2005年10月31日 PDFファイル 戻るホーム憲法目次

民主党「憲法提言」


目次
1. 未来志向の憲法を構想する
2. 国民主権が活きる新たな統治機構の創出のために
3. 「人間の尊厳」の尊重と「共同の責務」の確立をめざして
4. 多様性に満ちた分権社会の実現に向けて
5. より確かな安全保障の枠組みを形成するために

1. 未来志向の憲法を構想する

1. 憲法論議の土台を明確にし、未来志向の新しい憲法を構想する

多くの国民は、日本国憲法が戦後の平和国家日本の確立と持続に極めて大きな役割を果たすとともに、人権意識や民主主義をこの国に深く根づかせる土台となってきたことを認識している。これを踏まえ、私たちは、日本国憲法の根本規範に基づいて築き上げてきたものに誇りを持ち、それを堅持しつつ、さらにそれらを強化・発展させるために求められるのは何かという出発点に立って議論を進めている。

昨今、憲法論議が徐々に盛り上がってきている状況を、私たちは歓迎している。その中でいま、求められていることは、21 世紀の新しい時代を迎えて、未来志向の憲法構想を、勇気をもって打ち立てるということである。それは、現在の日本国憲法が掲げる基本理念を踏まえて、それらをいかに深化・発展させるかということであり、新たな時代にふさわしい「新しい国のかたち」を国民と共有することに他ならない。

2. 新しい憲法の構成

そもそも憲法とは、主権者である国民が、国家機構等に公権力を委ねるとともに、その限界を設け、これをみずからの監視下に置き、コントロールするための基本ルールのことである。同時に、これからの憲法を考えるに際しては、憲法のこうした固有の役割に加えて、憲法それ自体が国民統合の価値を体現するものであるとともに、国際社会と共存し、平和国家としてのメッセージを率先して発信するものでなくてはならない。未来志向の憲法は、国家権力の恣意的行使や一方的な暴力を抑制すること、あるいは国家権力からの自由を確保することにとどまらず、これに加えて、国民の意思を表明し、世界に対して国のあり方を示す一種の「宣言」としての意味合いを強く持つものである。そしてその構成は、日本国民の「精神」あるいは「意志」を謳った部分と、人間の自立を支え、社会の安全を確保する国( 中央政府及び地方政府) の活動を律する「枠組み」あるいは「ルール」を謳った部分の二つから構成される。

3. 新しい憲法がめざす五つの基本目標

私たちは、こうした二つの性質を合わせ持つ新しい憲法は、以下の五つの基本目標を達成するものでなければならないと考えている。これはまた、民主党が五年間の憲法論議を通じて獲得し、共有した価値でもある。

  1. 自立と共生を基礎とする国民が、みずから参画し責任を負う新たな国民主権社会を構築すること。
  2. 世界人権宣言及び国際人権規約をはじめとする普遍的な人権保障を確立し、併せて、環境権、知る権利、生命倫理などの「新しい権利」を確立すること。
  3. 日本からの世界に対するメッセージとしての「環境国家」への道を示すとともに、国際社会と協働する「平和創造国家」日本を再構築すること。
  4. 活気に満ち主体性を持った国の統治機構の確立と、民の自立力と共同の力に基礎を置いた「分権国家」を創出すること。
  5. 日本の伝統と文化の尊重とその可能性を追求し、併せて個人、家族、コミュニティ、地方自治体、国家、国際社会の適切な関係の樹立、すなわち重層的な共同体的価値意識の形成を促進すること。

4. 憲法の「空洞化」を阻止し、「法の支配」を取り戻す

私たちは曖昧さのつきまとう憲法解釈が、国際社会の要請や時代の変化に鋭く反応する気概をこの国の人々から喪失させているのではないかという懸念を抱いている。その上、日本ではいま、既成事実をさらに積み重ねて憲法の「形骸化」を目論む動きがある。

とりわけ、今日われわれが目撃しているわが国の憲法の姿は、その時々の政権の恣意的解釈によって、憲法の運用が左右されているという現実である。同一の内閣においてすら、憲法解釈が平然と変更されて、いまや憲法の「空洞化」が叫ばれるほどになっている。いま最も必要なことは、この傾向に歯止めをかけて、憲法を鍛え直し、「法の支配」を取り戻すことである。

