では日本は困るという話を直接聞いていますので、もうちょっと御研究をしていただいて、吉田さん褒めていただいたことは大変有り難いんですが、これからの一つの課題にしていただきたいと思います。
 終わります。

○会長(野沢太三君) 大脇雅子君。

○大脇雅子君 三人の参考人の方々には、貴重な御意見をありがとうございました。

 まず、渡辺参考人にお尋ねをしたいのですが、憲法九条が現在なお非常に新しい意味での政治的な意義を持ち始めているという御見解に共鳴するものであります。

 その中で先生は、九条を政策的に詰めていく必要があるんだという現実的な対応を求められました。その中で二つ新しい視点が出たと思います。国連改革にイニシアチブを持てということと、もう一つは、経済的な安定のために軍事的なプレゼンスを求めていこうとしている、言わば経済的な、国際的な経済力を持とうとする日本の動きに対して、グローバルな、経済的殴る側に立たないガイドラインをというふうにおっしゃいました。

 この二つの点について、もう少し具体的に御説明いただけるでしょうか。

○参考人(渡辺治君) まず第一番目の点ですが、私は、九条の規範的な拘束力は依然として私はあるというふうに思っているんですが、将来の安全保障構想の中でどういうふうにその九条を一層強力な制度として日本の中にいくのか、それとも九条を廃棄して大国中心の軍事ブロックの中で日本がそれ相応の役割を果たしていくのかと、こういう岐路にあると思うんですが、その場合に、国連改革というものの中心は、国連というものが今世界の中でいろんな形で、今度のイラク戦争でも無力性を発揮した、無力感があったというふうに言われていますが、これは右からも左からも言われているわけですね。アメリカなんかもう、もう国連なんかやめちまって、この指止まれで、大国で強いところだけが集まればいいんだという、こういうある種の国連改革ですよね。

 それに対して、国連が今まで大きな権威を持ってきたのはどこかというと、安保理というのはほとんど役に立ってこなかったわけですよね。そのために、その一つはPKOと、それからもう一つは、経済社会理事会とか様々な形での国連の活動というものが世界の平和とか格差というものを是正するために非常に大きな役割を果たした。私は、そこには国連に二つの魂があって、そういう大国中心の平和という構想と同時に、世界のそういう多くの、百数十か国の国々を中心とした世界平和というものを考えていく、あるいは世界の経済的な格差の是正というものを考えていくような活動というものがあって、国連改革という場合、どちらを中心に考えるのか。

 私は、今の国連の無力性というのは、大国中心主義的な制度というものの限界というものが出てきている。そうすると、国連改革の一番中心は、その総会と、それから経済社会理事会全体の、そういうような国連の力、その百数十か国の力をどうやって言わば国連に反映させていくのか、こういうシステムが必要だと思うんですね。

 その中で具体的に言いますと、一つは核の問題、核の使用禁止、その完全禁止はもちろんなんですが、差し当たり使用禁止の協定というものをやっぱり結んでいかなきゃいけないんですが、実はこれについては、私は、技術的には非常に可能だ。問題なのは、政治的に非常に難しいんですね。というのは、国連の安保理の常任理事国五大国の、特にアメリカの力というものを規制しなきゃいけない。

 これは、この政治的な力を今のあの強大なアメリカに対してどうやって持つかといえば、日本がイニシアチブを取って百数十か国の、特に今回のイラク戦争については反対をした非同盟諸国なんかのリーダーシップを取れるかどうか。そういうものを取ることによって、例えば京都議定書と同じような形でアメリカがそれを脱退しても、あるいは地雷禁止条約と同じようにアメリカがそれに抵抗しても、国連の包囲の力でそれを実施していくと。そういうような力をやっぱり作っていく、制度的にもそういうものを実行させていくということが必要だと思いますね。

 それから、何といっても核問題だけでなくて、現在の世界の紛争というものをなくしていくためには、小さくしていくためには、通常軍備の制限、それから武器輸出入の、移転、この問題については国連はかなり活動をやっていますけれども、御存じのように。こういう問題について明確な日本のイニシアチブを取るということが必要だと思います。

 例えば、国連に対する国際的な貢献といえば、核問題や通常兵器の査察問題について、日本は強大な査察団を作ればいいんですよね。アメリカを含めた査察というものを体制を作っていく、こういうようなことが必要だし、そういう意味での、九条を具体化する、九条を具体化することが前提となるような国際秩序作りというものが九条を実行するためには是非とも必要だ、これが第一です。

 二番目に、経済的な問題については、私はこれを抜きにして世界の平和保障というのは成り立たないと思うんですね。経済的な格差というものが絶えず起こってくる中で、それが拡大していく中で、力によって抑えようとしたら、僕はアメリカのやり方以外には現実的なやり方ないと思うんですね。アメリカのやり方を批判するんであれば、そういう経済的な格差、それからグローバリゼーションの横暴な展開というものを規制して、それをどうやって地域的な経済として再建するかということだと思います。

 今、世界の中で比較的にそういう意味で一番安定しているのはEUだと思うんですね。何でEUで、例えばスウェーデンなんかが生きていられるのかというと、やっぱりEUの壁というものがあって、それが独自の平和保障構想みたいなものを持ちながらいろいろ苦闘している。そうでないアジアとか何かの場合にはアメリカが直接入ってくる、これは。日本の企業も直接入ってくる。こういう形では、やっぱりグローバル秩序を維持していくためにはアメリカの力による以外にはないということになってしまいますので、私は、世界の二十一世紀の平和という問題を考えていくときには、横暴な、野方図な大企業の規制というものを実際に並行して行っていく、そういう経済構想というものはどうしても必要だし、それから、そういう経済構想でいえば、やっぱり私たちが目に見える範囲の地域的な経済圏というものを作っていくことが必要だと思うんですね。

