2005年6月10日 戻るホーム民主党文書目次

民主党「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案」への反対意見に対する反論

Q1 人権侵害の定義等が不明確
 
人権侵害の定義については、「不当な差別,虐待その他の人権を侵害する行為」(第2条1項)と規定されており、これでは,「人権侵害とは人権侵害である」といっているのと同じである。

 「人権」とは、人がその固有の尊厳に基づき当然に有する権利であって、実定法的に、憲法により保障された権利・自由を中核とするものであるが、「人権侵害」とは、特定の者に対して,その有する人権を侵害する行為であり、民法・刑法等に照らし従来から違法なものとされている行為であって,禁止される人権侵害行為の範囲は明確である。

 加えて、法案第45条以下の特別救済措置の対象となる人権侵害は,一般救済に加えて特別救済措置を執ることができることから,更に要件を厳格に規定し,人権侵害の態様も限定的に規定していることからも、人権侵害の定義が意味をなさないとの批判は当たらない。

Q2 人権侵害を恣意的に解釈されるおそれがないか
 
「嫌がらせ」、「不当な差別的言動」(3条1項2号イ)、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」(45条第1項第2号)、「前各号に規定する人権侵害に準ずる人権侵害」(同項第4号)など,あまりにも抽象的な表現が随所に見られる。
 ⇒これでは恣意的な解釈・運用がなされるおそれがあり,結果として,表現 の自由を萎縮させるおそれがあり,憲法違反のおそれなしとしない。
  1.  法案第3条第1項第2号は,特定の者の有する人種等の属性を理由として侮辱,嫌がらせ等の不当な差別的言動及び職務上の地位を利用し,その者の意に反してする性的な言動をすることを禁止するものであり,このような言動は,侮辱罪や名誉毀損罪,性犯罪を構成し,あるいは民法上の不法行為を構成するなど,従来から違法とされてきたものである。

     そして,特別救済措置の対象を定める第45条第1項第2号においては,不当な差別的言動の相手方に対し,「畏怖させ,困惑させ,又は著しく不快にさせる」といった看過することのできない被害をもたらす場合に限って,行政機関たる人権委員会の行う特別救済の対象としている。

     このように,第45条第1項第2号の「相手方を畏怖させ,困惑させ,又は著しく不快にさせるもの」という要件は,法案第3条第1項第2号により禁止される不当な差別的言動又は性的言動(これらの行為は一般救済の対象となる。)のうち,相手方を畏怖,困惑又は著しく不快にさせるという明確な被害を生じさせるものに限って特別救済の対象にするものであり,法の適用範囲を限定するための加重要件である。

     また,ある言動が「第3条第1項第2号イ又はロに規定する不当な差別的言動であって,相手方を畏怖させ,困惑させ,又は著しく不快にさせるもの」に該当するか否かは,当該言動の内容や言動がなされたときの状況等の客観的状況に基づき,当該言動が通常,一般人を畏怖,困惑又は著しく不快にさせるものと言えるか否かを,社会通念に従い客観的,合理的かつ総合的に判断して決せられる。

     既存の法律で「畏怖させ」「困惑させ」「著しく不快にさせ」という規定を置くものとして,刑事訴訟法,民事訴訟法,売春防止法,ストーカー行為等の規制等に関する法律等があるが,これら他の法律においても,これらの要件に該当するか否かが社会通念に従い客観的,合理的かつ総合的に判断されることは同様であり,本法案について恣意的な解釈・運用が行われるおそれがあるとする指摘は妥当でない。

  2.  法案第45条第1項各号は,特別救済手続の対象となる特別人権侵害の要件を規定するものであるが,同項第4号において,「準ずる人権侵害」とは,人種等の理由に基づく差別的取扱いや各種虐待等が類型的・限定的に特別救済手続の対象として取り上げられている趣旨に照らし,これらに準ずるという意味であり,例えば,東京電力OL殺害事件において,殺害された被害者の裸体写真や生前のプライバシーをみだりに公表する場合のように,その実質において,自らの人権を自ら守ることが困難な立場にある人々が被害者となっている場合であって,人権救済制度による救済が特に必要であると認められ,人権擁護の観点から看過し難い人権侵害に限定している。