5. 憲法を国民の手に取り戻すために

私たちは、当面する課題として、憲法改正手続法制・国民投票法制の整備にとりかからなくてはならない。しかも、国民に開かれた形で、これらの議論を進めていかなければならない。

未来志向の憲法を打ち立てるに際しては、国民の強い意志がそこに反映されなくてはならない。しかし、日本ではこれまで、憲法制定や改正において、日本国民の意思がそのまま反映される国民投票を一度も経験したことがない。私たちは、憲法を国民の手に取り戻すために、国民による直接的な意思の表明と選択が何よりも大事であることを強く受け止めている。

6. 大いなる憲法論議のための「提言」をもって行動する

ここにとりまとめた「憲法提言」は、その大いなる国民的議論に資するための1 つの素材を提供するものである。

憲法についてそれぞれの想いで意見を発露することは必要だが、それだけでは現実の憲法を変えることはできない。

多様な憲法論議を踏まえて何らかの改革を行おうとするならば、衆参各院において国会議員の3 分2 以上の合意を達成し、かつ国民多数の賛同を得るのでなければならない。政党や国会議員は、みずからの意見表明にとどまることなく、国会としてのコンセンサスと国民多数の賛同をどう取りつけていくのかに向けて真摯に努力していくことが求められている。

そもそも、憲法の姿を決定する権限を最終的に有しているのは、政党でも議会でもなく、国民である。今後はさらに、憲法を制定する当事者である国民の議論を大いに喚起していくことが重要である。民主党はその先頭に立って、国民との憲法対話を精力的に推し進めていく決意である。


2. 国民主権が活きる新たな統治機構の創出のために

官主導の統治制度と決別して、民主導の新しい統治制度へ移行する。政府の統治機構については、「国民主権の徹底」と「権力分立の明確化」を基本とし、(1)首相主導の政府運営の確立、(2)国民の付託を受けた国会の行政監視機能を拡充強化、(3)違憲審査機能の充実、を柱に検討しとりまとめた。とりわけ、行政監視院の設置や国政調査権の拡充など議会による行政監視機能の整備を通じて、「議会の復権」もしくは「国会の活性化」を可能とするための改革提案を行う。

1. 首相(内閣総理大臣)主導の政府運営の実現

現行憲法では、第65条で「行政権は内閣に属する」となっており、かつ第66 条第3 項で内閣はその行使について「連帯して責任を負う」こととなっている。そのため、全会一致の閣議決定に権限行使が委ねられており、第66条第1 項にいう「首長」としての内閣総理大臣のリーダーシップが強く制限されてきた。
首相(内閣総理大臣)主導の政府運営の確立のため、統一的な政策を決定し、様々な行政機関を指揮監督してその総合調整をはかる「執政権(executive power) 」を内閣総理大臣に持たせ、執政権を有する首相(内閣総理大臣)が内閣を構成し、「行政権(administrative power)を統括することとする。

  1. 憲法第5章(「内閣」)における主体を「内閣総理大臣」とするとともに、第 条における「行政権」を「執政権」に切り替え、首長としての内閣総理大臣の地位と行政を指揮監督する首相(内閣総理大臣)の権限を明確にする。
  2. 政治主導・内閣主導の政治を実現するため、内閣法や国家行政組織法など憲法附属法の見直しを行い、政治任用を柔軟なものにし、首相の行政組織権を明確なものにする。
  3. 現行の政官癒着の構造を断ち切り、個々の議員と官僚の接触を禁止するなどの「政官関係のあり方」についてさらに検討し、その規定を明確にする。

2. 議会の機能強化と政府・行政監視機能の充実

政府に対する国民のコントロール権限が十分に発揮されるよう、議会の「政府・行政監視機能」を大幅に拡充する必要がある。このため、議会を単なる法案審議の場とするのではなく、今日の複雑な行財政システムや対外関係を律することが可能な専門的情報管理とチェック権能を果たすための仕組みに拡充していく。