 そういうものを抜きにして平和平和と言っているだけではやっぱり駄目なんで、そういう意味での経済的な共同圏というようなものをどうやって作っていくのかという政策的なイニシアチブを発揮する必要があるし、それは、大企業の規制は自国でできるんですね。日本の企業の規制は日本でできるわけで、そのスタンダードをやっぱり作っていくということが必要だと思います。

○大脇雅子君 西先生にお尋ねをいたしますが、最初に、社民党の村山政権における自衛隊の合憲論の経過について一分ほどで話をしてみたいと思います。

 自社さ政権を取ったときに、我々としては、自衛隊の合憲論とともに、現実的な対応として軍縮のプロセスを実現しようといたしました。九条は専守防衛で、現実の自衛隊というのは現在の憲法九条に照らし合わせたときに限りなく違憲状態に近いということで、軍縮と核の廃絶に向けてのプロセスを主張してまいりましたが、これが一番難しく、実現をしなかったところでございます。

 現在それは、私どもの見解といたしましては、軍縮のプロセスを、破壊的かつ射程距離のない、そうしたプロセスを防衛的防衛ということで呼び込みながら相手の戦力体系を平和的な軍縮の契機を与えるものにしていく、これはドイツ等の社民党が取っているトランスアーマメントという言葉でもございますが、こうした形で、相手方が平和政策を導き出すための軍縮と核の廃絶、そして非核構想地帯と多国間における安全保障条約、そしてその基底にある平和的生存権と人間の安全保障ということを考えております。それで、非武装中立論というのは、これは国連全体が法治のシステムが完遂したときに実現することであろうというふうに思っております。

 西先生は、防衛に関しまして専守防衛ということに徹しておられるのか、あるいは国際協調主義と憲法九条についてどのようにお考えでしょうか。

○参考人(西修君) 私の質問に対して一応丁寧、丁寧というか、ちょっとよく分からない部分ありますけれども、一応お答えいただいたことに対して敬意を表しますけれども、ただ、何かやっぱり、政権を取れば合憲論になって、また離れれば違憲論という、要するに憲法九条というのはそんなものなのかなということの、憲法九条論といいますか、存在理由、存在意味というものが非常に希薄になっているような感じしまして、そこでそれを申し上げたわけで、今のちょっと解釈、必ずしも私は理解できない部分ありますけれども、別にですね、それから今お答えいたします。

 専守防衛と国際貢献が矛盾しているのか、私は決して矛盾しているようには思えません。国際貢献といっても、別に武力によって解決するとか、こういうことになればこれはもう防衛力を超えるわけですし、ですから、私は今のPKO方式で自衛隊を出して国際貢献、人為的な意味の国際貢献、これは私は専守防衛と両立するものだと。

 我が国の防衛につきましては、もしどこかから攻めてこられた場合はきちっとその侵略を排除する、それだけのやっぱり防衛組織が必要であります。その防衛組織、やっぱり国際貢献の場合はどうしても自己完結が必要なんですね。どこかへ行って足手まといになったりあるいはどこかの援助を仰ぐと、こういうことでは駄目であります。そこで、やっぱり外国へ行ってきちっと何らかの形で国際貢献をするということになれば、自己完結型の防衛組織というものが必要であります。

 ですから、私は専守防衛と国際貢献というものは決して矛盾するものではない、こういうふうに考えます。

○大脇雅子君 上田先生にお尋ねいたします。
 戦後五十六年、憲法学の一つの大きな成果といいますのは、二十一世紀の人権とも言える恐怖と欠乏から免れる平和的生存権というものが紡ぎ出されたことではないかと私は考えておりまして、これは世界全員に、世界の人々すべてに普遍すべきものだと思いますが、この平和的生存権の政治的な意味についてお尋ねをいたします。

○参考人(上田勝美君) 戦後の憲法学界、憲法学の成果かどうか知りませんが、少なくとも九条と自衛隊をめぐる裁判において、それまでそうは評価されなかった、憲法前文にありますところの平和のうちに生きる権利というものが日本の進路についてどういう意味を持つかということが再評価されて、それからそれは、私がさっき言いましたように、単に日本また日本人が平和に生きたいと、平和のうちに生命を全うしたいということだけじゃなくて、世界の国民ですから、人類的視点に立って、さっき地球的規模という、地球的視点というのが言葉がありましたけれども、憲法前文で書いておりまして、これは大変な人権の再発見にも当たると思います。

 実は、新しい人権というのは、普通、プライバシーの権利とか環境権とか知る権利とか言われますけれども、平和に生きる権利も新しい人権に数える方もおるんですけれども、新しい人権というのは、現実定法にない、しかし必要であるという場合に考えられるので、憲法前文、それは、やっぱり国際社会、既に日本国憲法を制定したときにあった文言ですから、それの前向きの正当な解釈、そしてそれが規範性を持ったものとして解釈がより一層必要になるであろうと、そう思っております。

○会長(野沢太三君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、一言申し上げます。
 参考人の方々には大変貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○会長(野沢太三君) それでは、速記を起こしてください。
 ただいまの参考人質疑を踏まえて、一時間程度、委員相互間の意見交換を行いたいと存じます。
 委員の一回の発言は五分以内でお願いをいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 発言の順序につきましては、委員長の判断で指名させていただきますが、差し当たり、冒頭、各会派一巡まではそれぞれ順番を尊重したいと思っておりますが、後ほどはもう自由でございます。
 それでは、御意見のある方は挙手をお願いいたします。それでは、椎名一保君。

