2005年3月29日 >>要約版 戻るホーム民主党文書目次

郵政改革に関する考え方

―― 民業の補完という原点に立ち返り、郵政事業の「正常化」を図る――

民主党郵政改革調査会

1.はじめに
2.政府案の問題点
 【1】株式会社化=民営化ではなく、さらなる民業圧迫が懸念される
 【2】分社化は天下りポストの増加にすぎない
 【3】将来の経営リスクと潜在的財政負担増
 【4】政府案は本来の改革目的に資さない
 【5】ユニバーサルサービスはボランティアなしではできない
 【6】郵政民営化と「小さな政府」は関係がない
 【7】民営化・分社化とユニバーサルサービスの両方を主張する論理矛盾
 【8】新たな金融不安を招く危険性
 【9】外資参入の是非
 【10】欠けている新しいサービスの視点
 【11】現実的な財政再建論の欠如
 【12】変遷する政府案の主張の論拠
    (1)「入口論」
    (2)「小さな政府」=「出口論」
    (3)「先細り論」
    (4) 予測される次の論拠
3.民主党の考え方
 【1】基本的なポイント
 【2】出口改革
 【3】入口改革
 【4】新しい役割
 【5】経営の合理化・適正化
4.おわりに


1.はじめに

郵政事業については、1980 年代初頭の第2次臨時行政調査会(土光敏夫会長)の第4部会(加藤寛部会長)の下で見直し議論が公式にスタートした。議論の骨格は、郵政事業が民間資金を過剰に吸収することを指摘する入口論と、その資金が財政投融資(以下、財投)を介して特殊法人等に浪費されることを問題視する出口論の2つから構成されていた。当初、民間資金の入口である郵便貯金・簡易保険(以下、郵貯・簡保)を縮小すれば、出口での無駄遣いが減少するとの考え方から、入口について民営化が議論された。民営化すれば、郵便・簡保の規模が縮小するという前提の下での議論である。

しかし、その後20年余の間、出口改革が放置される一方、累次に亘る預入限度額の引上げ(88年300→500万円、90年500→700万円、91年700→1000万円)によって入口が肥大化し、郵政事業を巡る構造問題は複雑化した。すなわち、(1)出口での無駄遣いが膨張し、その財源をファイナンスするための財政赤字が制御困難な規模にまで拡大するとともに、(2)入口の肥大化と相俟って、郵貯・簡保が財政赤字の中心を成す国債を大量に保有するに至った。さらに、その間、東京への一極集中、及び各地域における都市部への集中が極度に進展し、地方においては、経済・社会の疲弊と少子高齢化が相対的に過度に進行した。その結果として、(3)地方の経済・社会にとって、郵政事業のネットワーク機能、サービス機能が一層重要な役割を果たすようになった。

郵政事業を巡る構造問題がここまで深刻化することを放置してきた過去の失政と、郵政事業を巡る以上のような環境変化に対応できず、20年遅れの民営化論を展開している政府関係者の無責任、無見識は厳しく批判されなければならない。

こうした中、民主党は、先の衆院選、参院選において、マニフェストに「『民営化』の掛け声や見せかけの改革ではなく、現実に国民生活の向上・地域経済の活性化に資する郵政改革をすすめる」と明記し、現実的、段階的な郵政事業の改革プランを提示するとともに、抜本的な出口改革の必要性を主張し続けている。民主党の基本的立場は一貫して変わっていない。

今国会で予想される郵政改革論議においても、民主党は従来の方針を堅持し、国民と政治による郵政事業の監視、出口での無駄遣いの是正、及び公的制御の効く下で郵政事業の「正常化」を図り、国民生活の向上と地域経済の活性化に資する改革案を主張していく。政府の無責任、無見識な民営化論に対して、民主党は郵政事業を巡る環境変化を的確に認識したうえで、責任と見識ある「正常化」論、「適正化」論を訴えていく方針である。

2.政府案の問題点

政府の民営化案に関する公式資料は、昨年9月10日に経済財政諮問会議で了承され、閣議決定された「郵政民営化の基本方針」(狭義の政府案)のみである。断片的に報道される郵政民営化準備室や政府・与党間協議の情報から、今国会に提出される予定の郵政改革法案の内容を推測するしかない。

そもそも、国民生活や日本の社会構造に直結する政策課題について、政府・与党の方針が今なお流動的な状態の下、拙速に国会に提出し、可決させようとしている姿勢そのものに問題がある。昨年の年金関連法案の動きを彷彿とさせる。

政府案によると、07年4月に日本郵政公社(以下、公社)を民営化し、17年3月末までに最終的な民営化が実現することとなっている。主要な論点は、(1)民営化後の組織形態、(2)全国一律サービス、(3)金融商品に対する政府保証の廃止、既契約分の扱い、(4)民間との完全同等条件(イコールフッティング)、(5)雇用の5点とされている。しかし、最も重要な出口改革の論点が欠落しているほか、狭義の政府案には様々な問題点がある。

以下、狭義の政府案に加え、巷間、断片的に報道されている不確定情報も含めた内容を「広義の政府案」と定義したうえで、主な問題点を指摘する。

【1】株式会社化=民営化ではなく、さらなる民業圧迫が懸念される

政府は公社を株式会社化する方針だが、株式会社化といっても政府が出資することを前提としている。政府出資の株式会社は官有民営であり、事実上の「暗黙の政府保証」が存在する。一般的な意味での民営化ではない。

金融事業については、メガバンク4行合算分以上の資金量を抱えた状態での民間参入は、既存の民間金融機関との間で著しい不公平を生じる。郵便事業についても、ポスト10万本の義務付けが新規参入の事実上の障害となっており、民間事業者にとって公平な競争条件とは言えない。

また、官有民営のまま金融・郵便以外の一般事業へ参入することは、民業圧迫以外の何物でもない。不公平な競争条件と「暗黙の政府保証」の下で、金融・郵便事業とその他一般事業を兼営できる官有民営新会社は、肥大化する可能性が高く、市場シェア、収益規模等の面で、競合する民間同業他社を圧倒することになる。