さらに、現行の国政調査権をより活用できる仕組みを確立するとともに、二院制についても、決算・行政監視の充実など専門的・総合的な機能を兼ね備えた参議院制度の確立を目指すなどの見直しが必要である。ただし、この二院制の見直しに際しては、分権改革との関連や二大政党システムの確立と併せて検討されるべきである。

  1. 行政府の活動に関する評価機能をも併せ持った「行政監視院」を設置するなど、専門的な行政監視機構を整備する。政府から独立した第三者機関とするのか、議会の下に設置するのかについては、さらに検討を要する。
  2. 憲法上の規定があいまいなまま現在の行政府が所管しているいわゆる独立行政委員会については、その準司法的機関としての性格を踏まえ、内閣とは別の位置づけを明確にする。その上で、それらに対する議会による同意と監視の機能を整備する。
  3. 国政調査権を少数でも行使可能なものにし、議会によるチェック機能を強化する。
  4. 二院制を維持しつつ、その役割を明確にし、議会の活性化につなげる。例えば、予算は衆議院、決算と行政監視は参議院といった役割分担を明確にするとともに、各院の選挙制度についても再検討する。
  5. 政党については、議会制民主主義を支える重要な役割を鑑み、憲法上に位置づけることを踏まえながら、必要な法整備をはかる。
  6. 選挙制度については、政治家や政党の利害関係に左右されないよう、その基本的枠組みについて憲法上に規定を設ける。

3. 違憲審査機能の強化及び憲法秩序維持機能の拡充

最高裁判所による違憲判断の事例が極めて少ないことから、わが国の司法の態度は自己抑制的であり、消極的すぎるとの批判を受けてきた。

司法消極主義の下で繰り返されてきた政府・内閣法制局の憲法解釈を許さず、憲法に対する国民の信頼を取り戻し、憲法秩序をより確かな形で維持するため、違憲立法審査を専門に行う憲法裁判所の設置を検討する。

国家非常事態における首相(内閣総理大臣)の解散権の制限など、憲法秩序の下で政府の行動が制約されるよう、国家緊急権を憲法上明示しておくことも、重ねて議論を要する。

  1. 新たに憲法裁判所を設置するなど違憲審査機能の拡充をはかる。
  2. 行政訴訟法制の大胆な見直しを進めると同時に、憲法に幅広い国民の訴訟権を明示する。
  3. 国家緊急権を憲法上に明示し、非常事態においても、国民主権や基本的人権の尊重などが侵されることなく、その憲法秩序が確保されるよう、その仕組みを明確にしておく。

4. 公会計、財政に関する諸規定の整備・導入

現行憲法では、公会計や財政処理に関する規定が明確ではなく、その責任もあいまいなまま放置されている。しかし、憲法の基本原理たる国民主権の本来の姿は、税の徴収と使用に対する国民監視がその根底にあり、この点を明確にすることは憲法の基本原理にもかかわる重要なことである。官僚や時々の政府の恣意的な財政支出や会計システムの利用を許さず、税に対する国民監視を強化する意味でも、先の「行政監視院」の設置と合わせて、公会計や財政責任に関する規定を明確にしておくことが重要である。また、中央銀行の位置づけについては、引き続き検討する。

  1. 責任の所在があいまいな現行の国の財政処理の権限については、国会の議決に基づいて、内閣総理大臣が行使することを明確にする。
  2. 内閣総理大臣に、国の財政状況、現在及び将来の国民に与える影響の予測について、国会への報告を義務付ける。また、予算については、複数年度にわたる財政計画を国会に報告し、承認を得る。
  3. 会計検査院(または新たに設置された行政監視院等)の報告を受けた国会は内閣に対して勧告を行い、内閣はこの勧告に応じて必要な措置を講ずることを明記する。

5. 国民投票制度の検討

現在、憲法改正に係る国民投票制度の在り方について、検討作業が進められているが、この制度自体は、直接民主主義に関わるものであり、より広汎な検討が必要とされるものである。こうした観点から、例えば、「主権の委譲」を伴う国際機構への参加や、重大な外交関係の変更などに関して、また特定地域の住民に特別の強い影響を及ぼす法制度の改革などに関して、国民投票制度の整備を行うことが必要である。

