1983年 ’83参議院選挙

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当面(八三年後期) の政治方針
  10・12ロッキード判決後の臨戦態勢に備えよ

 本年一月二十三日の第三回全国大会で決定された八三年政治方針中、変更および追加部分について提案したい。
 八三年政治決戦といわれたこの年も、いよいよ衆議院解散・総選挙ふくみの臨時国会をむかえる。一九四七年新憲法制定以来第百回目の国会である。第三回大会では「現政局における野党の政治戦略はただ一つ自民党の単独支配体制をつきくずすこと。裏をかえせば、政権交替可能な民主的政治勢力を結集すること(社会民主主義政治勢力の結集を軸として民主的・改革的保守とも提携する)」であると決定している。

 本年六月の第十三回参議院選挙の結果の客観的分析によっても、野党の選挙協力なくしては自民党の一党支配を壊すこ とは勿論のこと、与野党伯仲状況すらつくりだすことはできない事実を如実に示しており、われわれの政治戦略の正しさ が実証されている。各野党がそれぞれタコツボに閉じこもり、選挙毎に二〜三の議席増減だけで、勝ったの、負けたのと 騒ぐことはもはや政治的には何の意味もないというべきであろう。

 院内共闘−選挙協力−新政治勢力結集−政界再編のコースは、自民党単独支配を終わらせるための戦略コースであることは誰の目にも明らかになったはずである。この分かりきった戦略が容易に現実のものにならないその原因、理由はどこにあるのか。われわれはもう一度このことを真剣かつ深刻に考える必要がある。

 各野党それぞれに責任があるとはいえ、その責任の大半は野党第一党にあるといわねばならない。石橋社会党新執行部がわれわれの願う政権交替可能な民主的政治勢力結集の形成に大きな現実的リーダーシップを発揮されるよう期待する。要は決断である。

 われわれは引き続き第三回全国大会決定の政治原則、政策原則にそって政治変革の起爆剤としての役割を果たす。


一、院内活動
1.中道四党の院内活動における共闘および同盟を含む選挙協力は何としても強化しなければならない。九月十四日開催予定の同盟・中道四党幹部懇談会はそのための大きな節となるであろう。

 社会党についていえば、石橋新執行部誕生によって路線がどう変化するのかを見極める必要がある。社会党は江田三郎先輩やわれわれ同志の離党後六年にしてやっとわれわれが指摘していた党の欠陥にめざめ、われわれの主張していた路線を志向する兆しが見えはじめた。(島崎政審会長著『もう一つの時計』 )

 社会党が野党結集の「かなめ」としてどのようなリーダーシップを発揮しうるかは、野党第一党なるがゆえに、依然として政治転換に大きな影響力をもっている。特に来るべき臨時国会では行政改革について中道四党と社・共の間では方針上大きな距離があるとしても、政治倫理、減税景気回復策などでは社会党と中道四党との共闘は不可欠の要件となる。すでに九月六日には労働五団体と野党五党(共産党を除く)との幹部懇談会が予定されているし、社会党の院内野党共闘に対する柔軟な対応を望みたい。

2.新自由クラブとの院内共闘について
 われわれは中道政治勢力結集の第一歩として、新自由クラブと院内統一会派をつくり、参議院選挙も共闘を果たした。

 しかし参議院選挙の結果は、残念ながら所期の目標を達しえず、両党それぞれの党内事情から、共闘の教訓と経験をふまえながら、さらに大きな政治勢力結集を展望しつつ、一応双方とも立党の精神にかえって、この際院内会派を解き、新しい飛躍にそなえて出直すことになった。

 さまざまな試行錯誤はあったとはいえ、政権与党を離れた新自由クラブと、野党第一党を離れたわれわれが、護憲・軍縮・政治倫理・環境保全などの大きな政策の枠組みのなかで、日本の政治変革のために共闘しえた事実は、かつて試みられたことのないダイナミックな一つの政治的実験であった。われわれはこの政治的実験を評価し、教訓として来るべき躍進への糧にしなければならない。

