2008年8月8日

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細川連立政権から15年

苦肉の策の8会派 政権へラストチャンス 心ひとつに

細川政権で科学技術庁長官 江田五月

 私は1977年夏、参議院全国区で初当選しました。産声を上げたばかりの社会市民連合ただ一人の議員で、最初は本当に小さな一歩だったのです。

 1993年夏、国会で宮沢内閣にレッドカードが出され、総選挙でも国民は自民党にノーを突きつけました。しかし、イエスと言ってもらえる単独の政党はまだ生まれておらず、非自民8党派の連立で、細川内閣が誕生しました。いわば苦肉の策だったのです。

 この内閣は、国民に不安を与えないよう、まず安定感を第一に考えました。しかし、人間は不完全なもので、ガラス細工のような多数連立政権は、思惑の違いで内部から足並みが乱れました。私は科学技術庁長官でしたが、ロケット打ち上げ成功の瞬間を見ずに、種子島から東京に引き返したときの騒動を、今も思い出します。

 やっと今、国民が政権を託しうる政党として、民主党が育って来ました。私は今、議長として会派を離れ無所属の立場ですが、民主党には、正念場を頑張りぬいて欲しいと思います。一番大切なことは、ラストチャンスとの覚悟で気持ちをひとつにすることです。

2008年8月8日発行 プレス民主191号掲載


2008年8月8日

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