1986年10月

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老人保健法(案)を斬る 自己負担は実質三倍増

 今国会において国鉄改革法案と並ぶ重要法案である「老人保健法改正案」の実質審議が、一九八六年十月二十三日から衆議院の社会労働委員会で始まりました。早期成立を図る自民党に対し、野党は「老人いじめは許せぬ」と足並みそろえて絶対反対の姿勢。減税問題ともからみ審議は多難が予想されます。
 今回は、長年、衆院社労委員として活躍し、現在は予算委員として、この問題に取り組んでいる菅直人副書記長に問題点を語ってもらいました。

  早期成立狙う中曽根内閣

―― 老人保健法改正問題については、審議に先立ち中曽根首相自らが衆院社労委員長の堀内光雄氏を招き、同法案審議の促進を指示するという異例のことを行っています。明らかに政府は今国会中の成立をねらっているようですが、この「改正案」 の中身とは……。

 老人保健法は三年前に成立し、当時、社労委員として私も審議に携わったのですが、その中には三年目に見直しをする――という規定があり、それを逆手にとって厚生省や大蔵省が提出してきたのが今回の改正案です。

―― 改革の三本柱は、(1)老人本人の一部負担増額、(2)保険加入者案分率の変更、(3)老人保健施設(いわゆる中間施設)の建設――ですが、これらについては……。

 まず一部負担の改定、これは外来の診療費用一カ月四百円が二・五倍アップで千円に――入院費用は現在二カ月を限度に一日三百円であるのが、無期限で一日五百円になる。今回の改正が実現すると老人医療費中の自己負担は一・六%から四・五%に増大します。

 これには社民連として基本的に反対します。
 老人医療について一部負担がいいか、無料化がいいか――という事はいろいろと議論があるところですが、少なくとも前者にするとしたら、今回のような急激な引き上げは行き過ぎであると思います。

―― 改正案三点の中で、一番大きな問題とは……。

 二番目の「加入者案分率」の問題ですね。
 大企業に勤めるサラリーマンを中心とした「健保組合」と、その企業を定年した人や自営業者、農民、老人が加入する「国保」を比べると、加入者千人当たりでの七十歳以上の老人の割合は、健保二十九人、国保百二十五人となっています。

 国保の運営が困難なのは構造的なものと言ってもいいでしょう。
 そこで、老人加入者の少ないところは実数より多く負担しようということになったんですね。

 今回の改正案は、この案分率を現行四四・七%(千人当たりの老人負担分=健保四十七人、国保百人)から一挙に一〇〇%(六十二年度)にすると、全組合が千人当たり老人六十九人を抱え公平になる――というものです。

  案分率変更は、“実質増税”

 これは“実質増税”と言えば一番わかりやすいでしょう。

 理屈で言うなら「保険」なるものは、加入者の相互扶助が原則。「生命保険」ならば掛け金を払っている人に不幸があればお金がおりる仕組みですよね。

 ところが「老人医療」の場合は、七十歳以上の人達と、その医療費にお金を出している人は別です。つまり「老人医療」に対する考え方は“保険”ではなく“保障”つまり“税”の性格が強いのです。

 基本的に「保険制度」という形で老人医療費を徴収して、しかも、それが加入者案分率を一〇〇%にするということで、私たちの税負担を増大させていることと全く同じであるわけです。しかもその負担が、結果的にはサラリーマンにだけかかってくる。

 「国保」の場合は「健保」の事業主負担に代わるものとして五五%の国庫補助がありますね。それに対して「組合健保」などには医療費に対する補助金の支給がありません。

 この比較で考えると、サラリーマンの場合は、自己の拠出金プラス事業主の拠出金でまかなっていますが、この事業主の拠出金も広い意味では“給料の別払い”的な性格があるわけですから、全額自己負担で成立しているのと同じ。

 そこまで考えると案分率が四四・七%の現在でさえ「国保」の自己負担部分と「健保」の事業主上自己負担分を含めた割合とは、拠出に対して同程度の効果があると思ってもいいでしょう。

 よって「案分率」変更は“サラーリーマン増税”につながり、税そのものが不公平である上に、そのことが「社会保険」にまで浸透することになります。

  中間施設は本来の姿で

―― 中間施設の建設についての御意見は……。

 この施設の性格は、老人医療における「病院」と「老人ホーム」 の中間的役割を果たすものですが、二つの問題点があります。

 第一に、老人に合わせて施設のサービスを変えるのではなく、施設に合わせて老人を老人ホーム→中間施設→病院とタライ回しにするようなことになりかねない。

 第二に財政面。これまで老人ホームは国の税金でまかなわれてきたのですが、中間施設とは老人保健の枠組みですから拠出金で作られます。

 厚生省や大蔵省の考えとは――「今後、高齢化社会になり老人が増加するから何らかの対応が必要だ。が、老人ホームの増設には金がかかる――それならこの“保険料”で賄われる中間施設をもっと作ろう」、そういうことなのではないでしょうか。

―― まさに保険料と税のすりかえが行われるわけですね。

 今回の法案では全国で十カ所ほどモデルケースを作るということですが、将来的に老人保健に必要な金額は増大しそうです。本来、中間施設とは、家庭と病院、家庭と老人ホームの中間的役割を果たすものであると思います。例えばショートステイとか……。

―― 三点それぞれに問題があるわけですね。それでは今後の国会の見通しは……。

 この法案の成立が遅れると、ひと月ごとに約二百二十億円の余計な国庫支出が出る(厚生省調べ)ので是が非でも通過させたいのが政府の態度です。

 しかしこの問題では野党の足並みも揃っているので「国鉄法案」のように一方的に成立させることはないと思います。しかし廃案、大幅修正にもちこめるかは非常に微妙です。今後、一部負担、案分率の割合に関してかなりの水面下の動きがあるのではないでしょうか。


1986年

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