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要 請 書

法務大臣
森山眞弓 殿

2003年6月20日
市民の裁判員制度つくろう会


 内閣の司法制度改革審議会が提唱した、市民の司法参加制度である「裁判員制度」が2004年には立法化されようとしています。

 私たち市民の裁判員制度つくろう会は、戦後初めて創設される司法への直接的な市民参加制度であるこの「裁判員制度」が、真に市民本位のものとなることを求めて、2002年6月12日に発足した市民ネットワークです。結成に参加した会員は、それぞれ性別、年齢、社会経験や職業、居住地が異なりますが、以下の4つの共通点で一致しました。

  1. 立法過程に市民の声を
  2. 裁判員の人数は裁判官の少なくとも3倍以上とする
  3. 直接主義・口頭主義を徹底する
  4. 市民にわかりやすい言葉で 

 私たちは、この間、連続セミナーや500人規模の模擬裁判を経験し、刑事裁判のあり方や市民参加のあり方を研究・論議しました。その結果、私たちは裁判員制度を導入するにあたって、以下の諸点が極めて重要であるとの認識に至りました。

 私たちは、裁判員制度が真によい制度となるには、制度設計において法曹三者がこれまでの慣習にとらわれることなく、市民や裁判経験者の意見を十二分に取り入れて、現行司法制度を積極的に改善することが重要であると考えます。

 また、導入にあたっての周知徹底や、実際の運用において、絶えず市民が参加しやすい、よりよい制度となるよう努力をされることが不可欠であると考えます。

 そこで法曹の一翼を担い、裁判員制度の設計及び運用にあたって重要な役割を果す貴省に以下の通り申し入れるものです。

 是非私たち市民の声を立法過程に反映してください。

第1 立法過程に市民の声を反映させるために

 
政府に司法制度改革推進本部ができ、「裁判員制度・刑事検討会」において論議が始まってから約1年半がたち、制度設計に関する論議は大詰めを迎えています。

 しかし、今の立法過程の論議は私たち市民にとって極めて不透明なものであり、これから裁判員になろうとする市民の意見をくみ上げて制度設計をする姿勢が残念ながら見受けられません。

 私たちは、発足当初より、推進本部・検討会に以下のことを要求してきました。

1)全国各地で公聴会を開催し、裁判員制度に関する市民の意見を一般公募し、市民の声をできる限り聞くこと

2) 検討会が今後行おうとしている「ヒアリング」においては、国民各層から十分なヒアリングを行うこと。

 しかしながら、公聴会は開催されておらず、また「ヒアリング」に関しては、「官」以外の団体等を対象とするヒアリングとしては、日本経団連、連合、被害者関係有識者、メディア3団体のヒアリングしか行われていません。

 これでは、これから裁判員となる多様な市民の意見に耳を傾けているとはいえません。

 戦後初めて市民が司法に参加する制度ができるのです。立法過程において、これから裁判員になっていく一般の市民の声を十分にじっくりと聞くことがとても重要であり、そうでなければ、制度は正当性の基礎を欠くことになります。

 私たちは、法務省がイニシアティブを取られて、制度設計に市民の声を反映するためのヒアリング、公聴会等の意見聴取を多様に実現されることを求めます。

第2 裁判員制度導入にあたっての制度設計・制度改革

 私たちは、裁判員制度のもとで刑事裁判のあり方について、真の開かれた司法、真の市民参加の実現する司法、公正で人権が尊重される制度になるよう、以下の一致点に達しました。

 法務省においては、裁判員制度導入に伴なう刑事司法の抜本的改革のため、チームを作って積極的な論議を重ねていると聞いています。

 是非、私たちの意見を取り入れ、さらなる積極的な改革を実現されるよう求めるものです。

1 人数比

 裁判官は1名、裁判員は11名とする。

 裁判員制度が実質的な市民参加の制度といえるためには、どれだけ多数の市民が参加するかがきわめて重要です。現在のような3名の裁判官のいる合議体に少数の市民が参加するということでは、評議・評決のイニシアティブは裁判官の手にゆだねられ、市民が飾り物となる危険性があります。

