2005年8月1日 >>法律案全文要綱 戻るホーム民主党文書目次

「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案」について

人権侵害救済機関の必要性
 21世紀は人権の世紀と言われ、あらゆる差別がなく、すべての人の人権が保障される社会の構築が希求されていますが、わが国では、刑務所や入管施設における公権力の濫用、ハンセン病元患者への不当な差別的取り扱い、女性や子ども、高齢者、障害者への虐待など、今もなお人権侵害が起きています。2004年に法務省が新規に救済手続を開始した人権侵犯事件数は、2万2千件を超えていますが、全ての案件に十分な救済がなされているとは言えません。

 1993年に「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」が国連総会で採択されました。パリ原則は、人権団体、弁護士、医師、ジャーナリストなどで構成する人権救済機関を政府から独立してつくるよう定めていますが、日本には、政府から独立して人権侵害を救済する機関がなく、1998年には、国連国際人権(自由権)規約委員会から、人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設置すること、とりわけ、警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置するよう勧告されました。

 パリ原則の採択から、既に10年以上経過しており、独立性と実効性のある人権侵害救済機関をできるだけ早く設立することが、国内外から強く求められています。

民主党の取り組み
 民主党は、国連の勧告を重く受け止め、1999年5月にとりまとめた「行政改革に対する基本方針」の中で、パリ原則にのっとり、内閣府の外局として「人権擁護委員会」を創設することを提言しました。

 そして、党内に設置した国内人権救済機関設置WTを中心に、2001年の人権擁護推進審議会の答申を踏まえて、人権救済機関の制度設計を検討し、「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案(人権侵害救済法)大綱」をとりまとめ、2002年3月に民主党ネクストキャビネットで法案大綱が了承されました。

 人権侵害救済法大綱には、法律の目的として、人権侵害による被害の救済及び予防、並びに人権教育・啓発の措置を掲げ、人権侵害救済機関の制度設計として、次のような点を盛り込みました。

  1. 中央人権委員会を法務省ではなく、内閣府の外局として設置すること
  2. 地方人権委員会を各都道府県に設置すること
  3. 過剰取材等の人権侵害行為については、特別救済の対象とせず報道機関等に自主的な解決に向けた取り組みを行うことを努力義務として課すこと
  4. 人権擁護委員の専門性を高めるため、報酬の支払いを可能とし、研修を実施すること
  5. 中央人権委員会に内閣総理大臣を経由して国会への意見の提出権限を認めること

 政府も、人権擁護推進審議会の答申を受けて、2002年の154回通常国会に「人権擁護法案」を提出しましたが、その内容には次の三つの大きな問題がありました。

  1. 人権委員会が法務省の外局に設置されており、実効的な人権救済が確保されないこと
  2. 過剰取材等の人権侵害行為を特別救済の対象としており、報道の自由が脅かされかねないこと
  3. 地方分権委員会が設置されないため、地域で現実に起きている人権侵害に対し、実効性ある対応ができないこと

 政府案にはこうした問題があったため、民主党をはじめ、人権団体、報道機関などが強く反対し、政府与党も消極的となり、実質的な法案審議を行なうことなく継続扱いになり、2003年10月の衆議院の解散を受けて政府案は廃案となりました。

 民主党は、2003年の衆議院議員選挙、2004年の参議院選議員挙のマニフェストで法務省から独立した人権委員会の設置などを盛り込んだ「人権侵害の救済に関する法律」の制定を政権公約に掲げました。

 今年2月には、「人権侵害救済法に関するプロジェクトチーム」を改めて設置して立法作業に取り組んできました。PTでは、2002年にとりまとめた大綱案の立法化を確認し、報道関係団体、日本弁護士連合会、全国人権擁護委員連合会や識者から意見を聴取しながら、立法作業をすすめてきました。


法案の内容について   

1)内閣府の外局に中央人権委員会を設置
 
人権委員会を刑務所や入管施設を所管する法務省のもとに設置すれば、名古屋刑務所事件などにみられる刑務所内での虐待・人権侵害が握りつぶされるおそれがあることから、法務省ではなく、内閣府の外局に設置します。(第7条)

 中央人権委員会の構成は委員長及び委員6人とし、委員長及び委員の任命にあたっては、ジェンダーバランスへの配慮を規定するとともに、委員長及び委員のうちNGOの関係者や人権侵害の被害を受けた経験のある者を入れるように努めなければなりません。(第10条、第11条)

 中央人権委員会委員の任命には国会の同意が必要です。(第11条1項)

 中央人権委員会は、内閣総理大臣や関係行政機関の長、内閣総理大臣を経由して国会に意見を提出することができ、内閣総理大臣または関係行政機関の長は、その意見を十分に尊重しなければなりません。(第21条)