     なお,同項第4号の「準ずる人権侵害」の場合の調査は,一般調査(過料の制裁を伴わないもの)にとどまる。

 以上のとおり,本法案において,人権侵害とは,特定の者に対して,その有する人権を侵害する行為であり,民法・刑法等に照らし従来から違法なものとされている行為であり,加えて,特別救済措置の対象となる特別人権侵害に関しては,更に要件を厳格に規定し,人権侵害の態様も限定的に規定していることから,本法案が恣意的な解釈・運用を許し,表現の自由を萎縮させるおそれはない。

 なお,法案第41条第2項ただし書の「救済手続の不開始事由」として,「不当な目的で当該申出がされたと認めるとき,人権侵害による被害が発生しておらず,かつ,発生するおそれがないことが明らかであるとき」が明記されており,申出に係る人権侵害とされた行為が正当な表現活動であるような場合には,救済手続を開始しないこととなる。

 人権委員会は,人権侵害を申し出た者のみならず,その相手方その他関係者の人権に十分に配慮し,他の人権を不当に侵害することがないよう留意しなければならず(法案第70条),一方に偏った調査をすることは許されず,中立・公正な立場で,証拠に基づき事実認定を行う。

Q3 人権委員会の権限が強大
 
中央人権委員会は,独立性の高い3条委員会として位置付けられており(5条・7条)、しかも、特別調査及び特別救済を行う権限を有するなど、その権限があまりにも強大すぎる。
  1.  中央人権委員会は,国家行政組織法第3条第2項に基づく独立行政委員会として,所轄の大臣の指揮監督を受けず,独立してその職権を行うが,国会に対し所掌事務の処理状況の報告が義務付けられ(法案第20条),これを受けて国会は,人権委員会の判断について質すことができ,また,人権委員会の委員長及び委員の任期は3年で(同第10条),選任・再任するに当たり国会の同意を要する(同第11条)など,国民の代表である国会を通じて民主的コントロールを受ける仕組みとなっており,暴走するおそれはない。

     また,人権擁護推進審議会は,独立性のある委員会組織の設置を提言しており,規約人権委員会の最終見解(1998年11月)などでも,人権救済のための独立した仕組みの設立が勧告されているところである。

  2.  人権委員会の行う特別調査は,その対象となる人権侵害行為が,法案第45条及び第46条において明瞭かつ具体的に列挙されたものに限定されている上,その実施方法についても,当該人権侵害の調査のために必要と認められる限度で,当該人権侵害事件に関係のある者,物件,場所について行うことができることとされている。また,特別調査は,正当な理由がなくこれを拒んだ者に,裁判所を通じて過料を課すことができるのみであって,人権委員会がこれを強制することはできない。

     人権擁護推進審議会の答申は,積極的救済を図るべき人権侵害について,実効的な調査権限を整備するよう提言しており,本法案の立法の意味はこの点にある。

     なお,行政機関の出頭要請,立入調査又は物件留置の実効性を担保するため,正当な理由なくこれらの調査を拒否した場合の罰則を定める法律は,児童福祉法第29条,第62条(罰金30万円以下),児童虐待の防止等に関する法律第9条(罰金30万円以下)等,本法案以外にも多数存在しており,調査の実効性を担保するため,調査を拒否した場合には刑事罰(懲役,罰金)又は行政罰(過料)を科すのが通例であるが,本法案では,刑事罰である罰金を科すこととはせず,行政罰である過料を科し得るにとどめている。

  3.  特別救済措置は,人種等を理由とする不当な差別や虐待の被害者など,一般に自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々に対する一定類型の人権侵害に対し執りうる措置であり,要件を厳格に規定し,人権侵害の態様も限定的に規定している。

     このうち,調停及び仲裁は,当事者間の合意を前提とする紛争解決手法であり,裁判外紛争処理の代表的な手法である。

     また,勧告に強制力はなく,公表も勧告を受けた者がこれに従わない場合にしか行うことができないが,本法案では,勧告及びその公表に先立って,対象となる者の意見を聴かなければならないとし,さらに,対象者に不服申出の機会を与えるため,不服申出の制度を設け,他の行政手続の勧告・公表制度に比べてより慎重な手続きを採ることとしている。