○椎名一保君 自由民主党の椎名一保でございます。
 この調査会に参加をさせていただきまして、大変感謝をさせていただいております。

 二〇〇〇年の一月から衆参両院に憲法調査会が設置されて以来、私も調査会に、地方議会におりましたけれども、常に注目してまいりました。国会に憲法を専門に論議する機関ができて、このようにすべての政党が同じテーブルに着いて自由な論議を行っていることは、大変すばらしいことだと考えております。私は、唯一、憲法改正の発議権を持つ国会が憲法を念頭に置いて日常的に国の在り方、社会の在り方を論じ合うことは当たり前のことで、むしろ国会が果たすべき義務であるととらえています。

 私は、今の憲法を根本から否定して全面的に直すべきだとは考えておりません。ただし、将来を見据えた議論を十二分に重ねた結果、今の憲法に時代への適合性が低くて使い勝手が良くない、あるいは不都合が生じるような箇所が出ているのであれば、やはり一つ一つ直すべきではないかと考えております。特に、本日の調査会のテーマでもあります第九条に関しましては、大いに議論すべき点だととらえております。

 憲法は、平時はもちろんですが、有事においてもその真価が発揮されるべきではないでしょうか。ですが、今の憲法には、有事に国家の主権と領土を確保して、何より大切な国民の権利や自由を守るために国家として取るべき基本事項に関する明確な条規がありません。また現在、政府は、自衛は主権国家に認められた当然の権利であり、自衛のための防衛力の保持は憲法九条の戦力の保持とは別のものという政府解釈と、自衛のための実力行使は交戦権とは別のものという政府解釈で自衛隊の存在を認めておりますが、国民の一般通念で憲法九条をそのまま解釈すれば、政府解釈は非常に難解な解釈と言わざるを得ません。

 私自身は、主権国家として自衛のための戦力を持つことは当然の権利だと考えます。しかし、それは政府解釈という特質的な解釈に基づいたものではなく、憲法九条を改正して、正式に憲法に基づいた上でなければおかしいのではないでしょうか。

 先日、イラク戦争は戦闘終結が宣言されたものの、昨年九月に日本人拉致を認めた北朝鮮は先月、核保有発言をしております。世界情勢が激しく変化する中、国民の意識も確実に変わりつつあります。やはり、自衛権と自衛力の保持に関して、そして緊急時における国家の権限、国民の権利と義務の在り方に関しても憲法に規定しておく必要があるのではないかと考えます。こうしたほかにも、国際協調という観点からも第九条の改正の必要性を感じます。

 ここで、私の考えを明確にさせていただきますが、私は第九条の改正が第九条の廃止だとは思いません。日本の現在の軍事力を認め、PKOへの完全なる参加を認めると同時に、平和外交に努めることを再確認して、軍事力の拡大に新たな制限を定めるという新しい第九条も可能ではないのかと考えております。

 そして、第九条と併せて議論の必要性を感じているのが前文です。
 今の憲法が施行された一九四七年と比較すると、経済的な発展に合わせて日本の国際社会における役割も、そして国際社会に対する責任も非常に大きくなっていることは周知の事実です。そのような情勢の中で、日本が国際社会における平和の維持と回復について無関心でいてよいというのは許されるべきではありません。現行憲法が制定された当時、日本は連合国の占領管理下にありました。国際社会から完全に仲間外れの状態に置かれていました。そのような状況下で、日本国民の念願する恒久の平和を実現するためには、自らが率先して戦争を放棄して、主権の維持に必要不可欠なものはともかくとして、戦力を保持しないことにするほかに道がなかったというのは明らかです。

 しかし、それから半世紀以上の歳月を経て、日本はとうの昔に国際社会の仲間入りをし、国連の安保理事会の常任理事国に押されかねないメンバーに数えられるようになっております。こうした状況下で我が国が恒久の平和の実現に、言い換えれば戦争の廃絶に、自国だけでできることをするだけで、国際秩序の構築を目的とする国際社会の努力に一切手をかすことをしないというのでは、その社会の批判の的となることを覚悟しなければなりません。

 このような点からも、前文に関する積極的な議論がなされるべきだと考えます。もちろん、前文や第九条のほかにも、地方自治、地方分権、また知る権利や情報公開、そして環境権など、国民からも非常に注目されている様々なテーマに関しても深く議論することが不可欠だと考えます。

 この調査会を一つの起点として、国民の憲法論議に関する関心を多角的に一層高めることができればと考えております。よろしくお願いいたします。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 先ほど挙手のありました方から先にやらしていただきますが、二番目に宮本岳志君、お願いします。

○宮本岳志君 先ほど参考人からも、我が党が憲法制定時に取った態度にも触れたお話がございました。この際、我が党の基本的立場を申し上げたいと思います。

 まず、我が党の憲法草案については、先ほども述べましたように、戦争が終わった翌年、日本で新しい憲法を作ろうというときに、各党も憲法草案を出す中で当時の党が提案したものでございまして、歴史的な文章であり、現在の我が党の行動の基準となるものではありません。

 では、我々は九〇年代になぜこの草案に光を当てたのか。それは正に日本国憲法をめぐる政治状況が九〇年代になって様変わりして、憲法見直し、改憲論が次々と登場し、憲法の原点と政党の基本的立場が厳しく問われる情勢となってきたからであります。

 憲法の原点を確認するためには、憲法制定当時に各党派がどのような憲法像を提起してきたのかを改めて明らかにしなければなりません。

 我が党の草案は、第二条で、主権は人民にあると明記し、当時の政党にあってはただ一つ、徹底した国民主権の立場を表明しました。なお、ここで言う人民という用語は、明治憲法の臣民という言葉に対し、民主主義の時代を迎えた国民を示す言葉として今日の国民と同義であります。

 明治憲法の若干の手直しにすぎなかった政府の松本委員会案、天皇主権の進歩党案や自由党案、そして社会党案でさえ天皇に統治権の一部を与えるというものであったとき、我が党が明確に国民主権を主張した歴史的意義は明瞭だと考えます。