  1. 議会政治を補完するものとして、国民の意見を直接問う国民投票制度の拡充を検討する。

3. 「人間の尊厳」の尊重と「共同の責務」の確立をめざして

1. まず、「人間の尊厳」を尊重する

人間は自然の一部であり、命があり、自由な主体性を持っているが故に尊厳がある。「人間の尊厳」を尊重するとは、自然を守り、命あるものを守り、他者の自由な主体性をも守ることである。

これを基礎として、現行憲法に明記されている人権保障を踏まえて、さらに新しい時代にふさわしいものへと進化させていく必要がある。

日本国憲法の根本規範の1 つである基本的人権の尊重を、抽象的な権利の主張としてではなく、日本社会に暮らす一人ひとりの人間としての「尊厳」を具体的な権利の主張として受け止める必要がある。

とりわけ、「人間の尊厳」を破壊する暴力については、国家と個人の関係はともより、個人と個人の私的な関係においても、これを厳格に禁止すべきである。また、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」との世界人権宣言第1条のこの規定の根底には、「人間の尊厳」(国連憲章前文)の尊重を人権保障のための第1 原理として据える確乎たる思想がある。それは今日、国際人権保障体制との協力の下で達成されうるものであることを再確認する。この普遍的な考えの上に立ち、特に、以下の人権に係る規定を置く。

(1)生命倫理および生命に対する権利を明確にする。
人権保障の根本原理として「人間の尊厳は侵すことができない」という考えのもと、「生命に対する権利」を明確にする。

  1. 身体と精神に対する、本人の意思に反したさまざまな侵害を排除する権利である人体の統合の不可侵、人体とその一部の利用は、無償の提供によってのみ許されるという人体要素の無償原則、人体とその一部に関する情報の収集、保存、利用に対する個人のプライバシー保護を憲法上明確にする。
  2. 生殖医療及び遺伝子技術の濫用からの保護を明確にする。
  3. 自らの生命や生活に関して、本人自身が決定できる自己決定権については、憲法上保障する権利の内容を検討し明確にすべきである。

(2)あらゆる暴力からの保護を明確にする。
現代社会における暴力は、配偶者間・親子間・子どもの折檻などのドメスティック・バイオレンスや、異性間におけるセクシャル・ハラスメント等あるいは国際的な人身売買など、その関係、形態は多様である。あらゆる「人間の尊厳」を破壊する個人的・社会的暴力を厳格に禁止する旨を明確にする。

(3)犯罪被害者の人権を擁護する。
「人間の尊厳」の尊重の観点を踏まえ、何らかの表現で憲法に犯罪被害者の権利を明確にする。一方で、国家からの人身の自由を大前提とし、死刑制度廃止の是非についても検討をすべきである。

(4)子どもの権利と子どもの発達を保障する。
子どもを独立した人格の担い手として認め、「人間の尊厳」の尊重の観点から、その権利を明記する。また、「人間の尊厳」の尊重の基盤としての「教育への権利」を明確にし、良好な家庭的環境で成長するための施策も含め「国及び地方公共団体並びに保護者、地域等の教育に関する責務ないし責任」を明確にする。

(5)外国人の人権を保障する。
「人間の尊厳」の尊重はすべての人びとに保障されるとの観点に立ち、外国人の人権及び庇護権と難民の権利を憲法上明確にする。また、公的社会への参画の権利等について検討する。

(6)信教の自由を確保し、政教分離の原則を厳格に維持する。
信教の自由を「人間の尊厳」の保障に係るものとして位置づけ、かつ宗教団体と政党との関係、公の機関と宗教的活動との関係などに関して政教分離の厳格な規定を設ける。

(7)あらゆる差別をなくす規定を検討する。
「差別」は「人間の尊厳」を侵害するものである故に、「差別」はしてはならない。日本では、法律のレベルにおいても「差別」に対する厳格な規定をするものがあまりなく、このため人権保障が形骸化しているケースも少なくない。実質的な人権保障ができるよう、憲法上の規定のあり方を検討すべきである。

(8)人権保障のための第三者機関を設置する。
人権侵害の状況に対する不断の監視と、人権の実現のためのサポートシステムとして独立性の高い国内人権保障機関の設置を憲法上明確にする。

