1996/08 五月会だより No.81 ホーム主張目次たより目次前へ次へ

江田五月議員、県知事選出馬へ
五月会だより
県政の総点検と再出発を 10月10日(祝)告示
10月27日(日)投票

7月21日(日)、江田五月議員は岡山市内のホテルで記者会見し、10月27日投票の岡山県知事選挙への出馬を正式表明しました。国政への強い志と責任感から、再三再四の出馬要請を固辞してきましたが、最終的には県民のみなさんの強い強い要請と、江田議員自身の郷土愛とが結びついて出馬決定となりました(詳しくは別掲の「決意表明」をお読みください)

この上は絶対に勝利し、長野県政の「院政」「かいらい政権」を許さず、「県民による県民のための県政」をみなさんと一緒につくりましょう。

皆さんの熱い期待に心動かされ…
出馬にいたるまでの経緯

岡山県知事選への出馬を江田議員に求める声は以前からもありましたが、今年3月頃から急速に高まりをみせはじめました。5月に入り、「江田五月を県知事に」との声が各方面から続々と寄せられるようになり、江田議員としても明確な態度決定を迫られる展開になりました、そこで江田議員は6月上旬、国政に全力投球し、知事選出馬は固辞することを明確にし、対外的にもその旨意志表示することにしました。

しかし6月15日には新進党岡山県連候補者選考委員会で出馬を要請され(その場て固辞)、6月22日には新進党、社民党、連合岡山の3者によるトップ会談の設置が報告され(ここでも江田議員は固辞)、6月29日のトップ会談では正式に出馬要請が決まりました。これに対して江田議員は7月1日、連合岡山の事務所を訪ね、知事選出馬を正式にお断わりしました。本来ならここで江田出馬問題は終了して次の段階に移るところですが、要請はますます強くなりました。

一方、知事選出馬に強い意欲を示しながら、自民党によって引きずりおろされた片山虎之助参議院議員が6月28日に正式に出馬を断念し、7月4日には自民党は、中央官僚建設相審議官を推薦決定しました(本当に「県民党」をめざすつもりなら、他党、他団体との相談を先に行うのが当然ですが、自民党だけで一方的に決定しました。このあたりにも自民党の「おごり」を感じます)。

江田議員がこうした自民党の動きに強い怒りを感じたのは事実です。7月5日までは固辞の姿勢はまったく変わっていませんでしたが、7月6日午後の、村上格・連合岡山会長の2時間半に及ぶ説得と、なによりも、さまざまな場所で、見ず知らずの県民のみなさんから「ぜひ知事に」と熱い期待が次々と寄せられたことに、大きく心を動かされたようです。

7月10日、再度の出馬要請のため上京した労働3団体(連合、平和センター、友愛会議)の代表の方々に江田議員は、「みなさんのご熱意はよくわかりました。これまでの固辞の姿勢を改めて、真剣に考えます。もう少し時間をください」と回答しました。

7月14日からは衆議院議員の公務として、フランスのストラスブールで開かれた日本EU(欧州連合)議員会議(羽田孜団長)に出席、そして7月20日に開かれた江田五月会総会に臨みました。

みなさん、勝ちましよう!
五月会総会での江田議員の挨拶

7日20日、岡山市の「あおえみよしの」で開かれた五月会総会で、江田議員は知事出馬問題に関するこれまでの経緯を述べたうえで、ストラスブールでのエピソードを紹介しました。

「会議の行われたストラスブールは、『最後の授業』で有名な町です。独・仏の対立の間で何度も所属の国家を変えさせられたアルザス地方の首都ですが、不思議なことに、実に落ち着いた、緑豊かなすばらしいまちづくりに成功しているように見えるのです。その秘密は『住民自治』にあるのだと思い至りました。国境線がどこに引かれようと、ストラスブールはストラスブール。国が変わるたびにその国の長所を取り入れ、両国の良いところばかりを吸収した地域を作っているのです。

市長のトラウトマンさん(女性)にお会いしました。社会党の方です。『私たちはシラク政権を攻撃して政権を取り戻すことはできます。しかし政権担当しても、すでに社会主義からは何の未来も描けないのです。そこで私はこの町の市長として、まず現実に政治家としての自治の実績をあげ、これによって新しい政治の道を切り開こうと思っています』という彼女のことばに、私は目からうろこが落ちる思いがしました。

ストラスブールはEU議会のある町です。いま欧州では、これまでの主権国家が溶解し、国境を越えたEUへの結集が進んでいますが、その本拠地の一つに、国家主権の波に洗われ、いま住民自治の花を聞かせているストラスプールを選んでいるのです。主権国家の攻防で織りなしてきた世界史の様相が変わり、自治体、国家、超国家機構が3層をなす世界史が始まっているのを目のあたりにして、今回の出馬要請を国政から県政への転身と考えるのは、あまりにも皮相的だと思い至りました。『地方からの出発』ということばを越えた、新しい政治の方向へ、確かな手かがりを得たと思っています。」

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江田議員の県政に対する基本姿勢は、「決意表明」にもある通り、「官権」から「民権」へ、「中央主権から」「地方主権」へ、「情報かくし」から「情報公開」へ、「おまかせ県政」から「参加型県政」へ、そして「押し付け型県政」から「話し合う県政」へと県政を転換させることです。