金融業と非金融業の兼営は、公共サービスであればこそ限定的に許容されたてきた。これを巨大な民間企業に認めるとなれば、大規模なコンツェルンを形成することに繋がり、公正な競争が阻害される蓋然性が高い。新会社は貸手としての優越的地位を背景に圧力販売を行う可能性があるほか、国民は新会社の背後に「暗黙の政府保証」を認識することから、民間同業他社は太刀打ちできない。

なお、首相退陣後に政府の方針が変わり、移行期間中の官有民営形態が恒久化する懸念もある。一般事業を兼営する官有民営の巨大コンツェルンが固定化し、競合する民間事業者が著しく圧迫される可能性を否定できない。「暗黙の政府保証」の下での国家的独占政策の推進であり、自由主義経済、資本主義経済の崩壊を招く。

【2】分社化は天下りポストの増加にすぎない

政府案は公社の分社化も検討しているが、海外においては分社化は一般的なモデルではない。とりわけ、窓口会社という形態は、主要国の中ではオランダとイギリスだけが採用している例外的なモデルである。日本における分社化の合理的、論理的な適合性について、説得力のある説明が全くなされていない。

欧米主要国の郵政事業組織
  郵便(A) 金融(B) 窓口
ドイツ ドイツポスト(63) ポストバンク(A50+1株)
オランダ TPG(34.8+黄金株1株) ポストバンク(1未満) 別会社(A50、B50)
スウェーデン スウェーデンポスト(100) ノルディア(19.5)
ニュージーランド ニュージーランドポスト(100) キウィバンク(A100)
イタリア ポステイタリオーネ(100)
イギリス ロイヤルメール(100) 国民貯蓄投資庁(エージェンシー) ポストオフィス(A100)
ポストオフィス(A100)
フランス ラポスト(公社)
スイス スイスポスト(政府公営企業)
アメリカ 米国郵便庁(独立行政機関) <1966年廃止>

(注)かっこ内は政府出資比率、アルファベットは対象関係組織の出資比率。オランダの黄金株は、国営企業が民営化された際に政府の関与を保持するための特権が付与された特殊株式。


また、地方では少人数(2〜3人)の職員で運営している郵便局が大半という実情を鑑みると、分社化は要員増、コスト増につながり、効率性を低下させる蓋然性が高い。逆に、同一職員が分社化された複数の会社の業務を兼務する場合には、利益相反や不公正な業務運営を誘発する懸念がある。

なお、政府案は後者(業務委託、同一職員の兼務体制)を想定しているようだが、職員数は不変、または削減傾向の下、現場の繁忙度が一段と高まる一方で、分社化によって経営幹部のポスト(役職)が増えるという事態を招来する。「郵便ポストが減って、天下りポストが増える」=「国民が困って、天下り官僚が喜ぶ」という「ポストの悲劇」を生み出すことになりかねない。

【3】将来の経営リスクと潜在的財政負担増

官有民営化後の郵便会社、貯金会社、保険会社、及び窓口会社の自立を証明し得るビジネスモデルやシミュレーションが示されていない。

また、その他、新規参入を予定している一般事業(コンビニ、国際物流、住宅リフォーム仲介など)における業績見通しも極めて粗雑である。例えば、都会型のビジネスモデルを前提としたコンビニ事業は、過疎地域の現状(マーケット規模、24時間サービスのニーズ、要員確保等)を鑑みると成功の可能性は低い。国際物流への参入は株式会社化のビジネスモデルを前提とする必然性はなく、内外の物流事業者との業務提携で十分その目的を果たせる。いずれにしても、郵政民営化準備室から提示された各種シミュレーションの内容は根拠及び信頼性に乏しく、検討に値しない。

政府案は単一のシナリオに基づいた議論、検討に固執しているが、現在の公社の経営改革努力との比較、あるいは政府案以外のスキームとの比較が全くなされておらず、比較考量と検討が不十分である。

将来的な経営リスクの高い政府案の実現を強行すれば、経営破綻とそれに伴う財政負担増が顕現化する蓋然性が高い。

【4】政府案は本来の改革目的に資さない

そもそも、郵政改革論議の出発点は出口論であり、財投改革が本来の目的であった。政府は当初、郵貯・簡保、年金の預託義務を廃止した01年の財投改革以降、入口と出口の関係は制度的に遮断されたと主張していた。つまり、出口改革は、(1)01年の財投改革(財投債、財投機関債の導入)、(2)一部特殊法人の独立行政法人化、道路公団民営化等で終了したという立場であった。

しかし、実際には07年度までは財投債を直接引き受けしている(04年度は29.6兆円)。予定どおり07年度に直接引受が終了したとしても、国債、財投債、財投機関債を「自主的」という大義名分の下で大量購入すれば、同じことである。このように、実態的には出口問題が解決していないことに、入口である郵政改革が議論される理由がある。

それでは、政府案どおりに郵政民営化を行えば出口改革に資するのかと言えば、改革の実効性については何の保証もない。上述のように、民営化された新会社が「自主的」に公的債務を資産に積み上げていく可能性は高い。さらに、民間会社であることを理由に、安易な国債購入に対する警鐘を軽視する懸念もある。出口問題を覆い隠し、特殊法人、特別会計、独立行政法人、政策系金融機関などの公的資金のムダ遣いや天下り問題、合理化問題等について蓋をすることにつながる。

逆に、政府の主張どおり、出口改革は終わっているとするならば、入口改革の必要性については新たな視点から整理しなくてはならない。しかし、首相や担当大臣が「入口をふさげば出口が解決する」と再三に亘って国会で答弁していること自体が、出口改革が未了であることの証左である。首相、及び担当大臣の言動は、論理矛盾と虚言に満ちていると言わざるを得ない。支離滅裂である。

  郵政事業と年金制度の位置づけ
  

なお、年金と郵政は、日本の構造問題という観点からみると同じ位置付けにある。官僚国家日本の構造上、年金と郵政は「官」が「民」から資金を吸い上げる機能を果たしている。その資金が財投を経由して出口で浪費され、年金も郵政も将来の給付や償還が懸念される事態となった。財投の全てを否定するものではないが、出口である特殊法人、特別会計、独立行政法人、自治体等では、相当程度、不必要かつ不正な利権に絡んだ支出が行われている。この点を是正しなければ、年金改革も郵政改革も何の意味もない。

