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2月19日、小鳥と梅、相談s

法律相談

午前中に庭を見ると、ツグミやジョウビタキの姿が見えました。白梅も紅梅も、一斉に花を開き始めています。

ジョウビタキが分かりますか?
白梅
紅梅

13時半に出て14時に法律事務所に入り、14時から30分程と15時から1時間ほど、法律相談を受けました。前者は離婚相談、後者は相続関係です。さらに所用を済ませ、デスクワークや電話連絡で18時半過ぎまでかかりました。

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2月18日、上京、結婚式、帰岡

原田君ご夫妻

6時45分に妻に送って貰って自宅を出て、7時15分過ぎの新幹線で上京しました。厳寒で、百間川も震えており、姫路城の白も白鷺そのもの、富士も凛とした姿を見せていました。

厳寒の白鷺城
凛とした富士

11時前に到着し、駅近くのシチリア料理店に直行し、アパレティフと歓談を楽しんで、11時半から30分ほど、原田謙介君と亜弥乃さんの結婚式に参列しました。参列者の前で新郎・新婦が結婚を誓い承認を得る人前結婚式で、二人が腕を組んで入場し、誓いを述べて署名をし指輪を交換してキスを披露し、満場の拍手で結婚が承認されました。

新郎ご家族と
人前結婚式
式を終えた二人

新郎は岡山県の出身で、中・高は愛媛県で寮生活を送り、大学で私の後輩となってインターンとして私の国会の事務所に出入りしました。学生時代から「i-vote」という若者と政治を結び付ける活動をし、卒業後もNPO法人「Youth Create」を立ち上げて若者の啓発活動を続け、18歳選挙権法案の参議院での公聴会に公述人として意見を述べたこともあります。昨年8月に婚姻届を提出して同居を続け、先日は二人で私のところにご挨拶に来ました。

披露宴開会

12時半から15時前まで、結婚披露宴となりました。司会の手際良い進行で、新郎・新婦がお礼の挨拶をし、私が来賓を代表してお祝いを述べました。若者に政治参加を促すのなら、直接に自身で政治のど真ん中に身を置いてはどうだと促すと、参加者の大きな激励の拍手が沸きました。さらに新婦の親族代表のご挨拶と乾杯があり、友人のスピーチやケーキの仕上げなどがあり、お色直しの後はグループ写真撮影が続きました。最後に新婦の感謝の手紙披露、お二人からご両親への記念品贈呈と新郎の父のご挨拶、さらに新郎のお礼の言葉があって、お開きとなりました。

新郎の挨拶
私が来賓を代表して
ケーキの仕上げ
私たちのテーブル
高校時代の友人ら?
両親に感謝を込めて
新郎の最後の挨拶

終わって東京駅に急ぐと、15時過ぎの新幹線に乗ることができ、18時半前に帰岡しました。

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2月17日、オンブズマン、放射能汚染、民進党県連常幹

民進党県連常幹で

昼食を急いで掻き込み、12時半に妻と出て、13時から1時間弱、「市民オンブズマンおかやま」の定期総会に出席しました。定足数確認や議長選任などに続いて、代表幹事の光成卓明さんが活動報告と訴訟報告をし、決算と監査の報告もあって、挙手採決で全会一致ですべて承認され、次期役員の選任、活動方針と予算の提案と承認などがあって閉会しました。続いて「アカデミーの部」で地方議会議員の海外視察につき報告があるのですが、中座しました。

市民オンブズマン総会で

14時から、「放射能汚染防止法」を制定する岡山の会に出席しました。法制定の必要性や全国での運動などにつき報告を聞き、40分ほどで中座しました。高井崇志さんも出席でした。私も環境相時代に取り組んだ重要な課題なのですが、その後の進展がはかばかしくなく、国民の関心を高める必要があります。

放射能汚染防止法を

15時から1時間半ほど、民進党岡山県連の常任幹事会に出席しました。髙橋徹幹事長の司会で、難波奨二代表の挨拶に続いて各級議会の報告があり、高橋幹事長から活動報告と協議事項の説明があり、協議のうえ了承されました。各野党の現状が極めて流動的で、県連定期大会の日程や運動方針の概略などを決めたのですが、来年の地方選挙への対応など、状況に応じて適切な対応をするという柔軟な方針にならざるを得ません。