 裁判官が多ければ裁判官は「市民にわかる言葉」「市民と共通の基盤に立つ議論」ではなく、「プロの言葉を使って」「プロ同士で通用する議論」を展開することになるでしょう。そうなれば、法律的知識の乏しい市民は取り残され、萎縮し、沈黙を余儀なくされる危険性があります。市民が自由にわからないことをわからないと言い、自由に意見を表明することができるようにするためには、そして市民の意見が軽視されたり一方的に説得されたりせず、双方向に影響を与え合う対等な議論ができるようにするためには、市民の人数を十分に多くする必要があります。

 また、私たちは模擬裁判の経験を通じ、ひとつの出来事、事件、証言や人間の置かれた立場を理解するにあたって、様々な人生経験を持った多様な人々の視点が非常に重要であることを実感しました。裁判員制度においては、年齢、性別、環境、職業、経歴、人生経験の異なる多様な人が裁判員として参加することが重要であり、そのためにも裁判員の人数は十分に多くすることが必要です。

 このことは、模擬裁判の際に実施したアンケートの結果に顕著に表れていました。すなわち、当日は、裁判官対裁判員が「3:3」「3:9」「1:11」という3種類の裁判体を用意したのですが、裁判員役となった市民の間では、「1:11」「2:10」「3:9」というように裁判員の数も比率も顕著に大きな構成を支持する意見が評議後に有意的に増加し、裁判官役となった法律家の間では、裁判官1対裁判員11(実際には7人から11人)の裁判体を経験した者の方が他の構成で裁判官役を経験した者よりも、評議後に裁判員制度に対して肯定的な意見を持ちました。このような結果となったのは、1:11という裁判体の方が、裁判員の比率のより小さな裁判体よりも市民の意見が活発に交わされ、評議が充実していたためと考えられます。

 裁判官は、裁判員の自由闊達な議論の助言者に徹すべきであり、1名とすべきです。そして、裁判員は、上のアンケート結果などから明らかなように、11人とすべきです。

 残念なことに、議事録を読む限りでは「裁判員制度・刑事」検討会の法務省出身の委員の方は、多数の市民が参加するのには消極的で「コンパクト論」を主張しているように見受けられます。しかし、少数の市民参加では、実質的な市民参加が実現せず、せっかくの市民参加が形骸化する危険性があります。

 是非、この点につき、市民参加の実をあげるために積極的な検討をお願いします。

2 市民にわかりやすい裁判を

(1)裁判員が証人や被告人に質問できる権利を認めることが必要です。

(2)市民にわかりやすい言葉を使うよう、すべての当事者が努力すべきです。どうしても専門用語を使う必要がある場合、審理で使われる専門用語(例えば「正当防衛」とは何か、「心神喪失」とは何かなど)については、わかりやすく解説した用語集を配布する必要があります。

(3)検察側・弁護側双方が、争点整理を十分に行い、審理の最初に争点や言い分をわかりやすく主張しあうようにすべきです。

3 市民にわかりやすい証拠を

(1) 直接主義・口頭主義を徹底する。
 裁判になじみのない普通の生活者である裁判員が現在の刑事裁判のような膨大な調書を証拠として読むことは不可能です。もし裁判官だけがこの調書を読み、裁判員が読まないとすれば著しい情報格差となり、対等な議論を阻害します。

 裁判官と裁判員が公判で得られた証拠のみによって判断できるように、直接主義・口頭主義を徹底することを要請します。証言や説明が可能なものはすべて法廷で行い、それが不可能な場合にのみ、最小限の書面を証拠とできるよう法改正すべきです。具体的には次のようにします。

  1. 証拠調べは証人尋問を原則にし、書証は証人尋問では表現できない最小限度のものにする。
  2. 供述調書は証拠としない。

(2)証拠をわかりやすいものにする。
 現行の実況見分調書や死体検案書のような書面も、法律家以外には本当にわかりにくいものです。最小限書面が証拠となるとしても、それは市民がみてわかるようなものに抜本的に変えられるべきです。

(3) 被告人・証人に対する聴取の全過程を録画すること
 被告人が捜査段階での自白を覆したり、証人が捜査段階の供述と異なる証言をする場合があります。捜査段階の供述と公判段階での供述のいずれが信用できるのか、裁判員にも判断が求められます。捜査過程に問題があり、捜査段階の供述が歪められたものであったのか、あるいはそうでないかについての判断は、客観的証拠がない限り極めて困難であり、そうした争いは裁判の長期化をもたらします。

