民主党 参議院議員 江田五月著 国会議員― わかる政治への提言 ホーム目次
第5章 国会の機能低下と政治不信

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腐敗の構造

 昭和五十四年秋、鉄建公団で税金の不正使用が発覚した。ところが調査が進むと、不正はずいぶん以前から、中央官庁から特殊法人までの広い範囲で行われていたことが明るみに出た。個人的にはきわめて細心な公務員が、一度組織ぐるみで動き出すと、「赤信号、みんなで渡ればこわくない」の心境になるらしい。

 カラ出張、カラ伝票、ヤミ賞与、官庁相互にあるいは同一省庁内で、おごり、おごられ、たかり、たかられ……あまりにも念入りな不正の数々に、国民は怒った。

 この年、大蔵省は大型間接税の導入を決め、まだ国会の承認も得ぬうちに大平首相(当時)の口を借りて「財政再建のキメ手はこれしかない」とキャンペーンを張った。これに対し、「歳入をふやすだけが財政再建ではない」「歳出をおさえる方が先決ではないか」「大蔵省も会計検査院も手ぬるいぞ」と、野党が追及したとたんに、大蔵省が各庁から接待を受けていたことが判明して、世論はワッとわいた。

 「役人は仲間意識で手ぬるい」「こうなったら、国民の直接監視しかない」「むだな特殊法人を洗い出そう」等々の声が出て、この時の国民の要求は、二通りの動きに収斂されていく。

 一つは、政府へ情報公国を迫る動き、もう一つは、行政改革を迫る動きである。

 社民連は、この前年の五十三年に発表した「市民的権利拡充のための五つの提案」の中で、《市民がコントロールできる政治と、社会の実現のために》としていち早く「アメリカで『情報自由法』と呼ばれている法のような制度を設けよ」と提案していた。

 ところが国民世論は「情報公開要求」よりもむしろ「行政改革要求」へ向かった。高級官僚の天下り、そこでの高額退職金をはじめ、給与、退職金、年金等々の官民格差が詳しく報道された。当時の国民の憤りの激しさは、「官民戦争」の言葉を生んだほどである。

 昭和五十四年十二月、政府もついに重い腰を上げ、大平首相が「行政改革」を約束しなければならなくなった。行政管理庁が、動き出した。

 しかし、各省庁の抵抗は激しく、一向に成果が上がらないうちに、衆議院で大平首相の不信任案可決、解散、衆参ダブル選挙となった。

 大平首相の急死と引き替えに、自民党はこの選挙で圧勝。後任の鈴木善幸首相は、行革に不退転の姿勢で臨むとし、「臨時行政調査会」を発足させた。略して「臨調」という。

 「また審議会か、あんなものいくつ作ったって……」と、国民の反応はかんばしくなかった。

 会長に、高潔な人柄で知られる財界人、土光敏夫さんが就任した時も、「骨折り損に終わらねばよいが」と、むしろ同情の目で見たものであった。だが、時の中曽根行管庁長官は、この機関が単なる諮問機関に終わらないことを知っていたようだ。


臨調方式の登場

 中曽根行管庁長官はかねてから「縦割り行政に慣れた官僚から新しい発想は生まれない」と言っていた。その点、全省庁を通じて、機構の点検、部局の廃止、統合、場合によっては省庁の統廃合まで手がけようという「臨調」は、彼の主張に合ったようだ。

 「臨調」は発足すると間もなく、行革の「目玉」 に国鉄改革を持ってきた。 当時国鉄は、ヤミ給与、ブラ勤、勤務時間中の入浴など規律の乱れが次々と発覚していた。

 「膨大な赤字を抱えているのに、この親方日の丸ぶりは何だ」「労働者全体の足を引っ張るものだ」等々、一般国民からも批判の声が高まり、総評の中でも屈指の行動力を持つ「国労」が、頭を低くしなければならない風向きだった。

 そんな中で、「臨調」で国鉄問題を担当している加藤寛さんの十一項目の「国鉄改革緊急対策」がすんなりと国民の耳に入っていった。

 「政治家がやれないことでも民間人がやってくれる。臨調方式というのはいいものだ」という世論が、じわじわと形成されていったのも、この頃からである。

 だが、鈴木内閣の下で行政改革は、いったん挫折する。「総論賛成、各論反対」の官僚と自民党の「族」議員が、ブレーキをかけたのだ。

 昭和五十七年十二月、政権を突如投げ出した鈴木首相の後任として、中曽根首相が誕生すると、「行財政改革」は再び息を吹き返す。

 電電公社の民営化が、中曽根行革の新たな目玉となった。

 一方国会は、「田中元首相の辞職勧告決議案」をめぐって空転につぐ空転を重ねた。「倫理、倫理と鈴虫のようだ」と首相に毒づかれるありさまであった。

 私はこの時期参議院の任期を終えて、次期衆院選出馬の準備のため選挙区で毎日走り回っていたが、自浄作用を失った国会がいかにもふがいなく、古くさく見えたのは事実である。

 一方、この年の秋、解散時期をめぐって元首相と現首相のつばぜり合いが続き、国会全体が浮足立っている時「国家行政組織法一部改正案」がひっそりと国会に提出されていた。

 この法案は、第二臨調の第三次答申を受けたもので、今まで法律によらなければならなかった「各省庁の内部部局の新設、廃止」と「各種審議会等の改廃」を「法律または政令による」と改正するものであった。提案理由は「行政需要の変化に即応した行政組織の機動的、弾力的、効率的編成及び運営を図るため」。この法案は会期末に、国会を通過した。だが、一見地味な法案は、議会制民主主義の存亡にかかわる内容を秘めていたのである。