県連常幹で

その後、岡山市の高橋雄大市議に送って貰い、17時ころに帰宅しました。五輪の各競技はいよいよ熱を帯びて面白くなっていました。

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2月16日、衆予算公聴会、津村さん

津村さんと夕食

岡山市で、衆議院予算委員会の地方公聴会が開催され、13時半から16時15分までの全日程を傍聴しました。会場に着くと、まず私の席が用意されているのに、次いで河村建夫委員長が出席者として私まで紹介されたのに、びっくりしました。来年度予算につき、地方の皆さんから意見を聞くという趣旨で、意見陳述人として、岡山県知事の伊原木隆太さん、両備グループの小嶋光信さん、NPO理事長の萩原義文さんと玉野市長の黒田晋さんがそれぞれ意見を述べ、予算委理事の津村啓介さん、委員の岡本あき子さんや原口一博さんらが質問しました。

公聴会全景
私の席まであり

財政運営の一般論のほか、両備グループの路線バス廃業届により提起された地方公共交通のあり方と就労継続支援A型事業所の大量解雇で提起された障がい者雇用のあり方が、質疑の中心課題となりました。いずれも重要な問題提起であり、少子高齢化時代の成熟社会のあり方の根本に関する議論です。終了後に河村委員長が挨拶の中で、「国会内よりもこちらの方が、ずっと議論がかみ合った印象でした」と述べられたのが、極めて印象的でした。

全日程を傍聴

終了後、自宅に戻って一息つき、18時前から津村さんに声を掛けていただき、二人で3時間ほどカウンターで夕食をいただきながら懇談しました。たまたま同じカウンターにいたお客さんの何人もから、野党の現状に対する心配と激励の言葉をいただき、有権者は国政のあり方を目を凝らして見ていると実感しました。

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2月15日、寒アヤメ、事務所、9条の会

庭の寒アヤメ

今日は一日だけ、三月半ばの温かさとなりました。昼、庭に出て見ると、寒アヤメが花を開いていました。紅梅も白梅も、たくさん花を開いていましたが、明日はまた寒さが戻るようです。

庭の紅梅

14時ころに法律事務所に入り、17時過ぎまでデスクワークや電話連絡をしました。

デスクワーク

17時半から1時間強、「弁護士9条の会・岡山」の総会と講演会に出席しました。まず奥津亘弁護士が開会の挨拶をし、議事に入って短時間で終わり、金杉美和弁護士による「憲法の危機に、私たちは何をすべきか」という講演となりました。ユーモアにあふれた自己紹介から始まり、パワーポイントを使って会場に質問も投げかけながら、説得力にあふれる話を進めていきました。18時半過ぎに中座しました。

9条の会・岡山
金杉弁護士の講演

 

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2月14日、石田さん油絵展、昼食懇談、相続事件、法律相談

石田画伯油絵展

11時に妻と出て、まず石田宗之画伯の油絵展を鑑賞しました。私の参議院議長の肖像画を描いていただいた画家で、会場に着くと石田さんがテレビの取材を受けている最中でした。壁面は、おなじみの若い女性の寛いだ姿の絵とバラの絵で埋め尽くされ、華やいだ雰囲気でした。

テレビ取材中

時間が無くて30分弱で失礼し、12時過ぎから1時間強、若い地方議員と昼食を食べながら意見交換しました。野党が混乱状態にあり、来春の統一地方選挙に向けて困っています。

13時半ころに法律事務所に入り、19時過ぎまで、受任した遺産相続調停事件につきデスクワークをしました。その間、15時半から30分ほど、やはり相続関係の法律相談を受けました。配偶者が急死し、残された遺族に債務が残され、判断に迷っています。

法律相談

 

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2月13日、紅梅、事務所、外食

原稿書き

厳寒ですが、さすがに立春を過ぎ、日差しは明らかに強くなってきました。庭では、白梅に続いて紅梅も花を開いてきました。

紅梅(ピントが合わない)