2 .「共同の責務」を果たす社会へ向かう

権利だけで社会は維持できないが、だからと言って、「義務」を強調することで社会の統合力が高まるわけでもない。「納税の義務」「法に従う義務」などが法的拘束力の有する「義務」として、一般に挙げられる。しかし、環境保全の場合のような社会的広がりを持つ社会共通の切実な課題については、国、地方公共団体、企業その他の中間団体、および家族・コミュニティや個人の協力がなければ達成し得ないものである。われわれは、これらの課題に挑戦するものとして、国民の義務という概念に代えて、「共同の責務」という考えを提示したいと考える。いま、地域(国)や世代の対立を超えて、人権あるいは環境についてこれを良好に維持する「責務」を「共同」で果たし、互いに権利を思いやりながら暮らしていける社会の実現を目指すものである。

それはまた、<国家と個人の対立> や< 社会と個人の対立> を前提に個人の権利を位置づける考えに立つのではなく、国家と社会と個人の協力の総和が「人間の尊厳」を保障することを改めて確認する。

(1)環境優先の思想を宣言する。
より環境を重視するとの観点に立ち、憲法において「地球環境」保全及び「環境優先」の思想について言及することが望ましい。

(2)人権・環境の維持向上のための「共同の責務」を果たすことから始める。
自然環境の維持・向上は、個人の権利としては馴染みがたく、かつ個人や行政の義務だけでも果たし得ない。国・企業その他の中間団体並びに家族やコミュニティ及び国民の「責務」を同時に明確にする。

(3)現在生きる人の利害だけでなく、将来の人々に対する責務も果たす。
世代間の負担の公平を確保し、優れた自然や環境を将来世代へ引き継ぐことの責務を明らかにして、目先の利害に囚われることなく、「未来への責任」を果たしていくことを明確にする。

(4)公共のための財産権の制約を明確にする。
財産権の見直しを行い、土地資源や自然エネルギー資源、公共的な価値を認めて利用と処分についての制限を設ける。例えば、都市景観については、適正な制限の下に調和した土地利用がなされる必要がある。これによって、良好な共同資源の維持の責務を果たすことができるようにする。なお、憲法において、適正手続の明確化と判例において曖昧に用いられてきた「正当な補償の下に」という文言の明確化を行い、制約基準を明確にする。

(5)曖昧な「公共の福祉」を再定義する。
日本社会では、国際人権規約委員会が指摘している通り、「公共の福祉」概念が曖昧であり、それが人権制約にかかる恣意的解釈を許している。現行憲法に関して言えば、そもそも、自由権から財産権まで、質の異なる基本権について「公共の福祉」という同一の用語でもって何らかの制限を課そうとするところに無理があると思われる。個人の自由で自律的な人生選択にかかわる基底的な基本権とその他の基本権とを区分し、その区分に基づいて「公共の福祉」について再定義する必要がある。

すなわち、人権の制約原理としての「公共の福祉」概念については、人権相互の調整原理と、社会的価値の実現もしくは確保のための「公共の福祉」とを明確に区分して再検討する。内面的自由の確保を核とする自由権に対する制約は、これを人権相互の調整の必要の範囲内でのことに限定し、より厳格な審査基準を設けて公権力による恣意性を一切排除する必要がある。これに対して、例えば、経済活動に関する権利のような社会的権利については、公共目的による「合理的な」制約を認めることも原理的に可能とすべきである。また特に、財産権に関連し、その財産の性質によっては「公共の福祉」に服すべき場合がより強く想定されるものについて、その制約原理や基準を憲法上明確にすることが必要である。

3. 情報社会と価値意識の変化に対応する「新しい人権」を確立する

日本国憲法は人権に関する優れた規定を設けている。しかし、急激な社会変化や価値観の変容に伴い、憲法制定時には予想していなかった権利や利益を保障することの必要が指摘されるに至っている。21 世紀の新たな時代に求められる「新しい権利」の構築と憲法上の位置づけについて整理すべきである。とりわけ、高度情報社会にともなう社会変動に対応するため、「人間の尊厳」の維持にとって不可欠な権利の確立が求められており、権利に関する創造的な思考に基づき、新たな提言を行う。