 事情聴取の全過程を録画し、裁判員がこの映像を見られるようにすれば、捜査段階の供述と公判段階での供述のどちらが信用できるかの判断は容易になります。事情聴取・取調べの全過程を録画することを求めます。

 このような措置は、取調べの適正確保のためにも必要です。司法制度改革審議会最終意見は「被疑者の自白を過度に重視する余り、その取調べが適正さを欠く事例が実際に存在する」「わが国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者の取調べが適正を欠くことはあってはならず、それを防止するための方策は当然必要となる」としており、それを現実に具体化すべきです。

4 市民にわかりやすい量刑手続きを

 判決を下したことのない普通の市民にとって、どの程度の量刑が妥当かを判断することには多大な困難が伴います。

 感情や感覚に流されず、的確な量刑判断を可能とするため、有罪・無罪に関する審理とは独立して量刑の審理を行い、量刑の客観的資料−同種事案の過去の裁判例の量刑や、被告人・被害者に関する諸事実に関する証拠−を十分に提出し、審理を尽くすべきです。

5 評決は全員一致を目指し、全員一致に至らない場合は特別多数決制とすること

 
裁判員制度のもとでは、有罪・無罪や量刑を決める評議・評決がどのようにな行われるかが極めて重要です。裁判員として参加する一人一人の市民が十分に意見や疑問を言えないまま、議論が尽くされずに結論が出されることとなれば、制度は形骸化します。そこで、そのようなことを回避するため、私たちは以下のルールによるべきだと考えます。

1) 評議は全員一致を目指して行うものとする。
2)全員一致を目指して議論したにも関わらずどうしても一致をみない場合、単純多数決とはせず、有罪とするにはたとえば全体の3分の2の多数を必要とする「特別多数決」とする。
3)裁判官・裁判員のいずれかのみの意見で有罪とすることはできないものとし、特別多数決によって有罪とならないときは、合理的な疑いが残るものとみなし、無罪とする。

6 全面的証拠開示制度の導入を

 検察側は国家予算を使って膨大な証拠を収集しているにも関わらず、被告側には限られた証拠しか開示しないのが現状です。これは極めてアンフェアであり、公正な裁判の実現を阻害します。検察側が被告人に有利な無罪方向の証拠を隠したまま審理が終了し判決が出されることとなれば、それは誤判を引き起こす危険性があります。私たちが裁判員となるにあたって、そのようなアンフェアな状況で判断し誤判を生むことは耐えられません。また、証拠開示が進まなければ争点整理が早期になされず、審理は長期化し、裁判員の負担が増す危険があります。

 私たちは、全面的証拠開示制度の導入を要求します。

7 起訴前勾留制度の改革

 
1998年、国連規約人権委員会は、日本の起訴前勾留制度について「警察のコントロール下で最大23日間可能であり、被疑者は速やかでかつ効果的な司法的コントロールのもとに置かれず、この23日間の勾留期間中は保釈が認められておらず、取調べの時間及び期間を規制する規則が存在せず、勾留中の被疑者に助言し援助する国選弁護人が存在せず、刑事訴訟法39条のもとでは弁護人へのアクセスが厳しく制限され、取調べは被疑者の選任した弁護人立会いのもとで行われない」現状は国際人権規約に反するとして改善を強く勧告しました。このように国際的にも異常に刑事被疑者の権利が抑圧されたもとで行われる刑事裁判は、公正なものとは言えません。

 名古屋刑務所問題などの受刑者に対する人権抑圧の実態を見るにつけ、これは氷山の一角であり、日本の刑事司法において私たち市民に見えにくい被拘束者への人権抑圧・人権軽視があるのではないかとの疑問を禁じ得ません。

 こうした問題をそのままにして裁判員制度を導入することは極めて問題であると考えます。

 市民が参加する裁判員制度導入にあたっては、国連の勧告に従い、代用監獄における起訴前勾留制度を抜本的に改善することを要求します。

8 犯罪被害者への配慮を

 
刑事司法の場において、近年、犯罪被害者への配慮がなされるようになってきました。このことは、裁判員制度のもとでも同じように考えられる必要があります。

9 迅速な裁判を−そのための十分な準備期間と、接見交通権の確立、保釈の原則化を求めます。

 それぞれの仕事や生活をもつ市民である裁判員が、長期間裁判のために拘束されるとなれば、その犠牲はきわめて大きいものとなってしまいます。そうした事態を恐れてみんなが裁判員を回避し、「裁判員のなり手がいない」という状況になれば、市民参加制度が定着しない残念な結果となります。