【5】ユニバーサルサービスはボランティアなしではできない

中山間地などの配達業務は、民間人である簡易郵便局員や簡易局から僅かな委託料で業務を請け負うボランティア的な人々によって支えられている。事業主体が民間企業になれば、そうした人々のモチベーションは維持できない。単純な民間企業化は、そうした地域のユニバーサルサービス維持のコストを増加させる可能性がある。

中山間地に限らず、採算のとれない郵便局は閉鎖される可能性が高く、子供や高齢者が徒歩でアクセスできる身近な窓口が失われることになる。特に、政府案で想定されている委託手数料を収入源とする窓口会社については、貯金会社・保険会社との資本関係が解消された後、貯金・保険業務を受託できる保証はない。他の民間企業の業務を受託しても委託手数料だけでは経営が成り立たず、身近な窓口(郵便局)が失われていく蓋然性が高い。因みに、ドイツでは、民営化によって、約3万局あった郵便局が約1.2万局に減った。

【6】郵政民営化と「小さな政府」は関係がない

郵政事業は27万人の公社職員と、11万人のゆうメイト、2万人の簡易局員という民間人で運営されている。そして、職員の給与、退職金、年金は全て事業収入で賄われている。郵政民営化は「小さな政府」の実現に資するという政府の主張は、この点を誤認している。つまり、公社を民営化しても歳出削減には寄与しない。「小さな政府」実現のためには上述の出口改革を行うことが必須である。

年金制度においては基礎年金の3分の1が国庫負担となっているが、公社職員に関しては当該負担も郵政公社の事業収入で賄われている。民間企業における法人税納税の代替措置と言われている。

さらに、民営化なら公社職員は厚生年金に移行するのが本来の姿であるが、公社職員を国家公務員共済から脱退させた場合、国家公務員共済は財源不足となり、新たな財政負担(分離コスト)が発生する。

したがって、政府案どおりに民営化した場合、(1)基礎年金の国庫負担増、(2)共済年金の国庫負担増という新たな財政負担が発生し、むしろ「小さな政府」に逆行する。表面上の公務員数削減と、財源節約や「小さな政府」とは何ら関係がない。政府は国民に対して誤った説明をしている。

政府はこの点の当初の誤認を是正するため、民営化しても公社職員を国家公務員共済から脱退させない方針に転換したと報道されている。事実上の「みなし公務員制度」である。

「民営化」と言いつつ「みなし公務員制度」を導入し、「みなし公務員制度」を導入しつつ「非公務員化」と主張する首相及び担当大臣の詐欺師的言動は、国民及び国会を愚弄するものである。制度論的には、公社のままの「非公務員化」も可能であり、「民営化」と「非公務員化」は直接的には関係がない。

【7】民営化・分社化とユニバーサルサービスの両方を主張する論理矛盾

将来、分社化された貯金会社・保険会社の株式が売却されて窓口会社との資本関係が解消された場合、貯金会社・保険会社がユニバーサルサービス維持のために窓口会社との業務提携を行う保証はない。経済的合理性から言えば、ユニバーサルサービスを止めると予測するのが妥当であろう。

その結果、民間金融機関や農漁協の統廃合が進む中山間地においては、郵便局での貯金・保険のサービスがなくなることとも相俟って、貯金の出し入れや保険契約のために車やバスで移動するという不便が生じることになる。中山間部の地域住民の生活は著しく不便になり、均衡ある国土発展に逆行する。

イギリスでは、民間金融機関の地方支店閉鎖に伴う金融排除が社会問題化したため、郵便局で社会保障給付金が受給できるようにしたほか、政府・郵便局・民間金融機関の協議によって、地方における金融サービスに対するアクセス確保のための対策が取られた。日本でも、現状、既に金融排除が社会問題化しつつある中、検討不足の政府案を強行することは、かえって付加的な改革コストを増嵩させる懸念がある。

こうしたことを見越して、政府は、ユニバーサルサービスの義務づけ、ネットワーク維持のための基金創設を検討しているが、これでは、政府案の民営化・分社化の定義が一段と不明確になる。意味不明の改革と言わざるを得ない。

前項で示したように、「民営化」と言いつつ「みなし公務員制度」を導入し、「みなし公務員制度」を導入しつつ「非公務員化」と主張する論理矛盾と同様に、「民営化・分社化」と言いながら、「ユニバーサルサービスの義務づけ」、「ネットワーク維持のための基金創設」を掲げる姿勢は、支離滅裂で詐欺師的な主張と断ぜざるを得ない。

なお、中山間地のユニバーサルサービスを、民営化された公社、すなわち民間企業に義務を課す代わりに補助金等の名目で税を投入すれば、国民のコスト負担増となる。また、分社化によって、現在兼務している仕事を分業化して要員増となれば、これもコスト負担増となる。

【8】新たな金融不安を招く危険性

郵政の金融事業の本来の目的は民業の補完である。つまり、中山間地をはじめとする全国各地での金融のユニバーサルサービス確保がその役割と言える。加えて、郵便事業の不採算性の補完、オーバーローン時代における貯蓄奨励と少額貯蓄の保護、中央政府の資金不足の補完などの役割も担っていた。こうした公共政策上の目的があったことから、国が限定的に金融事業と郵便事業の兼営を認めていたのである。

しかし、その後の金融事業の肥大化に伴い、オーバーバンキング下での民業圧迫、財投機関へのソフトバジェット、それに伴う財政規律の弛緩と国債依存体質の助長などの弊害をもたらした。また、国の国債依存体質と、公社の国債大量保有は、金利上昇に伴う国債費負担増と公社の保有国債価格の低下を通じ、国が大規模な偶発債務を負うリスクを拡大している。

こうした状況下、もはや、公権的、貯蓄奨励的な金融システムは、基本的にはその必要性は乏しいと考えられる。但し、中山間地等における限定的な金融サービス、決済サービスの提供、維持は、別の観点から必要である。

政府案のとおり民営化を強行すれば、オーバーバンキング、貯蓄過剰の過当競争状態にある金融界に、低能力だが「暗黙の政府保証」を持つ大規模コンツェルン企業が参入することになる。

