江田五月 活動日誌 2002年10月 (27日) >>日程表 ホーム総目次10月目次前へ次へ


10月27日(日) 運動会、倉敷、津村さん、石井さん通夜、補選完敗
運動会でラジオ体操
倉敷集会
ツムラ事務所とポスター

今日は、8時半から地元学区民の運動会です。明け方、雨がぱらつきましたが、開会式には雲ひとつない秋晴れ。私は、はためく万国旗を見上げて、「もし世界が100人の村だったら」のことを短く紹介し、仲良く競争して下さいと訴えました。

10時から、倉敷市で江田五月会の会合。20人ほどの熱心な皆さんと、今の政治状況につき話し合いました。11時に出発し、11時半過ぎに、地元学区の敬老会へ。津村啓介さんに代理で出席して貰っており、私は、ちょうど来賓挨拶が終わったところに到着し、名前だけ紹介されました。

12時前に、津村さんの事務所へ。今日は彼の31歳の誕生日で、事務所でささやかな集まりをするとのことで、準備が進んでいました。迫力満点の大きなポスターも出来上がっており、一歩一歩前進しています。

13時過ぎの新幹線で、妻と共に上京。18時から、世田谷区で石井紘基さんの通夜。大変な数の人のご参列で、石井さんの根強い人気と事件の衝撃を物語っています。妻と2人で焼香。家族ぐるみで仲良くしていただいており、我が家の子供たちにも楽しい思い出を一杯作ってくれた石井さんです。社民連時代以来の友人が次々と駆けつけ、皆口々に、捜査で浮かび上がっている事件の筋書きの裏に、重要な真実が隠されているのではないかと話していました。

妻は最終新幹線で帰岡。統一補選の結果が出ました。民主党の勝利は、山形のみ。完敗です。しかも、極めて低い投票率です。これは、民主党支持者が投票に行かなかったからでしょう。その原因は、個々の候補者や陣営のせいには出来ません。それを超えた、国政全体の「気圧配置」が原因です。つまり民主党支持者は、今の民主党のあり方に、リコールを突きつけたのだと思います。全党をあげた猛反省と英知の結集が必要です。

統一補欠選挙開票結果


庭のシュウメイギク

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