2000年7月3日

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2000年選挙の反省と次回への展望


河田選挙の大反省

 岡山1区では、大方の予想どおり自民党が議席を確保した。しかし、民主党に勝利のチャンスはなかったのだろうか。決してそうではない。全国の傾向を見ても民主党に風はあったし、候補者(河田英正)も相手候補に充分対抗できたはずだ。敗因の第一は「はじめから勝つ気の無い」xxxxxにある。そんなxxで、相手を10万票に抑え、6万票を獲得したのだから、善戦をしていたのだ。

  1. 旧社会党型の選挙では勝てない。組合依存から抜けきれず保守層や無党派層に食い込む発想も努力もなかった。中選挙区と同じスタイルで、1対1の選挙を意識していない。

  2. xxxxxというかxxで、候補者(本人、夫人、家族)をいかにうまくつかって選挙を進めるかという基本ができていなかった。市民の期待に応えるのではなく、選挙という形をすればそれでよいという感じがした。

  3. イメージ作りの失敗。候補者のイメージが、幅広い層に訴えるものでなかった。内部的に言えば、「I前参議の代理人」というイメージが最後まで消えなかった。端的に言えばその関係者は後ろに下がって、市民を全面に出すことができなかったのが致命的だ。

  4. 上にも関連するが、新生「民主党」の候補者であって旧社会党系、旧民主党系、旧社民連系、市民派がこぞって推すという形を作れなかった。そのため系列市議への働きかけは不充分の一語に尽きた。

  5. 江田五月グループの動きも遅く、鈍かった。「I前参議の代理人」のイメージを払拭する機会をもっと早く作るべきだった。

  6. 選挙の企画に市民が入っていない。企画の段階からxxxxxが引っ張ったことが選挙をつまらなくした。ポスターやパンフレットにまるで工夫がなかった。下記にも通じることだが、市民の意見を聞くという姿勢がないことが選挙への参加意欲を低下させた。

  7. 事務所の場所が悪い。市民が集まる「市民選挙」、この基本を理解していない場所選定には首を傾げざるをえない。さらに悪いことに、この指摘を聞く耳がなかった。

  8. 事務局の責任体制がはっきりしていなかった。xxxxがよその選挙の応援に行ったり応援演説をするなどで不在が多く、xxx不在のままに選挙を進めていた。

  9. 市民選挙のノウハウがまったく生かされなかった。これまで「市民選挙」という、菅 直人や江田五月が実践をしてきたことに学ぼうという姿勢に欠けた。

次期選挙での必勝をめざして

 上記の反省の上に、次期選挙を展望し、勝利をめざさなければならない。

  1. 本人の強固な意志を再確認する。
選挙は本人次第である。なるべく早く意志を固めて、周囲とともに選挙体制に入ることで勝利を呼び込むことができる。
  1. 選挙は早く準備をするものほど有利なので、本人の覚悟がきまりしだい、ただちに選対会議を開く。

選対会議は自宅でも、事務所でも何処でもよいから、定期的に開いてお互いの情報交換と方針の決定を常に行うこと。

  1. 会議のメンバーは、本気で当選をめざすものが集まる。

個人的な選対なので、本人が信用できるもののみで構成すればよい。バランスだとかこれまでの経緯だとかにとらわれる必要は全く無い。ついでだが、「市民選挙のノウハウ」という冊子を回し読みする事が必要。

  1. 事務局長を選任する。

事務局長は最も信用を置くことができて、かつ有能な選挙を知った人であることが不可欠。ボランティアでもよいが、他のことと掛け持ちをしない方が望ましい。

  1. 敵の情勢を分析する。

相手候補ももちろん、次期を目指してくるだろうから、その動きには注目していて、常に対応をしておく必要がある。ただし、盆踊りに出るなどの活動にはあまり神経を尖らせるべきではない。

  1. 後援会作りに着手する。

(1)後援会はまず地域に作るべきであって、現在応援してくれた市議会議員などがいるところを除いた全ての中学校区(いずれは小学校区まで)に、少なくても良いので10人から20人の後援会を設立することが必要。ここでは、資金面も含めて、自立した活動が望まれる。

(2)全体の後援会は必ず、形式的なものにならないようにして、資金面でも会費は必ず取って、参加者を増やす。

  1. 政治活動を開始する。

    (1)弁護士活動と政治活動の両立をさせるために、1日に少しでも時間を取ること。最低2時間ぐらいからスタートさせて、選挙が近くなればそれなりに増やせばよい。

    (2)他の候補者、地方議員との連帯は必要である。特に、選挙の際の応援は欠かしてはならない。そこから多くの物が学びとられ、かつ多くの人材と触れることができるからである。

    (3)ニュースでもレターでもよいから、河田英正が発信するモノが必要。

 

 市民派弁護士河田英正を落選させたのは、私の一生の不覚である。菅 直人の選挙以来培ってきた「市民選挙のノウハウ」をまったく使えなかったことで、後悔のみが残っている。3回のチャレンジで、国政以外にわき目を振らず、4回目に当選した菅 直人の例を持ち出すまでもないと思うが、選挙は落選した人の方が強い。逆に落選したことがない人には案外の落とし穴がある。落選のこわさを知らないからである。他人の選挙を本気で応援するか、自ら選挙にチャレンジするかすることが、政治家の基本なのだ。その意味で、河田英正は政治家としての可能性があると信じている。

羽場頼三

ある人からの申し入れがあり、一部伏せ字にしました。(7/22)


2000年7月3日

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