低能力が露呈すれば、新会社自体が破綻する危険性があり、公的資金注入による処理コストが増嵩する。間接金融は先細り状態にあり、民営化された貯金会社が業績を好転させる合理的根拠に乏しい。非金融部門(企業、個人等)の銀行離れの傾向が著しい中、民間金融機関は新しいビジネスモデルを構築できず、貸出を減少させる一方で国債保有を増やし続けている。民間金融機関が「準国営銀行化」していると言っても過言ではない。そうした中で、貸出営業能力の裏づけのない民営化新会社が参入しても、預貸率は低迷し、業績好転は期待薄である。やがて、過小資本、債務超過に陥り、公的資金による資本注入、再国営化の可能性もあり、新たな金融不安を惹起する。分社化された各社間の資本関係が存在する間にそうした事態になれば、郵便会社にまでリスクを伝染させる懸念もある。

一方、「暗黙の政府保証」を背景に民営化新会社が民間金融市場を席巻した場合、民間金融機関の業績が悪化し、新たな金融不安、民間金融機関の処理コスト増につながる可能性がある。既に過当競争下にある中、資金量250兆円の貯金会社、同100兆円の保険会社が参入すれば、金融システムが混乱する蓋然性は高い。

なお、金融庁は、金融システムの安定化を標榜して、強引な合併推進政策を進めている。こうした金融行政の方向性が銀行の預貸率低下(リスクアセット圧縮のための貸し渋り、低金利の国債購入インセンティブの高まり)に結びついており、首相の掛け声とは裏腹に、「民」から「官」へ資金の流れや低収益性の固定化などの弊害をもたらしている。国債の個人保有比率の引上げ、直接金融の促進などを謳う金融行政の方向とも整合的ではなく、失政といえる。こうした中で、さらに、貸出能力が低く、かつ大量の国債を保有する民営化新会社が参入することは、百害あって一利なしと言える。

【9】外資参入の是非

今通常国会では、会社法の現代化が重要なテーマのひとつとなっている。当初の政府案では、株式交換による三角合併が06年から導入されることになっており、これが外資による日本企業の買収促進につながることは、早くから民主党が指摘していた点だ。

ニッポン放送株の買収問題が表面化し、にわかにこの点がクローズアップされ、上記手法の導入が急遽1年先送りとなった政府の対応は、お粗末としか言いようがない。

民主党は日本経済の外資参入そのものを否定するものではないが、政府案の将来像を巡ってはこの点に関連した懸念を抱いている。

すなわち、公社が公的組織であり、かつ350兆円という資金量であれば買収も簡単にはいかないが、民営化・分社化、さらには将来の地域分割・規模縮小がなされた後には、貯金会社・保険会社が外資に買収される可能性がある。このことの是非を十分に議論しないまま、そうしたリスクのある政策を強行することは、国民不在の政策運営と言わざるを得ない。国民の金融資産の中核が外資の傘下に入る可能性をどう考えるのか。将来的なリスクに関する判断材料が不十分なまま、日本経済を成果が不確実な社会実験に晒すことは、政府として無責任な対応である。

【10】欠けている新しいサービスの視点

現在でも郵政公社のネットワークは行政サービス(住民票の写し等の交付、登記簿謄抄本の郵送交付等)を国民に提供している。

年金受給者の増加や、今後市町村合併が進む中で、ますますその必要性が高まることが予想され、郵便局で取扱い可能な行政サービスは拡大するのが合理的な対応であろう。短絡的な民営化を強行すれば、こうした流れに逆行することになる。行政サービス拠点として郵政公社のネットワークをさらに活用するという新しいニーズを念頭に置けば、単純な民営化という陳腐化した発想は出てこないはずである。

政府案は、国民の新しいニーズに関する十分な考察と検討がなされていない。

【11】現実的な財政再建論の欠如

単純な民営化論が通用したのは、郵貯肥大化が起こる前、1980年代、あるいはせいぜい1990年代前半までの話である。郵貯・簡保だけでなく、民間金融機関も日銀も国債保有残高を増やしている。日本の金融は、金利上昇による国債暴落、逆鞘運用のリスクを抱え込んでいる。現在の国債発行残高、公社の膨大な国債保有残高を鑑みると、現実的な国債管理政策によるソフトランディングを図ることが必要だ。

財政再建の方向性と具体策を明確にすることが先決である。それを行わないで、「郵政民営化が本丸」とする首相や担当大臣の説明は説得力に欠ける。民営化以前に財政再建の道筋をつけることこそが「本丸」である。

歳出の内容を見直すのが王道であるが、ベンチマークのひとつとしてプライマリーバランスの均衡を目指すのも一案だ。但し、政府が示しているプライマリーバランス均衡の目標(12年度)は根拠と試算内容が曖昧で、信頼性に欠ける。

いずれにしても、財政再建の見通しが立つまでは、財政運営と密接な関係を持つ公社の運営、改革の方向性に関する選択肢については、慎重な比較考量が必要である。民営化・株式会社化か、さもなくば現状維持、という「単純二分論」は短慮にすぎる。

慎重な比較考量なしに、単純かつ時代遅れの民営化を強行した場合、妥協の産物としての官有民営=実質官業新会社の焼け太り、肥大化した新会社による「自主的」な国債購入、新会社の経営破綻に伴う代替措置としての日銀による国債直接引受など、最悪のシナリオの顕現化が予想される。政府案はそうした展開になる危険をはらんでいる。

財投は改革されたと言っても、郵貯・簡保資金の多くは、相変わらず市場を介して国債・地方債・財投債・財投機関債などに回っている。出口の国・地方の財政、特殊法人・独立行政法人等の浪費体質が変わらなければ、いくら市場を介したとしても同じことである。むしろ、郵貯・簡保が適正に規模を縮小すれば、縮小分は株やその他の金融資産に回り、健全なマネーフロー構造が構築される。民営化という経営形態論よりも、お金の流れの民営化(=「民」の事業に使用されること)、正常化こそがポイントだ。そのことを通じて、財政健全化を図ることが可能となる。

大量の国債を保有している郵貯・簡保が民営化されることにより、日本経済が潜在的に抱える国債の価格下落リスク、金利上昇リスク、あるいは国債価格と金利のボラティリティは高くならざるを得ない。民営化新会社は、「民」である以上、リスクセンシティブに動かざるを得ず、市場の動揺に対して過度に反応する蓋然性が高い。