(1)国民の「知る権利」を位置づける。
国民の「知る権利」を憲法上の権利とし、行政機関や公共性を有する団体に対する情報アクセス権を明確にする。

(2)情報社会に対応するプライバシー権を確立する。
従来「プライバシーの権利」として扱われてきた権利問題も、伝統的なプライバシーの観点からでは捉えきれない新たな問題を提起している。とりわけ、自己情報保護の観点からの再整理を行い、その権利性を明確にする必要がある。

(3)情報社会におけるリテラシー(読み解く能力)を確保し、対話の権利を保障する。
人は誰でも、コミュニケーションの主体として尊重かつ保障され、他者との交信・協働が支援される権利を有するという意味の「対話する権利」なるものを組み立てる。具体的に、現行の行政手続法との関連を踏まえて、行政に対する回答請求権を確立して、対話する権利を保障することなどを検討する。同時に、情報リテラシー問題の発生や生涯学習社会の到来に対応し、人間の潜在能力の開発を支援することを国の責務とする、「学習権」の概念を確立し、それを明確にする。

(4)勤労の権利を再定義し、国や社会の責務を明確にする。
価値観、ライフスタイルの多様化を受けて、「労働の権利」及び「職業選択の自由」の再定義を行う。とりわけ、個々人の職業選択の自由を具現化するための自由な労働市場の確保、職業訓練機会の保障などに関する国及び企業等の責務を明確にする。

また、報酬を得て行う労働ばかりでなく、無償労働(アンペイドワーク、ボランティア活動)への参加の保障を憲法上、明確にすべきである。

(5)知的財産権を憲法上明確にする。
高度情報化社会により情報の流通が多元化・複雑化している現在、新たな検討課題として、「知的財産権」を整備する必要がある。知的財産権には、著作上・芸術上の財産権のほか、広く特許権や商標権などを含む考えもある。こうした知的財産権も含めて憲法上、明確にしていくべきである。

4. 国際人権保障の確立

今日、人権の実現と保障は「国際社会の共通の利益」と認識されており、日本における人権保障もまた、憲法とともに国際人権規範によって支えられている。国連憲章は「人権と基本的自由を尊重するよう助長すること」を国際連合の目的として掲げている。また、この目的の実現のために加盟国が国連と協力して共同及び個別の行動をとることを求めている。そして、そのもとに国連人権委員会を設置して、世界人権宣言を起草し、国際人権規約を作成した。日本における人権保障もこうした国際規範の発展とともに展開されている。未批准のまま放置することなく、国際条約に対応する国内措置を迅速に執ることを通じて、国際基準に見合った人権保障体制を確立する必要がある。

(1)「国際人権規範」の尊重を明確に謳う。
憲法の中の司法に関する項に、「国際人権法」等の尊重を明確にする。

(2)国際人権規範に対応する国内措置を義務づける。
憲法の最高法規及び条約に関する項に、国際条約の尊重・遵守義務に加えて、それに対応する「適切な国内措置」を講ずる義務を明確にする。


4. 多様性に満ちた分権社会の実現に向けて

1. 分権社会の創造に向けた基本的考え

現行憲法は、政治的民主化の一環として地方自治について4 か条の原則的規定を定めた。しかし、その後も戦前と同様の機関委任事務制度が長く続いたことをはじめとして、自治体の組織・運営・財政の全般にわたって国の法律によるがんじがらめの統制が行われてきた。また、大半の地方自治体関係者もこれに甘んじてきたこと、中央政府が自らの事務や権限を一貫して肥大させ続けてきたことなどが、真の意味での地方自治の定着や自治の文化の形成を妨げてきた。これよって、中央集権と画一主義の弊害が強まり、いまや「分権改革」を求める声が国民世論ともなっている。

中央集権的な行政の形と政策展開は見直すべきである。地域自らの創意工夫が活かせる仕組みをつくり出し、中央政府を地域の多様な自治体活動をサポートするものにしていくべきである。また、地方に色々な補助金を配分することに多くの人材を投入することは改めるべきである。中央政府は、自治体の箸の上げ下げまで指示するような管理はやめて、中央政府でしかなしえない仕事に人材も財源も傾斜配分していくべきである。