 我が党は、この草案に基づいて、一九四六年六月、憲法改正案委員小委員会に憲法修正案を提出しました。その内容は、主権在民の原則の明記や天皇条項の削除とともに、戦争放棄条項に他国征服戦争に反対する、他国間の戦争に絶対参加しない旨を明記し、侵略戦争の放棄と中立政策の明記を求めるものでありました。

 まず、主権在民の明記については、議会内外で憲法制定をめぐる最大の争点となり、国民の強い要求の前に、主権在民の保障を求める極東委員会の意向やGHQの政府への働き掛けも受けて、八月、衆議院の修正で憲法の前文と一条に「主権が国民に存することを宣言し、」など、主権在民の原則が追加して書き込まれることになったのです。

 しかし、我が党は、憲法草案の採択に当たり反対の態度を取りました。その理由は大きく言って次の二つです。一つは、天皇条項が主権在民の原則と民主主義の徹底という見地から見ればやはり不十分なものであると考えられたこと、二つには、我が党は憲法九条の下でも急迫不正の侵害から国を守る権利を持つことを明確にするように提起してきましたが、当時の吉田首相の答弁は九条の下で自衛権はないとの立場であり、我が党はこれを日本の主権と独立を危うくするものだと批判して反対の立場を取りました。

 その後、戦力の不保持を定めた憲法九条の下でも我が国が自衛権を持っていることは広く認められるようになりました。我が国に自衛権があるということは我が党の一貫した見地ですが、そのことと自衛のための戦力の保持が認められるということとは、もちろん全く別の問題です。

 先ほど上田参考人も強調したように、日本国憲法は、九条一項で侵略、制裁、自衛の一切の戦争を放棄するとともに、二項では一切の戦力の不保持、交戦権の否認を規定しています。

 したがって、国民の合意の下に憲法九条に違反する自衛隊を解消して、あくまでも憲法九条の完全実施を目指すというのが我が党の一貫した立場です。我が党は、この半世紀、現憲法の平和的、民主的条項を擁護し、九条改悪による軍国主義復活に一貫して反対を貫いてきました。同時に、国際社会の現実の変化に対応して、憲法九条に対する認識も深め、発展させてきました。

 今日、我が党は、第一次世界大戦までは侵略が天下御免の時代だったが、二つの世界大戦を経て、武力行使の禁止、紛争の平和解決が国際的ルールとなるところにまで人類史が発展しているとの認識に立ち、今や我が国が恒常的戦力によらないで安全保障を図ることが可能な時代が到来しつつあるとの立場を表明しています。これは、正に憲法九条の完全実施という我が党の一貫した方針の前進であり、発展であるということを申し上げて、私の意見陳述を終わります。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 それでは、続いて愛知治郎君、次にツルネンマルテイ君、お願いします。それで、その次に近藤君、お願いしますね。大脇先生、分かりました。

○愛知治郎君 自由民主党の愛知治郎です。
 私自身、この年もありますけれども、今までの戦争前後、ずっと経緯を振り返って今勉強して、まだ勉強不足ということはあるんですが、どんなに見てもやはりどんどん分からなくなってくる。やればやるほど、勉強すればするほど分からなくなってくる部分がありますので、今日は率直に現実的な問題、私の問題意識をお話しさせていただきたいと思います。

 私、二十一世紀初の国政選挙ということで、その選挙に通ってこの国会議員になった一人であります。そして、二十世紀から二十一世紀に移るときに、時代の変化ということが皆さん多くの話題を独占していたということはありまして、また、その前の年には千年紀という話もありまして、ミレニアムという話になったんですが、その中で面白い議論があったのを覚えております。

 というのは、その千年紀の中で、人類が発明したもの、何が最も偉大であろうかという議論がありました。その中で私は胸を張って、憲法であるというふうにいまだに思っております。そして、その憲法の歴史、理念というのはしっかりと守っていかなくちゃいけない、これはこの先もずっと守っていかなくちゃいけないというふうな考えはあります。

 また、九十七条で、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果だと、人権規定に関してなんですが、こういうこともうたわれておりまして、全く同感であります。そして、その人権思想や自由の基礎法としての性質、また歴史的な経緯からする制限規範としての性質や主権在民ということもありますし、それを担保する民主主義や前提となる平和主義、これらの基本的な原則というのはやはりしっかりと守っていかなくちゃいけない、これは我々の責務であるというふうに考えます。しかしながら、その理念を踏まえた上で、今現実的な対応が求められているのも事実であります。

 小泉総理が所信表明の中でダーウィンの進化論を引用して、これ大好きなんですけれども、変化のときに生き残る者は、力の強い者でも頭の良い者でもない、時代の変化に対応した者だけだという話をしました。私もそのとおりだと思います。

 現実の、今、社会を見た中、特に国際情勢もそうなんですけれども、見た上で、人類史上の中でもまれに見る変化のときを迎えております。また、文明も異常なスピードで発展をしておる、進んでおる、少なくともそれだけは事実だと思います。そして、その中で生き残る者は、圧倒的武力を背景に力を振るってすべての物事を解決する者でもなくて、それから机上の空論、議論のための議論をして神学論争などを続けている者でもない、現実の時代を見極め、現実的にしっかりと対応していく者だけだと私自身は考えております。

 さて、自分にとって、この国会議員となって、国際情勢、安全保障上、大きな二つの事件がありました。私自身も経験させていただきました。一つは同時多発テロ、もう一つはイラク戦争であります。同時多発テロに関しては、これはなぜこのような事態が起こってしまったのか、しっかりとした検証をしなければなりません。