その結果、政府案の民営化・株式会社化は、事実上、国債管理政策を巨大な民間企業に委ねることになる。一方、そうした事態を回避するためにセーフティネットを日銀に求めれば、日銀の国債直接引受を迫る政治的リスクが高まり、日本経済は内外の信頼を低下させることになる。また、結果的に日銀が無尽蔵に財政をファイナンスすることとなり、公的金融、ならびに民間資金の「官」による収奪は縮小しない。

政府は、民営化すれば新会社の株式を売却することに加え、新会社の納税によって財政再建に貢献すると主張している。しかし、諸外国の民営化事例を見ても、株式会社化しても政府が株を保有し続けるケースが多く、実際の売却は容易ではない。現に、国はNTT株をまだ保有している。

過去の民営化事例である国鉄、電電公社と比べると、技術水準等の問題を反映して、新会社が十分な収益をあげられるかどうかは定かではない。利益があがらなければ、逆に公的資金による支援が必要になる懸念がある。「とらぬ狸の皮算用」と言わざるを得ない。

現在の公社でも一定額以上資本金が積み上がれば、利益の半分を国庫に納付する制度があり、税金を納めることと財政に対する効果は同じである。

【12】変遷する政府案の主張の論拠

以上のような問題点や事実誤認があることから、「いま何故民営化(株式会社化)なのか」というそもそも論を問い掛けると、首相や担当大臣の発言は微妙に変遷してきている。主張の論拠が変遷すること自体が、政府案が現実的ではないことの証左と言える。

(1)「入口論」
最も初期の段階(昨秋頃)には、特殊法人の資金供給ルート絞込みのための民営化論(いわゆる入口論)を主張していた。

その一方で、この間に独立行政法人への改組という「特殊法人改革」や財投改革があり、これらを「成功」と言い張る首相及び担当大臣は入口論の不要性を主張しているに等しい。この論理矛盾を再三指摘されるに至り、入口論を徐々に主張しなくなった。

(2)「小さな政府」=「出口論」
出口改革が不十分という指摘に便乗し、次に想起したのが「公社職員の非公務員化によって公務員数削減=小さな政府」という論理であった。

しかし、これについても、上述のように、公社職員の人件費(給与、年金財源等)が全て事業収入で賄われており、公費が投入されていないことを認識するに至り、徐々に主張しなくなった。

むしろ、非公務員化に伴う国家公務員共済の財源不足問題等を看過できず、非公務員化する一方で、国家公務員共済からは脱退させないという支離滅裂の方針を打ち出さざるを得なくなった。

(3)「先細り論」
入口論、出口論も封じられたことから、次に考え出したのが郵政公社の先細り論である。郵政公社の先細り、経営破綻を予防するために、民営化、業務拡大が必要だと主張している。

しかし、先細り対策のために、規模面で大きなハンディを持たせたまま表面上民営化することは、肥大化して民業を圧迫する可能性が極めて高い。

こうした論理矛盾した弥縫策を採用することなく、郵政事業の原点に戻り、基本的公共サービスとして提供すべきこと(郵便サービス+地域的かつ業務的に限定された金融サービス)を公的制御の下で堂々と行えばよい。

民営化を謳いながら、公的事業を独占的に行い、みなし公務員が在籍し、職員が国家公務員共済に加入し、政府出資の下で全国展開のネットワークは公的基金で支えるという組織は、常識的に考えて正常な姿ではない。民営化新会社に公的事業を強制的に押しつけ、その代償として事実上の独占や特権を付与するという構図にほかならない。こうした歪な姿では、そこで働く職員の士気の低下や姿勢の歪みにもつながりかねない。

(4)予測される次の論拠
国が関わるべき金融事業の機能と限界、郵便事業のあり方を冷静に考えれば、純粋持株会社の下での4分社化以外は考えられないという決め打ち的発想は短絡的に過ぎる。

その一方、政府案は徐々に変化している。現状、(1)ユニバーサルサービスの維持、(2)ネットワーク維持のための基金創設(要は公的資金投入)、(3)事実上の公務員維持(郵便士資格の創設、国家公務員共済の加入維持)の方向に変わってきていることから、政府案の「民営化」が「似非民営化」であり、「看板に偽りあり」ということは明々白々である。

これを概念整理すると表のようになる。入口では政府が出資し、出口では浪費構造を放置したままの政府案は、日本のマネーフロー上の構造問題をさらに深化させるリスクが高い。

郵政改革の概念整理
  業務拡大(民業圧迫) 業務限定(民業圧迫回避)
民営(政府出資) (a)政府案「民営化」  
国営(公営) (c)従来型(公営のまま肥大化) (b)民主党案「正常化」

(注)政府案は実質的には(c)のゾーンの内容でありながら、形式的には(b)のゾーンのような内容を主張しつつ、看板としては(a)のゾーンの考え方を表現しており、客観的に評価して意味不明である。

3.民主党の考え方

郵政改革に限らず、政府の基本的問題は国民に対して正確な情報を伝えないことである。この姿勢が、様々な政策課題の進展を妨げ、改革が進まない原因となっている。

民主党は、国民に対して事実と認識を正確かつ正直に説明することが重要であると考えている。郵政改革に関しても、以下のように、率直に事実と認識を示したい。

【1】基本的なポイント

前項の政府案の問題点の整理から必然的に導出されるいくつかの結論がある。郵政改革を巡って、直面する事実と論理的に導かれるポイントを以下に列挙する。

(1) 財政は危機的状況であり、短期間かつ容易に事態を打開できるものではない。現実的な観点から国債管理政策等を運営していく必要がある。

(2) 郵政改革の目的は、民間資金を公的部門に流す役割を必要最低限に抑え、財政規律を高め、財政健全化に寄与することである。

(3) 郵政事業のうち、郵便事業は万国郵便条約に明記された基本的公共サービスであり、国が責任をもって国民にユニバーサルサービスとして提供する義務がある。但し、民間事業者の参入を妨げるものではない。