 市民が参加しやすいように迅速な裁判、集中した審理が求められます。

 しかし、そのために被告人の防御の権利を犠牲にすることは、許されません。集中して審理を行う前提として、審理前に十分な準備の期間が保障されることは不可欠であり、また、審理前も審理中も被告人が弁護人と十分に打ち合わせができるように条件整備をすべきです。そのために、検察官等の捜査機関が接見交通権を制約できるとしている刑訴法39条3項を廃止して、接見交通権を確立することが重要です。同時に、重大事案や否認事件ではなかなか保釈を認めない現在の保釈制度に関しても、原則保釈とするよう制度改革を求めます。

10 市民が裁判員になりやすいよう、十分な配慮を求めます。

(1) 裁判員候補者への呼び出しは、数ヶ月前に行うこと。

(2)裁判員に選ばれた場合、審理のための日程調整として、1週間の猶予期間を設けること。

(3)裁判員としての役割を果たすために勤務を休む場合、これを理由として雇用契約上のいかなる不利益も課してはならないとの法規定を設けること。

(4)1日あたり1万円以上で職務にふさわしい金額の日当と交通費全額が支給されるべきこと。

(5)裁判所に託児所を設けること。

(6)裁判員のプライバシー・個人情報を保護すること。

 市民が日常生活を離れて裁判員として活動することとなれば、様々な支障や犠牲、損失が生じます。裁判員に十分な日当を提供するとともに、育児休暇等と同様な休暇制度を確立し、裁判所内に託児所を設けるなどの配慮が必要となります。また、自営業者や多忙な業種の場合、選定手続の1ヶ月程度前の通知では、日程調整ができない場合が考えられます。広範な市民の参加を実現するために、数ヶ月前に通知書を送るなどの配慮が必要であり、また、選定された裁判員の日程調整のための若干の時間的猶予も必要と考えます。

 また、裁判員のプライバシーと安全を守ることは極めて重要な課題です。裁判員選定手続におけるインタビューにおいてプライバシーが侵害されないよう、質問内容によっては個別にインタビューするなどの配慮が必要です。

11 市民の意識をよりいっそう高めるための教育(法教育)を

 
私たちは、市民社会の構成員として、身近に起きる出来事や問題について主体的に考え、公正な判断を行うことが期待されています。しかしながら、これまでの学校教育や地域活動においては、このような視点が不十分だったと言わざるを得ません。今後は、子どもたちに対して、年少のころから主体的に考え行動することができるように、また、他人の意見を尊重しつつ十分討議し、公正な判断を行うことができるように、さまざまな場面で機会を提供していく必要があります。

 このことは、裁判員としての意識の向上を目指すという意味ばかりでなく、裁判員を経験した市民が、学校や地域社会の場でその経験を活かし、法と社会とのかかわりを深める役割を果たすことを期待するという意味も持つものです。

第3 裁判員制度導入にあたっては十分な周知期間と周知のための取り組みを

 裁判員制度は、立法がなされても、直ちに動き出すような性質のものではありません。期待された機能を十分に発揮させるためには、制度の整備とともに市民への周知が必要です。

 昭和の初期に行われていた陪審制度も、その実施までには5年間という準備期間を設け、その間に政府は、裁判官などの裁判所職員の増員、法廷の改築などを行ったほか、法曹三者が協力して、市民に対する宣伝のために、パンフレット、映画の作成、講演会の開催などを精力的に進めました。

 裁判員制度の導入に当たっても、戦前に引けを取らない規模の取り組みが求められます。是非、法務省のイニシアティブで、市民がこの制度の意義を十分に理解できるような取り組みを積極的に展開されるよう求めるものです。

 以上が私たちの裁判員制度に関する提言・要望です。是非私たち市民の声を反映し、世界に誇り得る公正で開かれた市民参加制度、真の市民参加制度を実現されるよう、積極的な努力をしていただくよう要請いたします。

以上


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