 一方、もう一つ、イラク戦争なんですが、これは完全に私自身の個人的な意見でございます。ブッシュ大統領が戦闘行為は終了したと言いましたけれども、実際はテロ戦争の始まりの一部にすぎないのではないかと私自身は考えております。フセイン大統領という一人の人物を倒す、打倒するためにビンラディンというテロリストを何十人、何百人生み出してしまったんじゃないか。また、宗教的意義を持たせてしまったことで宗教的な抗争が更に傷を深めてしまったんじゃないか。これは根が深い話であります。

 また、アジアの国々に対して、これは日本の問題ですけれども、アジアの国々においてもイスラム教徒の方はもう物すごく多く、多数存在しますので、これから難局を迎えるであろうということは想定されます。

 また、北朝鮮に関しても、これは取り返しの付かない深刻な事態が起こる可能性が飛躍的に上昇してしまったんではないかというふうに私自身はとらえております。

 いずれにせよ、我々はこれからの想定される事態をしっかりとシナリオを想定して、その事態に対応していかなくちゃいけない、その責務が発生したんだろうというふうにとらえております。

 また、このイラク戦争に関していい悪いはまた別で、学者の先生なり歴史家なり評論家の方に任せて、その判断はしていただくということなんですが、少なくとも日本政府がこのような対応を取ったのは、ほかに選択肢はなかったのであろうと私自身は考えております。そして、それを前提にこの状態でいいのか、この状態でいいのであろうか、これでいいのかというのが私自身の一番抱いている大きな疑問点というか、問題意識であります。

 それを前提にして、またあともう一つ現実的な理論で、なるほど勉強させられたというか思い知らされたんですが、勝てば官軍であるとか、力は正義であるとか、短期的に見ればこれもまかり通る論理なのかなというふうに思い知らされたのと、人類というのは数多くの、今までですね、数多くの種を絶滅させてきたというのも現実だというのも思い知らされました。

 それを踏まえた上で我々は、より現実的に、またより実効性のある平和憲法に現行の日本国憲法を改正するべきではないかと。これは私自身の意見です。そして、我々政治家のやるべきことというのは、より具体的な議論をしっかりと踏まえた上で憲法をどうするか、憲法の論議をしていかなくちゃいけないんだと私自身考えております。
 ありがとうございました。

○会長(野沢太三君) それでは、次はツルネンマルテイ君。続いて、近藤君、大脇君の順でお願いします。
 じゃ、ツルネン君どうぞ。

○ツルネンマルテイ君 私の今回の発言は、憲法の中にあるあいまいな表現、そしてそれを、少しでもその問題を解決するために一般の国民向けの憲法の現代語訳の普及を提案したい。

 言うまでもなく、憲法は全体としてはすばらしいものであります。しかし、特定の文言や表現にはあいまいなところがかなりあると私も思っています。そのために、ここでも既に明らかになっているように、国会議員はもとより、憲法学者の中でも解釈が異なってしまいます。

 例えば、憲法前文には次の言葉があります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という文があります。この文章について、最近、衆議院の憲法調査会ではいろんなかなり興味深い発言があったと報告されています。その中から三つだけちょっと紹介します。

 一つは、自民党の改憲派の議員だと思いますけれども、こういうふうな発言があります、この文章に対して。「要するに、日本はこれからは平和については自分では頑張らないで人様にお世話になろうというふうに読み取れる」ということ。

 あるいは、恐らく護憲派の民主党の一人の議員は次のように言っています、この言葉に対してね。「信義に信頼して、」とあるが、これから五十年間日本のために信義を持ち続ける国があるとは思えない。他国を信頼するより自国民を信頼すべきであり、憲法が改悪されるとの懸念を抱くことはおかしいというふうに発言しています。そして、この文章の英文では、私の判断すれば、他人を信頼することによって平和が維持されるという印象が日本語の文よりももっと強く感じます。その文だけちょっと英語でも読ませていただきます。

 「ウイ ハブ ディターミンド ツー プリザーブ アワ セキュリティー アンド イグジスタンス、トラスティング イン ザ ジャスティス アンド フェース オブ ザ ピースラビング ピープルズ オブ ザ ワールド」。

 もちろん、護憲派の議員たちの中では、逆に、この文章は第九条の精神と完全に一致していると主張する人ももちろんいます。いずれにしても、国会での憲法論議の記録を読むとつくづく私は感じることは、憲法に不満を、現憲法に不満を抱いている政治家が多くいる反面、護憲運動も相変わらず日本では強いと思われます。だから、改正は至難の業であると私は思います。

 そこで提案したいことは、改正するかどうかを決める前に、憲法を易しい言葉に訳すことによって一般国民の憲法に対する興味を引くことができると私は思います。実際には幾つかの現代語訳も既に出ています。その一つは、つい最近出版されましたが、「世界がもし一〇〇人の村だったら」というメッセージで有名になった池田香代子さんが書いた「やさしいことばで日本国憲法」であります。その中から、最後に第九条の現代語訳を読ませていただきます。

 「わたしたちは、心からもとめます。世界じゅうの国が、正義と秩序をもとにした、平和な関係になることを。そのため、日本のわたしたちは、戦争という国家の特別な権利を放棄します。国と国との争いを解決するために、武力で脅したり、それを使ったりしません。これからは、ずっと。この目的をまっとうするために、陸軍、海軍、空軍そのほかの、戦争で人を殺すための武器と、そのために訓練された人びとの組織をけっして持ちません。戦争で人を殺すのは罪ではないという特権を国にみとめません。」。

 このような言葉なら、若い人々も憲法を生き方のガイドラインにするかもしれません。
 以上です。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 それでは、近藤剛君、続いて大脇君、峰崎君の順でお願いします。

○近藤剛君 自由民主党の近藤剛です。
 ようやく当調査会におきましても平和主義と安全保障に関する議論を行う時間がやってまいりました。先ほど伺いました参考人の先生方のお話についての所感も含めまして、この機会に若干の私見を申し述べさせていただきます。