(4) 郵政事業のうち、金融事業は民業の補完としてスタートしたものであり、現在もその役割は変わっていない。

(5) 年金受給者の増加、市町村合併に伴う役所までの遠距離化など、今日的な環境変化を踏まえると、郵政事業のネットワークには合理的な範囲で新しい公的役割を担わせる時期にきている。

(6) 郵政事業の運営に過度の財政負担や非効率性が許されるものではない。そうした視点から、郵政事業の運営状況や組織形態については、不断の見直しが必要と考える。現時点においては、昨年の公社化に伴う経営改革の成果を見極める時期にあると認識している。

(7) 上記(6)に関連して、現在、公社職員の人件費には税金が投入されていないうえ、基礎年金の国庫負担分(1/3)についても公社の事業収入で賄っている点は財政負担軽減に寄与している。財政再建が喫緊の課題となっている中、今後もこうした運営が可能となるよう、不断の努力を求めていく。

(8) 上記(1)、(2)を踏まえ、当面は預入限度額の上限を引き下げ、徐々に規模縮小を図るとともに、国債管理政策の観点から現実的なソフトランディングを図るべきだと考える。具体的にはプライマリーバランス均衡までの間は、公社の経営改革の継続に加え、預入限度額の上限引き下げによる段階的規模縮小を図る。

(9) その後の郵政事業の在り方(事業内容、組織形態)については、あらゆる選択肢を否定するものではない。今後、公社の中期経営計画策定の都度、見直し作業を累次に亘って行っていく。職員の身分についても、事業・組織の変革に応じて見直されるべきであるが、公務員制度改革全体の中で検討していく。

【2】出口改革

民主党は「お金の民営化」と「直接金融への転換」を行うことが必要と考えている。政府案では新会社が公的金融を続けることとなっており、「お金の入口の似非民営化」にすぎない。直接金融のウェイトを高めるなど、「お金の出口の真正民営化」が必要である。

構造改革の目的は、「民」の活動を不合理に阻害しない「官」の再整備、将来の財政破綻不安の解消、安心して消費できる社会の再構築にある。民主党はプライマリーバランス均衡のための方策として、徹底した行財政改革プランを提示している。政府が行った特殊法人の独立行政法人化は看板書換えにすぎず、財投債、財投機関債などを駆使した事実上の財投制度温存につながっており、財投改革は不十分かつ中途半端である。民主党は既に、(1)特殊法人、独立行政法人等の徹底的廃止・合理化、(2)天下りの禁止、(3)財投債の廃止などの具体策を打ち出している。

また、財投改革の実効性を高めるために、貸手である財務省理財局の財投と、借手である特殊法人等の実態解明が必要である。とくに、特殊法人等には監査法人等による外部チェックを行うことが必須である。しかし、実際には、独立行政法人については独立行政法人通則法第39条で監査法人の監査を受けることが義務付けられているが、特殊法人や認可法人に関しては統一的な規定はない。早急な義務化、法制化が必要である。財務内容の承認を行った特殊法人等が破綻した場合は、監査法人の責任も問われることとなる。

後述の入口改革を行えば、郵政事業を介して「官」に回る資金は必然的に減少する。しかし、それでも、一定規模の資金量を維持することが想定されるため、運用方法についてはルールを定めることが必要である。安直な国債購入は禁物だが、その一方で、現実的な国債管理政策の観点からの配慮も必要だ。なお、運用方法について規制をかける以上、経営形態として民営化が望ましいかどうかは議論の余地がある。

郵貯・簡保資金を、財投を介して不要不急の公共事業や財投機関に投入することなく、有効活用を図ることが必要である。有効活用に関する基本的考え方として、民主党はマニフェストに「郵貯・簡保資金を地域、中小企業に役立たせるシステムを市場機能を活用して構築する」と明記している。

そのための方策として、貸出債権の流動化市場の育成を図ったうえで、地域・中小金融機関の貸出資産を証券化し、郵貯・簡保がリスクの低い高格付け証券を買い取ることで、財投に回っていた資金を地域経済に環流させることが求められる。中小企業の再生、ベンチャー企業の支援、ひいては地域経済の活性化に資することとなる。

地方債を購入するという考え方もある。通常の地方債のほか、特別目的債の創設も検討の余地がある。例えば、都道府県・市町村が「教育ボンド」を発行し、それを郵便局の窓口で販売、あるいは郵貯・簡保資金で引き受ける。教育の活性化を促し、「地方で集めたお金は地方に還元する」という資金の流れを実現する。

また、財投資金の投資対象の構成を見直すことも必要である。インフラ等のハード投資から、「教育」などのソフト投資への転換である。例えば、現在の奨学金制度を拡充し、特に地方から都会に学生(子弟)を送り出している家庭に貸与、当該子弟が将来的に自立すれば返済してもらう仕組みとする。教育の機会確保、家計の負担軽減につながり、少子高齢化対策や家計消費の底上げに寄与する。

但し、郵貯・簡保の受入資金はあくまで有償資金であることを鑑み、実際の運用方法については十分な議論と合意、そして返済されなかった場合の保証のあり方を検討しなければならない。したがって、上記の事例はあくまで一案に過ぎず、安易な出口の拡大や出口の浪費に繋がらないように万全を期すことは言うまでもない。いずれにしても、出口に関しては、(1)現実的な国債管理政策上のニーズ、(2)中小企業金融の円滑化、(3)地方への資金環流、(4)人材育成・少子高齢化対策、といった今日的要請に合致した内容の実現を目指す。

なお、不要不急の歳出を削減して出口が縮小し、さらに入口も縮小すれば、郵政事業を介した資金の流れは必然的に縮小する。その結果、間接金融から直接金融へのシフト、個人金融資産の株や個人向け国債へのシフトなどが進み、民間金融機関や証券会社を経由したマネーフローが拡大する。こうした展開を前提とすれば、例えば、政府系金融機関を統廃合して公的金融を縮小し、公社改革を進めながら民間金融機関経由のマネーフローを拡大していく、という漸進的、現実的な出口の変化を想定することができる。

政府は、「官から民へ」という実態を伴わない呪文を繰り返すだけで、具体的な出口改革、郵政事業を介して集まる資金の使い方について、十分に議論を行っていない。民主党は、公社の改革、及び合理的な経営の結果として、公的金融としての郵貯・簡保資金の使途を拡充し、郵貯・簡保と民間金融機関が相互補完的な役割を果たすことを期待している。国民、利用者、企業の利便向上を図るためにも、公的金融のあり方について、国民的な議論が必要である。

