2002/08 戻るホーム湯川目次

全国初の電子投票からみえてきたもの―岡山県新見市長・市議選をふりかえって

湯川 憲比古

一、電子投票の経緯

 2002年6月16日告示・23日投票の岡山県新見市長・市議選で、全国初の電子投票が実施された。2001年11月30日に成立した(2001年12月7日公布・2002年2月1日施行)「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律(電磁記録投票特例法)」に基づくものだ。国会議員時代から電子投票導入に熱心だった秋葉忠利市長の広島市も手をあげていたが、法律施行後の直近の選挙が、新見市(片山虎之助総務大臣の地元)で行われたので、新見市が全国初ということになった。

 新見市は人口2万4269人(2002年4月30日現在、当日有権者数1万9381人)。岡山県西北部、鳥取県境の山間の田園都市だ。全国初の電子投票が大きな話題を呼び、新見市にとっては大きなPRとなった(電子投票まんじゅうも売り出された)。

 法律施行後すぐに公表された「電子機器利用による選挙システム研究会の報告書」及び「電子投票システムに関する技術的条件及び解説」に基づいて、新見市に対して、名乗りを上げたメーカーは7社(電子投票普及協業組合、富士通機電、NTT西日本岡山支社、オズプロジェクト、東芝、ムサシ、リンク)。このうちNTT西日本とムサシを除く5社が、3月に提案書を提出。新見市は、電子投票普及協業組合と富士通機電の2社を入札対象として選定した。新見市は当初予算で、電子投票機購入などで1億4620万円を計上していたが、4月初めに突然総務省がレンタル方式を提示したために、急遽レンタル方式の入札に変更した。メーカー側も大混乱に陥ったが、結局電子投票普及協業組合が、電子投票機器などの費用を除外したアルバイト代などの費用250万円で落札した。

 電子投票普及協業組合(EVS、Electronic Voting System)は、(株)政治広報センター、(株)NTTデータ、(株)ビクター・データ・システムズ、(株)セキュア・テックの4社の組合。政治広報センターの宮川隆義氏が理事長で、電子投票のパイオニアだ。既に、1990年に電子投票研究会を発足させ、1993年には国会議員連盟「電子式投開票システム研究会」を発足させた。

 4月8日の落札の翌日から、啓発のための電子投票機による模擬投票が開始された。臨時模擬投票所は、行政地区総代会、イベント会場やスポーツ大会、スーパーストア、老人クラブ総会、各種会合、デイサービスの場など、203会場で開設された。5月7日からは、16カ所で常設模擬投票所を開設。移動啓発車での巡回啓発と合わせて、6月14日までに、延べ人数1万2239人(対有権者62・16%)が模擬投票を行った。テレビ・新聞などの大量報道もあって、事前のPR活動は大きな成果をあげた。

二、電子投票の実際

(1)投票
 新見市の選挙は、43投票所で行われた。各投票所には、以下のような資材が配備された。電子投票機(各投票所2〜7台、音声投票対応機も含む)、発券機(予備を含め各投票所2台)、電子帳票システム運用カード(各投票管理者につき1枚)、投票カード(投票機1台につき10枚)、投票機の鍵(投票機1台につき1個)、記録媒体(投票機1台につき原本・複写各1枚)、記録媒体送致容器(記録媒体1枚につき1個)、記録媒体送致容器の封印(記録媒体送致容器数+予備1枚)、記録媒体送致容器運搬用の箱(各投票所につき原本用1個、複写用1個)、発電機(インバータ対応…各投票所1台)、コードドラム(各投票所1〜2台)、テーブルタップ3品(各投票所1〜2個)、テーブルタップ2品(各投票所1〜2個)、記載台延長用仕切り板(段ボール…投票機×2)、踏み台(各投票所1台)、投票カード整理箱(各投票所2〜4個)など。

 投票日当日、有権者は「投票所入場券」を持って投票所に行く。受付で、係員による本人確認を受け、投票に必要な「投票カード」を一人1枚受け取る。この「投票カード」には個人情報は一切記載されていない。投票機1台ごとに10枚あって、多くの人が使いまわすものだ。有権者は「投票カード」を持って投票機のところへ行き、投票機の前面にある「カード入口」に「投票カード」を矢印の方向に入れる。

 カードを差し込むと最初に市長選挙が始まる。市長選挙の候補者名が画面に表示されるので、その中から投票したい候補者の名前にタッチする(銀行のATMのタッチパネルと同じ)。この時、「投票しないで終了する」を押すと、どの候補者も選ばずに投票することができる(白票の意味合い)。投票したい候補者を選んだ場合、次の画面で、先に選んだ候補者名が大きく表示されるので、間違いがないか確認する。間違いがない時は「○投票する」を押して、投票が終了する。間違っていた時は「×変更する」を押すと、もとの候補者を選ぶ画面に戻るので、再度候補者を選びなおす。