 御承知のとおり、昨日より衆議院におきまして有事関連法案に関する審議が最終段階に入りました。本院におきましても、是非ともこれからしっかりとした審議を行い、幅広い支持を得た形で早期に成立をさせたいものだと考えています。

 しかし、よくよく考えてみますと、さきの大戦後、半世紀以上にわたり、我が国は緊急事態に対応する法的枠組みはおろか、なすべき国家の安全保障にかかわる当然の議論さえもないままに過ごしてきた事実に改めて愕然とならざるを得ません。

 国家の果たすべき使命のうち、国民の生命と財産の安全を確保すること以上に重要なものがあり得ようはずがありません。が、いざという場合には政府による超法規的措置に期待したのではありましょうが、少なくも立法府におきましてはその法的枠組みを整えておくという国家としての必要最低限の義務を半世紀以上にわたり果たし得なかったのであります。

 その第一義的責任はもとより国会議員による不作為にありますが、その不作為を是とする環境をもたらした責任の一端は日本国憲法に求めざるを得ません。あの極めて難解ななぞ解きの作業を要する第九条の条文、今日の参考人の先生方からもそれぞれ全く正反対の解釈をお伺いをいたしました。加えて、諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持するとした空想的前文、過去に不作為による国民の生命と財産の重大な損失を招く事態に直面することがなかった幸運をもって、これまでの日本国憲法の責任を減ずることはできません。ましてや、その重大な欠陥をこれ以上看過すべきでないことは当然であります。

 ここで私は、日本国憲法の成立過程やそれに至るまでの当時の関係者の努力をいたずらに批判しようとしているわけではありません。当時のせっぱ詰まった状況につきましては、今日、参考人の西先生よりも伺ったとおりであります。連合国側から提示されたそれぞれの条文の背景さえも十分に理解することもできないままに、何とか国家の生存を確保しようと全力を尽くして、占領下というある意味では国際法違反とも言える異常な状態で憲法制定に当たった当時の御苦労は察するに余りがあります。

 問題とすべきは、その後の、独立達成後の国際環境の大きな変化と日本自身が置かれた国際社会における立場にもかかわらず、半世紀にわたり延々と続いた国政の場における国民不在の不毛な神学論争であります。国民の生命と財産を危険にさらす可能性に十分な思いを至らせることもなく、イデオロギーや一時的な党利党略を優先した過ちをこれからも繰り返すべきではありません。

 我々は、実際に国民の生命と財産に責任を持つ国会議員として国民の信託を厳粛にかつ真摯に受け止め、我が国が置かれた現実の国際的な安全保障環境を十分に認識しながら当調査会の活動をこれからも進めていかなければならないと、今日の議論を聞きながら改めて感じている次第であります。
 ひとまず、これで私の意見は終わりといたします。
 ありがとうございました。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 次は、大脇雅子君、続いて峰崎君、お願いします。

○大脇雅子君 まず、憲法が制定されたのはGHQの占領下ではありましたけれども、私は、平和と自由民権の日本の思想的な系譜と国際的な世界の戦争違法化の流れが合体をして一つの思想的なバックを持った平和憲法ができたと思われます。

 そして五十六年、私は中学生からずっとこの憲法を読み続けてまいりましたが、この憲法の九条というものを中核とする憲法体系は我が国の経済発展の基礎となったと思います。そして、軍事大国化をストップさせ、GDP一%枠内の予算措置というところで大きな経済の支えになったということは否めません。

 また、憲法は権利の源泉であったと思います。封建的、家父長主義的な社会が自由と民主平等の社会へと組み替えることができました。また、核の廃絶に対しまして、唯一の被爆国としての日本の立場は、外交イニシアチブを持って国際社会に大きなアピールをしてきたと思います。

 今、軍事力あるいは武力、武力の威嚇というものは、二つの大きな災いになっていると思います。一つは、戦争の形態がIT化の武器、精密機器等によって、その殺傷力は大量破壊兵器が示すように、正に戦争そのものが人道に反する罪であり、環境破壊の罪であります。そしてもう一つは、安全保障が軍事同盟あるいは軍事力による相互の防衛同盟から、南における貧困や経済格差こそが内戦、紛争を引き起こす大きな原因であること、そして軍備ではなく、社会の発展開発こそが安全を保障する唯一の手だてであることという人間の安全保障というカテゴリーに取って代わられようとしております。

 人間の安全保障は、経済の安全保障、食糧の安全保障、健康の安全保障、環境の安全保障、個人の安全保障、とりわけ様々な暴力から身体や安全が守られること、官憲による拷問や女性に対する暴力、児童への虐待がないこと、こうした非暴力の安全保障、地域の安全保障、政治の安全保障等であります。

 したがって、この二つの転機をもたらしている国際状況を見るときに、軍事同盟による安全保障条約というのは見直されるべきであります。

 一つは、国連に道義的な権威をもたらすべき改革が行われるべきでありましょう。そして、例えば日米安保条約などは、安保条約第一条が示しているとおりに、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によることも慎むと書かれてありますように、正に国際協調主義の中で見直されるべきであります。

 そして、地域の安全保障機構によって安全保障が様々な形で確立すること、そして社会民主党は、武力によらない平和を実現するために全力を傾けるべきである時代として二十一世紀をとらえております。平和的な対話、信頼醸成、紛争の予防であります。そして、非軍事による国際貢献であります。その中で必要なことは、軍縮を行い、世界的に非軍事的な体系、そして戦争衝動力のない政治的経済的な体制というものを生み出さなければなりません。その平和の担い手は国家であり、市民社会であり、市民一人一人であると思います。