【3】入口改革

入口改革は原点に戻って考えるべきである。仮に出口改革がうまくいった場合でも、入口が不要になるわけではない。郵政の金融事業は、明治時代の開業当初から存在していた。当時の国会における政府答弁によれば、「下級の多数の細民への補完」としてスタートした。民間金融機関を利用できない国民、あるいは、民間金融機関の店舗がない金融過疎地域の国民への「補完」的な公共サービスの提供を「目的」として始まっている。その原点に返って、郵政事業を「正常化」することこそ、郵政改革の本来の姿だ。郵便事業を民営化することは、入口改革にも出口改革にも直接は関係ない。この考え方を踏まえたうえで、「正常化」の観点から論点、及び方向性を整理する。

入口に関して、民主党は政府・国会の関与・監視の下で、適正な規模へ段階的な縮減を図ることをマニフェストに明記している。具体的な施策として、名寄せの徹底、預入限度額の引き下げ、大都市部の特定局の転廃業促進などが考えられる。規模縮小によって、富裕層の貯金は株などの直接金融や既存民間金融機関に振り向けられる。金融スキルが低く、高リスク経営となる蓋然性の高い民営化新会社に委ねるよりも合理的、効率的な選択である。

また、郵貯は大量の国債を保有しており、資金運用利回りが低い。そうしたポートフォリオの現状を鑑みると、金利が上昇すれば民間金融機関との利回り格差は拡大し、資金流出が続くことが見込まれる。その場合、規模は自ずと縮小していくことが想定される。

なお、郵貯・簡保の国債大量保有の実情を是正する一方で、国債購入機会の保証、国債の個人保有比率向上、国債償還の円滑化、ならびに、国債保有を通じた財政状況に関する国民の関心向上などの諸点を勘案し、郵便局での個人向け国債の取扱いについても検討を要する。

いずれにしても、金融事業については、金融過疎地への対応、民業の補完機能に極力特化すべきであり、業務内容を限定し、郵貯・簡保は縮小を目指す。

「郵貯・簡保→財投→政府系金融機関」というルートで、民間金融を補完していたという意見もあるが、金融の補完機能はあくまで貯金機能(入口機能)であり、融資機能(出口機能)ではない。そうした観点からは、政府系金融機関を統廃合し、出口は入口以上に補完に徹するべきであろう。統合された政府系金融機関との連携は、将来、民業補完を図る唯一の公的金融組織として公社を有効活用する可能性にもつながる。

なお、郵貯・簡保を縮小した場合、その後の民間金融機関の姿勢がポイントとなる。マネーフローの構造上、民間部門のウェイトが高くなっても、民間金融機関が中小企業や地域への資金還元という本来の金融機能を発揮しなければ、問題の本質的解決にはならない。この点は本来の金融行政の課題である。

【4】新しい役割

政府は、ドイツやオランダの郵政民営化を成功例としてよく取り上げている。たしかに、国際進出等により収益を改善させ、ある意味で成功であったと言えるかもしれない。しかし、民営化後の郵便局数の減少、郵便料金の値上げなどによる利便性の低下をはじめ、税を通じた国民の負担増という国民生活に生じた影響の視点が欠けている。イギリスにおいても同様の現象が生じている。政府の郵政民営化に改めて疑問を投げかけると同時に、民主党としては、あくまでも国民生活・利用者の視点から、郵政事業のあるべき姿を考えていくべきであるということを確認したい。

経営形態とも関連するが、国民の資産とも言うべき公的ネットワークをどのように活用するかが重要な検討課題である。21世紀型、日本型の小さな政府、分権による身近な行政、NPOや市民の行政参加を実現するために、公社の既存の公的ネットワークを利用するのが得策だろう。郵便局ネットワークを行政のワンストップサービスとして活用するとともに、市役所、町村役場のスリム化に繋げるような複合的解決が期待される。

「官」、「民」は運営主体の区分概念である。一方、「公」、「私」は対象分野の区分概念である。基本的公共サービスの提供と民業の補完を目的とする郵政事業は、対象分野としては「公」に重きを置きつつも、「私」の一部も対象としている。そういう意味では、「官」と「民」の中間に位置する公社という経営形態は、合理的な選択と言える。

地方分権の流れに合わせて市町村合併の動きが急速に進んでおり、市役所・町村役場の統廃合の一層の進展は必至である。こうした現状に鑑みれば、全国津々浦々にある郵便局を公的サービスの拠点として活用することは、地方行政にとっても効率的な手段であると同時に、住民の利便性向上にも資する。民主党は、こうした郵便局の「行政サービス・ステーション化」を進めるべきと考える。現行の郵便局ネットワークを維持・発展させることにより、地域、社会的・経済的弱者、「民」へのサポート機能を果たすことができる。

具体的な着眼点として、以下の3点に留意する。
(1) 現在の郵便・郵貯・簡保のユニバーサルサービスは、利用者の利便を損なわないために、引き続き提供するべきである。

(2) 現在でも郵便局におけるワンストップサービスの推進は行なわれているが、そのサービスの範囲は住民票の写し等の即時交付や郵送交付の取扱い、登記簿謄抄本の郵送交付の取扱い等、一部の行政サービスに限られている。印鑑登録証明書の交付や転入・転出手続など、郵便局で取り扱える行政サービスを原則自由化する。

(3) さらに、(2)に挙げたような業務にとどまらず、可能な限り、住民生活に直結する行政サービスを郵便局に集約する。より具体的には、介護保険給付の受取り、農林・土木等に係わる申請・届出等を郵便局の窓口で扱えるようにする。行政改革の一環としての地方支分部局の整理合理化、公務員削減にも寄与し、財政健全化にも資する。今後、ますます過疎化・高齢化が進むと予想される地方において、「安心・安全・便利・防災の拠点」としての郵便局を公的なセーフティネットとして残すことは、国土政策的な視点からも合理的な対応であろう。

(4) 但し、行政サービスの拡充が、本来の行政拠点との業務の重複によって、自治体と郵政公社の肥大化や非効率化に繋がらないよう、十分な配慮を要する。郵政事業のネットワークには、合理的な範囲で新しい公的役割を担わせることが必要である。