1985 年に制定され、現在ではヨーロッパの30 か国もの国が批准しているヨーロッパ自治憲章には、「公的部門が負うべき責務は、原則として、最も市民に身近な公共団体が優先的にこれを執行するものとする」という補完性の原理・近接の原理を謳っている。コミュニティでできないことを基礎自治体で、基礎自治体でできないことを広域自治体で、広域自治体でできないことを国で、という補完性の原理を憲法原則として採用し、中央政府( 国) と地方政府( 自治体) の関係を構想する。

2. 補完性の原理」に基づく分権型国家へと転換する

連邦制はとらず単一国家を前提とする。国と地方の役割分担を明確にし、中央政府は外交・安全保障、全国的な治安の維持、社会保障制度など国が本来果たすべき役割を重点的に担う一方、住民に身近な行政は優先的に基礎自治体に配分する。「補完性の原理」の考え方に基づき、国と基礎自治体、広域自治体の権限配分を憲法上明確にするとともに、基礎自治体ではなしえない業務や権限は、都道府県ないし道州に相当する広域自治体が担当する。国あるいは広域自治体による自治権侵害の司法的救済は、最終的には憲法裁判所が「補完性の原理」を裁判規範として審査するものとする。

3. 自治体の立法権限を強化する

これまで、特にまちづくりや環境保全などの分野で、国の法令に対する自治体の「上乗せ・横出し条例」が認められるかどうかなど、条例制定権の限界がしばしば争われてきたところであるが、自治体の組織および運営に関する事項や、自治体が主体となって実施する事務については、当該自治体に専属的あるいは優先的な立法権限を憲法上保障する。中央政府は、自治体の専属的立法分野については立法権を持たず、自治体の優先的立法分野については大綱的な基準を定める立法のみ許される。

4. 住民自治に根ざす多様な自治体のあり方を認める

自治体の組織・運営のあり方は自治体自身が決めるという地方自治の本旨に基づき、基礎自治体、広域自治体において、首長と議会が直接選挙で選ばれるという二元代表制度の採否を自治体が選択できる余地を憲法上認める。これまでの二元代表制だけでなく、議院内閣制あるいは「執行委員会制」「支配人制」など多様な組織形態の採用、住民投票制度の積極的活用なども可能となる。

5. 財政自治権・課税自主権・新たな財政調整制度を確立する

地方自治体が自らの事務・事業を適切に遂行できるよう、その課税自主権・財政自治権を憲法上保障し、必要な財源を自らの責任と判断で確保できるようにする。課税自主権は、各自治体が自らにふさわしいと考える税目・税率の決定権を含む。自治体の財政的自立を支えるものとして、現在の地方交付税制度に代えて、新たな水平的財政調整制度を創設する。


5. より確かな安全保障の枠組みを形成するために

1. 民主党の基本的考え

1) 憲法の根本規範としての平和主義を基調とする
そもそも日本国憲法は、国連憲章とそれに基づく集団安全保障体制を前提としている。そのうえで、日本は、憲法9条を介して、一国による武力の行使を原則禁止した国連憲章の精神に照らし、徹底した平和主義を宣明している。

日本国は、国連の集団安全保障が十分に機能することを願い、その実現のために常に努力することを希求した。そして日本国憲法は、その精神において、「自衛権」の名のもとに武力を無制約に行使した歴史的反省に立ち、その自衛権の行使についても原理的に禁止するに等しい厳格な規定を設けている。

このため、自衛権の行使はもとより、国連が主導する集団安全保障活動への関与のあり方について、不断に強い議論に晒されてきた。しかし、どのような議論を経たにせよ、わが国の憲法が拠って立つ根本規範の重要な柱の一つである「平和主義」については、深く国民生活に根付いており、平和国家日本の形を国民及び海外に表明するものとして今後も引き継ぐべきである。「平和を享受する日本」から「平和を創り出す新しい日本」へ、すなわち「平和創造国家」へと大きく転換していくことが重要である。

2) 憲法の「空洞化」を許さず、より確かな平和主義の確立に向けて前進する
国際平和の確立と日本の平和主義の実現のために、いま、もっとも危険なことは歯止めのない解釈改憲による憲法の「空洞化」であり、国際社会との積極的な協調のための努力をあいまいにし続ける思想態度である。民主党は、その二つの弊害を繰り替えしてきたこれまでの内閣法制局を中心とする、辻褄合わせの憲法解釈にとらわれることなく、わが国のより確かな平和主義の道を確立し、国際社会にも広く貢献して、世界やアジア諸国から信頼される国づくりをめざす。