 市長選が終わると、引き続き同じ機械で市議会議員選挙が始まる。この時「投票カード」は出てこない。まず市議会議員の候補者名が画面に示されるので、その中から投票したい候補者の名前にタッチする。この時「投票しないで終了する」を押すと、どの候補者も選ばずに投票することができる(白票)。投票したい候補者を選んだ場合、次の画面に選んだ候補者名が大きく表示されるので、間違いがないか確認する。間違いがない時は「○投票する」を押すと、投票は終了する。間違っていた時は「×変更する」を押すと、もとの候補者を選ぶ画面に戻るので、再度候補者を選びなおす。市議会議員選挙の投票が終了すると、投票機から「投票カード」が出てくるので、これを機械から抜き取って、投票所出口で係員に返す。

(2)投票所のトラブルが四件発生
 6月23日の投票日当日に、投票所でのトラブルが4件発生した。投票管理者の人為的ミスが2件、電子投票機の故障が2件だ。人為的ミスの1件は、午前7時の投票開始直後、一つの投票所で投票管理者が発券機が立ち上がらないうちに投票カードを発券しようとして、発券機が使えなくなった。予備機で対応したが、37分遅れで、15人が待たされたが、全員投票は終了した。もう一件は、投票開始前に、投票機1台が「ゼロ票」になっていることを最初の投票者と立会人に確認することを忘れたため、予備機でやり直しをした。

 電子投票機の故障の2件は、いずれも投票機が投票カードを読み取れなくなった故障だった。投票結果に影響を与える故障ではなかったということだが、機械の故障はシステム全体の信頼を壊すので、事態は深刻だ。検査もれで、カードをまきとるローラーのクリーニングが不十分だったということのようだが、原因の徹底的な究明と完全な再発防止の証明がなければ前へ進めない問題だ。

(3)開票
 午後8時に投票が終了し、午後9時25分から開票が開始された(最遠隔地の投票所から開票所まで約40キロメートルある)。まず運搬用の箱から記録媒体送致容器を取り出す。選挙長、開票立会人が封印等を確認する。送致容器の封印を解き記録媒体(コンパクトフラッシュ)を取り出す。そして午後9時35分、開票機への記録媒体の挿入が開始され、9時47分に開票結果がプリントアウトされた。実質集計時間は12分間ということになる。選挙長、開票立会人がプリントアウトされた電子投票の開票結果を確認して、午後9時50分、開票開始後25分で、電子投票分の開票結果が発表された(電子投票総数1万5066票、開票率市長89・53%、市議89・52%)。しかしこの後、1760余票の不在者投票が、従来通りの自書式であったために、無効票の確認などに時間をとられ、全ての開票結果が発表されたのは、午後11時25分、開始後2時間もかかってしまった。25分と2時間の落差が、あまりにも大きかったために、電子投票の最大の課題が不在者投票問題になったのかもしれない。もう一つ、不在者投票では、これまでにない現象が起きた。それは、最終結果から電子投票分を差し引くと、不在者投票の候補者別得票数が明らかになったことだ。市議選で最終的に5位だった公明党の候補が、不在者投票では全体の約13%を占めて断然トップだったことが目立った。

三、電子投票のメリット

 筆者は基本的に電子投票推進の立場だ。従来から、自書式ではなく記号式投票にすべきだと考えていたが、電子投票は記号式投票の発展型だ。最大のメリットは、やはり開票・集計時間の短縮だ。二年前の参議院選挙から導入された、非拘束名簿式比例代表の開票作業は常識の限界を超えている。時間短縮では処理スピードに加えて、誤記・他事記載による無効票や疑問票がなくなることが大きい。開票事務としても時間短縮・人員削減の効果がある。また、今回の新見市選挙では、「投票しないで終了する」という選択肢が画面上に存在した。その結果、市長選に「投票しないで終了する」という選択をした有権者が250名いた。有権者の意思がより正確に反映されたと言えるかもしれない。投票のバリアフリー化の前進となることもメリットだ。ハンディキャップのある人にとって投票しやすい、ということは健常者にとっても投票しやすい、ということだ。

 もちろん、これらのメリットは、選挙の公正さが、これまでと同等以上に確保されることが大前提だ。以下に、電子投票の問題点について述べてみたい。

四、電子投票の問題点をチェック

(1)投票の秘密は保たれるのか
 選挙の公正の第一は投票の秘密の確保だ。投票所での投票の場合、投票カードに個人情報が記載されない以上、誰が誰に投票したかはわからない。ただ、争訟対策の必要からか、記録媒体に誰に対する投票があったかは、時系列で記録されるという。一つの投票機で投票した人の順番がわかれば、投票の秘密は確保できなくなる。新見市の場合、投票機の操作の際に、ひじの動きなどで誰に入れたかわかってしまうのではないか、という懸念が有権者から示されたという。投票台の仕切り板の大きさや、投票管理者・立会人のいる位置などを工夫する必要がある。

