河田英正の主張

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2003/05/12 弁護士報酬敗訴者負担 韓国事情

今年はじめ,現在司法改革推進本部アクセス検討会で強く導入の方向で検討されている弁護士報酬の敗訴者負担問題で既に導入されている韓国の事情について韓国に調査にいってきました。その韓国の事情についてご報告いたします(議論がなされている最中ですので改めてですが)。

調査先 大法院(最高裁)、ソウル地裁、3つの法律事務所(韓国有数のローファーム)、法経済学者3名(訪問した世宗法律事務所内で懇談会)、参与連帯(オンブズマン活動などをしている市民団体)、民主社会のための弁護士団(民弁)、韓国消費者保護院(その他憲法裁判所に突然に見学の趣旨で立ち寄ったが、親切に説明をしてくれて、思わぬ情報がえられた)。

調査の概要
(1)
昨年9月にヨーロッパの敗訴者負担制度の実態(ドイツ,オランダ,フランス)について調査を行った。制度を維持する社会背景に日本と全く異なる事情があることが明白となった。日本の数倍の訴訟が提起されている状況にあり、訴訟抑制政策としての敗訴者負担制度であること、国民の約半数が法律扶助対象であり、訴訟費用が給付制となっているなど経済的弱者への配慮が行き届いていること、多くの適用例外があり、行政事件などは実質的に片面的敗訴者負担となっていることなどである。

韓国では各自負担から敗訴者負担に制度を変えて20年の歴史を経ている。敗訴者負担制度が、どのような社会的あるいは訴訟上影響を及ぼしているか、問題点を検討するのが今回の調査目的であった。

(2)韓国の敗訴者負担制度は,1981年訴訟促進等に関する特例法によって,日本の制度である各自負担に変わって導入された。1990年の民事訴訟法改正でこの制度が引き継がれている。最高裁裁判官,調査官の説明によれば,1981年当時に訴訟件数が急激な増加傾向にあり,勝訴者の権利を守ることと訴訟件数を抑制させる意味で敗訴者負担の導入がなされた。弁護士費用の一部(訴額によって10パーセントから0.5パーセントに段階的に法定されている)を訴訟費用に算入して,訴訟費用として敗訴者が負担することとなっている。

最高裁での答弁は,当初は訴訟抑制効果の説明をしていたが,改めて趣旨の確認をすると訴訟抑制はあくまでも副次的効果という説明に変わった。また,勝訴者の権利擁護の一環として法定遅延利息を年25パーセントとしたとのことであった。朴大統領暗殺後の全斗換大統領に変わった大きな政変のなかで,ダイナミックに法制度が変わり,この改正に関しては大きな議論となることはなかったようである。韓国でも漢字で書けば「敗訴者負担」であり,改正のルーツは日本にあったのではないかと推測された。

(3)韓国の敗訴者負担は,ヨーロッパでみられるような例外規定がいっさいない。裁判官の裁量により減額できるとの規定があるが,ほとんど裁量減額の例はないとのことであった。しかし,費用確定の申立にあたっては,裁判官は費用確定手続において訴訟物の価格の算定の方法に工夫をこらして敗訴者に過大な負担が及ばないよう配慮したり,一部勝訴の場合はその勝訴割合に関わらず互いに5分と5分ずつの負担として実質的に各自負担の運用となっている。従って,損害賠償事件などのほとんどは各自負担として処理されることになる。なお,年間1600件もの申立がある憲法裁判所においては,敗訴者負担制度はとられていない。

(4)ソウル地裁での1審合議事件における費用確定手続(裁判官の決定によってなされる)は1ヶ月30件から50件である。全体的にみると費用確定手続にはいるのは,最近増加してきているが80分の1以下ではないかと思われ(持ち帰った司法統計で確認する必要),あまり活発に活用されていない(最近は,弁護士の数が急速に増加してきて,細かいところまで弁護士が仕事をするようになった?)。

(5)20年の歴史があるともはや制度の是非を論じるという感覚はなく,制度が存在することは当然として意識されている。しかし,その負担額は低く設定されているので,当事者からあまり費用確定の申立がなされてこなかった経過がある。企業側にとっては敗訴者負担制度は全く訴訟の要否の判断について影響を持たないだろうとのことであった(今回の調査外での韓国大手企業顧問法律事務所では訴訟の是非についての重要な要素となる旨の意見があった)。

最近企業側は,労働裁判で勝訴した場合に徹底的に訴訟費用を労働者側から回収することとして,そのことによって2度とおかしな裁判を労働者が起こす気にならないようにするようにしていると敗訴者負担を恫喝の手段として司法アクセスの障害となるよう利用しているとの説明があった。このことは逆の立場である民弁側の調査によっても裏付けられ,徹底的に回収の動きがでてきたので,訴え提起前にそのことを依頼者とよく協議して,訴訟を断念することもあるとのことであった。

参与連帯での調査によると情報公開裁判や株主代表訴訟などにおいては,敗訴者負担が大きな障害となっていることから,個別立法によって例外となるよう政府に働きかけをしていて,新しい大統領はその立法に前向きの姿勢を示しているとのことであった。また,参与連帯においても通常敗訴者負担部分の請求はなされてこなかった情報公開の事案について,請求を受けるようになったとのことであり,極めて意図的な運用がなされている。

(6)韓国の敗訴者負担問題を考えるにあたってもう一つ考えておかなければならないことがある。韓国には日本における国民生活センターと同様の相談機関として消費者保護院がある。この機関が準司法機関として相談,あっせん,強制力を持つ仲裁命令をだして,問題解決にあたっている。取り扱う分野は,医療過誤,証券などの投資問題まで含まれ,年間35万件の処理がなされている。

ほとんどこれらの問題は,消費者保護院の段階で解決されるが,この段階の判断に納得がいかない僅かの例が裁判となる。そして,その裁判も消費者保護院協力弁護団が担当し,敗訴した場合の敗訴者負担だけが実質負担となるとのことである。こうした背景があり,異常な韓国の例外なき敗訴者負担問題もその矛盾があまりめだたなくなっているといえる。


弁護士報酬の敗訴者負担制度が現在の日本に導入されれば,その弊害は大きく,司法による救済を求める方法は大きく制限されることになる。


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