ブレーン政治は国会の恥

 昭和六十年一月五日から十九日まで、毎日新聞に連載された「転機の戦後政治」に詳細に記されているが、中曽根首相の「ブレーン政治」は、予想を超えるスピードで、国政に影響を及ぼしつつある。

 五十八年秋、国会の議を経なくても審議会等の新設が可能となった各省庁は、思うがままに諮問機関を設けることができるようになった。人選も運営もまったく自由な「私的諮問機関」は、別表(次ページ)のとおりの多様さである。

 これらが、文字どおりの諮問機関なら、それはそれでよい。大臣が有識者や専門家等民間の声を聴いて、行政の参考にするだけなのだから。

 ところが最近、首相の私的諮問機関が、審議会並みに意見をまとめ、首相に直言したから見過ごせぬ問題となった。

 審議会というのは、その一部が政令にゆだねられることになったものの、大半は今でも法律によって設置されている。メンバーの人選も国会の承認が必要なかわりに、意思決定機関としての権限が与えられている。私的諮問機関とは、性質が違う。

 にもかかわらず、私的諮問機関「平和問題研究会」は、「防衛費のGNP一パーセント見直し」という重要な問題で、首相に意見具申した。同研究会の中で意見が真二つに分かれたというのに、首相のブレーン高坂正堯さんが、強引にまとめたと伝えられている。

 二年前「臨調」 の答申が、あたかも「天の声」のように降ってきて、世論の支持を得ることによって国会を縛った。中曽根首相は、「まず天の声ありき」方式に味を占めたのではないか。行革臨調の次は、教育臨調の「臨教審」。さらに防衛臨調まで待ち切れずに「平和問題研究会」。国会の仕事は、その答申を法律に書き直すのみ、ということにならないよう、全国民の代表者たる国会議員が、国の意思を決定するよう、国会は頑張らなければならない。

 私は、ユニークな民間人の発想は、積極的に国政に吸収すべきだと思う。だが、それには条件がある。

 第一は、メンバーが片寄ってはいけない。その意見を国政に反映しようと思うなら、その人選は国会の承認を得るべきである。

 第二は、外交、防衛等、野党の国会議員にはマル秘としてひた隠しにする国家機密を、一部民間人だけに知らせるというのはおかしい。それ以上に、これほど重大な問題が密室で論議されるのはおかしい。

 そして何よりも重大なのは、このメンバーの多くが首相の仲好しクラブのメンバーだということ。国政の私物化と言えないだろうか。

 国会議員と違ってこの人たちは、主権者である国民の信託を得ていない。全国民の代表でもない。国会議員ならもし不都合なことをしたら、次の選挙で落とす楽しみがある。だが、私的諮問機関のメンバーを辞めさせる方法はない。国民がコントロールできない人々によって国政の中枢を握られていることは、議会制民主主義の危機以外の何物でもない。

 しかし危機は議会制民主主義だけではない。たとえば教育の現状。将来とりかえしのつかないことになるのだから、今の危機的状況を改革することは、何より大切だ。国会がこれに取り組めないから「臨教審」が生まれた。審議会政治が生まれたのは、国会自身が古い呪縛にとらわれて、現在の課題に大胆にチャレンジできないからだとも言える。

 各種審議会は、国民の声に耳を傾けて、誤りない審議をして欲しい。意思決定の仕組みがゆがんできたのは、審議会の責任ではない。国会議員が顧みて恥じなければならない。


首相・閣僚の私的諮問機関一覧(毎日新聞調べ)

【首相】高度情報社会に関する懇談会/文化と教育に関する懇談会/平和問題研究会/経済政策研究会

【官房長官】戦後処理問題懇談会/持珠法人職員賞与に関する基本問題懇談会/閣僚の靖国神社奉拝問題に関する懇談会

【外相】国連の平和維持機能強化研究会

【蔵相】三人委員会(銀行・証券など金融問題について意見を求めるためのもの)

【厚相】社会保障長期展望懇談会/国際協力懇談会/生命と倫理に関する懇談会/特定疾患対策懇談会/国立病院・療養所問題懇談会/国保問題懇談会/年金制度基本構想懇談会/年金問題懇談会/中国残留日本人孤児問題懇談会/国民健康会議

【農相】農業生産対策中央会議/農地制度研究会

【通産相】情報化月間推進会議/輪出保険業務高度化委員会

【運輪相】「むつ」総点検・改修技術検討委員会(科技庁長官と共催)

【郵政相】電気通信に関する技術開発政策懇談会/人間と高度情報社会を考える懇談会/電気通信分野における世界の中の日本を考える懇談会

【労相】電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律に関する調査会/労使間係法研究会/産業労働懇話会/雇用政策調査研究会/賃金物価雇用問題懇話会/公共企業体等労働問題懇話会/男女平等閉篭専門家会議/高齢化社会問題研究会/労働者参加問題研究会/労働基準法研究会/労働時間問題懇談会

【建設省】ロードスペース懇談会/先端技術活用懇談会

【科学技術庁女官】科学技術庁所管特殊法人等財務会計問壇研究会/原子力軍艦放射能調査専門家会議/放射能分析評価委員会/サイテック懇談会/遺伝子資源確保推進会議

【環境庁長官】地球的規模の環境問題に関する懇談会

【国土庁長官】新近銃創生懇談会/21世紀を考える中部圏会議

【特命相】対外経済問題諮問委員会

《注》’85年1月21日現在、一部休眠中のものを含む。


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