 そのため新自由クラブとは今後定期協議会をもって友好関係を維持発展させるとともに、実現可能性のあるより大きな多数派形成をめざして行動を開始したい。

3.第百回臨時国会闘争方針
 九月六日召集予定の第百回臨時国会は一応行政改革国会と銘うってはいるが、前国会より懸案の減税、景気回復、中曽根改憲軍備拡張路線など重要政治課題が山積し、とりわけ一〇・一二ロッキード事件総理犯罪の第一審判決を軸として政局の先行きは予断を許さない激動国会となるであろう。

 そして与党内非・反主流派の対応、野党の国会戦術いかんでは、衆議院解散がこの臨時国会中(会期延長を含む)にも断行され、総選挙に突入する可能性が大きい。いわば政局は臨時国会開会と同時に総選挙への臨戦態勢に入ることになる。

 このような政治情勢である以上、野党は衆議院解散、総選挙への主導権を握るべきである。しかし、それはあくまでも国民の共感をうる国会戦術を駆使することによって実現されなければならない。

 いま国民の共感をうる政治課題は減税、景気回復、政治倫理にしぼりうるであろう。これらの政治課題に関する限り、野党は結束しうるし、国民の納得いく解決をめざして、分かりやすい、しかも強い対決姿勢で臨むべきである。

 五野党あるいは中道四党の結束、共闘を背景にわれわれは以下の国会闘争を展開する。

(a) 減税闘争
 政府与党は今年中の減税実施を野党に公約してきた。景気回復につながりうる規模の額は約束しているが、具体的数字、方法、法案提出時期、財源等は未だ明らかにされてはいない。臨時国会冒頭、これらの諸点について政府・与党の明示を迫るべきである。もし総理演説でそれらが明示されえないとすれば、総理演説日程に入ることはできないであろう。

 この国会冒頭の闘いはその後の国会戦術の全枠組みを規制することになるので、慎重かつ粘り強く展開する必要がある。ただし戦術には硬軟がある。何よりも重要なことは野党の足並みをそろえることである。一部の党略的突出は厳につつしまなければならない。しかも一〇・一二段階では国会審議が行われている状況であらねばならない。そのことを見通した上で、ある程度冒頭戦術は柔軟性を要するのではないか。

 われわれは一兆四千億円規模で課税最低限引き上げという制度改正を中心に、今年中に実現するよう今臨時国会中での法改正をめざす。財源については臨調の「増税なき財政再建」路線にそった不公平税制改革、補助金の整理統合、予算支出節減などによるものとする。

(b) 政治倫理確立 一〇・一二後の闘い
 一〇・一二総理犯罪一審判決は、恐らく検察側の論告求刑通り有罪判決となる可能性が強いと思われる。もしそうなれば理由を判決に合わせ、あらためて田中議員辞職勧告決議案を提出し直すことになる。この決議案に対する与党の対応は、一つは今まで通り国会決議に“なじまない”という理由で議運あずかりのまま中づりにしておく。二つ目は中央突破で本会議にかけて否決する。三つ目はウルトラCで田中議員が辞職し、次の総選挙で「みそぎ」を果たすという三つの対応が考えられる。与党内の非・反主流派の動向にも左右されるが、最も可能性の強いのは一つ目の決議案中づりではないか。その場合、野党はどう対応すべきか重大な選択を迫られる。

 ここであらためて問題になるのは、国会冒頭の戦術である。一〇・一二段階では国会審議が進行中でなければ戦いは組みにくいということである。したがってもし一つ目の場合、本格的審議拒否を含む強行戦術は一〇・一二以降に(いつの時点かは別として)考えるべきではないか。そして減税で国民の納得しうる政府案が示されない場合、はじめて政治倫理確立と減税闘争を絡めて、その延長線上に今度こそ全野党による内閣不信任案提出を決意すべきであろう。