2)都道府県ごとに地方人権委員会を設置
 
地域の事情を踏まえた人権擁護施策を推進すべきとの観点から、都道府県ごとに地方人権委員会を設置します。(第22条)

 地方人権委員会の構成は委員長及び委員4人とし、中央人権委員会と同様、それぞれの委員会について、ジェンダーバランスへの配慮を規定するとともに、委員長及び委員のうちNGOの関係者や人権侵害の被害を受けた経験のある者を入れるように努めなければならず、地方人権委員の任命には都道府県の議会の同意が必要です。(第24条、第25条)

3)人権侵害の禁止
 
何人も、他人に対し、次の行為、その他の人権侵害をしてはなりません。(第3条)

 上記で言う「人種等」とは、人種、民族、信条、性別、年齢、社会的身分、門地、障害(第2条3項)、色覚異常、疾病(第2条4項)、遺伝子構造、または性的指向のことです。(第2条)

 なお、人種等の属性を理由としてする「侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」(第3条1項2号)が不明確との意見がありますが、これらは、侮辱罪、名誉毀損罪といった犯罪を構成し、あるいは民法上の不法行為を構成するなど従来から違法とされてきたものを指し、適用される具体的行為については、判例が集積されています。

また、特別救済の対象となる不当な差別的言動であって、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」(第45条2号)とは、行為の相手方に対し看過することのできない被害をもたらす場合を意味し、いわゆるストーカー規制法でも同様の文言が使用されています。

4)特別救済手続
 
中央人権委員会、地方人権委員会(以後、人権委員会)は、特に積極的な救済措置が必要な虐待等の人権侵害行為(特別人権侵害)や差別助長行為について、立入調査などの特別調査を行うことが可能であり、調停・仲裁、あるいは勧告・公表、訴訟参加、資料提供、差止請求訴訟の提起といった特別救済手続を行うことができます。

 人権侵害の事実認定は、独立性をもつ人権委員会が、人権侵害を申し出た者のみならず、その相手方の意見を十分に聴取するなど公正・中立な立場で十分な調査を行い(第63条2項)、一方的な事実認定・救済になることはありません。

 また、人権委員会による特別調査は、刑事責任の追及を目的とするものではなく、正当な理由もなく立入り等を拒んだ者に、裁判所を通じて過料を課すことができるのみであって、相手方が立入り等を拒否した場合には強制することのできないものです。(第47条4項、第78条)

 この法律の適用に当たっては、救済の対象となる者の人権と他の者の思想や良心の自由、表現の自由、信教の自由、学問の自由、その他の人権との関係に十分に配慮しなければなりません。(第70条)

5)人権擁護委員の国籍要件、職務について
 人権擁護推進審議会は、2001年12月に「人権擁護委員制度の改革について」の中で、「我が国に定住する外国人が増加していることなどを踏まえ、市町村の実情に応じ、外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とする方策を検討すべきである。」と答申しています。

 民主党は、この答申を踏まえ、また、外国人であるからという理由だけで、人権擁護委員を委嘱できないとすることは妥当でないとの考えから、国籍要件を設けないこととしました。

 中央人権委員会委員、地方人権委員会委員は、1特別調査、勧告・公表といった、いわゆる公権力の行使にあたる権限が付与されるため、「当然の法理」に従って国籍要件が適用されますが、人権擁護委員の職務は、人権尊重理念の啓発や人権に関する相談、人権侵害に関する情報収集等であって、公権力の行使にあたらないことから、「当然の法理」は該当せず、国籍要件を設けるべきではありません。

 人権擁護委員について、秘密漏洩の禁止、職務上の地位や職務執行を政党又は政治的目的のために利用することの禁止、職務を公正に行うのにふさわしくない事業を目的とする会社その他の団体の役職員就任の禁止等の服務規定(第34条)を設け、恣意的な職権の行使を防ぎます。また、人権擁護委員に職務上の義務違反があった場合や委員として適しない非行がある場合には地方人権委員会が委員を解嘱できます。(第36条)

 こうしたことから、一部で喧伝されている懸念は杞憂であり、特定の外国人組織による人権擁護委員の地位の悪用のおそれはありません。

6)報道機関による自主的解決の取組み
 憲法第21条によって表現の自由、出版の自由が保障されており、報道の自由は民主主義に不可欠のものです。報道の自由を保障するために、報道機関による人権侵害事案は特別救済の対象としていません。

 一方で、報道機関による著しい人権侵害の事例もあり、何らかの救済が必要であると考え、報道機関も任意の手続きである一般救済の下に置き、報道機関に対して自主的な救済制度をつくる努力義務を規定しています。(第69条)

 こうした制度設計により、報道機関の自由闊達な活動についても、被害者が一般救済を求めることを可能とし、且つ、報道機関がその役割を自覚し、人権保障と民主主義の発展に大きな役割を果たすことが期待されます。




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