江田五月 活動日誌 2001年9月(16〜20) >>日程表 ホーム総目次9月目次前へ次へ


9月16日(日) 研修会(角田、岡田、鳩山さんs)、班別討議、テロ対策

今日は、13時から参議院民主党・新緑風会の研修会。宿舎に戻ったのは21時でした。

まずテロ犠牲者に黙祷を捧げ、角田会長の挨拶。元気一杯です。13時半から1時間、岡田政調会長の講演。「民主党の政策立案には、(1)3年以内に政権を取る、(2)構造改革を行うという2つの前提があります。先日のNCの強化などの党改革で、意志決定をスムーズかつ迅速に行えるようにしました。NC大臣の役割は重要です。民主党の政党としての政策力は、自民党より勝っていると思います。ぎりぎりまで議論した上で、決断することが大切。」

「安保政策ははっきりしています。社会保障政策はもう少し分かりやすくします。教育政策は大変ですが、全国一斉にひとつの改革案を実行するのでなく、改革の試みをいろいろとやってみることが大切。経済再生は製造業の建て直し、農業は専業農家を中心に食品の安全重視にします。理念では、国家目標を作るという視点でなく、市場主義と民主主義を手段として、安全ネット、機会の平等、中間層意識の3点を重視していきます。」質疑。

つぎに、参加者を5班に分け、1時間の自由討議。私の班は、榛葉、山根、千葉、長谷川、藤井、谷、峰崎さんsで、私が進行役となり、米国の同時多発テロにつき、(1)米国の報復、(2)日本の安全、(3)中東の緊張緩和の3点を議論しました。テロの非難は当然ですが、報復では片づきません。国際社会の共同対処が必要です。中東和平のために、経済支援、和解の場の提供など、日本だから出来ることがあるのに、小泉首相の対応は、時期も内容も落第。私は、国連警察軍創設を提案しました。全体会議で、各班の報告。民主党の現状と強化を議論したところが多いようでした。羽田さんも参加してくれ、巨泉さんのテロについての発言が光りました(後日、どこかで書かれるでしょう)。

17時半から鳩山代表の講演。政権獲得に向け、一致結束を強く訴えました。18時過ぎから2時間、夕食懇親会。時節柄、お楽しみ時間は自粛しました。



9月17日(月) 研修(西川さん)、予算、役員会、弾劾、森山法相

今日は、株安と円高の月曜日となりました。10時から、民主党・新緑風会の研修2日目。ほぼ2時間、マーケティングコンサルタントの西川りゅうじんさんのお話を聞きました。

「変化(CHANGE)からT(Gの中の小さい字です。)を除いたら、チャンス(CHANCE)になります。Tは、タブーです。思いがけないことがいくらでも起きる時代ですから、タブーはなくしましょう。民主党は、自民党との違いよりも、外国の政党とか、他業種とかとの比較の方が、国民には分かりやすいかも知れません。また、メッセージは、エレベーターステイトメント、つまりたまたまエレベーターで乗り合わせたときの会話ぐらいに短くないと、伝わりません。本質を凝縮させると、出来るはずです。国民から見ると、政治家は偉くて敷居が高いですから、政治家側から国民に近づいて下さい。」納得。私が、お礼と閉会の挨拶。

12時過ぎから、予算委員の打ち合わせ。明後日、予算委員会の閉会中審査が決まりました。齋藤勁さんが質問。テロと景気が重点ですが、高祖問題、外務省事件、狂牛病も扱います。狂牛病は、20日の農林水産委員会の重点事項です。13時から、常任役員会。予算委とその後の日程や、委員会の割り当てなども協議。また、選挙直後だから、参議院のあり方につき、参議院改革のため幅広い検討をすることになりました。

15時から、裁判官弾劾裁判所の事務局と20日の公判につき細部にわたる打ち合わせ。

16時10分からほぼ10分間、森山法務大臣に面会し、NC法務大臣就任の挨拶をしました。「対決することもありますが、国民のために良い法務行政が行われることが目的なのですから、良いことは協力しますよ。」と申し上げました。

夕食は宿舎でサンマ。季節ですね。


市場再開

ニューヨークの株式市場が再開。
テレビの前で、一緒に黙祷をさせて貰いました。
歌にも聴き惚れました。
感動的と言うには、あまりにもひどい事態です。
この事態を世界中に広げる愚だけは避けなければなりません。



9月18日(火) 視察(名古屋高裁、法務局、拘置所、控訴院)

今日は、参議院法務委員会の視察で、議員6人で、9時発の新幹線で名古屋へ。11時過ぎに名古屋高等裁判所着。荒井高裁長官、田中地裁所長、笹本家裁所長、石川検事長、溝口検事正など、幹部の皆さん勢揃いの出迎えで、恐縮しました。

13時半まで、地裁でビデオリンクという証人尋問の新方式、家裁で科学調査室と合議の審判廷をそれぞれ視察。皆さんからいろいろお話を伺いました。高裁管内では、人口の割に民事事件は少ないが、少年事件や家事調停事件は多いとのこと。地裁民事では、医療過誤集中部の創設を検討中とのこと。刑事では、凶悪事件の増加が目立ち、死刑求刑事件が増えているとのこと。少年の合議事件は、まだないそうです。
名古屋法務局
名古屋市市政資料館(旧控訴院)