【5】経営の合理化・適正化

以上の論点に一定の結論を出して、初めて経営形態と職員雇用の問題に遭遇する。つまり、経営形態、職員雇用は副次的な論点である。これらの論点に関する方針については、それが出口改革の障害になるか否かで是非を判断すべきであろう。

公社においては、既に、トヨタ生産方式の導入や契約の見直しによる調達コストの削減など、所要の改革を進めている。今後こうした対応をさらに進め、経営の合理化を図り、公法人としての経営の不透明性やファミリー企業との癒着などの批判を自らの努力によって払拭しなければならない。

公社とファミリー企業との不公正な契約により調達コストが贈嵩しているとの批判に応え、事業や契約内容の精査、会計面からのチェックなどをさらに充実させる。ファミリー企業自体も整理合理化を図り、天下りや決算操作等の誤解を受けないようにすべきである。また、周辺事業(メルパルク、かんぽの宿等)についても、民間の会計基準を適用して採算性をチェックし、不採算な施設等は随時廃止していく。

こうした経営の合理化は公社のままでも可能である。公的監視が可能という観点から考えると、公社の方が適切な場合もある。逆に、民営化すれば、ファミリー企業の創設・保有や取引についての自由度が増すため、監視や見直しが十分にできなくなる危険性があることに配意すべきであろう。

現在の公社職員の身分は国家公務員である。政府は、公務員に批判的な世論を利用し、行財政改革の一環としての公務員削減と関連づけて民営化の必要性を説いている。しかし、実際には、天下り、高給、高額年金など、高級官僚や他の一般公務員に対して投げ掛けられている批判の多くは、公社職員にはあてはまらない。例えば、前述のように公社は独立採算で運営されており、職員給与も郵政事業の収入の中から支弁されている。税金は使われていない。公社職員が国家公務員であるのは、公社設立時に、業務の公共性に鑑み、立法府の意思として公務員身分を特別に付与した経緯によるものである。一般公務員や国会議員のような特別職とは異なり、限定的に付与された公務員身分である。

また、ユニバーサルサービスを全国に遍く提供していることや、公社職員が公務員であることを前提とする業務(特別送達など)があることなどを勘案すると、上記【4】でも述べたように、今後ますます公的拠点としての郵便局の重要性が高まることも予想される。こうした時代の要請を鑑みると、郵便局で業務に従事する者の公的性格の必要性は低くないとの見解も理解できる。一般的に公務員が批判されるのは非効率性、官民格差、雇用保障に基づく怠業、不正行為などによるものであり、当該批判と、公的サービスを充実させることに対する国民的ニーズの双方を、無秩序に混同した議論を展開すべきではない。

以上のような諸点に鑑み、「公」の事業を営んでいること、今後「行政サービス・ステーション」化していくニーズがあること等を踏まえ、組織形態と職員の身分については、公社の経営改革と、現在進められている公務員改革の中で、その位置付けを明確にしていくべきである。拙速に結論を出す環境にはない。

今後は、定期的な(4〜5年ごとの)中期経営計画策定時に不断の見直しを行い、将来については、あらゆる選択肢を否定せず、多様な改革案を適時適切に実行していく。

なお、郵便事業のユニバーサルサービスは、金融事業とは基本的位置付けが異なる。金融事業が民間の補完機能だとすれば、郵便事業は国民に提供される基本的公共サービスと考えられる。但し、基本的公共サービスと言えども「官」が独占する合理的理由はなく、民間事業者の参入が認められなければならない。郵便ポスト10万ヶ所設置などの高すぎる参入基準を緩和し、国民にとって選択可能な公共サービスと民間サービスの共存が求められる。公社保有ポストの共同利用など、競争条件公平化の努力を怠ってはならない。

そういう観点から、特に大都市部の特定局の縮減については検討の余地がある。また、今後業務展開が予想される国際物流分野は国内の基本的公共サービスとは異なることから、将来的に国際物流会社として民営化し、公的業務としての国内物流(郵便事業)と連携することも考えられる。

なお、公的ネットワークは郵便事業だけでは採算がとれない可能性が高い。採算維持のための方策は、補助金を投入して拠点網を維持するか、あるいは別の収益源を提供するかのどちらかである。前者は「行政サービス・ステーション」として活用される場合が想定される。後者は、金融過疎地業務以外も含む、ある程度収益性のある金融事業を包括的に兼営させる場合である。

将来の経営形態の選択肢としては、(1)必要最低限まで規模を縮小し、運営経費は税で面倒をみる、(2)自立性(経営、採算の自己完結性)を維持するためにある程度の規模の兼業を認めていく、という2つの基本形態のバリエーションとして検討していく。

4.おわりに

政府案は郵政事業、とりわけ金融事業を民間金融機関と競争させることを目的としている。この場合、郵政事業は民間金融機関を「補完」するものではなく、「代替」する存在となる。郵政事業はいつから「補完」から「代替」に目的が変質してしまったのか。「民」の資金を浪費する「官」の出口改革を断行するとともに、郵政事業を本来の姿に戻す「正常化」を行うことこそ、今求められている改革である。郵政改革の目的は、(1)国民の金融資産を有効活用する、(2)競争性の向上により国民サービスを向上させるの2点にあり、民営化はそのための多様な選択肢の1つにすぎない。

最後に、以上の諸論点とは全く別の問題として、仮に政府案が強行された場合のシステム統合のフィージビリティについての議論がある。不完全なシステムで業務を行うと、国民生活に多大な影響を与え、経済活動に混乱を招くことは、メガバンクのシステム障害で立証済みである。

郵貯システムは6億2500万という莫大な口座を管理し、32テラバイトという膨大なデータを保管する複数のサブシステムから構成されており、約40台のメインフレームを擁する巨大システムである。中核となる勘定系システムは1日当り5300万件の取引を処理する。これを、今後約2年間で再構築してカットオーバーさせることは容易ではない。この問題については、慎重な検討が必要である。

拙速な対応を強行し、将来混乱を招いた場合には、関係者の責任が厳しく追及されなければならない。

以上


2005年3月29日 戻るホーム民主党文書目次