 問題は、記録媒体(コンパクトフラッシュ)の保存だ。従来と決定的に違うのは、各投票所の投票機ごとの記録が残ることだ。記録媒体は、読み取り不能に備えて、正本と副本の二つがある。正本は開票後、立会人などの封印をして4年間保管するという。新見市の場合、副本の保存は、投票所での封印のまま保管しているというが、正本と違うやり方でいいのか。職員が記録媒体を見ても、特に罰則はないという。検討の必要がある。

(2)誤作動・不正操作はないのか
 新見市では投票機の故障が2件起きた。大きな影響はなかったというが、システムの信頼にとっては重大だ。機器の認証制度の検討とともにメーカー間の信頼性の競争も重要ではないか。

 不正操作については、電磁記録投票特例法が電気通信回線への接続を認めていない(四条二項)ので、現段階では専用回線といえどもオンライン化しないことが最大の防御となっている。記録媒体のすり替え、集計プログラムに対する不正などが考えられるが、現在以上の法的対応・技術的対応を期待したい。提案としては、開票立会人の役割の強化だ。新見市の場合、不在者投票では開票立会人の役割は従来通りだったが、電子投票の場合は、記録媒体の封印の確認とプリントアウトされた開票結果の確認しか役割がなかったようだ。電子投票の公正さの確保のために、開票立会人が大きな役割を果たせるような技術開発をしてほしい。

(3)異議申立て(争訟)にどう対応するのか
 新見市では異議申立てはなかったが、異議申立てには次の三通りのシミュレーションがあったようだ。まず、電子投票システム自体が信頼できないという異議に対しては、電子投票の技術仕様などを詳しく説明し、必要があれば設計書類や検査記録なども示すという。自分の投票が集計されていないのではないか、という異議に対しては、必要があれば記録媒体の投票データの記録(ログ)を示す。たとえば一票差で次点の候補者の異議に対しては、必要があれば、記録媒体の集計を再現する、などを考えたようだ。ここでポイントとなるのは、記録媒体に、かなり詳細な記録を残すことの是非だ。争訟対策と投票の秘密の確保は二律背反だ。

(4)不在者投票
 特例法では電子投票ができるのは、投票日当日の、投票所での投票に限られている。点字投票・不在者投票・郵便投票・仮投票は電子投票ではできない。新見市では、開票作業が電子投票25分、不在者投票2時間という大きな落差が生じた。電子投票の当面の最大の課題は、不在者投票の電子投票化となったようだ。不在者投票の電子投票化のためには、次の三点で公選法の改正が必要だ。第一は、選挙人の資格を、投票日当日の有権者から、告示日の有権者と改めることだ。従来は、不在者投票をした人が、投票日までに死亡するか転出した場合、その投票用紙を抜き取っていた(二重封筒の必要性)。電子投票では、投票者の個人記録が残らないので、それができない。第二は、候補者が確定するのが告示日の午後5時なので、電子投票の画面をつくるのはその後になる。従って電子投票の不在者投票は、告示日の翌日からと改める必要がある。第三は、補充立候補。これも画面作成のため一日遅れることになる。第一については、大きな変更となるので、しっかりした議論が必要だ。

(5)費用対効果とオンライン
 新見市の場合は、1億4620万円の購入費用が250万円のレンタル費用となり、全国的なPR効果が絶大で、費用対効果は文句なしだった。来年2月の市長選挙で、一か二の特別区で電子投票を行うという広島市の結果に注目したい。レンタルで不在者投票も可能となれば、費用対効果問題はクリアできるのではないか。

 問題は、そこまで補助をして電子投票を推進する総務省の意図だ。2002年2月の「電子機器利用による選挙システム研究会報告書」には、冒頭にIT国家戦略としての「e−Japan戦略」がうたわれ、電子投票の第一段階、第二段階、第三段階が明記されている。第二段階においては、専用回線によるオンライン化を前提に、選挙人名簿のネットワーク化と新たな本人確認システムの必要性が語られ、そのための総合行政ネットワーク(LGWAN)と住民基本台帳ネットワークの活用が前提とされている。筆者は第二段階以降には反対だ。

 住民基本台帳ネットワークは、21世紀のIT社会において、権力が市民をコントロールするのか、市民が権力をコントロール(シビリアンコントロール)するのか、の最初で最終の決戦場だ。中央集権か、地方分権かの決戦場でもある。今回の電子投票システムを、地方分権を市民自治の原則に基づいて発展させていくために活用することが、望ましいIT社会をつくっていくことにつながるのではないか。

(本稿のために、新見市選挙管理委員会事務局長宮木信行氏、岡山県選挙管理委員会北村幸治氏、総務省自治行政局選挙部管理課課長補佐森源二氏、電子投票普及協業組合事務局長浦和樹氏、広島市選挙管理委員会事務局次長川添泰宏氏にインタビューさせていただいた。とくに記して感謝申し上げる。ありがとうございました。)

湯川憲比古 1947年生まれ。現在参議院議員江田五月政策秘書。

『月刊自治研』 2002年8月号掲載


2002/08

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