多角的かつ自由闊達な憲法論議を通じて、(1) 「自衛権」に関する曖昧かつご都合主義的な憲法解釈を認めず、国際法の枠組みに対応したより厳格な「制約された自衛権」を明確にし、(2) 国際貢献のための枠組みをより確かなものとし、時の政府の恣意的な解釈による憲法運用に歯止めをかけて、わが国における憲法の定着に取り組んでいく。併せて、今日の国際社会が求めている「人間の安全保障」についても、わが国の積極的な役割を明確にしていく。

2. わが国の安全保障に係る憲法上の四原則・二条件

以上の認識の下、いわゆる憲法九条問題について次の「四原則・二条件」を提示する。

【1】わが国の安全保障活動に関する四原則

1) 戦後日本が培ってきた平和主義の考えに徹する
日本国憲法の「平和主義」は、「主権在民(国民主権)」、「基本的人権の尊重」と並ぶ、憲法の根本規範である。今後の憲法論議に際しても、この基本精神を土台とし、わが国のことのみならず、国際社会の平和を脅かすものに対して、国連主導の国際活動と協調してこれに対処していく姿勢を貫く。

2) 国連憲章上の「制約された自衛権」について明確にする
先の戦争が「自衛権」の名の下で遂行されたという反省の上に立って、日本国憲法に「制約された自衛権」を明確にする。すなわち、国連憲章第 条に記された「自衛権」は、国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の、緊急避難的な活動に限定されているものである。これは、戦後わが国が培った「専守防衛」の考えに重なるものである。これにより、政府の恣意的解釈による自衛権の行使を抑制し、国際法及び憲法の下の厳格な運用を確立していく。

3) 国連の集団安全保障活動を明確に位置づける
憲法に何らかの形で、国連が主導する集団安全保障活動への参加を位置づけ、曖昧で恣意的な解釈を排除し、明確な規定を設ける。これにより、国際連合における正統な意志決定に基づく安全保障活動とその他の活動を明確に区分し、後者に対しては日本国民の意志としてこれに参加しないことを明確にする。こうした姿勢に基づき、現状において国連集団安全保障活動の一環として展開されている国連多国籍軍の活動や国連平和維持活動(PKO)への参加を可能にする。それらは、その活動の範囲内においては集団安全保障活動としての武力の行使をも含むものであるが、その関与の程度については日本国が自主的に選択する。

4) 「民主的統制(シビリアン・コントロール)の考えを明確にする
集団安全保障活動への参加や自衛権の行使にかかる指揮権の明確化をはかる。同時に、「民主的統制」に関する規定を設けて、緊急時における指揮権の発動手続や国会による承認手続きなど、軍事的組織に関するシビリアン・コントロール機能を確保する。その従来の考え方は文民統制であったが、今日においては、国民の代表機関である「国会のチェック機能」を確実にすることが基本でなければならない。

【2】わが国において安全保障に係る原則を生かすための二つの条件

1) 武力の行使については最大限抑制的であること
新たに明記される「自衛権」についても、戦後日本が培ってきた「専守防衛」の考えに徹し、必要最小限の武力の行使にとどめることが基本でなければいけない。また、国連主導の集団安全保障活動への参加においても、武力の行使については強い抑制的姿勢の下に置かれるべきである。そのガイドラインについては、憲法附属法たる安全保障基本法等に明示される。

2) 憲法附属法として「安全保障基本法(仮称)」を定めること
広く「人間の安全保障」を含めてわが国の安全保障に関する基本姿勢を明らかにするとともに、民主的統制(シビリアン・コントロール)にかかる詳細規定や国連待機部隊等の具体的な組織整備にかかる規定および緊急事態に係る行動原則など、安全保障に関する基本的規範を取り込んだ「基本法」を制定する必要がある。この基本法は憲法附属法としての性格を有するものとして位置づけられる。


2005年10月31日 PDFファイル 戻るホーム憲法目次