 これは一応闘い方の一つのケース、道すじを例示したものであり、現実にはその時点における状況の変化に柔軟に対応すべきで、問題はあくまでも野党が結束を強化、対決姿勢を明確にして世論を味方にし、解散、総選挙の主導権をつねに握ることである。

(c) 行政改革闘争
 中曽根内閣は今度の臨時国会を行政改革国会と位置づけ、内閣の目玉にしようとしている。臨時国会には前国会より継続審議になっている国家行政組織法改正案、共済年金統合法案のほかに、行政管理庁と総理府の統合・再編法案など行政関連五法案が新しく提出される予定である。

 われわれは基本的に行革には賛成である。ただし政・官・財・民がひとしく苦難を分かち合うという原則にはずれ、自助能力のない人たちへの配慮を欠き、犠牲を転嫁し易い部分、福祉・教育など一番弱い部分に負担や苦しみをしわよせする内容であった場合には断固として批判し、その修正に全力をあげる。

(d) 人勧・仲裁闘争
 人勧は二十三年、仲裁は二十四年からそれぞれ制度が発足しているが、公務員のスト権剥奪の代償として制度が設けられている以上、人勧、仲裁は尊重されねばならない。

 五十七年度分の人勧は凍結され、仲裁も期末手当の一部がカットされている二年つづきの凍結は許されない。完全実施のため全野党結束して闘う。

二、その他の政治課題、院外運動については第三回全国大会決定の方針で臨むが、十一月予定のレーガン米大統領訪日に際しては、緊急国際課題として米・ソ両国首脳による核軍縮会談が早急に実現されるよう、日本国民の名において野党党首がそろってレーガン大統領に会い、そのことを訴えることをわれわれは提起したい。

三、総選挙闘争方針
(a)われわれは八三年後期の闘いの焦点を総選挙闘争におき、社民連として闘う。
(b)直ちに田代表を本部長とする総選挙闘争本部を中央本部に設置する。
(c)公認候補を早急に決定し、他野党および労働団体、市民運動団体などとの選挙協力を可能な限り実現し、社民連候補の全勝、同時に野党の総体的躍進のため死力をつくす。
(d)中道四党候補空白の選挙区では四党共同すいせん候補の擁立に努力する。
(e)具体的闘い方については別途、闘争本部より指示することとする。

四、その他
 政党と市民運動との関係、組織のあり方の見直し、総選挙後の政治情勢に見合った社民連の今後のあり方など、根本的問題は人事刷新を含めて、総選挙終了後、適当毒期に臨時全国大会を招集して論議することとし、当面すべてのエネルギーを総選挙必勝に集中する。

以 上


 参議院議員選挙の総括    野党連合の必要性を立証

 激動の八三年政治決戦、統一地方選、参院選をたたかいぬき、いま解散総選挙戦が刻々と差し迫った段階に直面している。

 われわれはこの政治決戦を勝ちぬいて、連合と転換、わが国の政治で四十年間にも及ぼうとする自民党一党支配を終わらせ、政治再編と新しい展望をひらくために、それぞれの立場で全力をあげてたたかった。

 結果と経過については、われわれの政治活動、小なりとも政治集団として、われわれ社会民主連合の存在の根底に関する問い直しと重大な反省が求められている。

 われわれは今日まで、大きな選挙のたびに難しい問題をまき起こしてきた。「社民連の原点」論議をまき起こしてきた。われわれの原点、われわれの基本戦略は、わが国の真の民主政治を実現するために、政党間の政権交替の条件として進路を切り開くことにある。

 そして、拠って立つ基本として護憲、軍縮、分権自治、福祉、緑と教育の復権、そして何よりも政治倫理、こういう最大公約数のもとに、幅広い結集をめざし、その起爆力、推進力たらんということがわれわれの立場であり、使命である。