  4.  訴訟援助(資料提供,訴訟参加)は,勧告を行ったにもかかわらず,被害の救済が図られない場合において,被害者が自らの請求権に基づき訴訟提起できる場合に,被害者が司法的救済を得られるよう援助するものであり,人権委員会が直接に救済の実現を図るものではない。


  5.  差別助長行為等の差止請求は,不特定多数に対する差別助長行為等については,個人が訴訟によりその排除を求めることが,法律上又は事実上著しく困難であり,訴訟援助の手法が有効に機能しないことにかんがみ,法案第46条に限定的に規定された差別助長行為等に限って,裁判所に差止めを請求できるとするものであり,人権委員会が直接に救済の実現を図るものではない。

     人権擁護推進審議会の答申は,一般に自らの人権を守ることが困難な状況にある人々に対しては,積極的救済を図るべきであると提言しており,本法案の立法の意味はこの点にある。

 以上のとおり,本法案における特別調査,特別救済措置は,自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々の人権救済の実効性を担保するための最低限必要な調査・措置である。

Q4 報道の自由は確保されるか

 憲法第21条によって表現の自由、出版の自由が保障されており、報道の自由は民主主義に不可欠のものなので、民主党案は、政府案と異なり、報道機関による人権侵害事案は特別救済の対象としていない。

 一方で、報道機関による著しい人権侵害の事例もあり、何らかの救済が必要であると考え、報道機関も任意の手続きである一般救済の下に置き、報道機関に対して自主的な救済制度をつくる努力義務を規定しています。(第69条)

 こうした制度設計により、報道機関の自由闊達な活動についても、被害者が一般救済を求めることを可能とし、且つ、報道機関がその役割を自覚し、人権保障と民主主義の発展に大きな役割を果たすことが期待されます。

Q5 不当な人権救済の申出の対象とされた者の保護が不十分
・ 相手方を困惑させ,相手方の行為を萎縮させるために,人権委員会に人権救済を申し出るといったような濫訴的な場合に対する対応が十分になされていない。
・ 簡易迅速な救済を図るがために,申出の対象とされた者の人権を粗略に扱っている。
  1.  人権侵害による被害を受けたとの申出は,当該申出において人権侵害を行ったとされる者の名誉等にもかかわることから,第70条において,「救済の対象となる人権と他の者の思想及び良心の自由,表現の自由,信教の自由,学問の自由その他の人権との関係に十分に配慮しなければならない。」との規定を設けているところであり,申出が不当な目的でなされた場合など,人権侵害の申出が不当なものであることが判明したときは,救済手続は不開始となり,調査開始後に判明した場合には速やかに救済手続を打ち切ることとなる。

  2.  救済手続においては,申し出た者の話をうのみにするのではなく,相手方から事情を聴取するのはもちろんそれ以外にも証拠を収集し,証拠に基づいて事実認定を行い,従来の法解釈や判例の積み重ね等を参考にしながら判断を行うこととなる。

  3.  人権委員会が勧告の措置を講じる場合には,特に慎重を期するため,あらかじめ,当該勧告の対象となる者の意見を聴かなければならない旨定められており(法案第63条第2項),公表についても同様である(法案第64第2項)。

  4.  人権委員会や人権擁護委員は法律上の守秘義務を負い(法案第15条第1項,国家公務員法第100条第1項),申出内容や調査の秘密は厳守されることとなる。

 このように,本法案では,申出の相手方の権利についても十分に配慮されている。

Q6 人権擁護委員の選任基準が不適当
 
国籍要件がないため,外国人であっても人権擁護委員となることが可能である。このままでは特定の外国人団体が組織的に工作して人権擁護委員を送り込むおそれがある。
  1.  人権擁護委員は,市町村長が,市町村議会の意見を聴いた上で,候補者を推薦し,これを受けて,地方人権委員会は,当該市町村を包括する弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて,当該候補者が人権擁護委員として適当かどうかを地方人権委員会が最終的に判断して委嘱する(法案第27条第1項ないし第3項)。