 憲法の前文と九条から導き出される国家のビジョンは、平和を積極的に創造する国家、そして多文化多宗教を受容する、共存をする国家、そしてジェンダーフリーの国家であります。憲法前文も、貴族院における金森徳次郎氏の言によれば、前文の文体について質問があったときに、前文は美術品ではない、中身こそが重要であるという答弁をしておるように、前文はそういう意味では日本国憲法の思想的な姿を体現したものである。そして、憲法九条は日本国憲法の魂である、二十一世紀の人類のともしびであり、日本の正にアイデンティティーであるということを考えるとき、私どもはこれを変える必要は全く認めず、正に戦う国づくりに対して進行している現況に反対をして、五十六年から更に百年の実験に向けて新しい挑戦を続けるべきであるというふうに考えるものであります。
 終わります。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 続いて、峰崎直樹君。

○峰崎直樹君 民主党の峰崎ですが、今日のお話などを聞きながら、実は私もかつて、今お話しなさいました大脇さんと同期生でありまして、社会党に所属をしておりました。先ほど西参考人からありましたいわゆる村山内閣ができたときの印象を私自身今でも非常にはっきり覚えているわけでありますが、国会の壇上から自衛隊は合憲だと、そして日米安全保障条約もこれも認めると。日の丸、国歌・国旗の問題もそうでありましたけれども、これが本当にある意味では政党の内部でそういう公約を切り替えてそういう成立したのであれば、私は恐らくいまだに社会民主党にいたんではないだろうかというふうに思っているわけですが、あの話を聞きながら、これでやはり国民に対する倫理的な正当性を失ってしまったなというふうに思って、今新しい民主党に所属しているわけでございます。これは、まあ、自分史でございますけれども。

 今日、お話を聞いていまして、私は最後の渡辺治さんの考え方に非常に共鳴をしたといいますか関心を持ったのが吉田路線ですね。吉田茂さんの路線というものについての評価だったと思うんですが、たしかアメリカの政治学者でローズクランスという人が、日本を多分意識しているんだと思いますが、平和的通商国家として成功を遂げたと。私は、やはりそれが恐らく、一九七〇年代の終わりから八〇年代にこれが一応経済大国となって、そこから先の展望が恐らく今日見いだせなくなっているんでないかなと。そういう意味で国の将来像というものを、今憲法の改正論議といいますか、論憲というふうに私たち呼んでいますが、憲法というものをどういうふうに新しい時代に展開をするかというときに、私個人はこの平和的通商国家から平和的あるいは理性国家、あるいは平和的有徳国家とか、そういう形へとやはり展開すべきときに来ているのかなというふうに思っています。

 そうした中で、今日お話を聞いている中でつくづく感じたのは、この戦後の憲法が制定されるときの国連憲章、それから憲法前文、その第九条、この成立史をやはり丁寧にもう一回振り返ってみる必要があるのかなというふうに思っております。

 私は、実はまだこれは国会議員になる前でありますが、北海道の北海道大学の先生方と平和の問題について勉強会などを持ったときによく指摘をされたのは、国連憲章第五十一条でございますが、これは個別的自衛権、集団的自衛権を認めているけれども、それは他国が侵略をしてきたときにその国連軍が、国連がきちんと制裁するまでの間しか認めていない。つまり、先ほど、自然権としての自衛権というのは私は個人的には反対でありまして、自衛のために、つまり自分の、自国民の利益を守るためと称して戦前もああいう侵略戦争が起きているわけでありまして、必ずその自衛権というものは制限付というか条件付でやはりこれは認めるべきではないかなと。その意味で国連憲章の第五十一条には、そのいわゆる自衛権が発動されるというのは、その自衛権を持っているのは、国連が、国連軍が現実にないわけでありますが、そういう国連軍が行くまでの間しか認めていないというところを、私たちはやはりこの遺産をきちんと継承していくべき点なんではないんだろうかと。

 先ほど近藤委員の方から空想的前文とおっしゃって、私自身は、成立過程における国連憲章と今お話ししましたようにどうも日本国憲法というのは、その国連憲章の精神というものが、それが実現するという前提の下に書かれたいわゆる第九条ではなかったかな、あるいは前文ではなかったかな、こういう理解をしているんですが、これは今後のまた検証にまちたいなというふうに思っております。

 もう一つ、これはちょっと私の最近の思った感想といいますか、実はイラクの戦争があったときに、アメリカの国内でイラクを第二の日本にするんだと。つまり、戦後改革で日本の民主化が成功した、その民主化の成功した日本の改革と同じように、GHQが日本を改革、民主化をしていった、それが成功した、ついてはイラクをそういうふうにしたいんだと、こういう指摘をアメリカ国内ではあるやに聞いているわけであります。

 私は、これはそうなんだろうかなというふうに実は思っておりまして、確かに日本の民主主義、国民主権とかあるいは平和主義とか基本的人権とか、こういった憲法の基本的な我々が守るべきものというのは、先ほど愛知さんからもありましたように、私もこれは基本的に守りながら新しい時代に展開をしていった方がいいと思っているわけでありますが。しかし、日本には戦後の改革を通じて果たしてそれがストレートに、しかも問題なく、矛盾なく今日来ているんだろうかなということを考えたときに、教育の問題を一つ取ってみても、最近の教育の地域の荒廃というのは何だろうなと。あるいは、我々、地域のコミュニティーに住んでいても落書きが非常に増えてきているとか、どこの国もあるのかもしれませんが、戦後の民主化というのは、うまくいった面ももちろんあるんだけれども、果たしてストレートにそういうふうに言い切れていいのかなという思いを持っております。