まずは、県民のみなさんと一緒になって「県政の総点検・再出発」を行いたいと江田議員は言っています。江田五月会総会のあいさつのしめくくりに江田議員は、「平成の自由民権運動」を県民のみなさんと一緒に、ぜひ成功させたいと述べ、最後に「みなさん、この選挙、勝ちましょう」と力強く、きっぱりと言いきりました。



東京から来た友人が「岡山はいい町だ」と絶賛してくれた。早起きの彼は、どの町へ行っても毎朝散歩する。烏城から後楽園にかけて、広々としたスペースが残っているのは、岡山市の貴重な財産だというのだ。

当然のことながら、毎朝散歩を楽しむ市民も多い。友人は一人ひとりに 「おはようございます」と声をかける。岡山では、100%同じあいさつが返ってくる。東京では、あいさつをすると 「変なヤツがいる」 という顔をされることが多いというから驚きだ。「経済優先」 の生活の極致だろう。都市空間のゆとりが、人の心にもゆとりを残しているのが岡山だというのである。

その岡山にも「これはひどい」 と思わざるをえないものがあった。旭川べりの大看板である。「上流にダムがあって、ときに放水する。増水に注意せよ」 という趣旨だ。下流が都市住民の憩いの場なのに、どうして急激な放流をやるのか。住民に配慮して、水量の激変を招かないような工夫をすべきだろう。

河川管理の元締めである建設省から、キャリア官僚が天下ろうとしている。旭川の看板と同じ発想で、「お上の都合」を押しつけるのは願い下げだ。「オレの得意分野はこれだけだ」と、貴重な税金を投じていたるところをコンクリートで塗りつぶす開発を実行するのは、それ以上に困る。 (T)


岡山県知事選挙立候補表明にあたって

一、本日私は、県民のみなさんの強い要請を受け、後援会のみなさんの了承をいただいて、県知事選への出馬を決意いたしました。このうえは、一日も早く、私自身とご支援下さるみなさんの所定の手続きを経て、無所属・県民党としての選挙戦の準備を整えたいと思います。

一、思えば十九年前、父・江田三郎の非業の死に当たり、心に期するところあって国政に志し、今日まで、 政権交代と市民の政治を求めて、衆参両院で全力を傾けてきました。この間、自民党一党支配を崩し、 私自身、細川内閣のもとで科学技術行政の最高責任を担う立場も経験しました。国政の大きな前進はありましたが、その後の大変動を経て、現状は到底国民の納得するものとはなっていません。与野党とも、重大反省すべきと思います。私自身もこの状況に責任の一端を負っており、ここで県政に転身することは、無責任のそしりを免れないのではないかと苦悩いたしました。

一、私がこれまでの固辞の姿勢を改めて、県知事選出馬を決意した理由は以下の通りです。

第一は、言うまでもなく県民のみなさんの強い要請です。最終的には政治家として、支持者のみなさん、 支援団体のみなさんの願いとかけ離れた結論を出すことはできません。今月に入って、町を歩いていても未知の人に呼び止められ出馬を促されるなど、県民から直接私自身に強い期待が寄せられました。県民の強い期待は、私には到底無視できるものではありません。

第二は、連合岡山を中心とする労働三団体のみなさん、そして新進党、社民党、公明、民社協会のみなさんの統一候補として出馬を強く要請されたことです。県民のみなさんの強い願いがあったからこそ、 こうした枠組みができたのだと思います。

第三は、自民党の候補者決定の経緯に対する怒りです。片山虎之助参議院議員を無理やりひきずりおろし、中央から建設官僚を知事候補に擁立したということは、すなわち総理や現知事のいいなりにならない人を排し、言うことを聞く人を知事候補にするということです。どこに「県民による、県民のための 県政」 という視点があるでしょう。「密室政治」 「かいらい政権」 「院政」 ではいけない、というのが県民の声だと思います。

一、しかし以上の三点にも増して、私の心境を変化させたのは、やはり多くのみなさんの郷土を思う心と、私の郷土を愛する気持ちが、どこかでひとつになったからです。私の出馬の最大の動機は、陳腐かもしれませんが、やはり 「郷土愛」 です。

一、県政に対する私の基本姿勢は「官権」から「民権へ」、「中央集権」から「地方主権」 へ、「情報かくし」 から「情報公開へ」、「おまかせ県政」 から「参加型県政」 へ、そして「押し付け型県政」 から 「話し合う県政」へと県政を転換することです。

権力で人を屈服させることはできません。「木堂精神」は、今も県民の中に脈々と生きているといします。平成の 「自由民権運動」を、県民のみなさんと一緒に、ぜひ成功させたいと思います、多くの県民のみなさんのご理解とご協力をお願いいたします。

一九九六(平成八)年七月吉日

江田 五月


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ご存じのように江田五月選挙は、ボランティアの皆さんの活躍がなくては成り立ちません。特に今回は、「県民による県民のための県政」か、「天下り官僚による押しつけ県政」かが問われるきわめて重要な選挙です。どうか知恵と時間をお貸しください(「事務所には行けないが、自宅でお手伝いできます」という方も大歓迎です)。

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