  2.  市町村長の推薦を経ない特例委嘱の場合においても,後記のとおり,その者の住所地の属する市町村長並びに当該市町村を包括する弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴くこととしている(法案第28条)。このように,人権擁護委員は,民主的な手続により選任されるので,特定の外国人団体が組織的に工作して人権擁護委員を送り込むことはできないと考える。
Q7 弁護士会等による人権擁護委員の推薦
 
「弁護士会その他人権の擁護を目的とし,又はこれを支持する団体の構成員のうちから・・・人権擁護委員の候補者を推薦」(27条3項)とあるが,弁護士会等の団体が必ずしも適切な知見と公平性を有しているとは思われない。

 法案第27条第3項にいう「弁護士会その他人権の擁護を目的とし,又はこれを支持する団体」とは,例えば,女性,障害者,被害者等の団体であって,直接間接に人権の擁護を目的とし,又はこれを支持する団体の構成員をいい,弁護士の使命が基本的人権を擁護し社会正義を実現することである(弁護士法第1条第1項)ことにかんがみ,そのような団体の例として弁護士会を挙げているものであって,その構成員が人権の擁護に関し適切な知見と公平性を有することが期待できないような団体は含まれない。

 また,人権擁護委員は,市町村長が,市町村議会の意見を聴いた上で,候補者を推薦し,これを受けて,人権委員会は,当該市町村を包括する弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて,当該候補者が人権擁護委員として適当かどうかを人権委員会が最終的に判断して委嘱する。

 したがって,弁護士会等の団体の構成員であれば直ちに人権擁護委員として委嘱されるものではなく,上記のような手続を経て最終的には人権委員会が人権問題に対して十分な理解を有しているか,あるいは,積極的に人権擁護活動に携わっているかという点に着目して,適任者と判断した者を委嘱するので,適切な知見と公平性を有している者が委嘱されることとなる。

Q8 人権擁護委員の委嘱の特例
 
市町村長の推薦を経ることなく,人権擁護委員を委嘱することができることとしている(第28条)とあるが,これでは,人権擁護委員は民主的な手続により選任されるとはいえない。

 人権擁護委員の選任手続は,基本的には,現行の人権擁護委員法と同様であるが,地方人権委員会において,人権擁護委員として適任と思われる者を把握した場合においても,必ずしもその者が人権擁護委員の候補者として推薦されるとは限らないため,一定の専門性を有するなど適任者のより一層の確保を図るために,市町村長の推薦を経ずに人権擁護委員を委嘱する手続を設けている(法案第28条)。これは,必要に応じて,地方人権委員会が把握する適任者をも選任することをも可能にするための補充的なルートを設けることが適当であるとする追加答申に沿うものである。

 この委嘱手続は,あくまでも法案第27条第2項の市町村長が推薦した者のうちから委嘱する手続を補完するための手続であり,また,この場合においても,その者の住所地の属する市町村長並びに当該市町村を包括する弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴くこととしており,人権擁護委員が地域社会において活動する者であることに十分配慮した,民主的な手続である。

Q9 人権擁護委員の政治的中立性
 
人権擁護委員の政治的中立性を担保されるのか。

 人権擁護委員の服務に関し、職務を公正に行うのにふさわしくない事業を営み、又はそのような事業を営むことを目的とすることを目的とする会社その他の役職員への就任を禁止している。(第34条第4項)

 現行の人権擁護委員には国家公務員法の適用が除外されているが,本法案の人権擁護委員については,一般職の国家公務員であり,国家公務員法が原則として適用される。

 そして,同法第96条に「すべて職員は,国民全体の奉仕者として,公共の利益のために勤務し,」と規定しており,この規定により,人権擁護委員は,職務を行うに当たっては,中立・公平でなければならず,当然ながら政治的にも中立・公平でならず,これに違反した場合には解嘱されることになる(法案第36条第1項第2号)。

 また,国家公務員法第38条第5号に「日本国憲法施行の日以後において,日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し,又はこれに加入した者」が欠格事由として規定されており,この事由に該当するものは人権擁護委員になることができない。

 したがって,人権擁護委員の政治的中立性を担保する規定が不十分であるとの批判は当たらない。

以上


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