 実は、そういう思いをしているところに、これはかねて私も読んだことがあるんですが、「敗戦後論」というのを書いた加藤典洋さん、明治学院大学の先生ですが、この方が先日、朝日新聞の夕刊のコラムに、文化欄のところで、イラクの民主化は日本に見習えというふうに言っているけれども、そうじゃないんじゃないかと。日本の民主化には日本の民主化の問題があるんだ、これを日本はしっかり国連という場で指摘をしなきゃいかぬということをそのコラムの中で指摘しておりましたけれども。私もやはりそういう意味で、私たちが憲法を、第九条とか前文との間で読んでいますけれども、このいわゆる土台を成した戦前と戦後のいわゆるこれは断絶なのか、それとも連続なのか、あるいはその中で戦後のGHQを中心とした民主化というものが果たして今日の日本社会の中でうまく機能しているんだろうかというところを、私はやはりしっかり検証しながら、その一環としてこの憲法第九条の問題、前文の問題も含めて議論してみる必要があるのかなというふうに思っております。

 それは、実はまた元へ戻っちゃうんですけれども、渡辺治さんが出された資料を読んだときに、アメリカのやり方、いわゆる社会保障とかそういうものも提起してあるけれども、社会権も提起してあるけれども、今の憲法というのはどうもやはり自由主義的な憲法になっているんじゃないかと。ある意味では、北欧を中心とした、あるいはヨーロッパを中心とした社会民主主義的なといいますか、そういうものの色彩が非常に弱いということを指摘されておりましたですけれども、そういう意味で、そういうもののトータルとして在り方と平和の問題ということもしっかり考えてみる必要があるのかなというような印象を持ったところでございまして、是非そういう意味で戦後憲法の成立過程あるいは戦後の民主化というものが一体本当にうまく、日本というのはうまくいったのかねということは少し検証してみる必要があるのかなというふうに思った次第であります。
 以上です。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 それでは、続いて田名部匡省君。

○田名部匡省君 重複しないように申し上げたいと思うんですけれども、私は、この憲法問題は何回かいろんな経験しました。

 中曽根総理が公式訪問はせぬといったときに随行をいたしまして、向こうの国会議員と会いまして何と言われたかというと、もし戦争になったときにアメリカの若い人たちが何で日本を命懸けで助けるのかと、こういう話が多いということを言われて、それ以来、やっぱり自分の国は自分で守るというまず基本的なことがしっかりしていないと駄目だなということをずっと思い続けてきたんです。

 それから、野呂田防衛庁長官のとき質問したんですけれども、なかなか明快な答えが得られなかった。自衛隊、当時は警察予備隊からいろんな変化して自衛隊になったんですけれども、どこを見ても自衛隊を持ってよろしいというのはないがどこからこれが来たんだと、こういう質問をしたら、十三条、すべての国民は個人として尊重される、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上の最大の尊重を必要とすると、これがあるから自衛隊は持てるんですと。これは内閣法制局長官の答弁でした。

 私は、これ、もう何の問題でもそうなんですけれども、やっぱりもっと、国民が幅広く憲法のことを分かっているかどうかということ。恐らく、私ども必要に迫られて憲法を使ったり読むんですけれども、一般の人はこの中身、分かっているのかなと。地元に帰っていろんなおじいさん、おばあさんに会って話したって、憲法の話をしたって、中身は何だか全然分かっていないというほどですね。

 やっぱり、この前、スウェーデンの中学校の社会科の本、これを見て私はびっくりしたんで、中学生でもこういうことをきちっと教育の場で教えているんです。それならば、こういう問題が起きたときに、みんな理解しているから、どうあるべきかということになっていくんだろうと、こう思っているんです。

 それからいま一つは、かつては片務協定だったんですね、日米間で。要するに、日本が攻撃されたら一方的にアメリカが守るというので。片務協定が今度だんだん双務協定になったと。これは箕輪登先生が、皆さんにも恐らく手紙よこしたと思うんですが、これは最初できたときには片務協定だよ、お互いに助け合うという双務協定ではないんだよということを言われたんですね。

 ですから、いろんなことを、歴史に学ぶことも、我々の先輩がいろいろやったことも、これは議論としてはいいと思うんですが、しかしそればっかり言っていると、一体、国際社会の変化がこれだけもう変わった、あるいは先ほどもありましたように、国民の生命、財産をどうやって守るのかと。

 あるいは、この日本の今の体制で憲法を変えずに、これはアフガニスタンに海上自衛隊を派遣するときも私は総理と予算委員会でやり合いました、予算委員会でない、特別委員会ですが。専守防衛という日本が、何かそのときになると泥縄式に法律を出して、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと。専守防衛じゃないじゃないですか、アフガニスタンの方まで行くということになると、ということを言ったんです。ですから、これは世界がもう昔と全然変わっていますよ。北朝鮮の問題だって、ミサイルが飛んでくるか核兵器がどうだかという話。それで、そのときも質問したら、いや後方支援は安全ですからと言うから。後方も前方もないですよ、ミサイルぶっ飛ばされたら。

 そんな議論、国会でやっている自体がまあこれは無責任だなと、こう思って、どうぞ議論は大いにやって結構だし、いずれにしても、今みたいにどうしても海外に出すと言うんなら、時々に勝手な法律を作って出すんでなくて、やっぱり憲法にきちっと明記するという形で出してやらないと、行く自衛隊もたまったものじゃないですよ。あの湾岸戦争のときに警察官が殉職したでしょう。私はお葬式に行ったんですよ、閣僚だれか行ってくれと言うから。そんな、あなた、三歳ぐらいの女の子供さんが親が死んだの知らないではしゃいでいるのを見たときは本当に申し訳ないことをしたなと。

 こういうこともありますので、幅広く議論して、昔にばっかり戻っていると、もう世の中、時代が変化して、グローバル化して、そんな時代にどうあるべきなのか、国家、国民にどれだけの責任を持つかということをやっぱり明確にしていく必要があるんじゃないですか。
 以上、私の考えを申し上げて、終わります。

○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 他に御発言はございますでしょうか。他に御発言もないようですから、本日の意見交換はこの程度といたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時四十分散会


2003/05/07 戻るホーム憲法目次