昼食後、13時過ぎに出て所用を済ませ、14時に法律事務所に入って、18時半ころまで原稿書きなどのデスクワークや依頼者との電話連絡などをして、帰宅しました。

デスクワーク

19時に妻とともに出て、夕食は外食となりました。二人でサンマや卵焼きなどでおいしく満腹となって、合計1,500円に達しませんでした。

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2月12日柚木さんパーティー、鍋

柚木パーティーで来賓紹介

厳寒の中で平昌五輪が続いていますが、岡山は気温は低いものの日差しは明るく、時々雪の片が舞い散っている程度です。

9時半からの恒例の「柚木道義ゆずれないチャレンジ」が開催され、まずシンポジウムで柳澤協二さんと玉木雄一郎さんが登壇して外交・安全保障などにつき講演をし、続いて柚木さんと後援会の松田忠和会長が加わって討論会となりました。10時前に出て10時半ころに会場に入り、柳澤さんの講演の最後と討論会を聞きました。皆さんのお話は、日本の平和主義とその表現である憲法第9条を堅持しようというもので、満員の会場の皆さんも納得したと思います。

会場全景
柳澤さんと玉木さん
松田後援会長と柚木さん

12時前から会場を移してパーティーとなり、柚木さんの国会質問などの映像が流れ、松田会長の挨拶に続いて柚木さんが挨拶し、さらに連合岡山の金澤稔会長の挨拶と乾杯の音頭で、懇談となりました。その後、倉敷市副市長の来賓挨拶、バンドに合わせた柚木さんの「海の声」の熱唱と続き、来賓が全員登壇し、難波奨二さんと私も壇上に上がりました。そこで県副知事らの挨拶と来賓紹介があって降壇し、さらにしばらく懇談して閉会となりました。懐かしい皆さんも大勢参加してくれていました。

パーティー全景
来賓勢揃い
紹介され

一度帰宅して休憩し、17時ころに妻と出て所用を済ませ、夕食は自宅で鍋をつつきました。

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2月11日、玉龍会例会、合評

玉龍会例会

昨日の雨が嘘のように、終日快晴でしたが、気温は低く時々雪の花が舞いました。

知人の訃報が届き、電話連絡などをしているうちに時間が過ぎ、13時過ぎに出て、13時からの玉龍会例会に遅れて出席しました。まず、曽我英丘会長の急逝を受け、今後の活動の仕方につき協議をしました。

一区切りついたところで合評に移り、各自が持ち寄った直近の作品をお互いに批評しあいました。私は、先日揮毫した半切の「乾坤煇」を批評して貰いました。不満足な出来だったのですが、皆さん遠慮したのか、落款の押し方のほかには、厳しい指摘はありませんでした。

合評
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2月10日、毛教授講演、岡山市日中新年会、ももちゃんら

中国の留学生らと

終日、雨が降り続きました。夕方からは気温も下がり、氷雨となりました。

10時過ぎに出て、10時半からの岡山市日中友好協会主催の行事に少し遅れて出席しました。まず11時50分まで、「越境する日本文化と中国の若者たち」という神戸国際大学の毛丹青教授による講演を聞きました。「知日」や「在日本」といった日本紹介の書物が中国の若者たちの間に大人気となって、今後の日中両国民の関係に大きな影響を与えると見られる状況を、多くの事例を紹介しながら話されました。

丹教授講演

次いで12時から、「日中友好新春互例会」となりました。冒頭に同協会の片山浩子会長の挨拶があり、来賓紹介があって、まず駐大阪総領事館の李天然総領事が、次いで岡山市の大森雅夫市長が、そして私が日中友好会館会長として挨拶しました。その後も挨拶があり、旭川荘の末光茂理事長の音頭で乾杯をして、懇談となりました。留学生も大勢出席しており、言葉を交わしました。

私の挨拶
李総領事らと
若者たち
懇談

14時半ころに帰宅し、テレビで五輪競技を見ながら休憩し、17時半からももちゃんたちと外食をしました。