 われわれの立場と使命は生易しいものではない。いろいろな根本的論議が起こるのは当然だが、それは前に進むべきもので、後ろ向きの議論は許されないと考える。

(1) 参議院選挙の反省
(a) 野党協力が成功すれば自民圧勝は阻止されていた
 自社なれあいで新たに導入された比例代表制党名投票選挙によって野党間協力は決定的に挫折し、自民党のネライの通り、選挙区(地方区)において得票率四四%の自民が七十六議席中四十九議席を獲得し、比例区(全国区)において得票率三五%で五十議席中十九議席、合わせて百二十六議席中六十八議席、安定過半数議席を獲得した。

 これがもし、野党協力が成功していたならば、選挙区の二名区、一名区において五〜八議席程度野党が獲得することになって、自民党の安定過半数は確実にくつがえったと考える。野党の連合協力の重要さを、今回の参院の結果ははっきりと示している。

(b) 選挙区選定の混迷
 われわれは昨年七月、幅広い、与党派まで含めた結集を進め、新緑風会で参院選をたたかう、参院における政党としての社民連の解体も考慮する、という立場で取り組んだが、年末段階に至ってこれがまとまらず、新自由クラブと協議し、田英夫代表の選挙区選定は東京地方区以外選択の道なし、と表明し両党合意とした。双方一月下旬党大会を開催し、両党協力を相互に確認し、具体的には四者会談に委ねることとした。

 ところが大会直後から二月に入って、いわゆる都知事選問題が起こって激動し、二月十八日両党協力による比例代表区で闘うことに変更が決まった。その後の四者会談においては、二月十七日四者会談の確認順位、名称問題が難航し、今度は四月二十八日、東京地方区出馬を打ち出すことになった。五月十四日、最終的に再び全国区比例代表選に決定。

 この選挙区選定問題が国民の多くに不鮮明な印象と不信の念を持たれ、今回の参院選の結果に重大なマイナスをもたらしたことは否めない事実であり、選挙対策の重大な失敗であり、責任を明らかにしなければならない。

(c) 政策、組織、運動、政党運営のイメージ
 既成五党はいずれも組織的力量の上に立っているのに対し、われわれと新自由クラブはこの点において大きく立ち遅れている。政策的な鮮烈な訴える力、新鮮なわかりやすい行動を大きなよりどころとしているわれわれが、この点についてもおくれをとったということである。逆にサラリーマン新党や福祉党が簡明直截にわかりやすく国民の眼に映ったのに対し、われわれは、順位、名称など、まことに政党の業というか、既成政党以上の後ろ向きの面をさらけだしたということである。

 われわれは分権、参加、自治の政治をめざし、開かれた政治をめざす。しかしそのことは無責任や無政府主義ということとは断じて相容れない。国民はその政党、その政治集団がどれだけの団結力、そしてそのなかにどれだけ人間的な、同志的な信頼関係によって結ばれているかということを政党評価の一つの重要な判断基準として持っている。

 われわれの社民連という政党の運営は、同志間においては徹底した論議を行い、外部に対しては後ろ向きなことはさらさらない。これは、同志的な結合を土台とする政党、政治集団の不文律というべきものと考える。

(d) 連合、再編の前進へ
 新自由クラブと協力してたたかった今回の参院選は、結果だけをみて失敗であった、という考えは過ちである。

 われわれは比例区において田代表の一議席を辛うじて守るに止まり、選挙区において埼玉、東京で当選したが神奈川で 敗れ、選挙結果は明らかに敗北である。しかし、わが国の戦後政治の上で、異なる政党が国政選挙を一体となってたたかったということは初めてのことであり、名称問題や、二転三転した選挙区選定など多くの反省をしなければならないが、われわれは後にもどるのではなく、更に大きな広がりをめざして前に進む、こういう立場からこの経験を大切にしなければならない。


1983年

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