質疑で私は、ロースクールにつき弁護士会や大学との協議などが行われているかどうか訊ねましたが、特にないようです。また、毎年3000人の新法曹を作ることになると、実務修習は受け入れられるかどうか訊ねましたが、現在52人の修習生を4班に分けて修習しているが、3倍増は到底無理とのこと。難しいところです。

13時40分から名古屋法務局。コンピューター化が進んだ局で、スムーズに事務処理が進んでいるように見えます。14時50分から名古屋拘置所。12階建てで未決囚500人の定員ですが、最近は定員オーバーで、既決囚の定員も入れれば、全体では定員内に収まっていますが、大変のようです。

16時から名古屋市市政資料館。大正11年建造の名古屋控訴院の建物で、レンガ作り。国の重要文化財です。旧憲法時代の法廷や、陪審法廷もあります。法服の襟の刺繍が、裁判官は青、検察官は赤、弁護人は白。検察官が裁判官と一緒に雛壇に座り、弁護人席はその下です。話には聞いていましたが、見るのは初めてでした。

18時から夕食懇親会で、名古屋泊まりです。



9月19日(水) 視察(入管)、予算委、NC(テロ対策、経済等)

今日は、参議院法務委員会の視察の続きです。9時にホテルを発って、名古屋入管へ。10時過ぎまで、入管事務処理の実状を見て、質疑応答。大変に手狭で、その上ものすごい事務量。今朝摘発された2人の不法残留者が、取り調べを受けていましたが、職員は全くの徒手空拳。危険な場合は、警察に任せるそうです。人権との接点の仕事で、大変です。

私だけ11時前の新幹線で上京して、13時からの予算委員会に出席。首相も出席した閉会中審査は、35年ぶりとか。まず民主党の齋藤勁さんが、主として今回のテロ事件につき質問。核心をはぐらかす答弁には、本当にイライラします。

14時から、ネクストキャビネット(以後、NCと略称で書きます。)の会議。鳩山NC総理大臣の挨拶の後、今後の運営方法について協議。毎週火曜と木曜日15時からほぼ2時間、会議を開きます。

次いで、テロ関連法制について協議。自衛隊法の改正と後方支援の法整備で、原案はよく練られています。しかし私は、もっと大局的な立場から、民主党がどういう21世紀の世界秩序を作ろうとするのかを明らかにし、その上で法整備をはじめとする当面の対処策の位置づけを示すことが大切と強調しました。テロは許すことの出来ない暴挙ですが、これへの対処は、国連を中心とする国際社会の共同対処でなければなりません。そのため、国連警察軍の創設を真剣に提案すべきです。さらに、テロの根を絶つには、原因となる憎悪や貧困を取り除かなければなりません。日本は、中東和平に有効な役割を果たせる国です。経済協力もあります。

さらに17時まで、当面の経済・雇用対策に関する考え方などを協議。現状認識とマクロ政策、金融、税制、中小企業等、雇用など、幅広く議論しました。17時半から、中華料理をつつきながら懇親会。



9月20日(木) 弾劾裁判、少年法

今日は、10時から裁判官弾劾裁判所の事務局と最後の打ち合わせ。テレビ放映につき、葉梨裁判長が、被訴追者の入廷前の5分間と決断されたそうで、裁判長の権限ですから、承りました。

11時45分から合議。まず、禁固以上の刑に処せられたら、当然裁判官の地位を失うのかという点の合議。憲法の規定、国家公務員法と裁判所法の違い、裁判官弾劾法の規定、裁判所法の制定過程、当然失官と弾劾罷免の効果の違いなどを考慮のうえ、非当然失官説を採ることにしました。さらに今日の進行の仕方につき合議。

12時50分過ぎに入廷。テレビ撮影。被訴追者が入廷し、13時ちょうどに開廷。村木判事は冒頭手続きで、事実関係を全て認め、罷免は当然とし、「司法、とりわけ裁判官に対する信頼を大きく傷つけ、申しわけありません。」と頭を下げました。

ついで証拠調べで、訴追委員会の冒頭陳述。3人の被害少女のほか、2人の少女が登場しました。証拠申請は、36点の書面で、弁護人は全て同意。休廷して、証拠の採否、2人の少女の扱いなどを合議。再開し、証拠決定と要旨の告知。弁護人の証拠申請。同意。休廷して、被訴追者尋問の要否、求釈明につき合議。再開。被訴追者尋問の決定と、私から2人の少女の位置付けにつき釈明を求めました。次回期日を決め、閉廷。今後の進め方につき合議。

裁判員14人はみな国会議員で、思慮深く弁も立ち、私よりかなり先輩の方もおられます。弾劾裁判は職権主義なのですが、法律の知識や弾劾裁判のイメージはかなり異なります。従って、合議はなかなか大変。司法制度改革で提案された裁判員制度もかくありなんと思いました。15時前に終了。ぐったり疲れました。

17時から、都内の高校生5人が、少年法のことを聞きに来ました。ゼミのテーマで、本にするのだそうで、今度は高校生に分かる話をしました。「少年法は、法の下の平等に反するのでは?」との質問に、どう答えますか。底の深い疑問です。

19時前の新幹線で、帰岡。


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